Silent noise
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この島ではログの溜まる期間が1ヶ月だと聞いて、ゾロは最近思いついた上手い手を使ってみることにした。
意図した訳ではないがともすれば集合時間に遅れがちなのを防ぐためにも、島内をあまりウロつかないようにする。
かと言って一箇所に留まっているのはつまらないから適度な運動も加えて、食う寝るに困らず快適に過ごせる場所。
島一番の娼館だ。

軽薄なネオンが輝きやたらと悪目立ちする一軒を選び直談判した。
賞金首でありながら厚かましくも用心棒を売り込みあっさりと雇われた。
三食昼寝報償付き。
ゴロつきやトラブルはしょっちゅうあるから退屈はしない。
ついでに女たちが暇を見てはとっかえひっかえ部屋に忍び込んでくる。
実に悪くない、島での過ごし方だ。



それに、こういう派手な遊び場には、1ヶ月もいりゃああいつも遊びにくっかもしれねえ。
顔を合わしたらどうからかってやろうか。
それを想像して、一人にやけてみたりした。
長く逗留するとなると、滅多に顔を合わせなくなる頭の悪そうなコックを思い浮かべて。



前の島では二晩の滞在だったが、偶然街で出くわして、どういう話の流れか一緒に一晩飲み明かした。
船ではああだこうだと、諍いばかりの仲の悪さだが、案外一対一で顔を付き合わせてみると、そう悪い奴でもねえ。
つうか、結構楽しかった。
あいつも女の前では妙にポーズをつけたがる癖があるから何かと俺に突っかかってくるんだろうが、
他に仲間たちが見てなきゃあ、案外普通に喋れるんじゃねえか。

それが意外で面白くて、もっと話してみたいと思った。
あまり他人に興味を示さない自分にしては珍しいことだ。
なんとなくそんな目算をして快適に1月を過ごしたゾロだったが、結局サンジには一度も会うことはなかった。


1月の間、一度も―――

















「サンジ君が、いないのよ」

ナミがやや固い面持ちでそう告げる。
「あん?こんくらいの遅刻なんて、ザラにあるだろ」
「あんたはね、けど相手はサンジ君よ。間違ったって、1時間も遅れるなんてことはないわ。なにより・・・」
ナミは手を振って背後を振り返る。
「倉庫が全然片付けられてないの。食材を買って運び入れた形跡もないわ。こんなの絶対おかしい」
「どっかで女に入れあげてるんじゃねえのか」
自分で言っておいてむっとした。
もしそうなら、許せん。
なぜだかはわからないが。

「だから、あんたじゃあるまいしって言ってるでしょ」
「なんで俺なんだよ」
そこに、ウソップとロビンが息せき切って帰ってきた。
「駄目だナミ。ちょっとやべえぞ」
「どうだった?」
ロビンも心なしか蒼褪めている。

「市場で聞きまわったのだけれど、誰もコックさんの姿を覚えてないの。ずっと前にそういう風体の子を
 見かけたって人はいたけどこの1月くらいは全然ですって。服装が黒スーツとは限らないけれど金髪で、
 あれこれ食材について詳しく聞いてくる青年って目立たなくはないはずなのに」
「俺も、路地裏の小汚い店とか全部回ったけど、誰も知らねえって言うんだ。タバコ咥えてぐる眉で・・・
 そんなん一度でも見かけたら絶対覚えてるってのに・・・」
ウソップは忙しなく首を振り、腕を組んだ。
「なんかやべえぞ、嫌な予感がする」
「大方、どっかで寝くたれてんじゃねえのか」
「「「「だから、あんたじゃないってーのっ!」」」」

ナミははっとして周囲を見渡した。
「ちょっと待って、ルフィは?」
「え、さっきサンジを探しに行くって・・・」
チョッパーの言葉に益々蒼褪める。
「ルフィがサンジ君を探しに行くですって、なんてこと!」
「あ!帰ってきたぞ」

港から離れた街並みの屋根の上を、ゴム鞠のように跳ねながら赤いシャツが飛んで帰ってくる。
目を凝らせばその後ろにはもうもうと砂煙が・・・



「うおっす、ただいまーっ」
元気に飛び込むルフィに、ナミが駆け寄る。
「ルフィ、何事?」
「んあ?サーンジーって名前呼びながら街回ってたら、なんでかサンジが出てこないで海軍が付いてきたんだ」
「当ったり前でしょ、この馬鹿っ!!!」

「うわああああ、海軍だっ、海軍が来るぞうっ」
「早く、一時出航よっ!!」
蜂の巣をつついたような騒ぎの中で、GM号は一時島を離れた。












しつこい海軍を撒いてなんとか島に舞い戻ったのは、半日経ってからだった。
船は目立たないように裏の岬に隠し、ウソップとチョッパーは港で張り込むことにする。
ルフィとゾロ、それにロビンは外出禁止を言い渡された。

「絶対何かあったのよ、トラブルに巻き込まれたのか事故にでも遭ったのか・・・」
「どっかで迷ってんじゃねえのか」
「「「だから、あんたじゃないっての!」」」

ナミは苛々と爪を噛んで島を見つめた。
「問題は、いつからコックさんがいなくなっているのかと言うことね」
ロビンはカレンダーをテーブルの上に乗せる。
「市場で集めた目撃証言でも、コックさんの姿はまったく見かけられてない。私たちがこの島に着いた当日に
 似たような青年が市場をぶらついていたのは、証言が残ってるわ。けれどこの後の足取りが途絶えている」
「サンジ君が、市場に姿を現さないなんてことありえないもの」
ナミの言葉には、ゾロも頷かざるを得なかった。
例え何があったってあの男が自分の仕事を放棄するようなことは絶対にない。

「ゾロ、あんたはどこにいたのよ」
それでも問い詰める口調にむっとする。
「私やロビンは結構街の中を出歩いていたわ。けど一度もサンジ君とは会わなかった。ルフィは森の方とかにも
 行ってたけど、会わなかったのよねえ」
ナミに振られてルフィはパンを齧りながら頷く。
「そういや、ゾロとも会ってねえな」
「俺あずっと娼館にいた」
ナミが嫌そうに顔を顰める。
「呆れた・・・よくそんなお金あったわね」
「阿呆、用心棒やってたんだよ。下手にウロついてまた遅れたの何だのと、てめえも騒がなくていいだろうが」
「ってことは、そこでもコックさんを見かけなかったの?」
ロビンがさらりと訊ねて、またナミが不機嫌な顔をする。
「見かけてねえ」

実は、ゾロも気になっていたのだ。
最終日には用もないのに街をぶらつき、途中で行き会ったウソップと共に結構歩いたが、サンジの姿を
見かけることはなかった。



「海軍に、捕まったのかしら。」
「もしもそうなら、海軍から私たちに連絡があるはずよ。誘き寄せる罠としても使えるもの」
「事故にでも遭って怪我をしてるとか・・・」
「船医さんはもう、街の病院には問い合わせたみたいよ」
「やっぱり、他の海賊とのトラブル?」
「或いは、街の中でのトラブルかも・・・」
その方がまだ見つかる可能性はある。
だがもし海賊とのトラブルだったら、サンジは既にこの島からいないかもしれない。

「あああ、どうしよう。どう考えてもサンジ君、もっと早い段階からこの島にいなかったんだわ」
ナミはテーブルに手をついて項垂れた。
「こんなに長く滞在する時は、もっと間隔を短くして定期的に顔を合わせるようにしとかなきゃ駄目だった。
 まさかサンジ君が・・・」
「子供ではないのだから、本来はそう心配することでもないのだけれど・・・」
頬に手を当てて首を傾げる。
「まさか、コックさんに限って、ね」

ラウンジは重苦しい雰囲気に包まれた。
この広いグランドラインの片隅の、小さな島でいなくなったのだ。
もう二度と会うことは叶わないかもしれない。
生きているかどうかさえも、確証はない。



「ちょっとゾロ、どこ行くのっ!」
ナミの叫びと共にルフィが動いた。
一瞬早くラウンジの扉を押さえられる。
「あの阿呆を探しに行く」
「駄目だ。」
「そうよ、今あんたまで出てったら絶対帰ってこないじゃないの!」
ゾロはぎり、と奥歯を噛んで足を踏み出す。
「こんだけ人数がいるんだ。船に留守番だけ置いておいて手分けして探した方が早いだろうが。それでもこの島に
 いなかったら、今度は海を探せばいい」
「駄目だ。」
ルフィは断固として言い放つ。
「サンジは、今日この時間に俺たちがここを出ることを知っている。黙ってどっかに消えるわけがねえ。
 だからきっと戻ってくる」
「だけど・・・」
ナミがルフィの後ろでもどかしく手を摺り合わせる。
「帰るに帰れない状況だったら?酷い怪我をしていたり、閉じ込められていたり・・・」
もしかしたらもう、死んでいることもあり得る。

「だけどサンジだ。絶対帰ってくる。多少遅れたって絶対にだ。血塗れでも這ってでも帰ってくる。
 それまで待とう」
ルフィは言い切った。
ゾロはドアノブに掛けた手を外し、大股で戻ってくる。
イスにどかりと腰掛けて腕を組んで目を閉じた。

「わかった。俺も待つ」
ほっとして、それでも胸を不安で一杯にして、ナミはもう一度街に視線を戻した。




サンジ君、無事でいて―――











海軍の動きに注意しながらも苛々と待ち侘びて、さすがのルフィも落ち着きをなくしかける頃、
サンジはひょっこり帰ってきた








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