「ロロノア四十八手」−1






 ウォーターセブンでフランキー達船大工が作り上げたサニー号は見事な船だった。
 深い感動を与えたメリー号の最期を知る男達が、真心と職人の誇りを掛けて作り上げた船なのだ、素晴らしくないはずがない。

 フランキーは人を驚かせるのが好きだから、出航後もまだ秘密の隠し球を持っているようだったが、それを置いておいても日々が驚きの連続だった。

 ただ…この広大で複雑な船は、ゾロにとっては少々厄介な存在でもあった。気が付くと船内の妙なエリアに入り込んでしまい、今まで以上に食事時に間に合わないという状況が生まれている。《迷子》という不本意な呼称を受け入れる気はないが、時折、仲間がそのエリアに来てくれないと二食くらい絶食しそうになる事がある。

 今回も船尾に行くつもりが、何故か船底に入り込んだままグルグルと旋回し、小さなメリー型買い出し船と何度も顔を合わせた。フランキーがたまたま調整の為にやって来ると、《噂通りだなァ…剣士の兄ちゃん》と不本意な事を言いながらラウンジに連れて行ってくれた。

「また迷子か?バカマリモ」

 憎まれ口を叩きつつも、コックは腹を空かせたゾロのために食事を温め直してくれる。その眼差しが心なしか優しいと思うのは、ゾロの気のせいだろうか?
 ニカッと笑った顔が、一瞬きらきらと輝いたようにさえ見えた。

『連れ添うと、あんだけ強情なコックも変わるもんかな』

 まむまむと頬袋を膨らませながらそんな事を思う。ゾロ自身、コックの行動に対する感じ方が違ってきたのは確かだ。以前はただ苛立たしかった行為でも、実は照れ隠しであったり、寂しくて構って欲しいだけなのだと気付くようになった。

 そう…ゾロとコックは、めでたく《恋仲》というものになった出来たてほかほかのカップルなのである。

『おう…っ…!』

 うっかり《カップル》等という呼称を使ってしまって、ゾロはぶるりと背筋を震わせた。コックに惚れている事は自覚したが、それでも《うふふ、あはは》《こいつゥ》等と言いながら浜辺を駆けていったり、額を指先でツンとするなんて関係にはなりたくない。(←概念がおかしい)

「どーした?寒気がすんのか?」
「なんでもねェ」
「はは。てめェに限って風邪とかねェよなァ〜」

 笑いながらも、何故生姜茶を煎れるのか。甲斐甲斐しいオカンかお前は。
 そう思うが、蜂蜜と合わせたほの甘い生姜茶は美味しくて、身体の芯からぽかぽかと暖かくなる。ついでに心の方もほっこりした。

 以前からまめな男だとは思っていたが、ゾロに対する配慮が実はかなり意識を払ったモノなのだという事に、最近になってやっと気付いた。そのくらい押しつけがましさが無くて、気が付くと享受している事が多いのだ。

『よくできたヨメ貰ったみてェだ』

 髭面の嫁を貰うとは思わなかったが…なんて考えると、銜え煙草で白無垢を着たコックの姿が浮かんできて、危うく生姜茶が気管に入るところだった。
 ゲホゲホ噎せていると、心配を胸に納めておく事の出来なくなったらしいコックが寄ってきて、気遣わしげに背中をさすってくる。

「お…おい、マジで大丈夫か?」
「噎せただけだ…」

 周囲に誰もいないのを確認すると、コックの頭を引き寄せて触れるだけのキスをしてやる。キスなんて商売女とはしたいとも思った事がなかったが、コックとのそれは実に愉しい。特に不意打ちでしてやると、《ばか》なんて言いながらもはにかんだように笑う。
 その顔が良い。こっちまで幸せな気持ちになる。

「おい、今夜…良いか?」
「おう。てめェ、迷うと面倒だからラウンジと見張り台にしか行くなよ?無謀な冒険はすんな」
「あれは…船内警戒だ。妙な奴が密航してないかどうか確かめるためにだな…」
「大概にしとけ。未来の大剣豪が船内でミイラになってちゃ、格好がつかねェぞ?」
「……」

 グル眉を下げたコックの顔があんまり真剣だったので、口喧嘩は止めた。
 これは敗北ではない。名誉ある撤退だ。

『負けてやんのも、夫の甲斐性だ』

 そんな事を思いながら鍛錬の為に見張り台に向かったゾロだったが、何故だか図書室に来てしまった。

『なんでだ…』

 呆然と高い本棚を見上げるゾロの前で、眼鏡を掛けたロビンが顔を上げた。階段状になった脚立に腰掛けたまま、本に見入っていたらしい。おそらくこの女が一番この部屋に長居している事だろう。

「何かお探しの本があるようなら、探しましょうか?」
「大体把握してんのか?」
「全てを読破してはいないけれど、どういう内容の本がどの辺りにあるのかは分かるわ。分類したから」
「図書館にいるババァみてーだな」
「ふふ…オハラで司書の基本は叩き込まれたもの」

コックが居たら蹴り飛ばされそうな表現だと思ったが、ロビンは気を害したりはしなかった。大人の女だし、ゾロに悪気がないのは分かっているのだろう。良い奴だ。
 なんとなく話をしてみたいような気がして、木製の椅子に腰掛けてみた。

「武芸に関する本はあるか?」
「剣についての本が良いかしら?」
「いや…体術の方が良い。剣は今更文字で教えを請おうたァ思わねェ」
「ふふ、ゾロらしいわ!」

 笑う表情が随分とやわらかい。そう言えば、《ゾロ》と名で呼ぶのもウォーターセブンを出てからか。時々まだ役職名(?)で呼ぶ事があるが、意識的に名前を呼ぼうとしているのは分かる。

『名前か…』

 エニエス・ロビーでの死闘と、何より…メリー号との別れを体験した事で、ゾロの中でも何かが変わった。ロビンもそうに違いない。《いつまでもこのまま》と何処かで信じ切っていたことが、劇的な形で《変わっていくのだ》と突きつけられたように感じたのだろう。

 アクア・ラグナによって破壊された街にコックを呼びつけて、瓦礫の陰で不意に抱きしめ、《惚れてんだ》と告げたのもそのせいだ。何時の頃からか漠然と感じていた想いを形にしようと思ったのは、メリーが《そうしろ》と言っているように感じたからかも知れない。

 コックは驚愕したように硬直したかと思うと、ぼろぼろと子どもみたいに泣き始めた。嫌がっている風ではなかったのでそのまま抱きしめ続けていたら、拙い手つきで抱き返してきた。大体気持ちは分かっていたのだけれど、《俺も…好きだ》と言われたときには物凄く嬉しかった。
 大剣豪になる事以外に、こんな喜びがあるなんて知らなかった。

 そのまま瓦礫の間に押し倒して、高揚感に任せてコックを抱いた。繋がった場所からは血が流れて、とてもイイようには見えなかったのに、コックは涙を流しながら幸せそうに《ゾロ》と呼んでくれた。

 だからゾロも、初めて《サンジ》と呼びかけた。
 今まで名を呼ばなかったのは唯の意地だったのだが、あの日からその意味も変わってきた。呼ぶとあの時のことを思い出してしまうのだと言ったら、コックは真っ赤になって普段は名を呼ばないことを了承した。
 聞いてみると、コックもまた《サンジ》と呼ばれると、下腹部が《きゅん》となるのだそうだ。

 …いかん。ゾロの下半身が《きゅん》としそうになった。

「この辺りかしらね」
「おう。ありがとうな」

 礼を言って棚の本を何冊か出していくと、その場で目を通し始める。文字が多いと読む気が失せるのだが、体術の本だけあって図が多いからわりと分かりやすい。無作為に取りだした本は蹴り技を主体とした書籍だったようで、図を見ながら《コックならここまで脚が上がる》とか、《コックがこの技を使うと、姿勢がエロくていけねェ》なんて考えるのも面白かった。

 ロビンはまた自分の読書に没頭し始めたのだが、新しい本を取ろうとして、ふと濃い紫色をした古めかしい書籍を本棚から抜いた。表紙を綴じている糸が剥き出しになった装丁は、どこかシモツキ村の道場で見た剣の指南書を思わせる。

「これはイーストの古い書物ね。あなたに必要な内容かも知れないわ」
「そうか?」

 なるほど、鈎状に引っ掻いたような文字はイーストの旧字体だ。まだ幼い頃には手っ取り早く強くなりたかったから、剣の指南書も読みあさったゾロには何とか読む事が出来た。しかし…内容を把握して行くに従って、少々渋い顔になってしまう。

「おい…ロビン、てめェ…どういうつもりだ?」
「あなたには必要な情報かと思って。特に、初心者向けのところは目を通しておいた方が良いわ」
「……」

 顔色を赤黒くして睨み付けても、ロビンはしれっとした顔をしている。
 その書籍は所謂《四十八手》の指南書だった。本来の意味である相撲のそれではなく、勿論性技についての内容が懇切丁寧に図解付きで説明されている。

「突っ込む方は良いけれど、受け手の負担も考えた方が良いわ。特にサンジは、仕事以外でもこまめに立ち回っているんですもの」
「……なんで分かった?」
「両方向性の片思いが始まった時期を言えばいいのかしら?それとも、結ばれた日のこと?」
「いや…もうナニも言うな」

 この分だと、最後にヤった日や体位の変遷まで知っていそうだ。流石は情報収集と暗殺を生業にしてきた女。完全に仲間になっても恐ろしい。

「下世話な興味からしていることではないわよ?」
「ああ、分かってる」

 眉間に皺を寄せつつも、少し焦ったようなロビンの表情に安心した。
 そういえばこの女はコックに対して深い思い入れを持っている。半ば強引に仲間入りしたとき、初めて警戒心無しに料理を食べられるのだと体感させたのが、コックだったからだろう。それからというもの、どこか母親を慕うような…娘を溺愛するような距離感でコックを甘やかしている。

 そんなロビンにとっては、ゾロのぎこちない性技がよほど不満らしい。コックに対する配慮が足りないとも思っているのだろう。

『一応、ローションってやつを使う事だけは覚えたんだがな』

 初めての時にコックのケツがあんまり悲惨な状態になったものだから、流石のゾロも街にいる間に何とかせねばならんと覚悟を決めて、恥を忍んでその辺のオッサンに聞いたのだ。オッサンは蒼白な顔色になって、アダルトショップまで案内してくれた。心なしか掌でケツを庇うようにしていたのはどういう意味だ。あんなオッサンを抱くために誰が身銭を切ってアダルトグッズなど買うか。

 二回目の時にはチンコにローションをまぶしてから突っ込んだので、前ほど切れたりはしなかった。だが、あまりにもコックの締め付けがきついせいか、相変わらず多少の出血はあるし、何より苦しそうな顔をしている。懸命にコックのチンコも擦ってやるのだが、ゾロを銜え込んでいる間は萎縮してしまって射精出来た試しがない。

 きゅうきゅうと締め上げられてゾロの方は気持ち良いのだが、コックがあんまり苦しそうなものだから、一度もナカで出した事がないのが不満だった。孕む心配のない(孕む機能があるなら孕ませたいが)本命相手なのだから、そのうち思いっ切りナカ出ししてやりたいものだ。

『馴れてくっと、挿れるだけで射精する事もあるって話だが…。そりゃ、相当なスケベ野郎だけの話だろうよ』

 コックは正真正銘の処女だったのだから、こなれるまではきっと時間が掛かるのだろう。
 そう思いながらぺらぺらと頁を捲っていたのだが、その内、没頭して読みあさってしまった。



*  *  * 



『セックスかァ…』

 翌日の朝ご飯用スープをレードルで掻き回しながら、そんなことを考える。すると、幸せなのだがちょっと背筋が強張るのだった。予想していた以上に、サンジの負担が大きかったからだ。初めての時など大変な大惨事になった。
 サンジが大惨事なんて、洒落にもなりやしない。

 ケツ孔は血まみれになるわ、仙腸関節やら椎間関節はぎしぎしと異音を発するわで、生まれたての仔馬みたいにヨロヨロしてしまった。
 ゾロに抱えられてガレーラ・カンパニーの宿舎に戻ったら、血相を変えたパウリーに《ハレンチだ!》なんて叫ばれて、顔が真っ赤になってしまった。どんな行為に及んでいたかまでは分かっていないだろうが、よほどエロい顔をしていたのだろう。

『抱き合ってコキ合うとか、素股とかじゃダメかなァ…』
 
 初めての時には一杯一杯だったし、名前を呼ばれて精神的にも盛り上がっていたら《身体が粉々になってもゾロと繋がる》なんて乙女チックかつ刹那的なことを考えていたのだが、それが毎日のように繰り返されるとなると、結構肉体的な負担が積み重なっていく。正直、ゾロの大きすぎる性器を想像するだけでケツ孔が痛い。

 けれど、愛おしげに名を呼ばれると下半身が《きゅん》と疼くから、《どうにでもして》とばかりに自ら脚を開いてしまうのだ。

『俺も努力しねェといけねーのかな…』

 ゾロの性器が大きすぎるのもあるが、多分サンジのケツ孔も大概締め付けが強いのだろう。下半身を鍛え上げているせいか、骨盤底筋も屈強らしくて、少し力むと激しく締め上げてしまうのだ。ゾロの性器は丈夫だから《気持ち良い》と言ってくれるが、油断していたら食いちぎってしまうかも知れない。
 竿無しの大剣豪なんて、冴えないこと甚だしい。

「あーあ…どうやったら馴れんのかな」
「道具でも使ってみる?」
「…っ!」

 壁が囁いたのでぎょっとして正面を向くと、ロビンの綺麗な唇だけが、ぴかぴかのタイル地の中に浮かんでいた。手は結構馴れてきたのだが、未だに《目だけ》《口だけ》という状態に馴れない。

「ロビンちゃん〜。ど…どどど…どうしたのかなー?」

 平静を装おうとしても、レードルを握る手は明らかに震えてしまった。

「これ…良かったら使ってみて?」
「へ?ナニこれ、玩具?肩たたきの道具かな?」

 樹脂で出来ているらしい棒状のものは、女の子らしいファンシーな色合いだが、形は不思議なものだった。オレンジ色とピンク色の二種類があり、太い方はただの棒状だが、細い方は数珠繋ぎのような形をしており、いずれも端にスイッチがついている。更にもう一つ真珠色の細い卵みたいなものがあったが、これにはコードとコントローラーのようなものがついていた。
 更には淡い紫色をした化粧品みたいなものを置かれた。《ラブ・ローション》と書かれた瓶に、何やら嫌な予感がする。

「まずは毎日お風呂上がりに、指でローションを馴染ませてからゆっくり括約筋を緩める練習をしてご覧なさい。そして馴染んできたら細い方のディルドを挿入して、30分くらい入れたままにするの。その間、角度や深さを調節して、感じやすい場所を探すと良いわ。そして何日かやって馴れてきたら、太いディルドを入れるの。電源を入れて動きを愉しむのはそれからかしらね?」
「ちょーっ!?」
「コードがついているローターは、おちんちんの先に擦りつけて愉しむと良いわ。お尻にディルドを入れるときに苦しかったら、おちんちんをローターで弄りながらやると良いわ。気が紛れるから」
「いやいやいやっ!気とか紛れなくてイイからっ!ロビンちゃん、ナニ言ってるの!?」
「私からのプレゼントは返却不可よ」

 にっこりと唇が微笑むと、ふわりと散って消えていった。

 ガクーっと膝の力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまう。
 ロビン、恐るべし…いつの間に気付いたのだろうか?…というか、関係に気付くだけならともかくとして、サンジのお尻が大惨事であると何故分かったのか。

『み…みみみ…見ちゃったのかな!?』

 いや、違うと信じよう。
 きっと独りごとを言っていたのを聞かれたのだ。そうとでも信じなければ、これから先船内でエッチなど出来ない。

『どうしよう…』

可愛い玩具だと思っていたものが、そんな生々しい性具だと知ったらとても直視していられない。けれどこのまま放置していたら、ナミ辺りが吃驚するだろう。

『レディに不快な思いをさせちゃいけねェもんな』

 ビクつきながらもエプロンの中に道具を仕込むと、いったん鍋の火を止める。もう少し煮込みたいが、蓋をしておけばそれなりに味は染みるだろう。
 向かう先は見張り部屋だ。あそこの環状椅子の下は仲間の人数より少し多めの棚になっていて、個人別に鍵が渡されている。人には見せにくい日記やエロ本の保管に使ってくれと言う、アニキの心遣いだ。将来仲間が増えることまで見越しているのが細かい。

『早速活用することになるとは思わなかったぜ…』

 心なしか前屈みになって、こそこそとエプロンを押さえながら見張り部屋に行くと、運悪く人がいた。そうだった!もうすぐ待ち合わせの時間だった。
 しかしゾロは何かを真剣に見ていて、すぐセックスに持ち込むような雰囲気ではなかった。

「ゾロ…なにしてんだ?」
「んァ?」

 どうやら本を読んでいたらしいと分かって吃驚した。ここを鍛錬部屋として活用しているのは知っていたが、まさか本を読んでいるとは思わなかった。しかも鈎状に引っ掻いたような文字はサンジには読めないもので、入っている図から見て体技か何かの指南書らしいと察しはついたものの、癖が強すぎて人間が二人組み合っていることしか分からない。

『なんか良いなァ…』

 ゾロが読書しているだけでも吃驚なのに、それが難しそうだったり、眼鏡姿が様になっているものだから、意外性によるギャップ萌えでドキドキしてしまう。サンジの姿を認めて眼鏡を取ろうとしたのも、思わず止めてしまった。

「め…がね、もーちょっと掛けとけよ」
「そうか?なんだ、気に入ったのかこの顔」

 その通り。少し悪そうに笑っても、眼鏡の蔓を引き上げながらの所作だといつもとはまた違った風情がある。

「それって、遠視用か?」
「ああ。近くも見えねェわけじゃねんだが、長い時間見てっと疲れるからな。ウォーター・セブンで暇なときに、適当に買った」

 多分、迷子になったときついでに買ったのだろう。幾分太めのフレームも似合っているが、サンジ的にはスクエアタイプの細身シェイプも似合うのではないかと思う。

「なァ、次の島で眼鏡買いに行かねェ?俺もレシピ用の新しいヤツ買いたいし」
「良いぜ」
「あ、俺が今持ってるやつも掛けてみねェ?」

 いつもエプロンに入れている細い眼鏡ケースを出そうとして、ポケットから取りだしたのは…ピンク色の極太ディルドだった。


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