Sleeping Beauty -2-



翌日、不寝番だったゾロは見張り台から降りて、いったん男部屋を覗いた。
昨日と同じように部屋の隅にあるボンクで、サンジがすうすうと安らかな寝息を立てて眠っている。
昨夜、ゾロに夜食を差し入れてくれたのはナミ姿のサンジだった。
いつもなら、差し入れがてら見張り場で一服し他愛ないことを話して行くのに、姿がナミのせいか煙草を吸えないからか、落ち着かない様子で夜食だけ手渡し早々に立ち去ってしまった。
つまらない、とゾロは思う。
サンジの無防備な寝顔を目の端に留めながら、キッチンへと向かった。



「ほんっとに、全然覚えてないのよ。っていうか、ほんとに一日経ってるの?!」
ドアの向こうから、かまびすしいナミの声が響く。
ちゃんと入れ替わったんだなと思いつつ、扉を開いた。
「ちょっとサンジ君、私の身体に勝手に触ってないでしょうね?」
「そーんなとんでもない!誓ってやってないよ、信じてナミさんっ」
叫び返す声に、「お」と目を瞠って立ち止まる。
ナミの前で、目をハートにしながらクネクネと身をくねらせているのはロビンだった。
「今日はロビンか」
「あ、ゾロおはよう」
「な、面白いだろ。ロビンが鼻血出しそうな勢いで、クネクネしてんだぜ」
すっかり面白がっているウソップの横で、フランキーが珍しく苦い表情をしている。
「いやー、ロビンちゃんには悪いけどこの能力ってすっごい便利でさあ」
ナミの追及の手から逃れたサンジは、壁から生やした腕でフライパンに塩を振りかけた。
「使いこなせるとめっちゃ助かるだろうな。けど、腕を増やした分だけ気が逸れて・・・あちっ!」
スパイスボトルを棚に置こうとして、火熱に触れたらしい。
赤くなった肘の内側を慌てて流水で冷やした。
「ああ、ロビンちゃんの滑らかなお肌が!」
「あんまり無理するなよ、サンジ」
チョッパーは皮膚の状態を見て、心配ないよと声を掛けた。
「そうよ、サンジ君っていつも無茶してるから、人の身体でもなにをしてくれるか・・・」
「ナミさん!俺ナミさんのことを思って昨日はめっちゃ気を付けたんだよ。多分、傷一つ付いてないはず」
「なあに、なにか傷が付くような騒動があったの?」
「それがさあ、大嵐が来てさあ」
見てくれよこれ、とウソップが傷だらけの背中を見せる。
昨日の嵐で飛んできた木屑のせいで、猫に引っ掻かれたかのようだ。
「きゃー、これは悲惨ね。よくやったわサンジ君!」
「惚れた?俺に惚れ直しちゃった?」
「だからーロビンの顔でそんなこと言うなっての、デレるな回るな踊るな!」
わいわいと賑やかな輪の中で、ゾロも食卓に着いた。
タイミングを見計らい、サンジはロビンよろしくテーブルに手を咲かせて、できた皿から順に送って行った。
「あら、サンジ君上手じゃない。ロビンみたいに華麗にとはいかないけど」
「いやー、やっぱ直線で順送りぐらいが関の山だよ。あちこちに手や目を咲かせて使いこなすロビンちゃって、やっぱすごいなあ」
「いろんなことを同時にやってのけるんですからねえ」
「よっぽど頭の回転が速くねえと、無理だよな」
ロビンの能力に今さらながら感心つつ、まずは朝飯と揃って手を合わせた。
「いただきまーす!」

今朝は野菜と干し肉のスープに、ピザの取り合わせだ。
ロビンが手掛けている花壇には、最近野菜も育つようになった。
船上で新鮮な野菜が食べられるのは大変な贅沢だと、チョッパーたちも率先して手伝っている。
「まあ、ここまでは順当だよな」
ウソップがピザを頬張りながら切り出した。
「明日は一体、誰がサンジに乗っ取られるのか・・・」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
サンジの代わりにチョッパーが目を怒らせて、ウソップの軽口を咎める。
その隣で、ロビン(サンジ)が肩を落とした。
「俺は、ナミさんやロビンちゃんの身体を使わせてもらってめちゃくちゃ嬉しいけど、やっぱり申し訳ねえなあ」
ロビンの顔でシュンとするのに、ナミが元気づけるようにその背中を叩く。
「いやあねぇ、言うなれば私たちが順番に、一日分だけサンジ君の負担を減らしているんじゃない。こんなのお互い様よ」
「そうだぞ、明日が俺でも別に、こ、こここ怖くなんかねえぞ」
そう言いながら、ウソップの膝が細かく震えている。
入れ替わりに意識を失うというのは、気持ちが良いものではない。
「馬鹿ね、ほんとになんてことないわよ。・・・っていうか、全然覚えてないわ。本当に丸一日が経っているなんて、信じられないくらい」
「まあ、文献に載ってる症例を見ても特に支障が出てないようだし、明日が俺でも別に構わないぞ。俺だとちょっと、嬉しいかな」
そう言うチョッパーを、ウソップが肘で突いた。
「いや、悪いが明日は俺のような気がするぞ」
「ふぁに言ってんだ、明日は俺ふぁふぉ」
いきなり、ピザを一枚分口の中に入れたルフィがもぐもぐしながら言い切った。
「俺に決まってるだふぉ」
「なんでだよー」
「ふぁって船長だふぁら」
「理由になってねえよ!」
やいのやいのと言い合う年少組をよそに、年長組は落ち着いてコーヒーを啜っている。
「まあ、間違っても俺ってこたあねえだろう」
「そうですヨホホ〜もし私だったら驚いて目ん玉飛び出しちゃうかもしれません。まあワタシに目玉ないんですけど」
ゾロはピザで頬袋を膨らませたまま、呆れた声を出した。
「なんだウソップ、代わりたくねえとか言っておきながら順番が気になるのか」
「・・・え、あ、いやそりゃあ」
「だってよ、す―――」
ルフィがナミのさらにビヨンと手を伸ばしたら、すかさず腕が生えてがんじがらめに拘束された。
ついでに、頬張った口も全部押さえつけられる。
「ふがふぉがふぃが・・・」
「お前は黙ってちゃっちゃと食え!ナミさんの分を取るなっ」
「サンジ君、カフェオレのお代わりいただける?」
「喜んで〜」
ルフィを抑える腕はそのままに、ロビン(サンジ)本体がシュパっと立ち上がってコーヒーを煎れ直した。
ナミのために立ち働くのがそんなに嬉しいのか、上機嫌で鼻歌交じりだ。
風に揺れる柳のように、ロビンの長身が緩やかに撓る。
見知ったサンジの動きでありながらやけに艶めいて見えて、ゾロはスープ皿を傾け視界を遮った。



「ナミー、今日の天気はどうだ?」
「夕方に少し風が強くなるでしょうけど、曇り時々晴れってくらいで穏やかね。いまのところは、だけど」
グランドラインの天候は、まったく予測が付かない。
だがナミは現時点での状況判断に優れているし、荒天となってもすばやく対処できるため実に頼もしかった。
「やっぱ、航海士ってすげえな」
「うふふ、今頃気づいたの?このお代は高くつくわよ」
「なんで金に換算されてんだよ!」
ゾロは甲板で素振りでもするかと、男部屋にタオルを取りに戻った。
扉を開け放ち掃除をしていたらしいロビン(サンジ)が、ゾロを見てちっと顔を顰める。
「せっかく空気を入れ替えてんのに、汗臭ぇマリモが入ってくんな」
「まだ汗掻いてねえ」
言い返すも、相手がロビンの顔をしていては調子が今一つだ。
――――クソ、やりにくい。
いつの間にか、ゾロの持ち物も整頓されたらしい。
補充されたタオル入れから一枚取って肩に掛けると、チョッパーが洗面器を持って入ってきた。
「あ、サンジ丁度良かった。身体拭くぞ」
「ええ、ロ、ロビンちゃんのお身体を?」
「そんな訳ないだろ、サンジ本体だ」
ですよねーとがっくり肩を落としながらも、ロビン(サンジ)は神妙な顔で自分が眠るボンクの横にしゃがむ。
「なんか、俺の寝顔とか妙な気分だな」
「そりゃ誰だってそうだよ。自分の寝顔なんて、多分一生目にすることなんかないからね」
そりゃまあそうだなと、会話を小耳に挟みながらゾロはなぜかその場でぐずぐずとしていた。
なんとなく、立ち去り難い。
「どうする?自分で拭く?」
「当たり前だ。なんせ俺の身体なんだから、人に任せんのは恥ずかしいだろ」
「俺は医者だぞ」
「わかってるけどよう」
昨日だって、チョッパーはこまめにマッサージを施していた。
そのことをサンジが知っているのかどうか。
少し窘めたい気もしたが、自分が口を挟むことでもないと考え直す。
「・・・あんだよ」
ゾロの視線に気付いて、ロビン(サンジ)が剣呑そうに睨み上げた。
その間にも、チョッパーはてきぱきとサンジの服を脱がせている。
「ついでに体位転換もしておこうか、少し俯せて…」
「うおっ?重いな、俺ってこんなに重いのか?」
「そりゃあ、意識がない人間ってのは重いよ」
「意識がない・・・そうか、いまこの俺の中には意識のないロビンちゃんが・・・」
生気のない白い横顔を見て、ぐへへへへと鼻の下を伸ばす。
正直、ロビンの顔でこれは見たくない。

「なんか、俺の身体なのになんだかイケナイことをしているような気が・・・」
「ちょ、ロビン!鼻血出てるよ?!」
「ああっ、ロビンちゃんの花のかんばせがっ!!」
ゾロは舌打ち一つして、大股で歩み寄った。
「退け、貸せ」
そう言って、チョッパーごとロビン(サンジ)も押しのける。
「お前、なにやっ・・・」
「とっとと拭けばいいだろうが」
そう言いながら、濡れタオルで首の辺りをゴシゴシと擦った。
そのまま背中から肩甲骨、脇へと手を動かす。
「ぎゃーっ!やめろマリモ!眠れるロビンちゃんになんてことするんだーっ!」
「お前の身体だろうが!」
「けど中味はロビンちゃんだぞ、意識のないロビンちゃんを半裸にしてあまつさえ、む、胸を触るなんて!」
「お前の胸だ」
ゾロはむっとして、扁平な胸を鷲掴みにした。
ロビン(サンジ)が真っ赤になって蹴りかかってくる。
「止めろっつってんだ、このバカ!」
「この野郎、ロビンの身体で喧嘩売る気か」
「いい加減にしろ、二人とも!」
巨大化したチョッパーが、ゾロとロビン(サンジ)の腕を掴み上げた。
「後は俺がするから、二人とも立ち入り禁止!」
医者モードになるとチョッパーは無敵だ。
二人揃って男部屋から追い出され、甲板に折り重なって倒れる。
咄嗟に、ゾロはロビンの背に手を回して受け身を取った。
ゾロの上に乗り上げる形になり、ロビン(サンジ)が更に赤面する。
「マリモのくせに生意気な!腹巻のくせに!!」
「ロビンに怪我させたら、またお前がぎゃあぎゃあうるせえだろうが」
ゾロは吐き捨てるように言って、ロビンの巨大な胸を押しのけるとサンジがまた「ぎゃーっ」と声を上げた。
「ロ、ロビンちゃんの胸がっ、胸をっ、はァん」
どう反応したらいいのかわからないようで、それでいて相当の衝撃を受けたのだろう。
自分の胸を抱き、すぐに触ってならないものをと奇矯な声を上げて両手を万歳し、揺れる胸の感触にまたはあァぁんと身もだえしている。
「・・・アホか」
ゾロはほとほと呆れて、一人百面相を続けるロビン(サンジ)置いてその場を立ち去った。




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