潮彩町で逢いましょう「秋」 -5-


「離しやがれっ!クソ野郎どもっ」
ウソップの拘束が緩んだ隙を突いて自由を取り戻すとサンジは慌てて両手で股間を隠した。
「サンジお前・・・ツルツ」
「い、言うなっ!」
「けど」
「うるせーっ!何も言うんじゃねえっ!」
涙目になったサンジの懇願の滲む眼差しで見つめられ、何かを感じたのかルフィも口を閉ざした。
「ぶっはっはっはっは!!!」
その凍るような重い沈黙を破ったのは大きな笑い声だった。
「今、笑いやがったのはどいつだっ!?」
サンジは怒りの形相で振り返って、そのまま目を見開いて固まった。
「な・・・な、んでここに?」
サンジの眉尻が情けなく下がる。
そこには素敵髭を蓄えたサンジのたった一人の肉親の姿が在った。
「ワシとて町内会の行事に顔出すくらいはするだろうが」
正論を言われては押し黙るしかなかった。
しかし不味いところを見られたと思うから肩身が狭い。
「ジジイ・・・」
「しかし。一向に進歩がねえとは思っちゃいたが、お前・・・まだまだチビナスのままだったか」
「へ・・・?」
「その歳でまだ1本も生えてねえとはなぁ・・・」
気の毒そうな言い方の最後に、ふっと嘲笑が交じったことに気づいてサンジは怒りに我を忘れて怒鳴りつけた。
「チビナス言うな!それに俺はツルツルじゃねえっ!!こないだまで、ちゃんと生えてたさ!」
「おいおい、偉そうに見栄を張るんじゃねえぞ」
「ミエじゃねえ!これはゾロの野郎がっ」
そこまで言って自ら口を滑らせたことに気づいたサンジは慌てて口を噤んだ。
「ゾロ?」
ルフィが茫洋とした声でゾロの名前を呟いた時、その傍らをピューッとつむじ風が走り抜けた。
「え?」
「へっ?」
「あ?」
三人三様に間の抜けた声が漏れた次の瞬間には、ぶわりと何かが下りてきたと思ったら大きな布がサンジの躰をすっぽりと覆った。
「な、な、な、なんだ?」
強い力で腕を躰ごと引かれてそちらへ視線を振り向けると、つい先ほどまでのんびりと湯船に浸かっていたはずのゾロの恐ろしい形相が在った。
どこから持ち出したのか、特大のバスタオルでバババババッとサンジの躰を覆い隠して庇うように抱き寄せて牙を剥いた。
「てめらっ、あっち向けっ!見せ物じゃねえぞっっ!!」
怒声に周囲の男たちの視線が右往左往し、ついには皆その場で後ろを向くに至った。
「ふんっ」
皆の視線が外れたことを認めるとゾロは鼻息荒くバスタオルごとサンジを抱き上げた。
「ひゃっ、あ・・・な、な、に・・・?」
「こっンの大バカ野郎がっ!!!」
顔を覗きこむ至近距離の位置から怒鳴られてサンジは驚愕にピタリと動きを止めた。
怒鳴ったゾロがあまりにも悔しそうな顔をしているのが不思議だった。
「み・・・」
「み?」
「見られやがって!!何のために俺が・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
ゾロの憤怒する理由に思い至って今度はサンジの額に青く太い血管が浮いた。
どがっ!!
低く重い音がして皆の視線が恐る恐る音の源へと向けられる。
「いっ・・・痛えっっ!!てめっ、なにしやがる!?」
「うっせえ!元はといやぁ、てめえのせいじゃねえか!!」
所謂るお姫様抱っこの体勢からサンジはゾロの顔を力の限りに蹴り上げていた。
それは見事なまでに綺麗にクリーンヒットでゾロの顎を強打した ― 舌を噛まなかったのが不幸中の幸いだったろう。
「俺のせいって何だっ!?」
「すっ呆けてんじゃねえぞっ、このタコ野郎!てめえがこんなマネしやがったんじゃねえか!!」
「お前が素直にいうことを聞かんからだろうが!」
「人聞きの悪い言い方すんなっ!俺は神輿を担ぎたかっただけじゃねえか!」
「だから!それがダメだって言ってんだろがっ!」
「神輿担ぐのの、どこがダメなんだ!?」
「アホ、その後、皆で風呂入んだろっが!」
「ああっ、今みてえにな。男同士だ、問題ねえだろ!」
「大有りだ!他の野郎に見せてんじゃねえ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?」
ゾロの言葉にサンジは元より、周囲のギャラリーたちの口もポカンと開いた。
「くすくすくす」
お梅の笑う声がサンジの耳を素通りする。まだ思考能力が戻ってこない。
「ちっ」
(さすが長生きしてるだけあんな・・・ババアには敵わねえ)
老女に楽しそうに笑われてゾロは舌打ちをした。
「サンちゃんったら愛されてるねえ」
「・・・え」
「ゾロは独占欲が強いんだって言ったろ」
いつのまにかエースがルフィの傍らで笑っている。
「へ?」
「お前の素肌を他の男に見せたくなかったんだってさ」
「っ」
以前にゾロから聞かされた言葉をエースにまで言われて、思わず顔を振り上げるとバツの悪そうな貌つきのゾロが見えた。
「男心だねえ」
ぼっ
しみじみとしたお梅の言葉に駄目だしされて一瞬にしてサンジの顔が真っ赤に茹で上がった蛸のようになった。
顔から火が出るとはこういうことを言うのかとサンジは実感した。
「あ・・・あ・・・あほかっ!俺は男だぞっ!!」
あまりにも下世話な心配をされたことに思い至ってサンジは羞恥で唇を震わせた。
「この世の中、どこに不埒な奴がいるか判らんだろうがっ!」
怒りに目が眩んでサンジは気づかなかったが、その時ゾロの剣呑に尖りきった双眸は先ほど鼻血を噴いた連中を睨みつけていた。
「っンなこと考えんのは、てめえの腐れた頭くれえだ!!」
バカ野郎と叫ぶサンジの声は悲愴感すら漂っている、のに。
「素直に亭主の言うこと聞きやがれ!」
「誰が亭主かっ!?」
訊き返すサンジへとギャラリーの視線が集中する。
「な、んだと・・・?」
ゾロは激しくショックを受けたようにサンジを見つめた。
「サンちゃん、嫁は旦那の言うことを素直に聞かんといかんよ」
横合いから特に貞操感は大事だよ≠ニお梅がのたまってくれる。
「・・・・・よ、め?」
誰が?≠ニサンジの薄い唇が動くから居合わせた皆が揃ってサンジを指さしてくれた。
「嘘・・・」
その指の集中砲火を浴びてサンジは意識が遠くなりそうだった。
ゾロとサンジ、二人の関係についてはご近所周りにはバレバレだとは思っていた。
けれど役回りが「嫁」だとは考え及んでいなくてサンジはショックだった。
「俺の言い分がが正しかっただろが」
しかし、ゾロに胸を張られてカチンと負けず嫌いの虫が疼いた。
「アホぬかせ!」
ギッとゾロを睨みつける。
「あ?」
この期に及んで、よもやサンジから反撃が飛んでくるとは思っていなかったゾロは呆然とした。
「俺にこんだけの恥かかせやがったてめえを亭主だなんか認めるもんかい!」
「なっ・・・!」
「いいか、この怒りが解けるまでそのツラ、俺の前に晒すんじゃねえぞっ!!」
「なにを言いやが・・・」
「俺の赦しなく一度でもツラ出してみろ、てめえとは絶縁だからな!」
前の喧嘩の時のように容赦などしてやらないとサンジの怒りの眼差しが強く語っている。
「ぜっ・・・てっめ・・・」
ぐううぅぅっと躰の両脇で握りしめた拳が力の入れ過ぎで白くなっている。
どう言えばいいのか言葉が見つからず、上手く言い返せなくてゾロは唇を噛みしめる。
憤怒の形相で互いに睨み合うこと数秒。
「― 解かった」
「え」
ゾロのあまりに潔い一言にサンジも周囲もぽかんと口を開けた。
「お前の怒りが治まるまで会いには行かん」
言ってクルリと背を向けるからサンジのほうが慌てた。
「え・・・って、おい?」
「俺も男だ。お前に恥をかかせた罰は甘んじて受ける」
すたすたと自らの脱衣カゴへと向かい、ぱっぱと着替えを済ませる。
「赦す気になったら連絡をくれ」
それだけ告げるとゾロは桜湯を出ていった。




「ひゅー、ゾロかっこいいぞ」
去っていくゾロの後ろ姿を見やってルフィが口笛を吹いた。
「そんなお気楽なこと言ってていいのかよっ」
ルフィの軽口をウソップが窘める。
もしかしたら二人が絶縁してしまうかもしれない大ピンチだというのに。
「あ?そんなの大丈夫だって」
「どこがだよ。あいつらマジでヤバそうじゃねえか」
どこまでも能天気なルフィと対照的にウソップの顔は苦りきっている。
お梅にゼフ、それにエースに至っては愉しそうに笑っている。
「ゾロには勝算があるんだろ」
「へっ?」
ニヤリと笑うルフィの顔は何故だか悪どく見えた。
「聞いた話じゃ、そろそろゾロの誕生日らしいぞ」
「それって・・・」
「ああ。サンジがそういうイベント事を放ったらかすはずねえからな」
ルフィの話を聞いてウソップは、ゾロの去ったドアを青褪めた顔で茫然と見つめているサンジへと同情の眼差しを投げた。
(なんちゅうか・・・とことん気の毒な気がするぜ、サンジ・・・)




END



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