空の深淵 -7-


ゾロが帰って来たのは日暮れてからだった。
こってり絞られたのだろう、一晩中狩りをして走り回っても疲れた顔一つ見せないくせに、今はげんなりとした表情で不機嫌だ。
着替えたのか、白いシャツは真新しかった。
だがズボンはそのままで、所々に血糊が着いている。

「おかえり、とりあえず風呂に入れ」
ゾロは出迎えたサンジの顔と、テーブルに並べられた食事の用意にそれぞれ目を見張って、それから奥にあるベッドへと視線を移した。
「エースは?」
「昼にそっち行っただろ。組合に行くって急いでたぜ」
ゾロは答えず、ポリポリと頭を掻いている。
なんだろう、変な感じだ。
強いて言うなら、なんとなくバツの悪そうな・・・戸惑っているような様子。

そこまで考えて、サンジはクスっと笑みを零した。
普段のゾロは無表情で特に戦っている時はほとんど感情を表さないのに、どうした拍子か、時折こんな風に実にわかりやすい反応を見せる。
それがなぜわかるのか、自分にも不思議だけれど。
「あんだよ」
サンジの表情を見てあからさまにムッとしたゾロに、余裕の笑みを返した。
「お前、エースがここにいると思ってたんだろ」
「ああ?しょうがねえだろうが、俺はずっと事情聴取受けてたんだよ。挙句、解剖から火葬まで現場に付き合わされてたんだ」
「それで、紋章が見つかったのか?」
サンジの言葉に、ゾロの表情が俄かに険しくなる。
「なぜ、お前がそれを知ってる」
一瞬で変わった雰囲気に、サンジはたじろぎながらも答えた。
「エースがそう言ってたんだよ。ハーフやクウォーターは荼毘に伏せば紋章が現れる。ただし、不完全な形のものばかりだって」
「・・・・」
今度は難しい顔をして黙り込んだ。
逆にサンジの方が不安になって、なんだよと返事を促す。
「エースが知ってるなら、組合の人だって知ってることだろ?」
「まあな」
そう言いながらも、腑に落ちない表情だ。
「それでお前の“人殺し”疑惑が晴れたんならよかったじゃねえか。それに―――」
ついフォローに回りたくなった。
「エースって、なんでも知ってるイメージあるよな。どこか掴み所がないし、憎めないし」
「得体が知れねえ」
「それ、お前に言われたくねえだろ」
わざと茶化して、肩を竦める。
「エースはこの街で生まれ育って、ハンターになったんだろ。組合にも入って目上の人達に可愛がられてて、信頼も置ける。流れのてめえとは全然違うんじゃね」
「なんでそんなことまで、知ってんだ。てめえこそ、昨日会ったばかりだろうが」
ムッとして言い返すゾロを、サンジはふふんと鼻で笑う。
「そんなん、見てりゃわかるじゃねえか。エースって愛嬌があってどこか憎めないし、ソツがねえしさ。付き合い上手いんじゃねえの。あんまり人馴れしてねえ俺でも、なんか無条件で信頼しちまいそうになる」
それはお前も同じだろうと、ゾロに目を向ける。
「お前だって、そんだけ人付き合い得意でもなさそうなのに、エースとは普通に付き合ってるじゃねえか」
ゾロは鼻の頭に皺を寄せ、不愉快そうに顔を顰めた。
「だから、得体が知れねえっつったんだ。奴からは、人の懐にするりと入り込むような小狡さを感じる」
「人がいいんだよ、好かれるのは人柄がいいからだ」
ムッとして言い返せば、ゾロはへえと片眉だけ上げて見せた。
人を小馬鹿にする、嫌な表情だ。

「それでてめえも、好いた訳だ」
「なに言ってんだ」
馬鹿馬鹿しいと、手にしたナプキンをテーブルに投げつける。
「この部屋だって用意してくれて、親切にしてくれてるから感謝しただけだろうが。なんでもかんでも疑うなんざ、性格悪いぞ」
「おうよ、今更だろ」
まさしく人の悪い笑みを浮かべて、ゾロは汚れたズボンのままベッドに座った。
「風呂行けっつってんだろ」
「それで、親切なエースに部屋まで送り届けてもらって、ご褒美はなしか?」
サンジはきっとしてゾロを睨み返した。
「どっちに対しての褒美かは知らねえが、この状況にあって手を出さねえエースのがおかしいだろうが。それとも時間かけずに、手早くやったのか」
「てめえっ」
ふっとサンジが振り向いたと思ったら、黒い影が風のように眼前を通り抜けた。
寸でのところで避けたのに、続いて衝撃が腹に来る。
「ぐっ」
弾かれそうなのを堪え、手で止めようとするもあっという間に逃げられた。
サンジは踊るように軽く身を翻し、そのまま今度は頭上から打ち下ろしてくる。
それも避けて、今度は間髪入れず身体ごとぶつけるように捕まえた。
跳ね返る強靭な足を押し留めるのも至難の業だ。

「なんだってんだ、てめえ」
「それはこっちの台詞だ」
ゾロはサンジの足をまとめて腕に抱え、上半身をベッドに押し付けて圧し掛かった。
「半端なく強えくせに、俺にはこんなに手え焼かせといて、なんでヴァンパイアやらエースやらには容易く落ちる」
「・・・はあ?」
ベッドに仰向いたまま、サンジは素っ頓狂な声を出した。
なぜゾロがそんなことを言い出すのかわからない。
「てめえのあの状態で部屋に連れ込まれてて、何もしねえで済む訳ねえだろうが」
服の上から股間をぎゅっと掴まれた。
驚きと痛みで身体を跳ねさせるのに、体重を掛けて押さえ込むゾロの身体のせいで身動きが取れない。
「いっ・・・止めろっ」
「俺が撫でたぐらいでイってんだ、それだけでスッキリしたとかほざくんじゃねえだろうな」

カッと頭に血が昇った。
言い返すより先に、振り上げた拳がゾロの頬を打つ。
ガツンとまともに殴ったつもりだが、ゾロは少し首を傾けたくらいで表情一つ変えない。
殴り慣れない拳の方が痛かった。
「てめえ、わかってて・・・わざとっ」
屈辱に震えながら襟元に掴み掛かるサンジを、目を細めて見下した。
「へえ、図星かよ」
にやりと笑われ、更なる怒りで目の前が真っ赤に染まる。
―――こいつ、カマかけやがった
「クソっ」
本気で殺そうと身を捩ったら、あっさりサンジの上からゾロが退いた。
その隙に後ずさりするが、ベッドヘッドに当たってそれ以上離れられない。

警戒するサンジを余所に、ゾロは手を伸ばして一番短い刀を取ると差し出すように突き出した。
「・・・な、んだよ」
「俺が憎いならこの場で殺せ」
思いがけない申し出に、壁に張り付いたまま息を呑む。
「てめえなら蹴り殺してえところだろうが、生憎俺の身体じゃ首の骨を折るだけでも相当時間がかかるだろう。こいつで斬れば多少はダメージも与えられる。使いやすい道具のがいいってんなら、包丁持って来い」
「ざけんな!包丁は料理するためのもんで、人殺しの道具じゃない!」
「・・・怒るとこはそこかよ」
呆れた声を出しながらも、ゾロはサンジの前に刀を置いた。
「俺を殺れるチャンスは今だけだ。これを逃したら二度とねえ」
サンジの目を真っ直ぐに見据え、腕を組んでその動きを待つ。
ゾロと刀とを見比べながら、サンジはいよいよ窮地に追い込まれていた。

一体ゾロは、何を考えているのか。
本気で、今自分が刀を取ってその身体に突き立てたらどうする気なのか。
最初から、そんなことできやしないとタカを括っているのか。
たかが“餌”風情と、侮っているのか。

今ここでゾロを殺したら、ゼフの仇は取れる。
“餌”としての身の置き所は、エースと組合が引き取ってくれるだろう。
ゾロと違ってしっかりとした組織のようだし、この部屋のようなねぐらがあれば今後の生活も安泰だ。
もしかしたら、普通の暮らしが送れるかもしれない。
ゾロの側にいるよりもずっと、平和で安定した人生。
今ここで、ゾロを殺せば。

サンジはふうと息を吐いて、肩の力を抜いた。
考えたって、詮無いことだ。
「どうした、殺さねえのか?」
嘲るようなゾロの口調は変わらない。
こうやってサンジを怒らせ侮辱して、一体何を確認したいというのだろう。
ゾロを殺す気がないという証明か、悦楽に溺れ誰にでも堕ちるという事実か。

「最低だ、てめえ」
サンジは正面からゾロを睨み返しながら、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「今更てめえなんざ殺したって、じじいは帰っては来やしねえ。てめえの薄汚え血で汚されんのも御免だ。出てけよ」
刀を足で追いやろうとして、先にゾロに取り上げられる。
大切な道具を足蹴にされるのは嫌らしい。

元通り壁に立てかけ、ゾロは立ち去らずそのままベッドの上に戻ってきた。
サンジはうんざりしながら横を向く。
「出てけっつってんだろ、出てかねえならせめて風呂行けって」
サンジの前で膝を着き、背けた頬に手を当てられた。
強い力で顎を掴まれ、振り向かされる。
「俺を殺れるチャンスを、みすみす棒に振ったか」
しっかりと見据えるゾロの瞳には、かすかに欲望の色が浮かんでいた。
それを認めて、サンジの腹の底辺りがジワリと熱くうねり始める。
「後悔、すんじゃねえぞ」
鼻先が触れるギリギリまで顔を近付け、話す度に唇に息が掛かる。
それだけで溜まらなくなって、サンジは心持ち顎を上げて喘ぎながらゾロに抱きついた。



お互いが食らい合うような、激しい口付けを交わす。
サンジにとっては初めてのキスだったが、ゾロの唇から滑る舌が滑り込んでくるのを味わうように食んだ。
唇での接触も飲み込み合う息も抱き締めてくる力強さも、すべてがサンジを刺激して血の昂ぶりが止まらない。
ゾロの舌は分厚くて力強く、少しくらい歯を立てようがきつく吸おうがびくともしなかった。
多分、過剰すぎるだろうサンジの反応にも引くことがなく、すべてを受け止めるように自分の中に滑り込んだサンジの舌をあやして愛撫した。
ゾロの指がサンジの口端から中へと入り込み、舌と一緒に歯列を擦り舌根を撫でられる。
口を開けられ散々中を蹂躙されて、サンジは仰向けのまま両手を投げ出して成すすべもなく喘いだ。
涎で濡れた指が乱れたシャツの裾から中へ入り込み、肌を滑る。
平らな胸の尖りを湿った指先で撫でられて、びくりと大げさに身体を震わせた。
「な、に」
抗議しかけた声を吸い込むように、ゾロが唇で塞いでくる。
そうしている間にもクリクリと指先で乳首を摘まれ、サンジの上に乗ったゾロの膝が股間に触れた。
「もうこんなに硬くしやがって」
「・・・あ、あ?」
「両方だ」
片方の手でぐっと股間を押さえられ、もう片方で乳首を抓まれた。
「んくっ」
きゅっと身を強張らせたら、ゾロはいけねえとサンジの頬を舐めながら笑った。
「またイくなよ、今日は散々イったんだろ?」

バックルを外され、前を寛げさせられる。
確かに何度も慰めた。
すべて自分でだ。
けれどそれをゾロに弁解する理由はない。
「まだ、イくんじゃねえぞ」
根元を掴まれて、慌てて立てた膝の上に馬乗りになられる。
シャツを引っ張られて、ボタンが飛んだ。
まっ平らな胸に手を這わせ濡れた舌を滑らせるゾロの顔を間近で見て、サンジは目を見張った。
「な、にしてんだ?」
女と違ってふくよかなふくらみさえないのに、なんでそんなところを舐めるんだろう。
頭の中が疑問で一杯のサンジを余所に、ゾロは滑らかな肌の感触を楽しみながら、ささやかに勃ち上がった乳首を指で捏ねて甘噛みした。
「・・・や、なに?」
「じっとしてろ」
舌先で転がされて、サンジは「はわわわ」と慌てた声を出した。
一体なにがどうなっているのか。
ゾロの行為も自分が今感じている感覚も、なにもかもが初めてで訳がわからない。
「そこ、止めろっ・・・なんか、変っ」
「エースは弄らなかったのか?」
まだ意地悪いことを聞いて来る。
「エースは、関係ねえだろうがっ」
ゾロは胸にがぶりと噛み付いて、舌と歯で痛いほど擦った。
「ああああっ、や―――」
本気でまずい、なんかヤバい。
ゾロの膝の下で必死に足をバタつかせるのに、肝心な蹴りが少しもヒットしない。
「イくなっつってんだろうが」
硬さを増したところを、更に強い力で押さえつけられた。
それだけで何かが逆流しそうで、サンジは本気で悲鳴を上げた。
「いや、だあっ・・・苦しっ・・・」
「ちったあ堪えろ」
ズボンを下着ごと取り去られ、背後に指を捩じ込まれた。
ひやあっと新たな悲鳴が上がる。
「いたっ、何すんだ!変態っ」
「てめえこそ、なんで硬えんだ」
今度はゾロが逆ギレしている。
「力抜け、阿呆」
「抜けるかバカ、なんてとこ触るんだっ」
真っ赤になって枕でバシバシゾロを叩いた。
空気中に羽が舞ったが、ゾロはそんなサンジの顔を唖然とした表情で見ている。
「エースは、入れてねえのか?」
「だから、なんで一々エースが出てくんだよ!」
訳わかんねえと、枕を両手で抱いて身体を引いた。
長い両足はゾロに押さえられて開いたままだ。

「エースは俺を送り届けた後、すぐに帰ったって。なんもしてねえよ、何考えてんだよてめえ」
「んな訳ねえだろが」
「お前こそねえ、なに思い込んでんだバカか?こんな変態、てめえだけだ!」
ゾロに押さえつけられている足首が痛い。
けれどそれ以上に張り詰めた股間が痛かった。
驚愕と恐怖とは裏腹に、身体の中心は新たなる刺激を求めて疼いている。
「してねえのか?」
「しねえって、大体なんで人の身体触るんだよ。俺は男だぞっ」
それは知ってると呟きながら、ゾロは開かれた足の間を凝視した。
なんで見るんだと、踵でその額を押しやる。
「しかし、てめえはバラティエ公に・・・」
「ああん?ジジイがなんだってんだ。てめえジジイまで変態の仲間入りさせるつもりじゃねえだろうな!」
とんでもない侮辱だと、不自然な体勢のままゾロの頭に踵落としを食らわした。
さすがにこれは効いたらしく、両手で頭を抱えて唸っている。

「言っとくが、俺の身体に触れた野郎はてめえが初めてだ、一体何しかけやがんだこの変態っ」
破れた枕を抱え、サンジは真っ赤になりながらもそう叫んでゾロを睨み付けた。
本当ならばゾロが怯んだ隙に逃げ出したいが、いかんせん痛いほどに盛り上がった身体はもはや言うことを聞いてくれない。
火照った肌と潤んだ瞳がそれを如実に現していて、サンジからねだらずともゾロにはそれが理解できた。

「そう・・・なのか」
ゾロは憑きものが落ちたみたいな顔でまじまじとサンジを見つめていたが、その内にやんと相好を崩した。
いつもの人の悪い笑みじゃない、自然と綻ぶような笑顔だ。
「それじゃあ、仕切り直しだな」
ベッドヘッドに張り付いたサンジの前にずいっと顔を寄せ、首を傾けて啄ばむようなキスをする。
怯えながらもオズオズと答えるサンジから、そっと枕を取り上げて巧みにシャツも脱がせてしまうと、裸の身体を優しく抱き締めた。



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