潮彩町で逢いましょう「秋」 -4-


一行が桜湯で汗を流している間、サンジは普段は番台に座るお梅と男湯に置かれたベンチに並んで座り、楽しく雑談していた。
桜湯の若奥さんのマヤがお茶を運んできてくれたので正しく茶飲み友だちと化していたのだが突如、ルフィの奇声が桜湯中に響き渡って驚きにそちらへと顔を振り向けた。
「うっしっしっし〜〜〜っ!」
「こらーっ!ルフィ、てめえっ待ちやがれっ!!」
風呂と脱衣場を区切る大きなガラスドアの向こうでウソップがルフィを追い掛け回しているのが見えた。
「・・・あいつら何やってんだ?」
「ふふ、若い子は元気があっていいねえ。水鉄砲で遊んでるんだろうね」
「水鉄砲・・・あいつら小学生か?」
というより祭りの後だというのに遊び道具持参とは元気というべきか用意周到というべきなのか。
「まあ、内風呂ばかりの現代っ子には広いお風呂は珍しいだろうからね」
お梅は孫を見るような温かい眼差しで微笑んでいる。
「タイルで、すっ転ばなきゃいいがな」
「ま、それも経験」
ほほほ、と笑うお梅は慣れたもので動じもしない。
「最近は家に内風呂が当たり前になったからねぇ・・・こんな元気な子はあんまり見かけなくなったよ」
が、少し淋しそうに言うから、しんみりしてしまう。
「サンジーッ!」
そこへルフィの声とともにすんなりと伸びた両腕が首へと纏わりついてきてサンジはギョッとした。
「なっ・・・」
「助けてくれよー、ウソップがしつけえんだっ」
「嘘つくんじゃねー!てめえが先に仕掛けてきたんだろうが!」
嘘は俺の専売特許だと目くじらを立てて怒鳴りながらウソップまでもがこちらへ走ってくるのが見えてサンジは必死にルフィを引き剥がそうとした。
「おいっ、離れろ!てめっ、濡れてんだろっが!!」
「やだっ!」
頑として離れようとしないルフィと正面に立ったウソップとに挟まれてサンジは(やばい)と青褪めた。
このままでは巻き込まれてしまう。
「おいっ、二人ともジャレんならヨソへ行けっ!俺を巻き込むんじゃねえっ!!」
「じゃれてなんかねえよっ、俺はルフィに仕返しできりゃあいいんだっ!」
「無理むり、俺はウソップの攻撃なんか喰らわねーよーっだ」
あっかんべーっと舌を出し、煽るルフィに目の前にウソップの顔が「キーッ」と怒りに染まるのが見えた。
「ルフィてっめえっ、もう絶対に許さねえぞっ!」
至近距離で水鉄砲を構えるウソップにサンジは背後のルフィを篩い落とそうと必死になる。
しかしルフィもサンジの躰を楯にして防御しようとしていて必死にしがみついてくるから振り解けなくて三人してすったもんだすることになった。

「・・・あいつら、何をやってやがんだ?」
ガラスドアの向こうの湯船の中で脱衣所の騒動に気づいたゾロがザバリと湯を波立たせて立ち上がる。
「ありゃぁ・・・サンジ巻き込まれちゃってんね」
「えっ?」
「ルフィとウソップの水遊びの最終攻防ライン?」
大きな湯船の中、茶目っ気たっぷりの顔でゾロを見上げるエースの目は楽しそうだった。
「あ、ほら、水掛けられちゃったよ」
茫然と見つめ返してくるゾロの視線の矛先をサンジへと戻してくれる。
「え、あっ、あーっ、ああっーーーーーっ!!」
周囲の者たちが吃驚して振り返るくらいの大声で叫ぶと腰にタオル1枚すらも巻かずにゾロは湯船から飛び出し、脱兎の如きスピードで脱衣所へと走っていく。
「なんだ?」
「どうした?」
幸か不幸か、ゾロの慌てふためく様子に皆の視線が集まる。
「・・・・・あの様子だとサンジだな」
「ああ、違いねえ」
「あ~あ、皆が注目しちゃってるよ」
「・・・案外、ゾロも罪作りだよね」
サンジも気の毒に≠ニ言いながら、エースの目は実に愉しそうに半月を作った。


「うっわあ〜〜っ、やめろって!俺を巻き込むんじゃねえっ!!」
「こっンのやろうっ!」
「べー、当たんねえよーっだ」
「くそっ!ルフィてめっ、人の影に隠れるなんてずりいぞっ!」
「ずるくねえもん!」
「ずるい、ずるい!ずるいに決まってら!!」
ウソップがいきり立って水鉄砲を構えた。
「やれるもんならやってみろよっ!」
ルフィも平然と受けて立つから始末に負えない。
「だからっ!他所でやれよっ!」
叫ぶサンジにお構いなしに二人の水鉄砲が互いを狙いあう。
「ああああ〜〜〜っ、てめえらっいい加減にしやがれっ!」
三者三様での攻防戦。
避ける側と攻撃する側、どちらも必死である。真ん中に挟まれる格好になったサンジには甚だ傍迷惑な話でしかないのだけれど。
「こうなったら絶対に一矢報いてやるっ!」
サンジを楯にしていてなかなかチャンスが廻ってこないウソップはそう言うなり、踵を返して脱衣カゴへと走り寄るから何事かと目が追ってしまった。
「なんだ?」
「さあ・・・」
ルフィの問いかけにサンジも一緒になって首を傾げる。
「じゃ〜んっ!俺様特製巨大水鉄砲カブト≠セ!」
「うっわっ、カッコいい〜〜っ!!」
その水鉄砲を見つめるルフィの目がキラキラと輝いた。
「すんげえっ!どうなってんだ、それ!?」
初めて見るオモチャに見惚れていて攻撃対象が自分であることを失念しているようだ。
「こいつは、そんじょそこいらの水鉄砲とはワケが違うぜ」
ふふん と勝ち誇った顔でルフィを見遣るとウソップはカブトを構えた。
「え、や・・・やめろっ」
その視線の先にはルフィがいることは解かっていてもその動線上にはサンジも入っているのだ。
両手で顔を庇うように身を捩ったものの、ルフィが巻きついたままで上手く逃げ切れなかった。
「うわあ〜っ!」
「うっひょ〜〜〜ぉぉっ!!」
激しい勢いで大量の水が吹きかけられてサンジはルフィ諸共に背後へと尻餅を着いた。
「まいったか!すげえ威力だろ!」
びしょ濡れになって呆然とするルフィとサンジの正面でウソップは得意満面で大きく胸を張る。
「すんげえな!」
すぐに我に返ったルフィが目を輝かせて跳ね起きる。
「へへへ」
「なー、俺にも貸してくれ!」
「お前が素直に負けを認めたら考えてやってもいいぞ」
「えー」
ウソップは飽くまでも強気でルフィの頬が不満にぷうっと膨れた。
「バカ野郎っ!」
しかし濡れそぼったサンジに一喝されて二人揃って「へっ?」と間の抜けた顔を晒した。
「な、なんだよぅ?」
不満から唇が尖っているのを見てサンジの顔も更に険悪になる。
「クソ野郎ども、ちゃんと周りを見やがれ!てめえら、どんだけ桜湯に迷惑かけてんだ!!」
「え・・・わっ」
慌てたように周囲を見遣ってウソップは顔色を変えた。
「室内で、そんな大放水しやがって!」
ここは脱衣所だ。皆が脱いだ衣類や着替えがあっちこっちに置いてあるのだ。
ロッカーに入れた者の分は辛うじて無事なようだが周囲に置いてあった脱衣カゴから床までもが水浸しになっていた。
「あ・・・お、俺、あ、あの・・・よ」
「言い訳する暇があったら、さっさと後始末しやがれ!」
「あ、ああ!掃除、するする。するよ俺」
慌てて掃除道具を探す素振りのウソップとルフィにお梅が「まあまあ」と声をかける。
「コインランドリーは隣にあるから濡れた物はすぐに乾くから慌てなくて大丈夫」
そう言われてウソップの肩から、ほっと力が抜けた。
「それよりね、サンちゃんがびしょ濡れでこのままじゃ風邪ひいてしまうわねえ」
「あ!」
「そ、そうだな!」
「サンちゃんもとりあえずお風呂に浸ったら」
お梅は微笑んでサンジを見た。
「えっ」
しかし、次に飛び出た申し出にサンジの顔は激しく引き攣った。
「いっ、いや、大丈夫さ。俺、こんくれえで風邪ひいたりしねえし!」
「遠慮しなくていいのよ?若いからって過信して躰冷やすとよくないんだし」
お梅は飽くまでも穏やかに気遣ってくれているのが判るから申し出を無下にして断ることもできずサンジは内心で大量の冷や汗をかいた。
「え、遠慮なんてしてねえよ。ほんと大丈夫だから!」
「びしょ濡れだもんな。早く脱いだほうがいいぞ」
必死に手を振りながらその場から後退さるサンジの着衣にルフィの手がかかるに至って彼の顔は蒼白になった。
「いっ、いいって言ってんだろがっ!」
触るなとばかりに躰を隠そうと捻るサンジを背後からウソップが羽交い絞めにしてくるからギョッとした。
「なっ、何しっ・・・」
「子供じゃねえんだ。な、サンジ、言うこと聞いて脱いじまおうぜ」
言いながらルフィとウソップの連係プレイは淀みなくスムーズに続けられていく。
「うっわあっ、てめえらっ何しやがんだ!離せよっ!!」
「ンだよ、サンジ。男同士なんだから、そんな恥ずかしがんなくてもいいじゃんか」
ルフィもウソップも困惑に眉を寄せて尚も抗うサンジを見下ろしながら手は止めない。
「いいから離せよっ!!」
「・・・サンジぃ大人げねえぞ」
怒鳴ろうが抗おうがルフィはお構いなしだった。
上半身の服が剥かれ、サンジの白い肌が露わになる。と同時にその肌に無数の鬱血痕があるのが誰の目にもはっきりと見てとれた。
「あれ、これなんだ?」
手はボトムへと移らせながらもルフィはサンジの上半身をまじまじと見て怪訝な顔をした。
「な・・・なんだよっ?」
じーっと見つめてくるから朱の載った気まずそうな顔でサンジは訊いた。
「こんなアザがつくまでゾロと喧嘩したのか?」
問われた瞬間、周囲からどっと笑いが起こった。
「・・・なんだ?」
周囲を見回すと腹を抱えて笑う者、鼻血を噴いて鼻を押さえている者、何故だか前屈みの不自然な恰好をしている者、トイレへ駆け込んでいく者等々いて皆それぞれにサンジの鬱血の理由を知っているようにルフィには見えた。
「なんだ、お前ら知ってるのか?・・・あれ、ウソップどうした?」
背後からサンジを羽交い絞めにしていたウソップですらそれは同様で、真っ赤になって顔を逸らしていた。
「ルフィ、も、やめたほうが・・・」
「え、何を?」
返事をしつつも既にルフィの手はサンジのボトムの前を寛げ終えて裾から引張り抜くところだった。
「ぎゃっ、それっやめーーーーーーっ!!!!!」
サンジの悲鳴も虚しく、不幸にも水で濡れた着衣は張り付きあい、ボトムと下着が一緒くたになって余分な贅肉のないスレンダーな下肢からずり落ちた。
「ひっ」
「あ・・・・・・・・・・」
短い悲鳴の後に続いたのはルフィの呆然とした声だった。それに釣られるように皆の視線がサンジの下肢 ― 正確には股間だったが ― に集中した。
「・・・・・・・・・・」
誰も何も言わず、その場に気妙な沈黙が落ちた。
次の瞬間、白目を剥いてばったりと倒れる者、盛大に鼻血を拭いて慌てて鼻を押さえその場に屈む者、自らの股間を隠して前屈みでトイレへ向かう者が新たに続出した。




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