潮彩町で逢いましょう「秋」 -2-


「ぅ・・・ん?」
何か冷たい感触が肌に落ちるのを感じてサンジはぼんやりと覚醒した。
どうやら激しすぎる情交で意識を飛ばしていたらしい。
「・・・な、に?」
「お、目ぇ醒めたか」
ゾロの普段どおりの声を聞きながら自らの躰の違和感を不思議と思い、視線を巡らせてギョッとした。
「なっ・・・てめっ、な、何してくれてんだっ!?」
「ちっ、完全に覚醒しやがったか」
「なんだよっ、これ!外せよっ、早く外せっ!」
綺麗に二つに折り畳まれた両脚の太腿を太いベルトが固定している ― つまり蹴りを繰り出せない上に身動きすらできない。
その上で、大切なサンジの両手までをも括りつけている始末だから怒らないほうがおかしいだろう。
なのにゾロはしれっとしている。
「アホぬかせ」
「アホはてめえだろっがっ!」
掴みかかろうにも動けなくてサンジの額に太く青い血管が浮き上がった。
険悪な貌でゾロを見遣れば相手は涼しい顔をしているから尚更に腹が立った。
「てっめえぇ〜っ!」
「おっと、動くなよ」
「あっ?」
「変に動くとお前の大事なトコが大変なことになんぜ?」
スイーと動くものに視線を移してサンジはギクリと硬直した。
「なっ・・・ひっ」
「じっとしてねえと二度と使いものになんねえ、なんてことにもなりかねねえぞ」
脅すような口ぶりに躰の硬直が強くなる。
いつのまにかゾロの手には剃刀が握られていて、その刃先がサンジの一生涯を共にするはずの可愛い息子に当てられていた。
「俺ももっとこいつを可愛がってやりてえしな」
怪我をさせるつもりはないのだとゾロは言うけれど。
大事なトコロにとんでもなく物騒なものを当てられてサンジの背を冷や汗が伝う。
「お前がおとなしく、じっとしてりゃあ問題はねえんだ」
「・・・な、何をするつもりだ?」
「うん?ああ・・・」
言葉を濁してベッド脇のサイドテーブルの上からボトルを取って上下に何度か振る。
(なんだ?)
見覚えのあるボトルをサンジは直ぐには思い出せなかった。
「お前を素直にさせるにゃあ、ちっと荒療治かもしんねえか」
ニヤッと笑う顔が妙に楽しそうに見えるのは何故だろう。
「でも、ま・・・諦めろ」
言いながらゾロが掌にボトルの中身を押し出すのを見てサンジは何をされようとしているのかを理解した。
「ア、アホッ!ンなこと・・・っ」
「安心しろ、刃を使うのは慣れてっし」
「そんな問題じゃねえだろっ!!」
どれほど怒鳴ろうとゾロはシレッとして悪びれもせずに掌一杯に押し出したシェービングクリームをサンジの股間へと塗りつけ始めた。
「ひっ、冷てっ、やめっ・・・」
身を捩って股間を隠そうとした途端、ゾロの両手に膝裏を掴まれ、左右に拡げられた。
「な、ひっ」
「じっとしてねえと危ねえと言ったろが」
じゃじゃ馬めと罵られて、挙句、ゾロが鍛錬用に置いていた竹刀を太腿の間に突っかえ棒のように差し挟まれた。
「クソっ、何しやがるっ、やめろっ!」
竹刀を外そうと必死に足掻くうちにゾロにきつくイチモツを握りこまれて「いっ」と短く悲鳴を上げてしまった。
「いい加減にしとかねえとマジでコレが使いものになんなくなるぜ?」
「バカ野郎っ、外せっ!今すぐ外しやがれってんだっ!」
取らされているあまりの恰好に羞恥と憤怒で顔を真っ赤にしてサンジは怒鳴ったけれどゾロは一向に悪びれた様子も見せないどころか平然とサンジを見遣った。
「すぐ済む。― ただしだ。最初に言ったとおり、暴れたらコレの保障はできねえからな」
掴んだままのサンジのイチモツの先っちょをピンと弾いてニッと笑う貌はあまりにも悪どすぎてサンジはヒッと咽喉を鳴らした。
「ま、任せとけ。じっとしてりゃあ、すぐに済む」
ゾロの手にした剃刀が自らの肌へと伸ばされてサンジは身が竦む思いを味わった。
この状態で下手に動けばあらぬトコロに怪我をすることはサンジにだって解かるから躰が妙な具合に緊張する。
平然としているゾロとは対照的で激しい屈辱を感じる。
「お前・・・」
何かを言おうとしても巧く言葉が見つからず、続けられない。
「あ?心配は要らねえ」
安心しろと笑む顔さえ、サンジの不安を煽る。
言いながらシミ一つない白い肌に剃刀の刃を這わせるとビクリと薄い腹がひくついた。
「な・・・マジやめろよ。こんなんシャレになっ・・・」
「俺は冗談なんか言ってねえ」
漸く絞りだした言葉を、至って大真面目なのだとゾロの真っ直ぐな視線に根こそぎ刈り取られて唇の端がひくっと引き攣った。
(美味そうだよな)
その引き攣らせた唇にさえ欲情してしまうのだから堪らないとゾロは内心で思う。
「なおタチが悪いわっ!」
「隙を見せたお前が悪い」
サンジのきつく睨みつける目を真っ直ぐに見下ろして、しれっと言い返すと作業を再開させた。
白い肌に剃刀をアテるのには正直なところドキドキした。
自分の髭を剃る時と心構えすら違ってくるのだから驚きだった。
ジョリ・・・
一刀目を入れると目の前の男の顔が独特の眉毛ごと、へにょんと情けなく歪んだ。
「ぉ、俺の・・・」
相手の動向を一々気にしていても仕方がないから躊躇なくジョリジョリと小気味良い音を立てながらサンジの薄い下生えに剃刀をアて剃り落としていく。
作業を進めるうちにサンジの印象的な青い目に透明な液体が盛り上がるのが見えた。
「・・・ち、・・・ぢ、ぐじょ・・・ぅ」
(ありゃ・・・やりすぎたか?)
思うけれど、もう元には戻れない。既にサンジの陰毛の大半がシーツの上に無残に散っているのだ。
しかしサンジが泣くとは思わなかった。
ゾロとしては泣かせるつもりなどなかったのだが、これは予想外だ。
サンジが泣くとは思ってもみなかったゾロは気まずさを感じつつも表面上は平静を装って作業を続行した。
(どうやって宥めるか・・・)
実際問題。ゾロはこの後をどうやって乗り切るかまでは考えてもいなかったのである。


サンジの体毛は生えにくく、また生えても薄く、それが男として密かなコンプレックスになっていた。
必死になって髭や脛毛を温存してきたのは剃ったら次はいつ生えてくるか判らないという恐怖にも近い感情からに他ならなかった。
それを、この愛すべき緑頭は何を考えてやがるのか。
股間の大事なそれらを今まさにゾロに剃られているのは夢だと思いたい。
夢なら早く醒めてくれと願わずにはいられなかった。
しかし時折、肌に当たる剃刀の刃先が夢でないことを告げていてサンジは泣きたくなった。
否。口惜しいことに涙が滲んでいるのが睨みつける視界のぼやけ具合から理解できた。
「ち、くしょ・・・」
ちくしょうと言ったつもりの言葉は鼻にかかった涙声で発声が濁った。
ゾロは何も言わず黙々と人の股間の毛を剃っている。
その顔つきの真剣さにサンジは「ふっ」と息を吐く。
(剣士が・・・世界一の剣士様が俺の陰毛を真剣な顔で剃ってやがるよ)
泣きたいくらいの屈辱を受けているのに、そのギャップがどうにも可笑しくて唇が歪む。
「くっ・・・」
ここで笑ったら負けだと、唇を噛みしめて笑いを堪えていたらゾロの視線がこちらを向いた。
「泣くな」
「泣いてねえ」
困ったような顔で見つめてくるなと思ったらゾロの剃刀を握っていないほうの手指がサンジの頬へと触れてきた。
優しく、そーっと触れてくる指はシェービングローションのせいでか、ひんやりとしていた。
「強硬手段に出たことは悪りいとは思う。けど、こればかりは譲れねえ」
「え・・・」
何をどう譲れないというのだろう。サンジは目を瞠った。
「・・・こんなのいっときだ。またすぐに生えてくる」
答えをくれないまま、ゾロは作業を再開させてしまう。
「お、おいっ、ちょっと待て!そんなんじゃ、ちっとも意味が解からねえっ」
怒鳴るように言うとゾロの視線は再びサンジを捕らえた。
「・・・・・・」
躊躇う素振りが窺がえてサンジは慌てて言葉を継いだ。
「言えよ。この暴挙の理由」
顎をしゃくって続きを促がすサンジの眼差しは強い。
「・・・み・・・見せたくねえんだよ」
「は?」
とうとう視線を外してしまったゾロにサンジはワケが判らなくて首を傾げるしかなかった。
「お前の裸をだ!」
「へ?」
「神輿担いだ後は皆で桜湯に行くだろがっ!」
町内にある銭湯 ― その名を桜の湯という ― の主が祭りの終わった後に神輿の担ぎ手たちに汗を流せと入湯サービスをしてくれるのが昔からの慣わしである。
「あ・・・ああ。桜湯!でっけえ富士山のな!」
ちなみに富士山というのは奥の壁一面に描かれた絵のことだ。
主の趣味なのか、年に何回か描き替えるのだが富士山というモチーフだけは何年経っても変わらない。
サンジは大きな風呂と、皆でワイワイ楽しく入れることが気に入っていて昔からこの銭湯が大好きだった。
子供の頃から何度も通っているお気に入りスポットだ。
「お梅ちゃん、まだ元気に番台に座ってんだよな」
お梅というのは桜湯の看板娘で今年めでたくも90歳を越えたご老人だがサンジには女性であることに変わりがないから今も「ちゃん」づけで名前を呼んでいる。
サンジはお梅を女性として扱い、お梅もサンジを孫のように可愛がってくれるから今でも二人は仲が良いのだ。
しかしサンジが今、自らの置かれている状況も忘れて愉しそうにそう言うとゾロがギョッとした貌をした。
「どした?」
「お前、もしかして・・・」
「あ?ああ、桜湯だろ。たま〜に行ってんぜ」
「!!!!!」
その言葉にゾロがあまりにショックそうな顔をしたためにサンジのほうが心配になった。
「おい、どうしたよ?」
「く〜〜〜ぅの〜ぉぉぉ・・・アホアヒルめがっ!!」
いきなり怒鳴られてサンジはキョトンとゾロを見つめたままピシリと固まった。
「ゆるい、ヌけてる、アホだと思っちゃいたが・・・」
ゾロは苦虫を潰したような貌で失礼極まることを幾つか口の中で呟き、キッとサンジを睨み据えた。
「今から仕置く」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「2度と外湯へなんぞ行けねえようにしてやるっ!」
「へ・・・・・・・・・・?」
ゾロの形相と言葉にサンジはサーッと青褪めた。青褪めたものの、手足を固定拘束されていては逃げることはおろか抵抗すらできない。
「てめっ、何考えてやがんっ、いっ・・・」
どんなに怒鳴り叫ぼうとゾロの双眸は獣の如き獰猛さで獲物たるサンジを捉えたまま外されることはなく、白い背筋がぞくりと震えた。
「お、俺は男だぞ?・・・た、たかが男の裸じゃねえか」
男が銭湯に行ったことぐらいで何を憤る必要があるというのかサンジには皆目理解できない。
「そういうお前自身の短慮を呪え」
けれど怒り心頭の顔つきで短く言って覆い被さってくるゾロに恐怖すら感じてサンジは必死に頭を振って後退った。
「や、やめろって、な・・・」
しかし拘束されている躰は易々と捕まり、剃られてツルツルになった股間を大々的に晒したままでの羞恥プレイの始まりとなってしまった。
「い・・・いっ、やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
サンジの絶叫は日々、見慣れた明るい室内に哀しいほどに響き渡り、続くはずの文句の羅列はゾロの唇によって跡形もなく綺麗さっぱりかき消された。



next