錯誤の夜 11

「ナミ〜、次の島まであとどんくらいだア。」
「うーん・・・もう着いてもいい頃なんだけど。」
ナミの予測では、もうとうに島に上陸している筈だ。
だが思わぬ突風が吹いたり、嵐に巻き込まれたり、海王類に襲撃されたりで予定より遅れている。

「進路は間違えてないから、もう間もなく島影が見えると思うわ。チョッパー、見張りよろしくね。」
ナミの声に小さなトナカイは、おう!と返事する。
蹄で器用にマストを登る後ろ姿を見上げながら、ウソップは甲板に転がるゾロの側にしゃがみこんだ。

「ほんとはチョッパーに言うべきなんだろうけど、あいつの性格考えるとどうかなとも思うし・・・」
まるで独り言のようだが、自分に話し掛けているのだろうとゾロは目を開けた。
ウソップはゾロとサンジが仲直りしたと思っている。
何より、ゾロの態度を見る限り親密になったと感じていた。

「サンジ、夜中に吐いてるぜ。」

ゾロの眉がぴくりと動いた。


サンジが吐く。

到底考えられないことだ。
食い物を粗末にすることに嫌悪さえ感じる男が吐き戻すなど、考えられない。
以前ウソップが酔っ払って戻した時、翌朝まで罵られたというのに。

「いつのことだ。」
「俺が気づいたのは一週間前くらいだ。見張りしてた時トイレに行こうと降りたら、風呂場から
 苦しそうな音が聞こえた。酒飲んでた訳でもないし、具合悪いのかと思ってたけど、そのうち
 シャワーの音もしたんで海にションベンして戻ったんだが・・・」

時折気になって、夜中に目を覚ます度にサンジのハンモックに目をやる。
そこにサンジの姿がなくて、気になってトイレに向かったが姿は無く・・・
船尾で蹲って海に向かって吐いている背中を見つけてしまったという。

「そんときの奴の姿が、なんつーか・・・よれよれーって感じで、俺声掛けられなかったよ。なんだか
 変だよ。あいつ。」
ウソップの言葉にゾロは舌打ちした。
「何、お前なんか心当たりあるのか。」
「いや、ナミが最近あいつが痩せたと言ってやがったから―――」
そう、言ったのはナミ。

「そっかあ。顔だけ見てる限り、前より丸くなってる気がするぞ。」
だが、服の下はガリガリだ。
それはゾロが一番よくわかっている。

「やっぱ、チョッパーに言った方がいいかな。」
「血相変えたチョッパーにすっ飛んで行かれて、結局お前が泣きを見る羽目になるぞ。」
ゾロの脅しに、ウソップは青い顔で震えた。
「や、や、や、やっぱ俺は何も見なかった病にしよう。」

善意のウソップには気の毒だが、話を大きくするのはまずい、気がする。
居たたまれない心地と漠然とした不安。
ゾロが初めて感じる、うしろめたさ。














「島が見えたぞー。」

チョッパーの甲高い声が響き渡った。







サンジが吐く。
ただそれだけのことが、ゾロには重く響いた。
ウソップの観察が正確ならば、サンジが吐くようになったのは自分と寝るようになってからだ。

夜中だと。
一人でだと。
やった後か。
俺が寝た後か。

ことが終わった後、一人で吐いてやがるのか。



どくどくと胸が鳴っている。

―――嫌なのか。

唐突に思い当たった。
俺と寝るのが、嫌なのか。
俺が、嫌なのか――――

事ここに至って初めて、ゾロはサンジが自分をどう思っているのかこれっぽっちも考えていなかった
ことに気が付いた。









生まれてこの方、一度だって他人が自分をどう思うかなんて、考えたこともなかった。
だから、口に出されて初めて、相手の思いに気付く。
裏を返せば、口に出されるまで何も気付かない。

幼い頃、目の前で泣いた勝気な少女は、流れ落ちる涙を拭いもせずゾロに心情をぶつけてきた。
あんなに強いくいなが、そこまで思い詰めてるなんて気づかなかった。
気付いていたら、どうにかしてやれたなんてことはない。
結局、皆最後は自分で片をつけるのだ。
だから相手が言い出すまで何も気づかなくて構わないと思っていた。

何か言いたければ、言ってくるだろうと。
行きずりの付き合いならそれで構わない。
信頼できる仲間として同じ船に乗る中でも、個人を尊重する立場ならそれでよかった。

だが―――――
ゾロはサンジに手を出している。
暴力で組み敷いた後、そのまま関係を続けている。
そのことを、サンジはどう思っているんのか。
俺のことを、コックはどう思っているのか。

考え出したら、薄ら寒い心地がする。



俺はもしかして、とんでもない思い違いをしてたんじゃないだろうか。









ぞろぞろと連なりながら、街中を歩く。
少し前を行くサンジは、ルフィに絡まれながら適当にあしらって煙草を吹かしている。
尖った肩に目が行って、ふつふつと怒りが湧いてきた。

手前、俺が嫌いかよ。
吐くほど、嫌いか。

こうして皆で固まってぶらぶら歩いてないで、小脇に抱えてとっととどこかに連れ込みたい。
本当は俺のことどう考えてんだと、問い質したい衝動を必死で抑えていた。


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