錯誤の夜 4

「ったく、結局酔い潰れやがって。」

ナミを背負って、酒場を出る。
たらふく酒を飲めたのはいいが、酔っ払い女をしょったまま宿まで帰るのはみっともない。

『あんたこそ、馬鹿にしてんでしょ。男同士で色恋沙汰なんてって。』

酔い潰れる直前のナミの言葉が耳に残った。
「当たり前だ。野郎同士で気色の悪い・・・」

背中に胸のふくらみを感じながら、ゾロは吐き捨てるように呟いた。









街灯の影を、似たような男が過ぎった。
ふと、足を止める。
大柄の男が、黒いシルエットを大事そうに抱えて歩いていた。
見慣れた金が目に入って、それとなく見つめてしまう。

その姿は程なく宿の中に消えた。


―――まさか、な。

あいつは今夜、船番だ。
陸にいるはずがない。

ゾロはナミを抱え直して、宿泊している宿の目印を探し始めた。














ベッドに乱暴に投げ出されて、サンジの身体は深く沈みこんだ。

「うあー、ベッドだ。ひさしぶりー」
したたかに酔って、大の字に寝そべる。

「なーおっさん、約束だぜ。レディ呼んでくれー。」
「アホか。そんなナリで役に立つか。酔っ払いは大人しく寝てろ。」

別段怒った風もなく、男は風呂場の戸を閉める。
扉の向こうから響くシャワーの音を聞きながら、サンジは冴えない頭で考えを巡らせた。


―――やばいな、これ。
もしかして連れ込まれてんじゃねーだろうか。
今の内にトンずらって手もあるが、どうにも足が立たねえ。
完璧に俺の失態だ。

レディお勧めのカクテルは口当たりが良かったが、即、足にきた。
ペース配分も始めから滅茶苦茶だったし、冷静に考えれば今日の俺は大失敗だぜ畜生。

うまく廻らない頭のまま、ただぐるぐると考える。
だが深く反省して後悔しているわけではない。
どちらかというと破れかぶれで、どうにでもなれという感じだ。
暗い天井に映るランプシェードの影を目で追いながら、自嘲気味に口を歪めた。

何もかも悪いのはあのクソ緑だ。
マリモの分際で俺様を傷つけやがって。
俺様はナイーブなんだよ。
てめえみたいに芝生生やすだけの光合成専門頭じゃねえってんだ。

酔いに任せて素直に流れた思考が、余計に自分を混乱させる。

そうか、俺傷ついてたか。
マリモごときに傷つけられたか。
腹巻にシカトされたら傷つくのかよ、俺。
なんでだよ。

だるい腕を上げて、顔を覆う。
誰も見ていないのに、表情を曝すことができない。



そうかよ、俺。
奴に嫌われたのが、そんなに辛いか。



唐突に、自ら突きつけた現実。

俺を見て、顔を歪めた奴の―――
瞳に宿った暗い光は、嫌悪だった。

触れられたくないくらい、顔も見たくないくらい嫌われたならお終いだ。

どうでもいい奴なら、仕事だと割り切って、こっちもお義理程度に付き合ってやる。

だが―――





もう、一緒に旅はできない。


嫌われたまま共に過ごすことはできない。

俺が辛いから。















扉が開いて、湯気が漂ってきた。
足早に近づくおっさんの気配がする。


「おい、吐きそうなのか。」

顔を覆う腕を取られた。
「・・・なんでもねえ。」
表情を隠したまま横を向く。

「酔っ払いが、泣き上戸か。」
からかう口調にも、顔を上げず寝たふりを決め込んだ。



「なに自棄になってやがる。」

男のでかい手が、頭に乗せられた。
「気安く、触んな。」
くぐもった声で拒絶するのに、男は勝手に横に腰掛けた。
重みでまた深く、身体が沈む。

「まるで猫だな。襟足の毛が逆立ってやがる。」
喉を鳴らして男が笑う。
首根っこを掴んで無理矢理顔を上げさせた。

目元に朱を走らせたまま、充血した目で睨みつける。





「なんで俺に付いて来た?」
覗き込む男の顔は、おっさんのくせにガキのようだ。

「てめえがスカウトしたんだろうが。」
ふんと顔を背けて、ベッドの上であぐらを組んだ。

「海賊のくせに隙だらけじゃねえか。よくそんなんで生き抜いてきたな。」
男の言うことはいちいちもっともだ。
サンジとて、こんなことは恐らく初めてで――――

「それとも、俺の船に来る気になったか。」
まだ後頭部を支えたまま、男が尋ねる。
支えなければ、多分サンジはベッドに倒れこむだろう。

「・・・考え中だ。」

気を持たせてはいけない。
悪い冗談だと即刻断らなければいけない。
自分はGM号を降りる気はないし、あの船長が許しはしないだろう。

なのに――――

迷う自分がいる。
二度とあの船に戻りたくないと。
あんな思いをしたくないと、恐れる自分がいる。



「あんたに、のこのこ付いて来たのは・・・」
だるい頭を傾けて、サンジは男に視線を向けた。
「あんたがマリモだったからだ。」

男の目が、心持ち丸くなった。

「今はそうも見えねえが、昼間のあんたの頭はまるで芝生みてえだった。珍しいから付いて来ただけだ。」

今度こそ豪快に、男は笑い出した。

「つくづく面白れえ男だな。ますます気に入った。俺の面をみてマリモや芝生呼ばわりできる奴は他にいねえ。
 てめえが嫌だと言っても連れて行く。」
爽快な宣言に、サンジの肩が揺れる。

「もう決めたぜ。連れて行く。」
支えていた手が外されて、サンジは重力に負けてベッドに倒れこんだ。
視界に映る天井の前に、男の顔が割り込む。

「無理矢理奪い取るのは、海賊の仕事だ。」
サンジは弛緩した身体を横たえて、冷めた目で見据えた。
「あんたは商売人だろう。ビジネスライクに行こうぜ。」

降りてくる鳶色の視線に耐え切れず、サンジは目を閉じた。


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