それすらも恐らくは平穏な日々 11

軋むドアを開けて、とりあえず両手の荷物を玄関に置いた。
鍵をかけるのもそこそこにサンジを背負ったままドカドカ奥の部屋に入る。
電気をつける間もなく畳の上にサンジを下ろした。
寝ぼけているにもかかわらず、何故かサンジはゾロのシャツをがっちり掴んで一緒に引っくり返る。
「コラ、首が絞まる。離せ。」
不用意なほど近づいてしまった耳元に小さく囁いた。
「布団敷いてやるから、もう寝ろ。」
暗い部屋の中で、街頭のちらちらする明かりだけが壁に映っている。
サンジはうっとりと目を閉じたまま、口の中でうにゃうにゃ呟いた。

「布団いらね。…肉布団でいい。」
そりゃ俺のことかよ。
酔っ払いに付き合うつもりで、サンジの身体を抱え直して壁に凭れる。
体勢が落ち着いたのか、サンジは満足げに微笑んでゾロの胸に顔を擦り付けた。
猫っ毛が首筋を掠めて、なんともくすぐったい。
「もう寝ろ、酔っ払い。」
自分もかなり酔っているんだろう。
男を膝に抱えて、抱いてあやすなん正気の沙汰じゃない。
しかもそれが心地いいとか感じている自分が他人のようだ。


「なあゾロ、やんねえ?」
まるで心を見透かすように、サンジが薄く目を開けた。
「お前完全にノンケ?俺じゃ勃たねえ?」
思わず苦笑する。
今だって、サンジの腰の下で痛いほどに存在をアピールしている。
ゾロは答える代わりにサンジの髪を梳いた。
混じり気のない髪色が、綺麗な流れをつくる。

「なあ俺、ゾロに抱かれてえ…よ」
まどろみながら切れ切れに言葉を綴るサンジに、ゾロは答えてやれなかった。

ここでサンジを抱くのは恐ろしく簡単だ。
裸に剥いて、挿れて、出したらきっと物凄く気持ちいいだろう。
けどそれじゃ、今までサンジと付き合ってきた連中と何ら変らない。
誰かと張り合おうとか差をつけようとか、勝負以外で思うのは初めてかもしれない。
基本的に他人に関して我関せずで興味などなかった。
付き合った女の過去もこの先のことも、考えたことすらなかったのに。
今自分は腕の中のサンジに執着している。
こいつが前に付き合って来た奴らとは違う自分になりたいと思ってる。
なによりこのまま押し倒してSEXするよりも、こうして抱きしめたままぬくもりを
感じていたいと思ってるなんて…

俺もとうとう焼きが回ったか?
髪を撫でているうちにサンジは本格的に眠ったようだ。
くうくうと小さな寝息を立てて、酒の混じった甘い息がゾロの頬にかかる。
子供のようにあどけない寝顔をしげしげと眺め、産毛みたいな顎鬚に触れた。
親指の腹で撫でて、軽く引っ張る。
ふつりと唇が開いて、白い歯が覗いた。
ゾロはおずおずと首だけ下ろして、その唇に口付けた。
上唇を軽く吸って、舌で歯をなぞる。
下唇にも歯を立てて隙間から舌を差し入れた。
柔らかくて湿った感触を堪能する。
くふんと鼻から息が漏れて、サンジが少し身じろいだ。
名残惜しげに唇を離して、もう一度触れるだけのキスを落とした。


起さないように静かに抱え直して、ゾロも目を閉じた。










チュンチュンとやかましいくらい雀がさざめいている。
朝っぱらから騒音公害だぞー…
寝ぼけた頭のまま、首をめぐらした。
いつもより窓から差し込む光がきつい。
バイクが通り過ぎる音もする。
遠くでクラクションが鳴って、街全体が動いてるみたいだ。

サンジはがばりと身体を起した。
時計は9時を指している。

すんげー寝てた。

部屋の中にゾロの姿はない。
またバイトにでも行ったんだろう。
畳にじかに寝ていたから部分的に圧迫されたのか節々が痛い。
まだぼうっとした頭で、サンジは思い出してみた。
昨日は買い物に行って、居酒屋で飲んで・・・
確かおんぶされて帰ってきたんだよなあ。
大して飲みすぎたわけでもないのに眠くなったのは、甘えていたんだろうか。
くしゃくしゃの上着から煙草を取り出して一服した。
深く煙を吸い込めば少し頭の中がクリアになった気がする。


・・・結構マジで迫ったのになあ。
サンジは襟を摘んで胸元を確認した。
乱れてないし形跡もない。
やっぱ根っからのノンケか。
男に興味ねえんだろうなあ。
それでもなんとなく、なんとなーくではあるが、抱きしめられた気がする。
夢かもしれないけど、優しく髪を梳かれた覚えもある。
サンジは自分の髪に手を差し入れた。
ほんの少し感触が蘇った気がして、一人照れながら顔を伏せる。
なんか気持ち、よかったよなー。
夢でなければ、夕べゾロに抱きしめられて髪を何度も撫でられた。

うわーうわー…
今更なのに、めちゃくちゃ照れる。
いろんな人間といろんなことをやったのに。
素面じゃできないプレイだってやったのに。
なんでこんなにどきどきすんだよ。
めちゃくちゃ気恥ずかしくてすげ―幸せ…な気分?
くう、と頭を抱えて畳に伏せた。
煙草の灰がはらりと落ちて慌てて顔を上げる。

それにそれにそれに
もし…夢じゃなかったら、確かにあいつ…キス、したような気がする。
ゾロが、俺に
―――キス。

くうっと自然口元が緩んだ。
したかな?
したよな。
したような気がする。
してて欲しい。

「あー参ったねえ。」
声に出してまた照れた。
迫っても抱いてくれないのはもどかしいが、ちゅうまですればこっちのモンだ。
一緒に暮らしてるわけだしチャンスはいくらでもある。
やるぞーっつうか、なんか燃える。
何で俺こんなにウキウキしてんだろ。
今まで相手に求められるばっかりだった。
ぼーっとしてても手を出してきたし、執着されてうんざりもした。
けどけどゾロは欲しいと思う。
サンジが初めて自分から欲しいと思った人間だ。
目つき悪いしぶっきらぼうだし、だせえしよ。
でもあいつのことを考えるとなんか胸が暖かくなって、嬉しいんだ。
やっぱこれは恋だろ。
ラブハリケーンだ、濁流に飲み込まれる流木だ。
もう誰も俺を止められないぜ。

サンジは一人でうききと笑った。
ろくに吸わないうちに短くなった煙草を灰皿に押しつぶして、よいしょと立ち上がる。
今日は日曜だし天気もいいし、溜まった洗濯物干して、部屋も掃除して、それから夕食の献立は
スペシャルにしよう。
何時に帰ってくっかわからねえけど、遅くなっても絶対にあいつは帰ってくるから、
いろんなもの食わせてやろう。
サンジは跳ねるように立ち上がってからりと窓を開けた。

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