Silent noise
-2-



「いや〜ごめんねえナミさああああんっ、ロビンちゅわん、会いたかったーーーっvv」


盛大にハートを飛ばして駆け込んできたサンジを見て、ナミは泣きながら張り倒した。
「どこ行ってたのよ、この馬鹿!!」
「あああ〜、俺のために流してくれるその涙は真珠のようだよ〜」
「ふざけないでっ」
今度はクリマタクトを取り出して殴る。
床に沈んだサンジにチョッパーが駆け寄った。
「大丈夫か、怪我してないかサンジっ」
「んあ?ちょっとコブが・・・」
「違う、その怪我じゃなくて・・・」
サンジは小さな蹄を避けるように立ち上がった。
「ぜえんぜんないよ、ほらピンピンしてる」
両手を回してターンして見せて、それからルフィに視線を移した。

真顔になってつかつかと前まで歩み寄る。



「船長、遅れてすみませんでした」
神妙に頭を下げるサンジを、ルフィはじっと睨み付けた。
「帰って、来たんだな」
噛み締めるように言えば、サンジも頷き返す。
途端、にひゃんとルフィは表情を崩した。
「もう遅刻はなしだぞ。あー腹減った」
「おう、早速今晩の飯は任せてくれよv」
「ちょっと、待ちなさい!」
うっかり和やかになりかけた雰囲気をナミが破った。

「サンジ君、今までどこに行ってたの?」
改めて見渡せば笑っているのはルフィだけだ。
ゾロは言うに及ばずロビンもウソップも怖い顔をしている。

「お前、俺らがどんだけ心配したと思ってるんだ」
「そうだぞサンジ。ちゃんと訳を言えよ」
ウソップとチョッパーに詰られて、サンジは壁に凭れながらタバコを取り出す。
「ほんっとごめん。あの、買い出しとかは・・・」
「俺らで済ませた。ただ海軍が目を光らせてるから中々出航できないんだ」
ウソップの言葉にああ、とサンジは軽い声を出した。
「それなら今だぜ。街の方で海賊が派手に暴れてやがる。海軍の目は今そっちに集中してるはずだ」
「なんですって?」
慌てて双眼鏡で確認すれば、街の中心地から煙がたなびいているのが見えた。
海軍の旗印が何隻も港を迂回してそちらに集結している。
「話は後ね。みんな、出航よ!」
「わかった!」

慌しく出港準備に取り掛かる中で、サンジはタバコを吹かしてふらりとラウンジを出る。
「さーて俺は、食糧の確認にでも行くかねえ」
その後ろ姿を、ゾロは怒りに燃えた目で見ていた。

















「で、詳しく聞かせてもらいましょうか」
久しぶりに満足な夕食を終えて、ルフィは上機嫌でふんぞり返っている。
後片付けを強制的に中断させられて、サンジはテーブルの真ん中に座らされた。
全員が囲むように食卓に着いている。

「どうして遅刻したの?」
「・・・寝坊しました」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!」
だんっとナミの拳がテーブルに打ち付けられる。
ウソップとチョッパーがビビってサンジの代わりに飛び上がった。
「遅れたどころか、サンジ君この1ヶ月どこにいたの?この島にいたんじゃないでしょう。」
サンジは膝の上に手をついて神妙な顔で俯いた。

「別に、言いたくないなら言わなくてもいいけど・・・あたしたち本当に心配したのよ」
ナミの言葉に全員が頷いた。
「どこかで事故にでも遭ってるんじゃないかって、怪我でもしてるんじゃないかって・・・もう、
 会えないんじゃないかって・・・」
震える唇を噛み締めて、ナミは言葉を切った。
目元が潤んでいる。
「ほんとにごめん、ナミさん」
サンジはテーブルに手をついて頭を下げた。

「もう謝らなくていいぞ。お前何度も謝ってるじゃねえか」
「そうよ、私たちは別にサンジ君に詫びてもらいたくて言ってるんじゃないの」
目元をさっと拭いて、ナミは腰に手を当てた。
「問題は、今回のことでサンジ君の信用がなくなったことよ。ルフィやゾロならともかく、サンジ君が自分の
 仕事を放り出してどこかに行くはずなんてないって、今でも私は思ってる。けど、どうしてこんなことに
 なったのかせめて理由がわからないと、これからまた同じことが起こらないとも言い切れないでしょう」
「ナミの言うとおりだ。俺らは別に詮索したい訳じゃねえが、納得はできねえんだ。ただ、言える範囲でいい。
 お前のプライバシーに踏み込むつもりは、ねえぞ」
ウソップが諭すように穏やかに言う。
サンジは益々申し訳なさそうに首を竦めた。

「・・・実はなあ、ナミさん」
「うん。」
「ナミさんやロビンちゃんには・・・本当は言いたくなかったんだけど・・・」
「うん?」
意を決したように顔を上げる。

「俺、恋をしたんだ」
「・・・はあ?」
怪訝そうに眉を顰めたナミの目の前で、サンジは一人手を合わせて夢見る目つきになる。

「実に可憐で儚く、放っておけない人だったんだよ。それでつい・・・彼女の誘いに乗ってこの島を離れてたんだ・・・」
「・・・」
言葉の真偽を確かめるかのように、全員が無口になる。

「彼女と過ごした1ヶ月間は、本当に夢のようだった。つい時間を忘れちまったんだ。本当に申し訳ない!」
また勢いをつけて額をテーブルに擦り付けた。
ずっと黙っていたロビンが口を開く。
「随分痩せたようだけど、それもその生活と関係があるの?」
その言葉に皆の目がサンジの手元に集中した。
慌てたように、テーブルにかけていた手をポケットの中に引っ込める。
「ああ、そんとおりだよロビンちゃん。実はそのレディは悪い奴に借金背負わされててね。俺も一緒に食うや
 食わずで働いて・・・うう・・・」
顔を背け鼻を啜った。
ウソップが胡散臭そうな目で見ている。
「苦労、したのね」
「あああ、わかってくれるかいロビンちゃんv」

だんっと床が鳴った。


「・・・ふざけないで」
地鳴りがするほどのオーラを響かせて、ナミが怒りに震えている。
その剣幕に怯えたチョッパーは蹲り、ウソップは後ずさった。
「心配、したのよ・・・それをっ・・・」
「ほんとにごめん」
「謝るなって言ってんでしょ!」
高い声で叫んだナミは泣いていた。
サンジも一瞬顔を歪める。

「もういい、ナミ」
ルフィの声が割り込む。
「でも・・・」
「サンジはちゃんと帰ってきた。この件は終わりだ」
強く言い切られて、ナミは拳を握り締めると身を翻してラウンジを飛び出した。
ロビンも後を追うように静かに立ち去る。




なんともいえない雰囲気の中、ウソップは肩を落としてサンジに振り返った。
「俺も、ほんとはお前を殴りつけたいくらい腹立ててるよ」
「・・・」
「心配、したんだ」
「・・・ああ」
「もう、これきりだぞ」
無言で頷き、サンジはせかせかとエプロンを身に着けだした。
ウソップは幻滅したように顔を顰め、無言でラウンジを出て行く。
チョッパーもそれに続き、ルフィもぶらりと出て行った。










サンジは鼻歌を歌いながら手早く食器を洗っていく。
なるべく水の無駄にならぬよう、迅速かつ丁寧に。
何度も何度も同じ皿を洗っていて、はっとした。
無意識に首を振り、また洗い物に専念する。

すべてを洗い終えて布巾を取るために身体を捻って初めて、まだそこにゾロが残っていたことに気付いた。
ぎょっとしたサンジを黙って見つめたまま、ゾロは頬杖をついている。

「あんだ・・・てめえ・・・」
凶悪な顔つきで凄むのは、動揺を誤魔化すためだ。
それくらいはわかるから、ゾロは落ち着き払って立ち上がった。

「酒、飲んでもいいか」
虚を衝かれたように、サンジの目が丸くなる。
「その辺に並んでるもん、どれを飲めばいい?」
続けて聞けば、目をぱちくりさせてああーと間の抜けた声を出す。
「そりゃああれだ、つうかこれだ」
腕を伸ばしその内の1本を抜き取ってゾロに突き出した。
素直に受け取って踵を返す。
サンジがじっと背中を注視している視線は感じたが、振り向かず扉を閉めた。








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