Silent noise
-7-




ゾロの広い背中を宥めるように擦る。
大型の獣を懐かせているようで、悪い気はしない。
もうちょっと体力が回復して、こいつをこのまま蹴り飛ばせるくらいにまでなったらきっとまた、元通りだ。
失ったものなどない。
傷付いたものなど、ない。
なのに―――

ゾロが小さく震えている。
瘧のようにかくかくと揺れる頤を不思議そうに眺めて、サンジは顔を上げた。
ゾロの顔が歪んでいる。
ふと胸を突かれてサンジは伸び上がるように身体を起こした。
ゾロが、頬を真っ赤に染めて、額に青筋を浮き上がらせて、歯を鳴らしている。
怒りを堪えきれない子どものように、全身で駄々を捏ねて暴れたいのを必死で抑えているかのように。

「あんだってんだ、てめえ・・・」
戸惑いながら、サンジはシャツを引き寄せてゾロの腕の中で小さくなった。
庇護されているようで非常に不本意な状態ではあるが、ゾロを無碍にするのは気の毒にも思える。
それほどに、今サンジを包んでいるはずのゾロが、不安定に見えた。
まるで、傷付いているかのように。

「なんでてめえが、そんなに怒るよ・・・」
「うっせ・・・」
口を開けばかちかちと歯が鳴った。
「どういう訳か、めちゃくちゃ腹立つ・・・」
声が震えている。
「仲間がボコられたからか?そういうタイプじゃねえと思ったんだけどよ。」
サンジの言葉に無言で首を振る。
ウソップがボコボコにされた時だって怒りはあったが静かだった。
ならばこの、抑え切れない衝動は―――

「てめえを、汚された。」
一瞬、サンジは笑っていいのか怒っていいのかわからなくなって、結局呆れてみた。
「・・・なんだそれ。」
「汚された。てめえを。」
もう一度言われて、ともかく怒りを取る。
「なにほざいてやがる。レディじゃあるまいし汚れたもクソもねえだろっ」
「うっせえ、てめえ野郎の経験あったのかよ!」
「ねえよ!」
「ならやっぱり、やられちまったんじゃねえか畜生!!」
お互い抱き合いながら鼻突き合わせて怒鳴り合うのは端から見れば滑稽だと思うが、二人ともなぜか余裕がない。

「畜生ってなんだよ、大体ケツ貸したくらいがなんぼのもんだ。ヴァージン失うわけでも、孕むわけでもねえ
 じゃねえか。なんも変わってねえよ俺あ!」
「ガリガリのぼろカスになってっじゃねえか!」
「食ってねえだけだ。」
「食えなかったんだろうが」
「これから食う、そして元通りだ。」
ゾロはサンジが抱えたシャツ越しに引っ張って顔を向けさせた。
「元にゃ戻れねえ、てめえは変わった。」
きっぱりと目の前で言い切られて、紅潮したサンジの頬がほのかに色を引く。

「・・・変わって、ねえよ。」
「いいや変わった。てめえなら、そもそもこうやって俺の腕ん中で大人しく収まってる訳がねえ。」
「な・・・」
「そんな風に必死こいてシャツ掴んで固まってるなんざ、てめえじゃねえ。」
ぶわっと怒りが込み上げた。

「あんだよそれ、ちったあ大人しくしてて悪いかよ。俺だって凹む時くらいあらあ、それをてめえズカズカ
 土足で踏み込むような真似しやがって・・・」
挙句に裸に引ん剥かれて一方的に詰られた。
「どうせ俺あ野郎にカマ掘られた情けねえ男だよ、軽蔑すんならしろよ。俺が汚ねえっつうんなら・・・」
ずきん、と裂かれるように胸が痛んだ。
自分の言葉が、自分を切り裂く。
「こんな手で作った飯なんか食えねえんなら食うな!」
ゾロの鳩尾を狙って膝を入れ、腕の中から抜け出そうとした。
が、体勢を崩しながらもゾロは力を緩めようとしない。
床に手をついて這い蹲ってもがくサンジの上に乗り上げて、ゾロはシャツを無理やり引き剥がした。
布の裂ける音が陰惨な夜の始まりを思い起こさせて、無意識に身体が震える。
「てめえがそんな風に・・・」
ゾロの声が興奮で上擦っている。
肩に掛かる熱い息に怖気を感じてサンジは死に物狂いで抵抗した。
「俺の腕の下で身体強張らせて震えるなんて、許せねえ。」

言ってることとやってることがバラバラだ。
とにかく今は、ゾロのでかい手が嫌だ。
圧し掛かる重さが嫌だ。
顔に掛かる息が嫌だ。

「やめ、ろ・・・」
絞り出した声はか細く・・・悲鳴に似ていた。
塞ぐように重ねられた唇越しに、歯を立てて噛みつかれる。
舌を引き出され強く吸われて、サンジは込み上げる吐き気をなんとか堪えた。
嫌だ嫌だ、気持ち悪い―――

身体を軽く反転させられ、膝裏に手をかけて開かされた。
股間を押し付けるように開いた両足の間にゾロが腹を押し付けてくる。
縮こまり萎えた茂みに腹巻が当たって、不意にこれがゾロだと認識させられた。
目の前には緑の髪。
喰らい付いているのは、浅黒い顔。
直線のまま顰められた眉。
口内を蹂躙するのは、いつも刀を咥えたまま喋る器用な舌だ。

ふと、こわばりが解けた。
すぐに気付いたのかゾロの動きが止まる。
サンジの歯列の裏を擦るように舐め取って唇が離れた。
ほう、と思わず安堵の息が漏れる。

「も・・・止めろよ・・・」
サンジは目を伏せて両手でゾロの肩を押しやった。
足は痛いほどに開かれたまま、腰を抱かれて押し付けられている。
そこに手を差し込まれて、慌てて身を引くのに腰を掴んだゾロの手がそれを許さない。
「やめろってっ」
「どんな風に、されたんだ?」
いきなり耳を打ったゾロの台詞に、信じられない思いで顔を上げる。
見つめ返すゾロの白目が、興奮で血走っている。
本気だと、瞬時に悟った。
ゾロもまた、俺を犯そうとしている。

「やめろっ・・・」
「どんな風にされた、言ってみろ。」
ゾロの鼻息が荒い。
本気で恐怖を感じて逃れようと足をバタつかせるのに、開かれた股間を掴まれて身動きが取れない。
「やめろ、嫌だっ・・・」
やわやわと、力を入れすぎないようにしてゾロがゆっくりと手を上下させた。
ずくん、とはしたないほどに腰が揺れて鳥肌が立つ。
これ以上は、やばい・・・
暴かれる、何もかも・・・


「嫌だっ」
サンジは平手でゾロの頬を打った。
乾いた音を立ててもう一度振り上げた手はあっさりと片手で止められ押さえ込まれた。
その間にも、もう片方の手は動きを加速させサンジを追い立てる。
「・・・く」
唇を噛んで顔を背けた。
勢いで押し倒されてしたたかに背中を打った。
ゾロは反らされた平らな胸に舌を這わせて、申し訳程度に色づいた尖りを口に含む。

「・・・」
何も感じないように、動かぬように、息をしないように―――
すべての営みを止めて堪えるのに、意思に反してサンジの全身が朱に染まり始めた。
勝手に高鳴り始めた鼓動が、すぐ耳元でがなり立てるようにうるさい。
それにつれて息は上がり、口を閉じても鼻で繰り返される呼吸音は明らかに大きくなっていく。
ゾロの口の中で微妙に変化したそれは固く大きく形を変え、もっとと強請るように背筋が伸びゾロの唇に
押し付けられた。

どくりと、大きな掌の中で己が息づくのがわかる。
サンジは目を閉じ、観念して力を抜いた。
途端に包まれる快楽の波に、いっそ溺れてしまいたい。
この手がゾロでなければ、もっと早く我を忘れて狂っただろう。

長い間時間をかけて飼い慣らされた、従順な性奴隷として。







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