Silent noise
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気候に恵まれたせいか、予定より早く港に着いた。
前の島での大捕り物の影響からか、やたらと海軍の姿が目に付く。
帆を畳み慎重に、目立たない船着場を探した。

「で、今回の船番なんだけど・・・」
言わずとも、サンジ自ら手を上げる。
「俺がします。前回見事にすっぽかしたからね」
「・・・当然ね」
ナミは腕を組んで頷くと、ひょいとゾロに振り返った。
「ゾロ、あんたも一緒に船番して」
「ええっ」
抗議の声を上げたのはサンジだけだ。

「悪いけど、船番してると思ってまたどっか行かれると困るのよ。ゾロは見張りとしておいておくわ」
「・・・ナミさん・・・」
演技ではなく、サンジが傷付いた顔をした。
それから目を背けるようにナミは皆に向き直る。

「はい、じゃあお小遣い配るわね。ログが溜まるのは1週間よ。今度こそ、皆遅れずに帰ってきてね。
 単独行動はなるべく慎むように。わかったわね」
あきらかな当て付けの言葉に、サンジはナミの後ろで肩を落としている。
さすがに気の毒になって、ウソップは同情した。


「それじゃ解散。いーい、くれぐれも派手な行動は謹んでよ」
ろくな返事も返さないまま、ルフィは鉄砲玉のように飛び出していった。
ウソップとチョッパーも早々に退散する。
ロビンに続いたナミが、ゾロにくれぐれもよろしくと念押しして降りていった。




「お気をつけて〜v」
見送るハートも心なしか元気がなく、サンジはがっくりと船縁に凭れて膝をつく。

「あああ〜、完璧にナミさんに嫌われちゃった。うわあああん」
「仕方ねえな、ありゃあ結構しつけえぞ」
「そんな失礼な言い方をするな!ナミさんは情熱的なんだっ!」
よくわからない反論をして、またがっくしと船縁に懐く。

潮臭い板に額をくっつけたまま、ぼそぼそと呟いた。
「てめえも、どっか行っていいぞ。俺あもうどこにも行かねえから・・・」
「どうだかな」
ゾロの言葉にかっとして振り返る。
「てめえこそ、しつけえじゃねえか。嫌味な野郎だな」
「俺は終わったと思ってねえよ」
ゾロは腕を組み、挑むように言い据える。
「むしろてめえが元に戻るのをずっと待ってた。話をつけるのはそれからだとな」
「な、んだと?」
意味がわからなくて、サンジの怒りが削がれる。
「てめえ、ちったあ戻るかと思ったが、あんまり食ってねえな。ひょろひょろのままじゃねえか。それにタバコを
 吸い過ぎだ。後、やたらと手を洗ってやがる」

「・・・」
驚いて声も出ない。
動揺を隠すのも忘れていた。

「なんでてめ・・・そんなこと気付きやがんだ」
「しょうがねえだろ。気になってんだ」
サンジは船べりに持たれて火をつけないまま噛んだタバコを指に挟む。
その手首を捉えて、ゾロは手前に引いた。

「よせって・・・」
「もうとっくにバレてる。ちゃんと見せろ」
袖を引いたらカフスが跳んだ。
布地の裂ける音もしたが、ゾロは気にしない。
痩せた手首を目の前に翳し、口を真一文字に引き締めた。

色は随分薄くなったようだが、まだ黒や黄色の斑な痣がぐるりと輪を描くように残っている。
しかもそれは長く拘束されていた証か、文様のようにくっきりとその形を浮かび上がらせていた。

「・・・鎖か」
サンジは手首を掴まれたまま、長い指をひらひらと振った。
「ったくよお、いきなり人を連れ込んで鎖でぐるぐる巻きにされたんだって。まあ俺様は頭いいから、
 大人しくして油断したところを見計らってボコって出てきたってそういう訳さ」
「それに、一ヶ月掛かったってのか」
サンジは視線を外して黙る。

「一ヶ月、掛かったんだろ。てめえがあの島に着いたその日から足取りが消えてんだ。一ヶ月・・・こうして
 括られてたのか」
ゾロは無抵抗のサンジの両手を片手で纏め上げ、目線より高く引き上げた。
サンジの顔色が変わる。
だが平静を装い、視線だけ落とした。

「離せ、鬱陶しい。そういうこったよ、わかっただろ」
ゾロの手を弾くようにして振り払った。
ゾロもそれ以上追いかけず、素直に手を離す。
「とっ捕まってたなんてマヌケだから、ナミさん達には言いたくなかったんだ。わかれよ、そういう男心」
わざとおどけて見せるのに、ゾロは硬い表情のまま喉の奥で唸った。

「・・・何、された」
「んあ?」
間延びした声で、面倒くさそうにサンジは返事する。
「捕まってる間、どこにいて何された」
「・・・それ、てめえに言わなきゃなんねえ?」
船縁に両腕をかけて、だらしなく凭れ掛かる。

「もう終わったことだし、関係ねえんじゃねえの」
「関係ないかどうかは聞いてから決める。お前も海賊の端くれなら、身に起こったことの釈明くらい自分でしてみろ。
 ナミ達が不安に思うのはてめえの心配だけじゃねえ、自分たちにも飛び火しないか、お前が余計なトラブルの種を
 船に持ち込まねえかってことだ」
詭弁だ、と自分でも思う。
だがゾロは、卑怯だとわかっていてわざとサンジを追い詰めた。

「信用してない訳じゃねえとは、もう言えねえ。てめえは一度裏切った。仕事を放棄し、約束に遅れた。それを
 裏切りじゃなかったと、自分で証明しろ。そうでないと、お前は俺たちの信頼を取り戻すことができない」
海を見つめるサンジの背中が、力なく傾いだ。
正論を振り翳す己の姑息さに嫌悪を感じながらも、ゾロは根気よくサンジの答えを待つ。
しばらくして、サンジはゆっくりと振り返ると口元に張り付いたような笑みを浮かべてゾロに歩み寄った。

「ここじゃあれだ。ラウンジに行くぞ」











まだ日は高いがワインの封を開け、グラスに注ぐ。
テーブルに向かい合わせに座り、サンジは一口酒を飲むとグラスを置いて徐にネクタイを緩めた。
やはり緊張しているらしい。
もう一度こくりと酒を飲み干すと、片方の手首のカフスボタンを外し、肘まで捲り上げた。
そこにも同じような傷がある。
「てめえの言うとおり、これは鎖で繋がれてできた傷だ。両手首と足首にもある」
肘を立て長い指を組んで、ゾロを掬うように見上げる。
「てめえらの推理どおり、俺あ初日に拉致られた。まあ丸っぽ油断してたんだ。それは釈明のしようがねえ。
 ちなみに俺がいたのは別の島じゃねえ、街の中だ」
「あんだと?」
それは予想外だった。
「街の外れの安宿の2階だよ。現に俺あ、てめえを一度見かけてる」
へらへらと言い放つサンジを、ゾロは信じられない思いで見つめた。

「確かウソップと一緒だったな。前をウソップが歩いて、てめえは後ろできょろきょろしながらついてって・・・
 ああー街中でも迷ってるのかって呆れて見てたぜ」
「なんで・・・」
ゾロが拳を握り締める。
「捕まってて、俺たちの姿を見てて、なんで呼ばなかった?」
そんな緊急の事態じゃなかったのか?

「呼べっかよ、んなの。かっこ悪い・・・」
かっこ悪いだと?
ゾロはカっとして怒鳴った。
「かっこ悪いもクソもねえだろが!なんのための仲間だ、カッコつけんのも大概にしやがれ!」
大体自分がウソップと街を捜し歩いたのは出航予定日の前日だ。
それから更に1週間、サンジは行方不明だった。
その時助けを求めていれば、皆に心配を掛けることもなかったのに―――

「仕方ねえだろうが・・・」
ゾロの剣幕に首を竦めて、サンジは手でタバコを弄びながら呟く。
「マジみっともねえ状態だったしよ。なんせ素っ裸に鎖だけ巻きつけてて立ち上がることもできなかったんだぜ。
 大声なんか出せるかっての」
ぎょっとして、ゾロの身体が引いた。
「・・・な、んだと・・・」
サンジはまたワインを飲んで、唇を湿らせる。

「監禁されて犯られてたっての、一ヶ月間ずっと。もう食い物も喉通らねえし足腰立たねえしどろぐちゃだし・・・」
へへ、と火をつけないままタバコを咥えた。
「汚ねえ窓越しにてめえらの姿見つけた時よ、俺あ散々中出しされたザーメンケツから垂れ流しながら見てたんだよ。
 そんなんで・・・呼べるか?」
いっそ残酷なほどにニヤつきながら、サンジが言う。
その口元を、ゾロは未だ信じられない思いで見つめていた。

「まあ、その後すぐくらいかな〜、油断させてボコって・・・んでもって医者にも掛かった。そいでこっち
 帰って来れたんだよ。結果オーライじゃねえか」
「・・・誰だ」
「んあ?」
「誰が、てめえをんな目に遭わせやがった・・・」
テーブルの上に置かれたゾロの拳が、細かく震えている。
ああ、怒ってくれちゃってるのかと、サンジはどこか乾いた思いでそれを見ていた。

「知らねえ奴だ。なんか俺のことが好きだったらしい。だから俺は目立った外傷ねえだろう」
ひらりと両手を広げる。
「繋がれて犯られただけだ。殴られた訳でも痛い目みた訳でもねえ。そいでもってそいつの目的は俺だけだったから、
 他の奴らに危害が及ぶ心配もねえ」
「知らねえ奴だと?知らねえ奴が、てめえに惚れてたってのか?」
「ああ、所謂ストーカーってのじゃねえのかな」
「そいでそいつを、どうしたんだ」
「・・・」
「殺って、ねえのか?」
「殺らねえよ、許した」
「なんでっ・・・」
ゾロは混乱して叫んだ。
サンジの言っていることは、矛盾だらけだ。

「てめえの言うのが本当なら、てめえは知らねえ男に拉致られて監禁されてレイプされて、1ヶ月も飲まず食わずで
 いたってえのに、油断したところを蹴り倒して逃げて来たってのか?」
サンジは緩く首を傾けた。
「そう言うことに・・・なんのかな」
「なんのかなじゃねえよ、嘘ばっか言ってんじゃねえっ!」
「嘘じゃねえよ」
「嘘だろうが、知らねえ奴ってのが嘘だろうが。てめえ拉致ったのは知ってる奴だ。違うか」
正面から見据えられて、蒼い目が揺らぐ。
「知り合いだったから油断した。ひでえ目に遭わされても情に絆されて許した、そんなとこだろう」
「・・・」
サンジは口をへの字にして黙り込んだ。
ビンゴだ。

「ギンか?」


今度こそ、心臓が飛び出るかと思った。
息を呑み瞠目する。







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