錯誤の夜 10

「寝太郎に戻ったのね。」

不意に影が差したと思ったら、ナミが覗き込んでいた。
片目だけ開けて、又閉じる。
うるさそうに眉をしかめて寝た振りをするゾロの頭を、こつんとつついた。
「ほんとにしょうもないごく潰しね。その調子じゃ成就したのかしら。」
世間話のように際どい話題を持ちかけるので、やむなくゾロは目を開いた。
全く昼寝の邪魔をする女だ。

「あんたが落ち着いてるってことは、そうなんでしょ。」
珍しくしつこく確認してくる。
だがゾロにはこれが成就なのか、そもそも恋なのかわからない。
ただ性欲は満たされている。
やりたいときに抱ける。
サンジは一度として拒まない。
最近では随分慣れて、最中に甘い声も漏れるようになった。

「・・・」
思い出したら、下腹にずんと来た。
思わず身を起して体制を変える。

まるで盛りのついた獣だな俺は。
満たされているはずなのに、物足りない。
常に、飢えている。



「ナミさん、お茶をどうぞv」
軽やかな声とともに、頭上からトレイが降りてきた。
「ありがとう、サンジ君。」
よく冷えたアイスティーが二つ。
朝夕冷えるとは言え、日中は汗ばむほどの陽射しが続く。
そんな中、サンジはきっちりとネクタイを閉めている。
以前のように胸の開いたシャツを着なくなった。
ゾロがところ構わず噛むせいだ。

「ナミさんあんまり側に行くと妊娠しますから、気をつけてください。」
「誰がだ!」
ゾロの抗議にひらひらと手を振って返して、ロビンちゅわーんと船内に引っ込む。
その後ろ姿を見送りながら、ナミは浮かぬ顔で呟いた。

「サンジ君、痩せわね。」













夜更けのキッチンでゾロが一人グラスを傾けている。
サンジは片付け終えて戸棚を占めた。
背中に痛いほど視線を感じる。

うぜえ・・・

今夜もするつもりだろう。
ただの性欲処理と侮っていたが、この頻度は半端じゃあない。
とんだ色欲魔人だ。

ゾロが音もなく近づく。
後ろから腕を廻して、肩越しに首筋を舐める。
「止めろ、こんなとこで!」
誰も見てなくても、キッチンは嫌だ。
「もう終わったから。」
宥めるように顔を向ければ、待ちきれないとばかりに唇をさらう。
性急なキスとともに胸元を乱されて、サンジはゾロの脛をしたたかに蹴った。
さすがに効いたのか、身体を引いて顔をしかめた。
苦々しい目つきで、恨みがましそうにサンジを睨む。
「いつも、俺からだよな。」
拗ねた口ぶりと相まって、サンジの失笑を買った。

こいつは何を言ってやがる。
俺から誘って欲しいのか。
生憎だが、俺は野郎相手に沸く性欲なんざ持ち合わせちゃいねえ。

だが口には出さず、黙って煙草を咥えながら自ら格納庫に向かって歩く。
死刑台に上がる気分はこんなもんかと、ぼんやり思った。










舐めて、吸って、甘噛みする。
無心に唇を食みながら、ゾロはシャツを引っ張り出してサンジの身体を弄った。
脇腹から、胸、鎖骨まで手繰り上げ、背中から腰へ厚い掌を滑らせる。
伝わる体温が熱くて心地いい。

まるで愛撫のようで、サンジは勘違いしそうになる。
愛されているのかと、錯覚する。

バックルを外さずとも、容易に滑り込む手が腰骨を撫でる。
髪に顔を埋めたゾロが、耳の後ろを舐めた。

「お前、痩せ過ぎじゃねえか。」
ナミが傍目から確認する以上に、ゾロは身体で感じていた。
もとより厚みのない身体が一層平べったくなっている。
骨格通りに骨を辿ると、浮き出た尖りが余計に気になる。

「急に痩せたんじゃねえか。」
前は、ここまでではなかった筈だ。
以前・・・そう、初めて抱いた時よりも。

あれから10日も経っていない。
その間に自分は何回サンジを抱いたのだろう。
その度に、手の中のコックは薄っぺらになって行く。

息を潜めて身を任せる様は、生きているのかすら疑わしいほど頼りない。
「もっと肉つけろよ。」
鍛え方が足りないんじゃないか。
もともと、このコックは鍛えているわけではない。
あの細っこい腰からどうしてあんな強靭な蹴りが繰り出されるのかゾロにはさっぱりわからないし、
今でも人の身体がどんな仕組みになっているかなんてわからない。
ただ、自分が抱く度にサンジが小さくなるようで嫌だった。

「甘いモンでもなんでも喰って、もっと太れ。」
ゾロにとってはなぜか甘く感じる、サンジの唇をまた貪った。












性急に事を進めず、肌を撫でてキスを繰り返すゾロに、サンジは耐えられないでいた。
気まぐれなことを言うな。
まるで愛されているみたいで、勘違いしちまうじゃねえか。
俺の身体を心配してくれてると、思っちまうじゃねえか。

ゾロが目を閉じて、胸の尖りを舌で転がしている。

ああ、そうだよな。
目閉じて女抱いてる気になってんのに、硬くて貧相な男の身体じゃ気分出ねえよな。
もっと肉付きがよくて、柔らかくて、弾力のあるふっくらした身体でないと、女っぽくないもんな。

後頭部を手でかばって床に横たえられた。
素早くスラックスを脱がされ、体を開かれる。
サンジは何故かホッとした。
見当違いな愛撫より、欲望のままに繰り出される暴力の方が余程マシだ。

「ゾロ、早く。」
サンジは自ら太腿の裏に手を差し込んで、開いて見せた。
僅かな灯りがサンジの表情を浮かび上がらせる。

その顔に浮かんだ笑みが自嘲だと、ゾロは気づかなかった。











熱の引かない間にシャツを羽織る。
持ち込んだタオルで適当に拭いてスラックスを履いた。
軋しむ身体を騙し騙し身支度を整えると、広げた毛布の上で眠りに入っているゾロを起さないよう、
静かに格納庫を出る。

随分と慣れたものだ。

ぎこちない動きではあるが、まっすぐ歩いてシャワーに向かう。
少しずつ、喉から唾液が沸いて出てくるのを何とかこらえた。

2度目の夜、ゾロは行為が終わってもサンジを抱き込んだまま手放そうとはしなかった。
そのまま寝ろとまで言う始末だ。
サンジは激怒して不自由な身体で膝蹴りを入れた。
大の男二人が格納庫で夜を過ごしてどうだというのか。
処理なら処理で、終わったらさっさと手放して欲しい。
二人とも男部屋で眠らないと怪しまれるだろうと言うと、しぶしぶ納得したようだ。

イってもなかなか抜かないし、終わった後も引っ付きたがる。
ゾロの意外な一面に驚かされた。
案外とレディ大切にするタイプかもな。
乱暴な言葉でそっけない態度を見せながら、一度手にすると丁寧に扱う性質なのかもしれない。
サンジの脳裏に、リアルな場面が浮かび上がった。

ゾロがレディを抱いている。
白い肌の女だ。
髪は長い。
柔らかな腕を大きな手で包み込んで、赤い唇を食むように貪っている。
レディを見つめる目は穏やかで、弄る手の動きはちょっと乱暴で・・・




一気に口内に唾液がこみ上げた。
よろけながら浴室の扉を開け、便器に顔を突っ込む。
喉の奥から獣じみた声を立てて、何度かえづきながらすべて吐く。
胃液がせり上がり、反射的に背を丸める度に生理的な涙が流こみ上げて、ぽたぽたと流れ落ちた。
ろくに入っていない胃袋が空になっても嘔吐感は収まらず、黄色い胃液を戻し続ける。
床に這いつくばって嘔吐する拍子に、拭った筈の秘所からどろりとした感触が流れ落ちる。

吐いて垂らして、最悪だ。

何度目かの痙攣を繰り返して、嘔吐は収まった。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃびになった顔をシャツで拭う。
便器に凭れたまま、しばらく立ち上がることはできない。

いつの間にか、これがゾロに抱かれた夜の習慣になっていた。


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