Sacrifice 1

そろそろ次の島につくとナミが宣言したとおり、島影が見え始めた時から海域はやけに賑やかになった。
大小様々な商船や定期船が港にひしめいている。

「賑やかな島だな〜」
双眼鏡を覗きながら、ウソップはへへと笑った。


「島の面積はそれほど大きくないんだけど、商業が盛んな街みたいね。海流の流れも影響してるのか近隣の島々と行き来が自由にできるみたい。」
「ってことは夜も賑やかなのかな。」
くゆんとハート型の煙を吐き出して、サンジはにやけた顔をナミの手前引き締めた。

「ログが溜まるのは36時間。随分と短いけどこの島に滞在する船は多いみたいね。」
ナミは海図をくるくると丸めると専用の棚にしまった。
「さ、上陸準備するわよ。海軍の出入りがないかよく確認して、港は迂回して頂戴。」
「OK!」
それぞれが持ち場へと向かう。





広大な海を渡り、旅を続ける。
行く先に果てはなく、ただひたすらに夢を求める。
だからこそ、ひと時を過ごせる島への上陸は何よりの楽しみになっていた。


「船番はチョッパーお願いね。一応明後日の朝には一旦船に集まりましょうか。それからもう少しゆっくりするか先に進むか決めましょう。」
「ええー、俺はさっさと次に行きたいぞ。」
率直な船長の意見にあちこちからブーイングが出る。
「せっかく大きな島なんだー、ゆっくりしてー」
「そうだそうだ、船番だって変わって欲しいぞ。」
「たまにはお買い物もしたいわ。」
「時間に追われないで心置きなくナンパしたいぜ〜v」
口々に勝手なことを主張するクルーの前で、ナミははいはいと手を広げた。

「ともかく、賑やかな島だからって羽目を外さないこと。宿泊費その他のお小遣いは渡すけど、
 足らなかったら自分で稼ぐこと、以上よ。いい、明後日の朝には一旦集合よ。」
「わかった!」
了解の声もそこそこに各自船から飛び出した。
ナミも苦笑しながらその後に続く。
まるで犬ころのようにはしゃぎながら掛けていくルフィ達を見送って、ゾロはやれやれと船縁から飛び降りた。



別に買い物の予定があるわけでもないし、あちこち見に行くつもりもない。
適当に酒場に行って酒でも飲んで、女でも引っ付いてくればそれでいい。
まだ日は高いが、今のうちに宿にチェックインだけしておこうと街を目指して歩いたつもりだったが、どういう訳か行けども行けども海岸線ばかりだ。

そのうち砂浜は岩場から崖になり、登れそうな獣道を辿ったら森の中に入ってしまった。
――――随分街まで遠い島だな。
構わずずんずん進んでいくとまたなだらかな下り道になっている。
木立が開けたと思ったら別の入り江に出た。
砂浜に人気はなく、穏やかな波の音だけが響いている。

「で、街はどっちだよ。」
声に出してそう呟いて、打ち上げられた藻の間をさくさく歩いていたら、岩場の陰から白い手が見えた。





何度か空を掻くように左右に振られてまた隠れる。
ゾロは真っ直ぐそちらに向かった。
波を蹴る音に気付いたのかまた白い手が上がった。

「助けて、助けてください!」
若い女の声だ。
ゾロは用心しながらも回り込んで上から覗いた。

岩と岩の狭い隙間にすっぽりと、女が挟まっている。
片手片足が挟まっているらしく、半身だけでもがいていた。
怪しいところはないと判断して、ゾロは手を貸した。


「あ、ありがとうございます。」
起き上がった拍子に被っていた帽子が海に落ちた。
蜂蜜色の長い髪が零れ落ちる。
腕も細く女と言うよりまだ少女だ。
岩場から引き上げただけではどうにも心許ないので、ゾロはそのまま抱え上げて砂浜まで運んだ。
少女は戸惑いながらもしっかりとしがみ付いている。
そうして砂地に足を着けてはじめて、安堵の息をついた。



「助かりました。あんなところで足をとられて、満ち潮になったらどうしようって凄く怖かった。」
パンツの裾が破けているのを恥かしそうに手で隠す。
「なんだってあんなとこにいたんだ。」
この辺りにはまったく人気がない。
こんな少女が一人でウロウロしているのはちょっと不自然だ。
「ウミウシを探してたんです。私、海の生物に興味があって・・・」
そう言って顔を赤らめた少女はドーラと名乗った。


ドーラは海洋学者の父とともに調査船に乗って旅をしているのだという。
この島でもとっくにログは溜まっているのだが休暇を兼ねて暫く滞在しているのだ。
「みんな街にいるんだけど、私はやっぱり海が好きだからこうして毎日ここに来てるの。
 この島にはツートンカラーの珍しいウミウシがいるのよ。」
少女らしく無邪気に笑いながら、ドーラは取りとめもなく話し続ける。
本来強面のゾロにも、助けられたせいか警戒心を持たないらしい。
ゾロもついでとばかりに街まで案内してもらっていた。

「東の入り江から上陸したのにここまで来るなんて、凄い方向音痴ね。もし私に会わなかったら
 今夜は野宿だったわよ。」
「別にそれでもかまわねえ。慣れてる。」
ぶっきらぼうな物言いに、またコロコロと笑う。
そうこうしているうちに街へと下りていった。

「私の宿は中心地に近いとこよ。良かったら一緒に来て。父さんからもお礼を言って貰いたいし。」
「いや、ここで別れる。世話になった。」
そう言ってすたすた街外れに向かって歩くから、ドーラが慌ててその腕にしがみ付いた。
「だからどこへ行くのって、宿がある方はこっちだよ。やっぱ途中まで着いてくよ。」
そのままゾロの腕を取ってずんずん引っ張り歩いた。

――――まあいいか。
あまり自分と係わり合いにならせたくはなかったが、大人しく宿まで着いていった。






「ほら、この辺りなら色々泊まるとこがあるわよ。」
「すまねえな、じゃ。」
軽く手を上げて一番近い宿に入った。
今度はドーラは引きとめず、ちゃんと受付まで行くのを笑いながらも見守っている。
ナミよりも年下だろうに、随分しっかりとした娘だ。



無事にチェックインして部屋に上がると、とりあえずゾロは横になった。
久しぶりの陸で柔らかなベッドの上でゆっくりと眠りにつく。
目を閉じて5秒とたたないうちに、ゾロは穏やかな寝息を立てた。











夜が更けて街中に明かりが灯る頃、裏通りは次第に賑やかになっていった。
サンジはポケットに手を突っ込んでタバコをふかしつつぶらぶらと歩く。
「ん〜vやっぱ賑やかな街はいいねえ。」
昼間は可愛いレディとお茶するだけで終わってしまった。
夜に向けて本格的なナンパ取り掛かりたい。
「その前に、とりあえず腹ごしらえかな。」
コックの勘で小さな酒場に入った。

間口は狭いのに中は地元の民らしい若者たちで溢れている。
「やっぱビンゴか。」
新しい味に出会えそうな予感に胸を躍らせた。




カウンターに座り見たことのないメニューをいくつか注文した。
ただし量は少なめに。
一度にたくさんは食べられないが味を知りたい。
サンジのそんな申し出にも、酒場の主人は面倒そうな顔ひとつせず、かえって喜んで応じてくれた。


「お客さんも船乗りかい。この島で取れる魚は変わった色のものが多いんだよ。」
「へえ、色が?」
「種類や味が同じでも色身が違うと敬遠する人も案外多いものさ。」
「俺らにゃ青い切り身なんて見慣れてっけど、あんたらはそうでもないんだろ。」
「げ、ほんとだ。これ刺身かよ!」

隣に座り合った別の客とも打ち解けて盛り上がる。
賑やかに笑い声と気安い掛け声と嬌声が入り混じって、心なしか酔いも早く廻る。

「あんたいい勘してるなあ。この店は地元の者しか知らねえ穴場だぜ。」
「そうみたいだな。すっげえ美味いよ。」
何度か杯を酌み交わし、陽気に笑った。
後ろのテーブルで一際高く感性が歓声が上がり、拍手が鳴る。
振り向けば丸いテーブルを男たちが囲み、その周りで女達が囃し立てていた。



「何が始まるんだ?」
首を傾けるサンジに、隣の若者が背中を叩いて立ち上がった。
「あんたも参加しねえか。いい旅の思い出になるぜ。」
テーブルの上には色とりどりの貝が並んでいる。
ただし、中の身は全部同じ乳白色でぷりっとして美味そうだ。
「貝々ルーレットだ。何が当るかは当ってからのお楽しみさ。」
「当る?」

なんでもこの島特産の七色貝は、悪魔の実に似た作用があるという。
ただし効力は3時間。
食べるとすぐに変身するから手軽なゲームになっている。
「変身って、何に?」
「色んなモノさ。まあ食ってからのお楽しみだな。」

酒場の料理は美味かったし、この場の雰囲気は凄く楽しい。
少々酔いが廻っているのも手伝ってサンジもその場で飛び入り参加した。
「おう兄ちゃん勇気あんなあ。大丈夫か?」
「まあまあ、なんに変わったって3時間のことだ。せいぜい楽しめよ。」
専用のルーレットを回して順番を決める。

最初に当った痩せた男は、散々迷った挙句ピンク色の貝の実を食べた。
貝の味自体美味いらしい。
それでもおっかなびっくり咀嚼して飲み込んで数秒後、いきなり変化が現れた。
布の破ける音がして、男の脇の下から腕が生えてくる。

「げ!」
サンジは驚いて目も口も開けっ放しで固まった。
脇から生えた腕はもう一本。
しかもシャツまで破れて背中から脂ぎった固そうな羽が生えてきている。
・・・これは・・・
片方に3本ずつ計6本の腕に茶色い羽。
頭にはご丁寧に長い触角まで生えて―――――

「ご、ゴキブリーーーーーーっ」
サンジの絶叫とともに酒場は最高潮に盛り上がった。
「すっげー虫系でも最悪だーっ」
「いや〜、こっち来ないで〜っ」
「すげーぞ無敵だぞ、おい。」
血の気が引いたのはサンジだ。
冗談じゃねえ。
俺は虫になんか、なりたくねーーーーっ

一瞬逃げようとするのをがっちり腕を掴まれる。
「さあ次は兄ちゃんだ。どれを食う?」
「ま、待て!まともなのあんのかよこれ。」
「ああこの中に1個だけな。後は色々だ。」
色々って・・・
「あ、あのな。あのな俺ちょっと急用を思い出して・・・」
「おいおい、海の男が怖気付いてんのか。」
途端に周囲からブーイングが起こる。

サンジは窮地に立たされた。
虫になるなんてとんでもない。
できたら脇目もふらずに逃げ出したいが、男としてのプライドがそこに踏み止まらせている。

「なにも虫になるって決まったわけじゃあねえんだぜ。体が透明になるのもありゃあ、耳と尻尾が生えるだけのモンもある。なにが当るかは食ってみなきゃわかんねんだ。」
そんなこと言って、慰めているつもりだろうか。
サンジはうっかり泣きそうになりながらも仕方なく手近にあった青い貝を手に取った。

なんになったって3時間の辛抱だ。
こうなりゃやけだ。
今宵限りだ。

目を閉じて口に放り込む。
噛んでみればじわりと味が染み出して、なんとも美味い。
こりゃあなかなか・・・

しばし事態も忘れて味わった。
こんな美味いものを罰ゲームでしか味わえないなんて、随分惜しいことだ。

ごくんと飲み込んで目を開けた。
男も女も固唾を飲んで変化を見守っている。
だが1分経っても2分経ってもなんの変化もない。

「・・・あれ?」
声に出して喜ぼうとしてサンジはん?と首を捻った。
「なんだビンゴか?ただの実だったのか?」
「すげーな兄ちゃん、運が強えなあ。」
感心する男たちの前で、サンジは自分の顎に手をあてた。
さらりと、かすかな感触を残して髭が抜け落ちる。
「えええ?」
漏らした声が何気に高い。
腰周りがすかすかすると思ったら、ズボンが腰骨辺りまでずり落ちている。
「ななな、何――――っ」
叫んだ声は甲高かった。

「お?」
その変化に男の一人が目を見張る。
「兄ちゃん、ひょっとして・・・」
「え?なあに、なんか変わった?」
「見ろよ、なんとなーく顔つき変わってねえか。」
「そう言えば、髭がなくなったわね。」
「スーツがなんかでかくなった気がするぞ。」
「違う、身体が縮んでんだ。」
指摘されて自分の腕を回して両肩を抱いた。
ありえない膨らみがその動きを邪魔する。
むにっと盛り上がった胸元と、シャツの襟元から覗いた白い谷間。

「うおお、胸がっ!」
「すげー女だ。女化してる〜v」
ギャラリーが滅茶苦茶喜んだ。








「見かけだけじゃそうわかんねえが、立派な女になったなあ。」
「うっせ、畜生―っなんでこんなことに・・・」
慌ててベルトをきつく締めて、なんだか落ち着かない身体を自分で抱え込んで隅っこの椅子に座った。
「まあ虫になるよりマシだけどよ。ひえ〜、レディの身体だよ、俺。」
「な、貴重な体験だろ。めったにねえだろこんなこと。」
「あってたまるか、クソ野郎。」
口汚い悪態も、か細い声では迫力に欠ける。
「えーと今から3時間か?ああ〜夜はこれからだってのに、これじゃナンパもできねえじゃねえか。」
「いっそ俺とどうだ。かなりイけてっぞ、あんた。」
「うっせコロス。」
軽く蹴り倒してサンジは席を立った。
女になった途端、妙に身の危険を感じる。

「一旦宿に帰るわ。ちゃんと元に戻ってからリベンジしてやる。」
「ああそれがいいな。シャワーでも浴びて、せいぜい女の自分を堪能するといいさ。」
意地悪な主人のからかいに目を剥いて怒りながらも内心ドキッとしてしまった。
ちょっと興味があったのだ。

「大丈夫か、宿まで送ってやろうか。」
さっき蹴倒された男が性懲りもなく声を掛けてくる。
「てめーはそこで死んでろボケ!」
自分の耳で聞いても可愛い声でそう叫ぶと、サンジは勘定を払って店を後にした。

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