ロロノア一家物語 3


また一人家族が増えても、サンジの生活はさほど変化しなかった。
くいなも三郎同様それほど手がかからず、よく眠りあまり泣かず、丈夫に育つ。
俺の育児の腕が上がったのか?それとも心に余裕があるせいか?
上の子二人と比べて、なんて違うものなんだろう。
双子の時は勝手がわからず、子供の行動にいちいち一喜一憂して…
まあ、あれも今となってはいい思い出だ。

なんて感慨に耽りながら、今日もまめまめしく布オムツを換えている。
紙オムツはどうも勿体無い気がするし、赤ん坊にもよくないだろう。
やっぱり濡れて気持ち悪くて泣いて訴えるってのが、人間としての主張の第一歩だ。
なんて信念を掲げつつ、サンジは毎回くいなのオムツを換えながら一人赤面していた。

その…なんだ、あれだ。
女の子ってのは勝手が違う。
ぶっちゃけ男とは構造がまるで違う。
勿論大人のレディはこんなもんじゃないだろうけど…
中々見慣れねえよなあ。
誰が見てるわけでもないのに、サンジは毎回オムツを換える前にきょろきょろと辺りを見回す癖が着いてしまった。
大事な大事なレディのオムツ換えだ。
慎重かつ丁寧に素早く行いたいが、それにしても結構恥ずかしい。

齢17から子育て一本槍になってしまったサンジは、悲しいことに女性と付き合った経験がなかった。
はっきり言えば童貞だ。
高校には行かなくなってしまったし、外出は赤ん坊を抱えた買い物くらいだし、出会いもなければ時間もない。
最後に若い女性の声を聞いたのはいつだったか…
そうそう、3日前に学習教材の勧誘電話がかかって来たっけか。



タイミングよく電話が鳴った。
サンジの携帯だ。
着メロを聞いてにやんとだらしなく表情を崩す。
何言ってんだ、俺には最高の女神ナミさんがいるじゃないか!





「はいはいはい、ナミっさんvv貴女のナイト、サンジでーす!」
「はいはい、わかってて掛けてんだから馬鹿な応答しないの。どう?元気?」
ナミは中学からの友人だ。
学年はサンジより一つ下だが、ゾロと二人で勉強を教えてもらっていた、学校きっての才媛でもあった。
ゾロともよく気が合うらしく、今でも親交を続けているサンジの数少ない友人の一人。
最もサンジは友人ではなく彼氏に昇格したいと望んでいるが、ナミにはまったくその気はない。

「今日バイトで近くまで来てるのよ。早く上がれたからそっち寄ってもいい?」
「勿論です!あああ、大歓迎だよナミさんっ!!」
「慌てて掃除なんてしなくてもいいわよ。子供いっぱいいるくせに、いつも妙に片付いてるんだから。美味しいお茶を入れて頂戴。」
「わっかりましたあv」
ハート目のまま携帯を切り、サンジは勢いよく立ち上がった。
ナミはああ言ったけど、これから片付けてお茶を沸かして…
その前に三郎のオムツも換えてしまわなきゃ。
サンジは猛然と動き始めた。




「こんにちは。お邪魔しまーす。」
「こんにちは。」
勝手知ったるでドアを開けて入ってくるナミの後ろから、聞き慣れない声がした。
見ればナミに負けず劣らず可愛い女の子が、ぺこりと頭を下げている。

「ごめんねサンジ君。今日は友達が一緒なの。私の一つ後輩で、ビビって言うのよ。」
「こんにちは、はじめまして。突然すみません。」
「いやあああ、ビビちゃん?こちらこそはじめまして。来てくれて嬉しいよ。」
初対面の若い女の子と話をするなんて、何年ぶりだろう…
高校入学時以来かもしれない。
サンジはうっかり目頭が熱くなりそうだった。

「なんだか急にサンジ君の煎れてくれるお茶が飲みたくなっちゃって…ごめんね。」
殊勝に謝って見せながら、ナミはずんずん部屋へと入る。
その後を申し訳なさそうにビビが、そしてぺこぺこしながらサンジが続いた。

「あ!お客さん!」
「ナミちゃんだ!」
「ばう!」
途端に足元にちょこまか緑の塊がまとわり付いてきた。
「あらあら、みんな元気?相変わらずゾロのミニチュアそのまんまねv」
ナミは満面の笑みでその場にしゃがんだ。
ビビもきゃあvと歓声を上げる。
「なんて可愛いの。いやーん同じ顔!ちっちゃいのまで一緒よナミさん!」
「でしょ、もうこの顔の並びだけで笑えて…」
そこまで言って、ナミの目線が部屋の隅で止まった。
ベビーベッドの中から、小さな手がひょこひょこ動いている。

「・・・」
「どうしたの?ナミさん」
ビビの隣でナミはゆらりと揺らめくように立ち上がった。
一歩、また一歩と慎重にそこへ近付く。
恐る恐る中を覗き込んで、ナミは「あ」の字のまま、口を開けて固まっていた。

「ナミさん、ビビちゃん。お茶が入りましたよ〜vこら、お前らも手え洗え!」
「あーい!」
「あいあいー」
どたばたと洗面所へ走り去る子供たちを見送って、サンジがナミに振り向く。
ナミはまだ固まったままだ。
「あ、ナミさん…それ…」
「いい、言わないでサンジ君。見ればわかるわ。」
そう、まさしく見ればわかる。
誰の子だってコトくらい。

「まあ、こっちにも赤ちゃんが…」
ビビもさすがに驚いて、ナミの隣からベビーベッドを覗き込んだ。
「いつからいるの?この子。」
ナミの声が硬い。
ちょっと怒っているっぽい。
「先週末からだよ。名前はくいなちゃんって言うんだ。可愛い女の子だろ。」
サンジはナミの横を通り抜けて赤ん坊を抱き上げた。
少しうつらうつらしていたくいなは、ほんの少し目を開けて、サンジの腕の中に顔を埋める。

「くいな…」
その名前にナミも反応して、小さくため息をついた。
「仕方ないわね。できちゃったもんは。」
「まあね。」
くいなを腕に抱えたままキッチンへとナミたちを案内する。
子供たちは勝手に席について、サンジのクッキーを前にお預け状態で待っていた。

「よしよし、えらいなお前ら。よく我慢した。」
「あの、これもよかったら召し上がってください。駅前のケーキ屋さんで買ってきたの。」
「やたっケーキいv」
「ケーキい!」
「こらこら、ありがとう。早速いただくよ。」
一気に賑やかな食卓で、赤ん坊を抱いたまま手の離せないサンジに変わって、ビビが包みを解く。
ナミはまだじっとサンジの腕の中のくいなを見つめていたが、またこれみよがしに大きな溜め息を付いて見せた。
「本当に、ゾロってどうしようもないわね。」
目を閉じて首を振ると、いただきますと唱えて紅茶を手に取った。



「ああ、本当に美味しいです。サンジさんのお茶。」
「でしょ、このクッキーもさくさくで。」
「このケーキも凄く美味いよ。俺、誰かが作ってくれたケーキって食うの大好き。」

まるで戦争みたいに食べ散らかした双子&三郎は、隣の部屋で犬ころのごとくじゃれ合って遊んでいる。
お茶している間に腕の中で眠ってしまったくいなを、サンジはそっとベビーベッドに戻した。
「やれやれね。」
「元気な可愛いお子さん達ですね。でも…」
ビビはサンジの顔を見て、それから困ったようにナミを見た。
「サンジさんは、ベビーシッターなんですか?」
「そんなようなものよ。」
ナミに断言されて、サンジは何も言わすイスに座る。

テーブルの上に置かれた手に、ナミはそっと自分の手を添えた。
「可愛そうに、あんたまた痩せたわね。元々痩せっぽちだったのにやつれて見えるわよ。」
「え、やばいなあ。ダイエットし過ぎかな。」
サンジはおどけてそう応えると、ポケットからタバコを取り出した。
「吸ってもいい?」
ビビに伺ってから火をつける。

「ビビはあたしの親友なの。これからサンジ君とも付き合うことになると思うから、全部話してもいいわね。」
「勿論、嬉しいなあ。こんな可愛いお嬢さんとお付き合いできるなんてv」
「茶化さないの!」
サンジは茶化したつもりはなく額面どおり受け取っていたが、ビビの曖昧な微笑みに簡単にあしらわれてしまった。


「まあこれこれこう言う訳で、サンジ君は縁もゆかりもない他人の子供の面倒を見てるって訳。」
「はああ…」
簡潔かつ適当にナミに説明されて、ビビは腑に落ちない表情のまま頷いた。
「あの…確かに子供たちはとても可愛いですね。サンジさんが情が移るってのもわかるんですが…」
ビビは慎重に言葉を選びながら、続けた。
「でもやっぱり、どうしてサンジさんが自分の人生を犠牲にしてまでそのゾロさんって方に尽くすのか、
 わかりません。」
ぶほっとサンジがむせた。
「尽くすって…誰がゾロなんかに…しかも犠牲って…」
「そうでしょう?17歳からの3年って凄く貴重じゃないですか。まだまだ子供だし、勉強したり遊んだり、友達とも色んなことがあって部活もして修学旅行もあって…そんな一番貴重な時期を子育てで追われちゃうなんて…」
そう言われればそのとおりだ。
改めて、結構悲惨な3年だったかとサンジも我が身を振り返る。

「それもこれも、そのゾロさんって方のためじゃないですか。そりゃあ、最初の双子ちゃんだけならまだわからないでもないです。けど…その後に三郎ちゃんが生まれて、今度はくいなちゃんでしょう?ゾロって人、サンジさんに育児まかせっきりにして女の人と遊んでるんじゃないですか。それで子供だけ連れ帰って押し付けるなんて、あんまりです!」
正義感が強いのか、義憤に駆られて頬を紅潮させながらビビは言い切った。
そう言えば、そうかもなあなんて、この期に及んで他人事みたいに心配するサンジがいる。
「でもほら、ゾロだって作ろうとして作った訳じゃあ、なさそうだし…」
「できたものは同じです。避妊もしないなんて、男としても最低ですよ。ゾロって人も、サンジさんと同い年ならまだ20なんですよね。20で4人の親ってことは、これからも増えますよ。」

ビビの言葉にぞっとした。
ゾロの子供が増える…
いいや、今だってもしかしたら、もう誰かに宿っているかもしれない。
「それは…やばい…」
「そうですよ、危険です!」
「まるでネズミね。」
それまで黙って聞いていたナミが口を開いた。
「ナミさん、それはあんまりだ。」
「あらそうじゃない。しかも生まれる子がどれもこれもゾロそっくりで…自分のクローン増やしてるようなもんじゃない。サンジ君もいい加減、見捨てちゃった方がいいわよ。際限がないわ。」
今日ここに来てくいなを見て、ナミも相当腹に据えかねたらしい。
いつもの冷静な彼女らしくなく、ビビと同じように頬を染めて怒りを顕わにしている。
「けど…俺は…」
ナミやビビの気持ちは嬉しいけど、サンジには到底できないことだ。
ゾロを見捨てるのはともかく、子供たちを見捨てることなんてできやしない。


「だったら対処法を考えないと。いっそ睡眠薬で眠らせてパイプカットする?」
「父の知り合いに総合病院の院長がいますけど、相談してみましょうか。」
「そうねえ、でもゾロだと1錠や2錠じゃ効きそうにないわね。お酒に混ぜるといいかしら。」
「ちょっとちょっと待って二人ともっ」
サンジは慌てて止めに入った。
「気持ちは嬉しいけど、ちょっと乱暴じゃないかな。」
「乱暴も何もないわよ。現実問題よ。切実じゃない。それともなに?サンジ君はこれからも、こうして毎年増え続けるゾロの子供を育てながら一生を終える気?」
恐ろしいライフプランだ。
「そのうちゾロも落ち着いて、打ち止めになるんじゃないかなあ…」
「馬鹿ね、70代でも現役よ。そのうち1号や2号が孫作ったらどうするの。」
ナミの想像がどんどんエスカレートしていく。
隣でビビも蒼褪めて、なんとかしなきゃ!と叫んでいる。
「飛躍し過ぎだよ。まあ、俺もどうにかしなきゃって思っては…いるけどさ。」
ゾロに言い聞かせればいいのだ。
現に、三郎を連れ帰ったときにこんこんと説教はした。ゾロも神妙に効いていた。
その結果が1年後のくいなだから、有効な手段とは言いがたい。
「ゾロに限らず男って馬鹿だから、結局欲望に負けちゃうのよね。やっぱパイプカットしかないわよ。」
なんとなく、それしかないかな〜なんて気もしてきた。

「大体、サンジ君がいながらふらふらするゾロが悪いのよ。そこんとこちゃんと、きつく責めているんでしょうね。」
思わぬ振りに、サンジはカップを手にしたまま「え?」と真顔で聞き返した。
「だから、浮気したのを懲らしめてるの?それぐらい言う権利はあんたにはあるのよ。」
…はい?
目をきょとんとさせて首を傾げるサンジに焦れて、ナミは乱暴にカップを置いた。
「あんたまさか、浮気されてもはいはいって流してるんじゃないでしょうね。そんなんだからゾロが付け上がるんじゃない。ちゃんと締めるところは閉めてうまく操縦しないと…」
「ちょっと待って待ってナミさん!」
サンジは慌てて手を翳した。
「ゾロが浮気ってなんだよそれ。俺はそう言うの関係ないよ。」
「なんですって?」
途端、ナミの貌が鬼のような形相になる。
ビビは怯え、けれどナミと同じようにサンジを非難する目つきで見た。
「サンジさん、ナミさんの言うとおりだと思います。関係ないこと、ないじゃないですか。いっしょに暮らしてて、恋人同士なんでしょう?」

―――はあ?
今度こそ、サンジは顎が外れるほど驚いた。


誰と誰が、なんだって?
「ちょっと待って、ひでえ誤解。俺とゾロはなんでもないよ。」
「はああああ?」
今度はナミが素っ頓狂な声を上げた。
「なんでもないですって、恋人でもない男の子供育ててんの?あんた、ばっかじゃないの?」
「こ、こここ恋人って、男相手になんてこと言ってるんだよナミさん!」
サンジは悲鳴みたいな声で叫んだ。
あんまりと言えばあんまりな台詞だが、ナミの横でビビまでうんうん頷いている。

「そうですよ、ありえません。ゾロさんはサンジさんの恋人じゃないんですか?」
真顔で問われて、慌ててぶんぶん首を振った。
そんなこと、これっぽっちも考えたことなんてなかったのに。

「本当に?」
サンジよりナミの方が悲壮な顔をして尚も問いかける。
「本当です。ゾロと俺は、ただの同級生で…」
友人とも呼び合えるほど、近しくはないはずだ。
ナミは糸が切れたみたいに、力なくイスに凭れかかった。
心なしか放心して見える。

「…なんてこと…」
額に手を添えて天井を見つめながら、また深い息をついた。
ビビは悲しげに両手を組んで祈るように目を閉じている。
「こんなことって…あるんですか。ナミさん。」
「…あるんでしょうねえ…現に目の前に存在してるものねえ。」
サンジはただ身の置き所がなくて、膝に手を置いたまま肩をすくめて恐縮するしかない。
なにをした訳でもないが、なんだかとっても申し訳ない。




しばし、気まずい沈黙が流れた。
ナミの誤解が解けたことは嬉しいが、今までそんな風に思われていたのかと思うとそれはそれで落ち込む。
もしかしてナミだけじゃなくて祖父も、共通の友人のウソップ達の目にも自分はそんな風に映っていたんだろうか。
ゾロの恋人として、ゾロの子供を慈しむホモってやつ…?
ぶるりと身を震わせた。
ああ嫌だ嫌だ。
そんなのは願い下げだ。

「まあ、誤解も解けたことだし。そういう訳で俺フリーなんだから、これを機会にビビちゃんともお近づきになりたいな〜なんてv」
明るく話を振ってみたが、ビビからはどんよりとした視線が返されるだけだ。

「…すり替えね。」
誰に言うともなしに、ナミが呟く。
「無意識下の…ですね。」
サンジを眺めたままビビが続けた。
「は?なにが?」
サンジだけがついていけない。
ナミは身体を起こしてテーブルの上で腕を組んだ。
挑むようにサンジを見やる。

「サンジ君。子供たち可愛くて堪らないでしょう。」
「ええまあ、そりゃあ…」
もう目に入れても痛くないくらい可愛いってこのことだと、本気で思う。
「あんな小っこくてもゾロそっくりよね。特に1号や2号に甘えられると、まるでゾロがそうしてきたみたいに錯覚しない?」
ナミの言葉に、サンジは笑いそうになった。
いくらなんでもそれはない。
確かに、同じ顔ではあるけれど。
何気ない仕種や表情がゾロのそれと重なってどきりとすることはあるけど。
一瞬考えて、いやいやと首を振った。
「そんなのある訳ないよ。確かにそっくりだから笑えるけどね。大きさが全然違うし…」
冗談のつもりで言ったけど、ナミもビビも笑わなかった。
なんだか怖い顔でサンジを凝視している。

「よーく考えなさいね、サンジ君。」
ナミは、一転して優しげな声音で囁き始めた。
「サンジ君って元々普通の高校生で、特に子供好きじゃあなかったわよね。」
サンジは素直にこくんと頷く。
「将来保育士さんになりたいとか、そんな夢もなかったわよねえ。」
確かにそうだ。
将来、希望する職種はコックだったはずだ。
それが、どこでどう間違って…私設保育園みたいな状態になったんだろう。
「けどまあ、ゾロに子供ができて、それがとっても不憫で情が移っちゃったってのはわかるわ。理解できる。」
ナミの、自分を見つめる目が優しい。
「面倒見てる間に可愛くなっちゃうってのも、まあわかるわよ。犬も飼いだしたら可愛いものだし。」
犬と一緒にされるのは、些か心外だ。

「ちょっと失礼、ナミさん。」
サンジは音を立てずに立ち上がり、隣の部屋を覗いた。
案の定、3人は犬コロみたいに重なって眠っている。
「電池が切れちゃったみたいね。」
ビビの囁きにくすりと笑って、ブランケットをそれぞれの腹にかけてやる。
「やんちゃに見えて、1号と2号は腹が弱いんだよ。三郎は丈夫だけど、念の為ね。」
「夜になったらお揃いの腹巻させるんでしょ。」
ナミの言葉に嬉しそうに頷く。
「ゾロと揃いのだよ。一応色分けはしてある。」
子供たちの眠る部屋から出ると、今度はベビーベッドを覗いてくいなの様子にも気を配る。
どこか恍惚として見えるその横顔を、ナミはじっと凝視していた。

「でもサンジ君。そんなサンジ君はこれからどうなるの?」
サンジはくいなの寝顔を見つめながら、下を向いてしまった。
「子供たちの世話をするばかりで、彼女もいないんでしょ。デートだってできないし、出会いもないし…」
「出会いは、ナミさんがくれたじゃないかvほら、ビビちゃんとこうして出会えたし。」
「茶化さないで。」
茶化してないのに…
サンジは益々悲しそうな顔になった。

「サンジ君、女の人と付き合ったことあるの?」
いきなりの直球に、ベビーベッドの柵を握ってなんとか持ち堪える。
「少なくとも、この家に来てからはそんな暇なかったわよね。」
「ああ、そりゃあまあ…そうだな、中学ん時とか…」
「ファーストキスは?」
サンジはぐるんと右斜め上方面に視線を彷徨わせた。
「ええと、あれかな。確か2号の方…」
がくりと、ナミが肩を落とした。
呪うように何事か呟いて顔を上げる。

「ごめん、私が悪かった。」
「は?」
いきなり真正面からきっぱり謝られて戸惑うしかできない。
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど…これだけ馬鹿だったなんて、気付かなかったの。ごめんなさい。
 ずっと傍にいたのに…」
隣でビビまで涙ぐんでいる。
これって、俺の立場って一体―――

「サンジ君、悪いことは言わないわ。ゾロとなんでもないんなら、これ以上深入りする前に別れなさい。子供たちと離れるのが嫌なら、近くに部屋を借りたらいいじゃない。それこそベビーシッターみたいに昼間でも面倒見に来ればいいじゃない。子供たちが眠ったら部屋から出て、それでいいでしょ?」
「そりゃ無理だよナミさん。1号も2号も三郎も、俺のパジャマ吸ってないと寝付けないんだ。寝たからって傍を離れても、絶対寝返り打って俺のパジャマ探すんだよ。匂いがないと泣きながら眼を覚ましちまうし…」
とにかく片時も離れないのだ、この三人は。
「ほんっとに甘えん坊ね。」
「俺が、甘やかせちまったからね。」
諦めて笑うサンジの顔は、どこか吹っ切れて清々しい。

「でもねサンジ君。そんな風に子供を愛しても、だからゾロに愛されるとは限らないのよ。」
「…」
虚を突かれて、また固まってしまった。
「なんで、なんで話がそっちの方に行くの?」
「代替品じゃないってこと。いくらゾロそっくりの子供で、全力でサンジ君を愛しても、ゾロがサンジ君を大事に思ってる訳じゃないの。多分、都合のいいお手伝いさんくらいにしか認識してないのよ。子供たちは可愛くても、ゾロのことは切り捨てなさい。私からも話をつけるわ。」
ナミの表情はいつにもなく凛々しい。
そんなナミさんも素敵だ〜vなんて陶然としているサンジは、結局よく意味がわかっていなかった。

「それじゃ、そろそろお暇しましょうか。」
「突然お伺いしてすみませんでした。お茶もクッキーもとても美味しかったです。」
「ええ、もう帰っちゃうの?ゆっくりしていけばいいのに。」
引き止めるサンジに、ナミはしいっと指を立てて片目を瞑る。
「せっかく子供たちがみんな眠ってしまったんだもの。サンジ君もたまには一人の時間が必要でしょ。ゆっくりなさいな。」
ナミの優しさが胸に染みて、サンジはうっかり涙ぐみそうになった。



「それじゃ、ご馳走様。」
「お邪魔しました。」
「またいつでも来てね。大歓迎だよ。」
見送りはいらないとあっさり扉を閉めて、ナミとビビは無言で雑草の生い茂った庭を抜けた。
どちらからともなく足を止め、古い格子の玄関を振り返る。




「サンジさんにとって、気付かない方が幸せってことも…ありますよね。」
「そうね、私から見たらそうなんだけど…」
ナミは切なげに目を細め、ビビに振り返った。
「でも幸せの尺度って、人が測るもんじゃないわ。きっと誰にもわからない。…そう、サンジ君以外には。」
困ったように笑ってみせるナミに頷いて、ビビは真剣な眼差しのまま上を見上げた。

「それでも、私は祈らずにいられません。どうか、サンジさんが幸せでありますようにと。」
夕陽に染まる朱の空を見上げながら、ビビは目を閉じた。



切なる乙女の祈りなど知らず、サンジは子供たちに囲まれて幸せな眠りについていた。



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