Silent noise
-6-




相当怒らせた自覚はあったが、日が暮れてからラウンジに戻れば、食卓の上にはゾロの分まで皿が用意してあった。
つくづく律儀な奴だと感心する。
一応咎められる前にと手を洗いにシンクに向かえば、隣に立つサンジが横を向いたままカニ歩きで後ずさった。

「・・・」
意味ありげに不機嫌そうな横顔を見る。
「なんだ、警戒してんのか。」
「当たり前だろうがこの腐れホモ、むっつりスケベ、変態腹巻」
「・・・別に、てめえをどうこうしようと思っちゃあいねえぞ」
「当たり前だこの腐れホモ!」
「今すぐに、とはな」
「・・・当たりま・・・へ?」
同じ高さにある視線が、驚きに見開かれる。
目尻から頬にかけての線が不自然なほど真っ直ぐに縁取られていて、それに気付いた途端腹の奥が重くなった。
腕を上げて触れる直前、サンジは弾けるように身体を仰け反らせ、したたかに脛を蹴った。

「いってっ」
「っざけんな!」
さっきまでぼうっとしていた表情がにわかに紅潮し、険しくなっている。
「話聞いたからって、欲情してんじゃねえぞ。何考えてんだてめえ、溜まってんならとっとと街へ降りて
 お姉さまにお相手して貰え!」
「・・・溜まってねえ」
「なら触るな、そんな目で俺を見るな。頭ん中で、俺を犯すな!」
最後の声は悲鳴のようだった。
そんな訳無いだろうと言い掛けて、止める。
確かに、想像した時点で犯したことになるかもしれない。
サンジは汚いものでも見るように顔を歪め、口元を手で覆った。
信じられねえと小さく呟く。

「なんだよ、否定しねえのかよ・・・」
「ああ?頭ん中でってか?・・・そうだな」
あっさりと肯定されて、絶望したように呻く。
「よせよ、勘弁してくれよ」
「別に、手を出しゃしねえって・・・」
「けどお前はこれからも、そういう目で俺を見んだろうがっ」
調理するために捲くられた二の腕の、刻み込まれた痣が目に飛び込んでくる。
髪を掻き毟り悔しげに歯を鳴らすサンジは、そんなことまで気が回らない。
ゾロは一歩近付いた。
過激なほどに反応してサンジが飛びすさる。
ゾロがなおも踏み込む。

「よせって。」
「いつまでそうやって逃げる気だ。一生か」
「てめえがそうやって追いかけるからだろうがっ」
壁板に身体を押し付けるようにして、サンジは腕を交差させて自分の身体を抱きかかえた。
「・・・卑怯だぞ。」
「てめえこそ、そんな目で俺を見るな。止まらなくなる」
サンジの顔の横に両手をついて、囲い込む形で追い詰めた。
ひゅっと息を呑む音が、すぐ傍で耳を打つ。
見返す瞳に浮かんだのは明らかな怯え。
それを見たくなくてゾロはサンジの目元を掌で塞いだ。

「ゾロ・・・」
まだ少し荒れた唇が、震えながらその名を呼ぶ。
その声も聞きたくなくて、ゾロは噛み付くように塞いだ。







抱き締めればよりリアルに、身体の薄さを感じ取れた。
背骨が浮き上がり肩甲骨が硬く尖っている。
俄かに湧き上がった庇護欲にかられながらも、ゾロは荒々しくサンジの唇を貪った。
こんな風に、ギンという男もこいつを抱いたのだろうか。
いや、犯したのだ。
自由を奪い閉じ込めて、思いのままに蹂躙した。
催眠がどうとかほざいていたが、犯した罪に変わりはない。
それならば―――
こいつにとって、俺も同じか。
いや、ギンより性質が悪いだろうな。
こいつにとって俺は、弱みに付け込んだケダモノだ。



大人しく舌を差し出しゾロに吸わせていたサンジが、軽く唇を食んだ。
何か言いたいらしい。
抵抗はないと踏んで、ゾロは顔を離す。
「こりゃあ、口止めだぞ」
思いもかけぬ台詞に目を見開く。
「好きにさせてやっから、てめえ口外すんじゃねえ」
「ふざけるな」
ゾロは唸った。
「最初から、誰かに言うとか言ってねえだろが俺は。口止めなんざ必要ねえ」
「なら、なんだよこれはっ」
ゾロの腕にすっぽりと包まれて、サンジが吼える。
文句を言う口をもう一度塞いで、骨が軋むほど強く抱き締めた。
「四の五の言うな、俺あ滅茶苦茶腹立ててんだ」
「腹が立つのはこっちだ、この野郎」
シャツを引き抜き、毟り取るように脱がせる。
現れた身体は想像以上に痩せこけて、鎖骨からアバラまでが浮いて見えた。
そこかしこに、赤や青の痣が残る。
「乱暴されたんじゃねえっつってなかったか?」
「乱暴じゃねえよ、愛情表現だって・・・」
乾いた笑いでそう言って、サンジは両手で顔を覆った。
みっともねえと低く呻く。
「くそっ」
背中を撫で上げて、腰から手を差し入れた。
抵抗なく軽く拳が入る。

「てめえ、マジろくに食ってねえだろう。」
「食えるかっての。」
「食え馬鹿。そんなだからいつまでもひょろってんだ」
「てめえみてえな超合金神経した奴にゃあわかんねえよ」
サンジの身体を目の当たりにして、改めて受けた傷の深さを知った。
確かに目立った外傷はない。
だがゾロに対する抵抗を諦めたサンジは、夢を追う生気すらも無くしたようだ。
そのことがゾロを苛立たせた。

「女じゃねえんだからなんてこたねえって、言ったのはてめえだろうが。何ダメージ受けてやがる」
「それに追い討ちかけてんのはてめえだろうが。どの面下げてんなこと言えんだっ」
二人もっともな言い合いをして床に転がった。
折れそうな腰に圧し掛かりまた口づけを繰り返した。
何度もキスを施すことで、ゾロを支配しているものが欲情だけではないと知らせたかった。
「やるんなら、さっさとやれよ・・・」
サンジは両手を床に投げ出して目を閉じた。
どうすればこのモヤモヤした気持ちを伝えられるのかわからないまま、ゾロはバックルを外して下着ごと
ズボンを剥ぎ取る。
浮いた腰骨がそのまま白い骨に見えて、顔を顰めた。

こんな身体になるまで抱いて、抱き潰すつもりだったのか。
いくら抵抗できなかったとは言え、1ヶ月だ。
1ヶ月もの間、こいつはどんな思いでいいようにされていたのだろう。

伸ばしかけた手を握り締め、身体を起こす。
気配を感じてサンジは薄目を開けた。
くしゃくしゃに放り出されていたシャツを手に取り、その薄い身体にかける。


「・・・ははっ・・・」
サンジは寝そべったまま声を立てて笑った。
「ざまあみろ、見て萎えてんじゃねえか。ははは・・・」
野郎の裸なんて想像するだに気色悪いのに、ましてやこんな身体を目の当たりにして、萎えない方がおかしいんだ。
「見る前に気付けよ馬鹿、好きなようにひん剥きやがって・・・」
シャツを羽織り身を丸めるサンジを、ゾロは服越しに改めて抱き締める。
「よせっての、畜生・・・」
嫌がって身を捩るのを許さず、足でも抱え込むようにして抱いた。
「くそ、これ以上恥かかせんなっ・・・」

尖った顎を掴んで上向かせ、またキスをする。
唇を食み舌を絡めて、何度も何度も吸った。
ぴちゃりと、淫猥な音が響く。
口付けながら溜め息を漏らし、サンジがまた目を閉じた。

「・・・なんなんだよ、てめえ・・・」
頬を舐め耳を齧り舌で探る。
首を竦めた拍子に金の髪が鼻先を擽った。
ぐわりと、ゾロの身体を欲情が駆け巡る。
「萎えたんじゃ、ねえよ・・・」
自分でも驚くほど掠れた声で囁く。
「このままじゃ抑えきれねえ。今度は俺がてめえを抱き潰す。そりゃあ、嫌だ」
腕の中でサンジが僅かに身じろいだ。
「・・・どこまでもお優しい男だな」
「お優しいのはどっちだ、人が好いにも程がある」
ゾロはサンジそのものが嫌悪の対象のように吐き捨てた。

「催眠に掛かってようが操られてようが、そいつはてめえをこんな目に遭わせやがった」
背中を覆うように回された両腕に力が込められる。
遠慮なく放たれる怒りの気は熱射のごとくサンジを包み、炙った。
「どうせてめえのことだ、なんもなかったみてえにそいつを許し、笑いかけ、飯も食わせてやったんだろう。
 改めて。」
さっきからサンジはゾロの腕の中で何回も吃驚を繰り返している。
どうしてこんなに、こいつは俺のことをわかっているんだろう、一体いつから。
こんなにも俺を、見てるようになった・・・?

「だが俺あ許せねえ。てめえが許したって別の話だ」
「・・・なんで・・・」
それが繋がらない。
どうしてこんなにもゾロが怒る。

・・・義憤か?
案外と義理堅く情の熱い男だから、他人の話でも捨て置けないのだろうか。
もしもこれが、考えたくはないがナミやロビンだったら、自分だって怒りに駆られて取り乱しただろう。
そう思えば、ゾロの気持ちも理解できないでもない。
だが所詮、自分は男だ。
男が男に拉致られて暴行されたって、結局はてめえが間抜けだっただけのことだし、ある意味一方的に
相手だけを責めるなんてできない。

「やっぱり、てめえは優しいよ」
サンジは抱き込まれた不自由な状態で精一杯腕を伸ばした。







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