幸せのカタチ 2

ガラス張りの自動ドアが開いて、颯爽と入ってきたのは金髪の青年だった。
黒いスーツを着ているが、サラリーマンぽくはない。
手に不似合いな風呂敷包みを持っている。
フロアに足を踏み入れて、ぐるりと周りを見回した後、まっすぐに受付に向かって歩いてきた。
二人並んだ受付嬢の、英語が得意な方がにっこりと会釈する。

「こんにちは、麗しいお嬢さん。ちょっとお尋ねしたいのですが…」
思いもかけず流暢な日本語で話し掛けられた。
間近で見ると、金糸から覗く変わった形の眉が印象的だ。

「営業一課のロロノア・ゾロに連絡していただけませんか。」
白皙の美青年の口から今話題の新入社員の名前が出て、受付嬢のアンテナがぴぴっと動く。
「営業一課のロロノアですね。失礼ですが、どちら様でしょうか。」
営業スマイルで見事に好奇心を隠す。
「あ、すみません。レストランバラティエの者です。出前に参りました。」
出前、の言葉に少々がっかりしたが、バラティエと言えばOLの間で話題になっているおいしい店だ。
お昼休みも開始前にダッシュしないと安くて美味しいランチになかなかありつけない。

「まあバラティエの…出前もしてらっしゃるんですか。」
「いえ、彼限定なんですよ。」
そう言えば、この青年は先ほどからロロノアと呼び捨てにしている。
受付嬢のアンテナがまた反応した。
只今確認いたします、と受話器を取ろうとして顔を上げる。
「あ、ロロノアさん。」
3人の綺麗どころに一斉に振り向かれて、ゾロが驚いた顔で歩いてくる。

「お前、何でここにいるんだ。」
「いやてめえ今日弁当忘れただろう。」
サンジが風呂敷包みを掲げると、ゾロが苦い顔をした。
「悪い、今日急に昼飯食いながらの打合せが入ったんだ。」
「あ、そう。ならいいぜ。」
サンジはポケットから煙草を取り出そうとして、慌ててしまった。
全館禁煙だ。

「悪かったな職場まで来て。もう行けよ、待ってっぞ。」
自動ドアの前で先輩らしい背広姿がこちらを伺っている。
サンジがぺこりと頭を下げるちと嬉しそうな顔で何度も会釈している。
「ああ、じゃあ行く。すまねえな。」
名残惜しそうに、でも急ぎ足でゾロはその場を立ち去った。

「ありがとうお嬢さん、じゃ俺もこれで、」
「あ、あの・・・残念でしたね。せっかくのお弁当なのに。」
「そうですね。それにバラティエのお弁当って、一体どんなのかしら。」
受付嬢は、来客がないのをいいことにサンジを引き止めにかかった。
「バラティエの弁当って訳じゃないんです。俺が作っただけで。」
「うわあ、ちょっと見ていいですか。」
「ああ、よかったら食ってもらってもいいですよ。」

数分後。
仕事そっちのけで弁当を覗き込む受付嬢二人と、代わりにソツなく客に案内をするサンジの姿があった。






「お前んとこの会社、受付嬢のレベルたけーなあ。」
上機嫌で夕食を囲むサンジに、ゾロはいつも以上な仏頂面で返事もしない。
長年の付き合いからわかっているが、これは怒っているのではなく落ち込んでいるのだ。
ろくに箸も動かさないまま茶碗を置くと、ゾロはその場で正座した。
「今日は本当に悪かった。無駄な弁当作らせちまった。」
深々と頭を下げる。
「いいって。それに無駄じゃなかったんだぜ。受付のおねえさん達が食べてくれたし、俺もレシピとか
 教えちゃったし、店の宣伝にもなったし万々歳だ。」
サンジは本当に気にしていない。
基本はポジティブだ。
「それに俺のが悪かったと思う。職場まで行ったのはよくなかったな。なんか言われなかったか。」
実のところ、ゾロが働く会社がどんなところが好奇心の方が勝ってしまった。
ゾロの別の顔も見てみたかったし。

「俺あてめえがどんな思いであれを作ってくれたかと思うと、もうなんつーか胸が掻き毟られるような…」
「はいはい、もうストップだ。それ以上言いっこなしだぞ。」
ゾロはこう見えて物凄く繊細で気を遣う。
特に相手を思いやって考えると、どんどん想像が膨らんで収集がつかなくなるのだ。
きっと彼の胸中には、弁当をせっせとつくるいじらしいサンジの姿と、落胆して影で泣いてる幻が見えて
いるに違いない。
そこら辺はアバウトなサンジには理解できないが、そんなとこが可愛いとも思っている。

「てめえが美味そうに食ってくれんのが俺は一番嬉しいんだ。な、食えよ」
満面の笑みでそう言ってやると、ゾロがいきなり抱きついてきた。
もしもゾロに尻尾が生えていたら、パタパタ音を立ててちぎれるほど振っているに違いない。

「畜生、弁当が食えなかったのも悔しいし、お前の弁当をほかの奴が食ったのも我慢ならねえ!」
そう来たか!
押し倒されながらサンジは胸中で突っ込んだが、口に出すことはできなかった。
唇はとっくにゾロに塞がれていたから。

「てめえの飯が美味えのを自慢してえけど、知られたくねえ。」
散々唇を貧ってから、ゾロが熱っぽい目で見下ろして切なげに言い募る。
「先輩がてめえのこと噂どおり美人だなと云いやがった。自慢してえがてめえが見られるのは嫌だ。」
もはや処置なしだな。
サンジは自分の上に圧し掛かる大きな子供の腕をぽんぽんと叩いた。

「俺の弁当が食われようが俺が見られようが、俺を食えんのは、てめえだけだ。」
言ってやると、ゾロは破顔して、いただきますと言った。

END

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