Silent noise
-5-




肩が揺れなかったか、ゾロに動揺が伝わらなかったかと内心ハラハラしつつ、サンジは強張った指を解いて
殊更ゆっくりと頬杖をついた。

「あ〜・・・」
「あの、レストランでてめえに餌付けされてた野郎だろう。違うか」
「あ〜・・・、当たり・・・」
自らの緊張を解すように、サンジはゆっくりとテーブルに突っ伏す。
だらんと腕を伸ばし猫のように背中を丸めた。

「ギンってなあ、俺に惚れてたんだとよ・・・」
ゾロは腕を組んで奥歯を噛み締めたまま、俯いたサンジの旋毛を睨み付けている。
「あいつ、鬼人って呼ばれるほど容赦のない戦闘員でさ、なのに俺に惚れたらちいと優しくなっちまった
 らしくて・・・それがやばいって、クリークに催眠掛けられたんだ。本来のあいつは、あんな奴じゃねえって
 俺は今でもそう思ってる。でも俺に惚れてるってのは本気だった。だから、俺は許したんだ。
 ・・・なあ、レディじゃねえんだからレイプされたって問題ねえし、ギンとは納得ずくで別れたし、クリークは
 海軍に捕まったし・・・大団円じゃん。少なくともこの船を、みんなを脅かすようなことはこの先も発生しねえよ。
 だからもう、この話はこれきりにしようぜ」
俺も大概傷付いてんだよ、と小さく呟いた。
ゾロの胸が、それに呼応するように疼く。

「もう一個聞かせろ。俺らを見かけてからすぐ、そいつをボコったっつったな。だがそれから更に1週間ほど
 間があるぞ。その間、てめえ何してた」
テーブルに突っ伏したまま、サンジは両腕を交差させて首を振った。
目元を擦りながら唸る。
「あああもう〜・・・大概しつけえ・・・デリカシーの無い奴ってこれだからっ・・・」
「・・・どうなんだ」
ううーと声を漏らし、勢いで顔を上げる。
「あのなあ、一応俺も焦ったんだよ。心配かけてんのはすげえわかってたし、早くナミさん達にも
 会いたかったしよう、けどよう・・・」
くしゃりと顔を歪める。
「狭え船に、病気持ち込む訳にはいかねえだろ」
ゾロの額に青筋が浮く。
何か言いかけたのを手で制して、がしがしと頭を掻いた。
「いや、あくまで可能性の話だ。幸い相手はギン一人で、しかも最初に犯られた日から1月は経ってた。
 だから比較的簡単な検査で済んだんだ。ギンを倒した後に医者を呼んで、ギンを診て貰うついでに俺も
 診察を受けた。それでも、やっぱ結果が出るまで1週間はかかっちまったんだ」
ゾロは言葉を飲み込んで、イスに座り直す。
サンジも新しいタバコを取り出して火をつけた。

「ギンは一人で出て行って、そいでカタをつけたんだろうよ。俺が自由になってからは、あいつも俺に
 指一本触れようとはしなかった。あいつなりのケジメだったんだろ。俺はあいつを殺せなかったことを、
 これからも後悔する気はねえし」
ふう、と深く煙を吐き出す。
「これで全部だ。どうだ?俺はちゃんと釈明できたか?お前はこれで納得したか?」
タバコを咥えたまま手を合わせ、挑発的な目つきでゾロを見る。

「てめえからナミさん達にどう報告するかは、勝手にしろ。俺はもう二度とこのことは口にしねえぞ。
 もっかい皆の前で同じこと言えっつったら、俺あもうこの船降りるからな」
ゾロは腕を組んだまま、肩を揺らし息を吐いた。



「ナミに報告するつもりはねえ」
ワインをグラスに注ぎ、一気に呷る。
「元々ルフィは済んだことだとしてる。もう、てめえに何も問題はねえ」
「はっ・・・なんだよそれ。」
サンジは目を剥いた。
「それじゃあ何か?俺が今一世一代の大告白をした、今のこれはなんだったんだよ。てめえに聞かせる
 ためだけかよ。てめえの好奇心を満足させるためか?てめえ、てめえが納得してえだけで俺に聞いたのか?」
「そうだ」
即答されて、サンジの方が卒倒しそうになった。

「な、な、な・・・」
「悪いが俺は、今度どっかでそのギンって野郎を見つけたら殺すぞ」
「はあっ?」
今度こそ、サンジはガボンと口を開けてタバコを落とした。
「噂聞きつけただけで草の根分けても探し出して、息の根を止める」
きっぱりはっきり、ゾロが断言した。
「ちょっと待ておい。関係ねえだろうが、つうかてめえ、俺の話興味本位で聞きだしたな?」
サンジはなんとか本題に戻そうとした、が。
「聞いてから関係あるかどうか判断するっつった」
「関係、あったか?」
「ないような気がするが、どうしてもそいつあ捨てておけねえ」
「いや捨ててくれ、つうかもう頼むから忘れてくれ」
「無理だ」
サンジはがっくしと肩を落として再度テーブルに伏せた。
なんだか疲労困憊だ。

「ゾロよ・・・」
「あ?」
「理解してくれたんなら、もう俺の見張りも無用だろ。街へ降りろよ」
「・・・」
しばし考えているようだったが、いいやと低く応えられた。
さらに脱力する。

「あのなあ、ゾロ」
「うん」
「俺あな、今回のことは死んだってナミさんやロビンちゃんには知られたくねえ」
「・・・」
「それとウソップやチョッパーにも・・・自分より年下の野郎共にだって知られたくねえわさ」
「ああ」
「けどよ、本当に知られたくなかったのは、てめえだよ」

サンジは半眼のまま顔を上げた。
「てめえ、これから俺のこと野郎に掘られちゃった可哀想な奴・・・なんて、間違っても思うなよな」
「・・・」
意味ありげな沈黙に、サンジはいやいやゾロを見た。
ゾロが、至極難しい顔をして考え込んでいる。
こいつがこういう顔をして物を考えると、ろくなことがねえ。

「てめえに対する見方を変えるなってことか?」
沈黙の後ゾロが口を開いた。
「そうだ」
「無理だ」
サンジは衝動的にテーブルをひっくり返したくなった。
が、堪える。
その後多分、片付けるのも自分だから。

テーブルに手をかける代わりに拳で押さえ込むように力を堪えて、サンジは神妙に言葉を選んだ。
「そう、言うなよ。忘れろとは言わねえが、気にせずには暮らせるだろうがてめえも大概大人なんだからっ・・・」
筋の白く浮いた拳が目に見えて震えている。
サンジは必死で怒りを堪えた。

「自信がねえ」
ぶちっとどこかで音がした気がするが気のせいにした。
それにしても、いけしゃあしゃあと人の傷に塩を塗り込んでくれる、この男の無神経さには怒りを通り越して
眩暈さえ覚える。
「なに情けねえこと言ってやがる、この未来の大剣豪さんよ。それとも何か、野郎に犯られた汚ねえ俺の飯は
 もう食えねえって、そう言いたいのか?」
言った言葉に自分で傷付いた。
サンジが一番恐れていることだ。
ゾロは「ああ」と軽い声を上げた。
「それでか、てめえがやたらと手を洗いたがるのは。気にすんな、俺はそんな風には思わねえ」
どうしてこういう時だけ察しがいいんだよ!
サンジは口の中で呪詛を唱え、イスを蹴って立ち去りたいのを我慢した。
何が何でもゾロに対して口止めをしておかなければ、この阿呆は皆の前で何を言い出すかわからない。

「それよりもっと即物的な問題だ。俺あもう、勃ってんだよ」
―――は?
「てめえの話聴いてから頭ん中がもう、いらん想像でいっぱいいっぱいなんだ。だから、立てねえ」
「・・・」






強烈な破壊音がラウンジに響いた。

「こんの色欲魔獣!恥知らず!歩く下半身!脳内マリモのクソハゲ野郎っ!てめえなんか死んじまええええっ!!」
涙交じりの罵声を残して、サンジはラウンジを出て行った。

後に残されたのは前屈みの姿勢のまま壊れた壁に減り込んだゾロだ。
ぱらぱらと木屑が落ち、新たなヒビが入る。

「・・・まーたウソップに泣かれるな」



ゾロはその形のまま腕を組んで考えていた。

さて、どうしたもんか。







next