新婚さんいらっしゃい
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今日は正月か何かか?と思った。
道行く人や客たちの会話、ローカルニュースにラジオでもやたらと「おめでとう」を連発している。
島唯一の繁華街で、一番高いビルの電光掲示板に「ロロノア・ゾロ、誕生日おめでとう」とメッセージが流れた時、そうか誕生日かと思い至った。
伴侶としては失格かもしれないが、今日がゾロの誕生日だと今の今まで気付いていなかった。
「本人、いないし」
サンジはボソッと呟いてから、マフラーの中で首を竦ませて家路に急ぐ。
ゾロは先月末から、出張で留守にしている。

市場に寄ってもマーケットを覗いても、いつにもまして食材が豊富だった。
そしてなぜか、目立つ位置に酒類が山積みになっている。
いかにもゾロが好みそうなラインナップで、安価なものから高価なものまで選り取り見取りだ。
つまみも充実していて、急に思いついてもすぐにパーティを開けそうな品揃えだった。
よくよく考えてみれば昨日…いや、多分一週間ぐらい前から島全体が浮き立つような雰囲気になっていたように思う。
「俺もなんか、祝うべきだったかな」
まだ「今日」なので、挽回は可能だ。
だが本人はここに居ない。
Lineでもしようかなあと思いつつ、なんか恥ずいなと躊躇してしまう。
ゾロとは、事務連絡奈美に必要なことだけしかLineを交わさない。
一緒に暮らしているときは、他愛無いことでも笑い合ったりしていい雰囲気なのだが、メールやLineなどの文面にするとなんだかお互いしゃちほこ張ってしまって、部分的に敬語になる。
いや、いい雰囲気ってなんだよ。

サンジは手にした酒を丁重にその場に置いて、ごしごしと自分の頬を拭った。
ゾロが帰ってくるのは今月末だ。
その時に、ちょっと遅れて誕生日を祝おうか。
今さらなんだと、思われるだろうか。
そもそも野郎同士で誕生日を祝うとか、寒くね?
ってか、俺に祝われてゾロが「は?」とか言ったりしねえ?
でも、一応俺はゾロと夫婦だし。
夫婦となったからには、伴侶の誕生日くらい祝ったっておかしくねえだろうし。
つかめでたいよな。
普通、祝うよな。
むしろ、今日の今日まで知らなかった俺ってかなり、やばいんじゃないか。
伴侶としての自覚が足らなすぎね?
でも、ゾロってそういうの気にしなさそうだし。
むしろ「Happy birthday!」ってメッセージ送ったら、引かれね?
生まれてきてくれ(人''▽`)ありがとう☆とか、あなたに会えてよかった(〃ノωノ)とか、寒いだろ寒すぎんだろ。

サンジはぐるぐる回る思考を抱えたまま、自分の分だけの食材を買った。
他の人の買い物籠の中身が、やたらとキラキラと煌めいて見える。
どの人も温かな笑顔に満ちていて、独り身が切ない。
一人じゃないんだけど、ちゃんとゾロは居るんだけど。
仕事で留守にしてるだけなんだけど!

なんとなく打ちひしがれた気分でマーケットを出てから、キッチン用品の買い忘れに気付いた。
帰り道で買い足そうと、薬局に立ち寄る。
目当てのモノだけをもってレジに並んだが、レジ横には大量にゴムの箱が山積みされていた。
大容量で大特価セール、プレゼント用にラッピングもOK
誰が?誰に?なんのために???
なんでこんなにたくさん、しかも特大サイズばかり取り揃えて、どこに需要があるってんだ???

思わず箱の山を見上げて目を白黒させているサンジに、店員が愛想よく話し掛けてきた。
「本日だけの大特価ですよ、この機会に買い溜めいかがですか?」
「え、いや…うちは別に必要じゃないし」
生真面目に答えたら、店員の笑顔がキリッと真顔になった。
「いけません!いくら愛情が深くともお互いのためのマナーです、エチケットです。必要ないとか、言語道断です!」
いや、ほんとに必要ないんだけど…

二の句も継げないでいるサンジの両手に、どんどんどんと大箱が三つ積み上げられた。
「次の方、どうぞ」
その勢いでレジの順番が来て、呆気に取られている間に清算されてしまった。

「ありがとうございましたー」
自動ドアが開いて、両手に荷物を下げたサンジがよろよろと出てくる。
確かに、腐るもんじゃないけど。
買い溜めしとけるもんではあるけど。
こんなにたくさん、使わないものを買わされてどうしよう。
っていうかこれ、どこに置いておいたらいいんだ?
サンジは一層困り果て、力なく項垂れて帰路に着いた。

とりあえず、家に着いたら温かいお茶を飲んで一息ついて、食事を作る前にゾロにLineだけ送っておこうか。

「誕生日おめでとう」
それだけでもう、充分。










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