空の深淵 -14-


「・・・くっ」
クロコダイルの手が素肌を這い回る、その感触だけでサンジの背は官能のままに撓った。
意に反して、勝手に昂ぶる身体だけが正直に反応する。
「は―――あ・・・」
反らされた首元を、クロコダイルの舌がねっとりと舐め上げた。
それだけでビクビクと腹が波打ち、下着ごと剥ぎ取られ晒された下半身から白い液が迸る。
触れられてもいないのに、もう何度目の射精かわからない。
「あ・・・ふ―――」
「なんともまあ」
呆れ返ったようなクロコダイルの声音が、サンジの羞恥心に拍車をかける。
「感じやすいにも程があるぜ。ちょいと舐めただけでこれじゃあ、吸われたらどうなるんだ」
ん?と問いかけながら、戯れに乳首を抓った。
「んひっ」
またしても、緩く勃ち上がった先端からとぷりと露が溢れる。
ふるふると震えるそこに敢えて触れないで、ダズの大きな手は流れ落ちる滴だけを掬い取ってはその奥へと塗りつけていた。
少しずつ、太い指が中へと入り込む。
その動きに促され、クロコダイルの悪戯な指に翻弄されてサンジは何度も細かな絶頂を繰り返している。
「も・・・や、だ―――」
「早く吸われてえよなあ」
クロコダイルは耳元で囁き、ちゅうときつく耳の下の肌を吸った。
それだけでまたサンジは身悶え、どうしようもないように身をくねらせて嬌声を上げる。
「はや、は・・・やく」
「指が食いちぎられそうだ」
ダズの静かな忍び笑いも、サンジの興奮を高める作用にしかならない。

「ここ、から」
クロコダイルの示唆に合わせるように、ダズの指がくちゅりと音を立て奥まで差し込まれた。
「俺のエナジーを注ぎ込み・・・」
サンジの身体を抱き寄せ、その首元に顔を埋める。
「ここから俺がお前の血を吸えば、お前の身体は中身からすべてが変わる」
軽く歯を立てられ、サンジはうっとりと目を細めながら溜め息をついた。
「俺のエナジーを身体ごと受け入れ、お前の喜びで我が身を満たせ。そうすれば、お前は未来永劫俺のものだ」
サンジは頬を紅潮させてクロコダイルを見上げた。
その瞳は喜色に輝き、期待で潤んでいる。
戒められる必要のなくなった両腕でクロコダイルの衣服を掴み、片方の手は誘うように首に回された。
「はや、く・・・」
甘えた声で、ねだるように顎を上げる。
いやらしく濡れた舌が唇を湿らせた。
「ほし・・・い」
その様子に満足して、クロコダイルはゆっくりとサンジの間に身を沈める。
「老いぬ身体と不死の魂をお前に。未来永劫、我が僕となれ」
白い肌に牙を立てようとしたその時、轟音と共に部屋が揺れた。


「なに?!」
いち早く反応したダズが前に立ちはだかり、破壊された扉が吹き飛んでくるのをその手で薙ぎ払う。
クロコダイルも体勢を変えようとして、できなかった。
身体が動かない。

「な、んだ・・・と?」
サラサラと、首から何かが流れ落ちる音がした。
手で押さえても、指の間から次から次へと砂のように零れていく。
「貴、様」
驚愕に見開かれた目で見下ろされながら、サンジはにやりと顔を歪ませた。
「・・・ざまあ、みろ」
クロコダイルの首に、海楼石を仕込んだ懐剣が深々と突き刺さっている。

「鬼斬り!」
壁まで壊しながら飛び込んできたゾロの刃を受け、ダズは身体ごと壁に吹き飛ばされながらも全身から刀を生やして踏みとどまった。
「海楼石が、効かねえだと?」
ギリっと睨み付けるゾロと対峙するかのように、エースがダズの後ろに回りこむ。
「こいつも特殊能力がある、素肌を刃化させっから刀を弾くんだ」
そう言いながら、右手から炎を吹き出した。
「だが鉄は、火に溶ける!陽炎!」
エースの炎に背後から焼かれ、ダズは獣のように吠えて全身を刃に変えて身体を翻した。
飛び退くエースと入れ替わりに、ゾロが突っ込んでくる。
「鉄だろうが、斬れねえもんはねえっ」
何度弾き返されようと、間髪入れず繰り返しゾロは刀を振るった。
―――塵になって消えようが鉄より固かろうが、ヴァンパイアはすべてぶった切る。
ゾロの刃に己が斬られないよう距離を取りながら、エースはダズに向かって炎を浴びせ続けた。
「火銃!」
「獅子歌歌!」
「うおおおっ」
ダズから生えた刃が悉く折れ、袈裟懸けに斬られた傷の中央から溶け崩れていく。
「ぐ、おおおおおおおお」
断末魔の叫びを遺しながら、ダズの身体は霧散した。

「おのれっ」
クロコダイルは片手が崩れるのに構わず、首から懐剣を引き抜いた。
抱えていたサンジを投げ捨て、窓辺へと身を寄せる。
「ロジャーの息子よ、Dの血を引くお前がなぜ裏切った!?」
「なぜ、だって?」
エースはチロチロと炎を身に纏わせながら、せせら笑った。
「俺は最初からヴァンパイアの仲間じゃねえよ、この化け物ども!」
「ならば滅びよ、砂嵐!」
クロコダイルの背後から砂塵が吹き荒れ、部屋の中が嵐のように渦巻いた。
「血の力には抗えぬ、愚かなハーフごときが!3人まとめて吸い尽くしてくれるわ」
身体にまとわりつく砂のせいか、急激の身体の力が抜けていく。
サンジは床に伏し、ゾロはその上に覆い被さって刀を構えるので精一杯だ。
二人を庇うように立ちはだかったエースは全体からエナジーを吸い取られながらも、必死で炎を張り巡らせる。
だがそれらはクロコダイルには届かない。
「くそうっ」
「クハハハハ!3人仲良く乾ききれっ」
エースの炎の中心から黒いものが飛び出してきた。
まともにクロコダイルの額に当たり、思わぬダメージに頭を仰け反らせる。
その隙を突いて、エースの炎を飛び越えたゾロがまるで何人もいるかのように激しい動きを見せて一太刀振るった。
「十字火!」
「阿修羅!」
ザンっと乾いた音を立て、クロコダイルの首が宙に舞う。
その目は見開かれたままで、何が起こったのか理解できぬまま自ら吹き起こした風の中で散って行った。





「・・・はあ」
エースはその場でがっくりと膝を着き、床にへたり込む。
ゾロの下から這い出たサンジが、大丈夫かとそのまま駆け寄った。
「ダメだ、くんなっ」
サンジが触れようとするのを、必死の形相で制する。
思わず怯んだサンジを追い越して、ゾロがエースの身体を支えた。

「・・・無茶、しやがって」
「お前もな」
ふらりと上体を揺らめかせ、ゾロの肩にしなだれかかったエースの黒髪には、白い筋がいくつも混じって見えた。
酷くやつれた顔には細かな皺が刻まれ、一気に数十年老けたみたいだ。
ゾロの身体も傷だらけで、まさに満身創痍の状態。
体力が消耗したエースの身体を引き起こし長椅子に腰掛けさせた後、ゾロは慌てたように踵を返すとカーテンを引きちぎってサンジの身体に巻きつけた。
そうされて初めて、サンジも自分が全裸だったことに気付く。

「サンジ、ナイスコントロール」
にやりと笑うエースに、サンジは赤くなりながらもこくりと頷き返した。
エースの炎に庇われた状態で、咄嗟に投げたのは海楼石付の靴。
その隙を突いて即座に飛び出したゾロは、やはり生粋のハンターだ。
けど、自分の行為がその一助になったことは認めてくれるんじゃないだろうか。
そう思っておずおずと顔を上げたら、ゾロが目を吊り上げて至近距離で睨み付けていた。
「てめえもだ、一人で突っ走りやがって」
痛いほどの力でカーテン越しにぎゅっと抱き締め、唸るように歯を剥く。
怒気を孕んだ声なのに、抱き締める力はどこまでも強く温かい。
もうサンジはどうしたらいいかわからなくなって、仕方なくゾロに身体を預けて目を瞑った。


ドヤドヤと大人数が駆け込んでくる音がする。
「大丈夫か?エース」
「ゾロ、サンジは?」
部屋に飛び込んできたのはハンター達だ。
サンジは顔を擡げてほっと息をつき、それから見知った顔を探した。
「マルコ!」
「おう、サンジ無事か」
エースの肩をポンと叩いてから、マルコが大股でこちらに寄ってくる。
「マルコ、創立パーティの会場は・・・」
「おう、盛大に燃やしちまったが、みんな無事だよい」
そうと聞いて、へなへなと足の力が抜けた。
「・・・よかった、だってあれ全部、人間だったんだろ」
「おうよ、それはエースから聞いてるからこっちもフリだけして見せたのさ」
地下に張り巡らされたヴァンパイア達の通路は、ここ百年のうちにすっかり人間達の知るところとなった。
それを利用して逃がしたらしい。
「じゃあ、お客さん達もシェフ達もみんな無事か」
「金で雇われた客もどきは、みんな顔が煤で真っ黒になっちまったがよい」
おどけて言うマルコに、サンジは顔をくしゃくしゃにして笑い返した。
よかった。
本当に、よかった。

「じゃあ、街は」
「それも先に情報が入ってっから、ぶっちゃけホテルに詰めてたハンターは3人くらいだ。後は街の警戒に当たってて、ヴァンパイアを狩り捲くってたよい」
ゾロもと視線を向けられ、サンジの横で頷いている。
「また、てめえについててやることができなかった」
悔恨を滲ませ、歯噛みするように顔を歪ませる。
「お前さんが引っ付いてちゃ、囮にならねえだろうよ。エースに任せとけって言ったじゃねえか」
「実際、相当ピンチだったけどね」
エースの言葉に、サンジはさっと頬を赤らめた。
ゾロがギリギリ抱き締めている今の状況もおかしいのだが、このカーテンの下は全裸だという事実もまた否めない。

「ごめん、俺ちょっと限界」
エースはふらりと身体を傾けて片手を挙げた。
おおいけねえと、マルコが素早く肩を貸す。
「とにかくてめえは飯を食え、もう食堂に手配はできてる。ちゃんと用意してあっからよ」
「わがまま言うと、サンちゃんの飯がいいんだけど」
「無理言うない」
マルコはカラカラ笑うと、エースを抱えて部屋を出て行った。

「行くぞ」
「・・・おう」
その後に続くように、ゾロがさも当然とばかりにサンジを抱え上げて歩き出した。
自分で歩けると足をバタつかせると、何も身に着けていない生足がカーテンの間からにょきっとはみ出て、後始末していたハンターが目を剥いている。
「サンちゃん、いいから大人しく運ばれてくれ」
「ったく、ヴァンパイアじゃなくても目のやり場がねえよ」
違えねえと皆に笑われ、サンジは慌ててゾロの首に齧りつき顔を伏せた。






一晩中狩りの騒ぎがあったせいか、街は明け方でもまだ浮ついた空気のままで、多くの人々が表に出ていた。
大掛かりな捕り物の光景を目の当たりにして、人々は興奮しながら話し合っている。
「あんた、さっきはありがとうよ!」
「助かったよ、凄かったねえ」
街中で派手に暴れたらしいゾロは、あちこちから感謝と激励の声援を受け、その度困ったような怒ったような顔でそっぽを向いている。
その仕種は照れているのだと気付いて、サンジはゾロの代わりに愛想よく手を振って返した。
「・・・なんでお前の手柄みてえなんだよ」
「え?だって俺の手柄でもあるだろ」
急遽手に入れたサイズの合わない服を着て、ゾロと二人エース達が待っている食堂へと向かう。
茶目っ気たっぷりにそう言ったサンジに、呆れたように目を剥いて見せてからゾロははあとわざとらしくため息をついた。
「懲りてねえのかよ」
「懲りたよ、充分・・・」
大人しくそう呟けば、驚いて振り返っている。
実際に、もうコリゴリだ。
“餌”である事実はもう隠しようがないし、さりとてヴァンパイアと刺し違えて死ぬことさえできなかった。
明らかに非道だったクロコダイルでさえ、その首に懐剣を突き刺すだけで手が震えた。
ダズに対しても、拭いきれない負い目は消えない。
こんな自分に、ハンターなんて務まるわけがないのだ。
「いっそあいつらのパートナーになって、それでお前に狩られたらよかった」
ゾロは足を止め、きつい目で睨み付けた。
怒らせている自覚はある。
自分がゾロだったら怒るだろうなと理解できる。
けど、これが本音だ。

「ヴァンパイアのパートナーになったら、身体が変わって長生きできるんだと。立派な化け物じゃね?だったら・・・そんな俺だったら、ゾロは俺を狩れるだろう」
「お前は俺に、殺されてえのか」
そうかもしれない、とぼんやりと思う。
ゾロの手に掛かるなら本望だ。
こんな中途半端な自分の存在を消し去るのに、その手を煩わせるのが後ろめたい気持ちはあるけど。
「好きな奴に殺されるって、シアワセじゃねえか」
サンジはゾロを真っ直ぐ見つめ、薄く微笑みながら言った。
なんのてらいもない、正直な気持ち。
今ならなんでも言えそうな気がする。
「どうせ死ぬなら、てめえに殺されてえよ」
それが身勝手な願いだと、わかっていても。

ゾロはじっと睨み返していたが、肩で大きく息を一つ吐いて、ガリガリと後ろ頭を掻いた。
「お前は、好きな奴を殺したいか?」
ふるふると首を振る。
好きな人には、自分より長生きして欲しい。
大好きなゾロは、ずっと生きていて欲しい。
「なら、一緒だろうが」
ゾロはポン、とサンジの頭に手を置いた。
まるで子どもにするみたいに力を入れてゴシゴシ撫でて、顔を近付け耳元で囁く。
「二度と、言うな」
恫喝するでもなく、懇願するでもない。
ただ率直で飾らない言葉が、サンジの胸にすとんと降りた。





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