ロロノア一家物語 2


どうにかこうにか、身を削りつつ双子たちが満1歳の誕生日を迎える頃、ゾロが何かを大事そうに抱えながら帰ってきた。
サンジは一目見て嫌な予感を覚え、恐る恐る首を伸ばしてゾロの腕の中を覗き込み、悲鳴を上げた。
そこにはまたしても、ゾロそっくりの小さな赤ん坊が眠っていたからだ。



「どどど、どういう了見だ!てめえなんのつもりで、ガキばっかこさえてくんだこの野郎!!」

このときばかりはさすがのサンジも激昂し、殆ど涙目で怒り狂った。
ゾロも神妙に頭を下げて聞きはしたが、結局その子供もサンジが一緒に育てることになるのは当然の成り行きだろう。
なんでもバイト先の女と懇ろになってすぐ妊娠が判明し、堕ろすと騒ぐ女を叱り飛ばして生ませたのだと言う。
莫大な慰謝料と引き換えに連れて帰ってきたそうだ。


「なんでまた、乳飲み子ばっかり…」
がっくりと肩を落とし、悲嘆に暮れるサンジを誰が責められようか。
それでも、まだ目も開かないゾロそっくりの赤ん坊は手足をばたつかせて口を動かし、ふと触れたサンジの指をぎゅっと握った。
その瞬間から、サンジの父性(母性?)愛はまたしても炸裂したのだ。




子供は引き取る代わりに放置しっぱなしのゾロは、名づけにもアバウトだった。
双子たちは勝手に「1号・2号」と名づけて役所に届けてしまった。
3人目を「V3」と申請しようとしたが、さすがに戸籍係に諭されて「三郎」で落ち着いたらしい。

それ以降、赤ん坊を背中に背負い双子専用ベビーカーで買い物に出かけるサンジの姿が見られるようになる。
通りすがりの見知らぬおばさんにさえ、「若いのに大変ね〜」と声をかけられ同情されるが、なにも若いだけが問題ではない大変さだ。

三郎は幸い双子ほど手を焼かせる子供ではなかった。
よく食べよく眠り、一度寝たら殆ど起きない。
身体も丈夫で風邪を引くことも滅多になかった。
親孝行な息子だと思う。




やんちゃな1号と2号に振り回され三郎の世話を焼いて、また1年があっという間に過ぎてしまった。
本来なら大学もしくは専門学校で、新入生に心ときめかせてるシーズンなのに、サンジは離乳食を作りながら洗濯に明け暮れている。


もう肌寒くなってきたのに、1号も2号も泥んこになって遊んで帰ってくる。
男の子は元気が一番だと思っているから服を汚して帰ってくることを叱ったりはしないが、これからどんどん身体が大きくなってくると多分手間も倍かかることになるんだろう。
かじかむ手に息を吹きかけて、サンジは畳んだ洗濯物をたたきながら皺を伸ばした。
いつの間にか、2号が足元にまとわりついて、洗濯籠の中のシャツを引っ張り出そうとしている。

「こら、邪魔しちゃだめだぞ。」
「ちゃうの、おてつだい!」
むっと口をへの字に曲げながらも、しわくちゃのシャツをサンジに渡そうとする。
1号もすぐにやってきて、同じようにタオルを引っ張り出した。
「ああ、手伝ってくれんのか?ありがとう。」
サンジが言うと、1号も2号も見上げてにやんと笑った。
子供のくせに、まだ小さいのに、照れたようなぶっきら棒な笑み。
それが凄くゾロに似ていて、またひどく笑える。

寒いから鼻を啜って、サンジは笑いながら双子を抱き締めた。
子供体温はやけに高くて心地がいい。
小さな腕がぎゅっと抱き締め返してくる。
その温もりが嬉しくて、あったかくて、だからサンジは手放せないのだ。






桜の花が咲く頃、サンジは20歳になった。
怒涛の2年半だったと思う。
人生の半分を過ごした気になって、サンジは散歩の途中にぼうっと桜を見上げながらタバコを吹かした。

来年になれば、1号も2号も保育園に入れよう。
三郎とゆっくり過ごして、三郎も入園する頃には自分も仕事を探そうか。
それとも今から専門学校に通おうか。
苦労はしたけど自分はまだ若い。
これから自分の人生をもう一度見つめ直そうと思っていた矢先の、ゾロの帰宅だった。

そして、話は冒頭に戻る。








「なんだそれは。」
「ガキだ。今度は娘だぞ。」
しれっと応えたゾロに、サンジは握り締めた拳を震わせるばかりでうまく言葉を発することができなかった。
怒りのあまり眩暈がする。
どこからどう責めて詰ればいいのか、検討もつかない。

ともかくあれだ、まずこれだけはっ…
「なんでてめーばっかりHしやがんだ馬鹿野郎!!!」
そこかっと誰かこの場に居合わせたら突っ込むだろう。
けれど幸いギャラリーは、まだ意味のわからない子供たちだけだった。

「よくもまあ、あちこちでガキこさえてくる暇があるなこの野郎、人がっ人が誰のガキの面倒見てっと思ってんだこの…」
「別に頼んだ訳じゃねえ。」
さらにしれっと事実を突きつけられて、サンジがつまる。
そうなのだ、別にゾロが頼んでサンジに子供たちの面倒を見てもらっているわけではない。
あくまでサンジが自主的に買って出たことで、サンジさえよければいつだって、この家から出て行けるのだ。
だが一方的に縁を切られて以来、祖父とは会っていない。
どの面下げて家に帰れるものでもなし、この家から出て行ったらサンジには帰る場所がなかった。
なによりもう長年の習性で両手足に1号、2号、三郎を貼り付けていなければ寝付けない体質にもなってしまっている。

サンジはぐっと声を詰まらせたまま、だたうううと唸り続けた。
口を閉じているせいか、見開いた目が潤んでぽたぽた悔し涙が溢れる。
さすがにゾロもバツが悪そうな顔をして、そっと赤ん坊をサンジの胸に押し付けた。

「また勝手にガキこさえたのは、悪かった。一度寝ただけの女なのによ、いきなりこいつ連れてきて結婚しろって言ってきたから。」
無論、自分の子じゃねえと突っぱねられないほどそっくりの子供だ。
ゾロの遺伝子は最強の優性遺伝子なのか、はたまた百発百中無敵の精子なのか…
サンジは仕方なく、唇を噛み締め頤を震わせながら赤ん坊を受けとった。

今までの男の子より数段軽い、柔らかな女の子だ。
緑の髪もきかん気そうな真っ直ぐな眉も、女の子だと見てとればそれなりに可愛らしく写る。
抱えた腕から伝わる温もりに、すぐさまサンジは絆されてしまった。
一度抱いてしまえば、もう手放せなくなるのは充分思い知っていたのに、やはり自分はまたそれを繰り返してしまう。
赤の他人の子供なのに、自分とは縁もゆかりもないはずなのに、この子が愛おしくてならない。



「名前」
「あ?」
「名前、もうつけたのかよ」
「ああ」
サンジは恐る恐る顔を上げた。
まさか「アマゾン」じゃねえだろうな。

「くいなって、つけたんだ。女だしな。」
ゾロが、少し照れたようにそう言って笑った。
サンジはびっくり目のまま、釣られたように笑みを浮かべる。
「そうか、くいなちゃんか…てめえにしちゃあ、上等じゃねえか。」

くいな。
ゾロが唯一愛した人。

「しょうがねえな、ようこそくいなちゃん。」
サンジは眠るくいなの額に軽くキスを落とすと、きゅっと軽く抱き締めた。
「俺らの妹!」
「くいなだって、くいな?」
「うっきゃ〜」

囃し立てる子供たちとともに、賑やかな食卓に着く。
端からどう思われようとも、サンジの幸福はサンジにしかわからない。



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