幸せのカタチ 1

ロロノア・ゾロは、現在注目度bPの新入社員だ。
スポーツマンらしい堂々とした体格と精悍な顔つきといったルックスもさることながら、
新人らしからぬ落ち着きと度胸をもって、てきぱきと仕事をこなしていく。
一浪で三流大学を卒業した肩書きもあるが、今の時代学歴より適応力だ。
入社2年目の腰掛けOLからお局様まで、女子社員は色めきだっていた。


「さっき急いでるロロノア君と擦れ違ったの。ネクタイが曲がってたわ、あ〜ん直してあげればよかったあ。」
「昨日、廊下で禿げ部長が怒鳴ってたでしょ。ロロノアさんたら黙って頭下げてて、
 言い訳しないで男らしかったわ。それに比べてあのクソ禿げ、人前で大声出してみっともないったら…」
「もう、あの寡黙なところがいいのよ。商談のときは良く話すんだけど、これが又いい声なのv」
「寝るときは腹巻してるんですって、いやん可愛い〜v」
ってな感じである。

無論、同僚の男性社員は面白くない。
今夜の内輪の歓迎会では、皆で囲んで女の恐ろしさを懇々と語ってやるつもりだ。



ところが、着替えてラフな格好で現れたゾロの左手にはしっかりと薬指に銀の指輪が光っていた。
「なにこれ!」
最初に気が付いたのは、やはり女子社員。
乾杯もそこそこにゾロ左手を両手で掴み、驚愕に目を見開いて問い詰めている。
「ど、どういうこと?まだ独身よね。もう婚約したの、決まってるの?」
半ばパニックだ。
男子社員達は内心ガッツポーズを決めながら、慣れ慣れしくゾロにビールを注ぎ出した。

「指輪嵌めるたあ、よっぱどぞっこんの子がいるらしいな。それともその子、すごいヤキモチ焼きなのか。」
「まだ若いんだろ。もう結婚する気かよ。」
「結婚はしません。」
ビールを水みたいに一息に飲んで、けろっとゾロは返した。
「ただそいつとずっと暮らしていくつもりです。」
「へえ?籍入れないで事実婚?でもそれじゃあ彼女が納得しないだろ。それとも夫婦別姓狙ってんのか。」
デリカシーのない課長が思い切りプライベートに踏み込んでくる。
だがゾロも嫌がる風でもなくストレートに答えていた。
「籍入れるのは無理なんです。一緒にいられれば十分ですから。」
男性陣から口笛と、女性陣からため息が漏れた。
「彼女とは付き合い長いの?こんな年から一生の相手決めちゃうなんて、ちょっと早すぎやしないかねえ。」
「だから同棲してるだけなんでしょ。結婚しないってことは。」
「付き合いだけでも長くなると古女房化しますからねえ。」
「ねえ、付き合って何年になるのよ。その子とは。」
新入社員は他にもいるのに、すっかりゾロだけが囲まれてしまった。

さっきから水みたいにがばがばビールをお代わりして、ゾロはぺろりと唇を舐めた。
「そうですね。高校生ん時からだから、かれこれ5年…」
「長…」
「高校生?って、もしかして同級生?」
「ええ、学校は違ったんですけど。」
「高校の同級生かあ初々しいなあ。んじゃあ、お互いに初めての相手だったりしてv」
ペースが速いせいか皆酔いが廻ってテンションが上がってきている。
あからさまな課長の台詞に隣のOLがぱちりとその禿げ頭を叩いた。
ゾロはそ知らぬ顔でジョッキを空けている。
「そんなことないですよ。俺は適当に遊んでたし、そいつも援交とかしてましたから。」
一瞬、しんと水を打ったように静まり返る。
「すんませーん、生ビール追加お願いしまーす!」
ゾロのよく通る声だけがフロアに響いた。


「しかしまあ、アレだよね。はは…そういうこともあっただろうよ、過去として。」
「あははっは、そうですよね。過去ですよ、過去として。今は二人で幸せなんだよねー。」
何故だか廻りからフォローに入ってまあまあと杯を進める。
「ええ、一緒に暮らすようになって俺もあいつも落ち着きましたから。これからは、一生あいつだけです。」
実に男らしい、はっきりした物言いに、男子社員から拍手が上がった。
女子社員は悔しそうに頭を振っている。

「ロロノアのハートを掴むくらいだから、すんごい美人なんだろ、それとも可愛いタイプ?」
「ぱっと見美人です。けど、中身が可愛いんで…」
「かーっ!このこのこの!いきなり惚気かこの野郎!」
遠慮ない拳がバンバン飛んできた。
けれどゾロは痛覚が足りないのか、平気な顔をしている。

「一緒に暮らしてるって、向こうは働いているの?」
「ええ、料理がうまいんでレストランで働いてますよ。でも俺より先に帰って待っててくれてます。」
またしてもかーっと拳が飛んでくる。
「そんなに可愛い彼女置いて来たら心配だろ。早く帰りたいんだろ。」
ゾロが答える前に又ぽかりと拳が当たった。
「そういやあロロノアは弁当持ちだったよな。あれ彼女の手作り弁当か!」
はたと思いついて、肩を叩いてきた。
「美味そうな弁当だったなあ。彩りが綺麗で。」
「いいおふくろさんだと思ったら、そうか彼女だったか。」
男子社員は異常に嬉しそうだ。
ここを強調しておけば確実に女子社員が失望するはず。
「料理の腕だけは確かですから。」
しれっと話すゾロに女性陣のため息は益々深まるばかり。
「美人で可愛くて料理上手で、そいでもって援交してたら床上手ってか、最高だねえ。」
またしてもデリカシーのない課長に、お局様の鉄拳が飛んだ。

「ロロノアは都内出身だろ。S校か?」
同郷の先輩がフォローするように話題を振ってきた。
「いえ、T校です。S校は相手の方で。」
一瞬ぴたりと動きが止まって、はははと乾いた笑いを立てる。
「またまた冗談ばっかり、S校ってえと男子校だぞ。」
「そうですよ。」

再びしん…、と静まり返る。

「すみませんーん。生ビール追加お願いしまーす!!」
静かなフロアにゾロの声だけが響いた。

こうして新入社員ロロノア・ゾロは、その存在感を揺るぎないものにしたんである。

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