錯誤の夜 5

長年の習慣故か、サンジはほぼ定刻どおりに目を覚ました。
目蓋は鉛のように重く、何度か目をしかめて、ようやく開く。
部屋の中はまだ薄暗く、カーテンの隙間から差し込む光も弱い。

―――頭、いてえ。

シーツに押し付けたこめかみが、がんがんと脈打っている。



こんな時には・・・あれだな。
貝の味噌汁。
あさりか、しじみか・・・

軽く目を擦って、サイドボードに手を伸ばした。
昨夜の飲みかけのコップを手に取る。
生ぬるい水を渇いた喉に流し込んで、サンジはゆっくり身体を起した。

目が覚めたら見知らぬレディが横に寝てたってのは、稀にあったけど・・・
認めたくない現実が、隣で鼾をかいている。
酒って怖ええ・・・。



ずり落ちたシーツの下から、裸の身体が現れる。
そこかしこに残る赤い跡が目に入って、今更ながら赤面した。
畜生、調子に乗りやがって。

身体をずらすと、シーツの所々にざらついた感触がある。
また気恥ずかしくなって、サンジは小さく舌打ちをした。

立ち上がると更に痛む頭を抱えて、風呂場に入る。
コックを捻って、まだ冷たい飛沫を頭から受けた。
設定通りの熱い湯に変わるまで、ぼう、と排水溝に吸い込まれていく水の流れを眺めていた。



名も知らない男は、優しくて巧かった。
酔っ払って、しかも男とするのは初めてのサンジでも、ああ男も悪くねえなと思ってしまうほど巧かった。

ええい、畜生。
熱い湯で顔を洗う。

年の功か、場数を踏んでいるのか。
無骨なくせに巧みに動く指で何度もイかされて、腰が抜けそうになった。

ひ――――――!!

俺の馬鹿馬鹿馬鹿・・・


昨夜の痴態を思い出して悶絶する。
指が入ったときはさすがにびびったが、結局そっちでもイかされただけで突っ込まれなかったのが
唯一の救いといえば救いだ。
『俺は傷心の酔っ払いは相手にしない主義だ。』なんて言ってたけど、男の真意は測りかねる。

まあ、気持ちよかったから、いいか。
散々喘いで啼かされて、まるで憑き物が取れたようにすっきりしている。




早く戻ってウソップと交替してやろう。
今日の船番はゾロだから、交替ん時にちゃんと、もう一度ちゃんとゾロと話し合おう。
拒絶されるかも知れねえけど。
シカトされるかもしれねえけど、あいつだって話せばわかるだろうから。
俺はGM号から下りる気はないし、ずっと仲間として旅を続けてえから。
酔っ払って自棄っぱちになった頭で考えたら、気がついちまった。
なんで腹が立つより哀しかったのか。
野郎に嫌われただけで傷ついたのか。
気がついちまったから―――――






サンジは手早く身支度を整えて、部屋を出た。
宿代もおっさん任せだ。
やり逃げならぬやられ逃げだが、お互い合意の上ってことで勘弁してもらおう。

煙草に火をつけて、空を見上げた。
早朝の空はどんよりと雲って、朝日は見えない。


嫌われてんのは堪えるが、耐えられねえ俺じゃねえ。
隠しとおせる自信はある。
自覚してしまった、この思いを。
この先ずっと仲間として、オールブルーを見つけるまで。
歯を食いしばってでも、耐えてみせる。

サンジはゆっくりと港に向かって歩き始めた。













「あんた、随分早いわね。」
お世辞にもさわやかと言えない顔で、ナミが声を掛けてきた。
ろくに眠れなかったのは誰のせいだと言いたかったが、黙って隣のテーブルにつく。
適当に盛り付けた朝食を食べ始めた。

「おはよう剣士さん。」
ロビンが新聞を読む手を休めてゾロに微笑みかけた。

「ロビンにお礼言いなさいよ。夕べ見つけてもらわなかったらあたし達どうなってたか・・・」
「なんかあったのか。」
チョッパーが丸い目を更に丸くして身を乗り出した。
「夕べこいつと飲みに行ったのはいいけど、帰り道迷ったのよ。」
「てめえが先に酔い潰れるからだ。」
「悪酔いさせたのは、誰よ!」
自分の出した声が頭に来たのか、うう・・・と唸った。

「珍しいわね。航海士さんが二日酔いなんて。」
「ゾロもちょっと顔色悪いな。」
これは、寝不足だ。
夕べのナミの言葉が、頭から離れない。
ますます不機嫌な顔になってゾロは黙った。

「ちょっと時間が遅いから窓から通りを眺めてたら、航海士さんを背負った剣士さんが見えたのよ。」
「ちょっと待って!ロビン、今なんて言った?」
がばっとナミが顔を上げる。
「背負ったって・・・あんた私をおんぶしたの!!」
ナミがゾロに掴みかかる。
「しょうがねえだろ。置いてきて欲しかったのか。」
「あたしスカート履いてたのよ。普通そういう時はお姫様抱っこでしょーが!!」
「連れて来てもらっただけありがたく思え!」
お互いに喚く声が響くのか、一触即発のところで頭を抱えて黙ってしまった。
「ししし・・・変な奴らだな。」
朝食がバイキングなのをいいことし、山盛りの皿を残してパンパンに腹を膨らせたルフィが笑っている。

「・・・ウソップは、どうした。」
殆ど朝食を食べ終えてから、ゾロは一人足らないことに気がついた。
「あら、そう言えばそうね。」
今ごろ気がつくナミはやはり本調子でないのだろう。

「ウソップは船番してるぞ。昨日の夕方に船に帰った。」
チョッパーの言葉にゾロの顔つきが変わる。
「なんだと。」
「買い物いっぱいしたから、船に置きに行くついでにサンジと交替してやるって言ってた。」
ナミは何度か瞬きして、ゾロの顔に視線を移した。
心なしか表情が険しくなっている。

「じゃあ、もしかしたら二人で船に泊まってるのかも・・・しれないわね。」
ウソップと入れ替わりにサンジが宿に来ているわけではない。
もしかしたら花街に泊まっているかもしれないが、夕べゾロに忠告した手前、ナミはフォローに
廻るしかない。
だが、その時ゾロの頭を占めていたのは、ナミが知らない夕べの光景。


大柄な男に抱えられた、黒尽くめの金髪。
まさか。


がたんと唐突に立ち上がるゾロに、全員吃驚した。
「ど、どうしたの。ゾロ。」
珍しくナミが狼狽している。
「そろそろ船に戻る。」
「まだ早いぞ。」
「今出ねえと夕方に着かねえ。」
至極まじめな顔のゾロに、全員が頷いた。







金髪なんざ、ざらにある。
黒いスーツも、珍しくねえ。
あれがコックだとはっきり確かめたわけでもないのに、胸が騒ぐ。

コックだったらどうだというんだ。
俺に何の関係がある。
ナミの戯言に惑わされてるのか。
俺がコックを・・・必要以上に意識してるのはそういう事か。
わからねえ。
わからねえが、確かめてえ。
俺が夕べ見たのは、見間違いだと確認してえ。
混乱した頭のまま港に向かったゾロは、奇跡的に真っ直ぐにGM号にたどり着いた。

果たして、そこに
 ――――サンジがいた。

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