Reunion 1


「まあ久しぶりね。立派になったこと。」
長い黒髪を優雅に結い上げた女主人が艶然と微笑んだ。
有名人のゾロを相手に昔なじみを装う女は珍しくない。
ゾロとて一々覚えてもいないことだ。
「貴方くらい有名になると、いつか会えるとは思っていたのよ。どうぞゆっくり過ごしていってね。」
世界一の大剣豪、高額の賞金首となった今、ゾロの来訪をこうやって歓迎するものもいれば、忌み嫌うものもいる。
とりあえず追い出されはしないらしいと安堵して、ゾロは豪奢なソファに深く腰掛けた。
「うちからも選りすぐりの娘を紹介するわ。お好みは?」
「金髪で細身なら、どんなんでもいい。」
面倒臭そうに答える。
「相変わらず失礼なコね。まあいいわ。あなたに伝えたいこともあるから、帰る前に呼んで頂戴。」
見事なブロンドをなびかせた細身の女がゾロの前に立つ。
それに一瞥もしないで、ゾロは女主人に向き直った。
「言いたいことがあるなら今言え。俺は忘れる。」
「ほんとにせっかちで無粋だこと。」
ころころと笑って、ゾロの隣に腰掛けた。


きゃわきゃわと、子供のはしゃぐ声が青い空に溶けていく。
ナミは大きく伸びをして、ペンを置いた。
甲板に出ると夢を腹に乗せたゾロが宝を掴まえてひっくり返している。
「随分早いお帰りね、ゾロ。」
ゾロは一端島に下りると、ほとんどを娼館で過ごした。
巷では四刀流とも夜の大剣豪とも呼ばれているらしい。
ナミにしてみれば、居所がはっきりしている方が迷子にならないだけマシというものだ。

「ナミ、明日にはこの島を出るんだろ。」
「ええログももう直ぐ溜まるし・・・」
ゾロが子供たちで遊ぶ姿も珍しい。
昼寝を邪魔されても邪険にはしなかったが、積極的に構うこともなかったはずだ。
「島あ出たら、ちょっと寄り道してくんねえかな。」
これまた珍しい。
遠慮がちな言い方だ。
「いいわよ、急ぐ旅でもないし。どこに寄るの?」
「こっから西の方にある、キトロスってえ小させえ島だ。そに俺の息子がいるらしい。」
「・・・はあ?」
ゾロの腹の上で、宝がケラケラと笑った。
「何ですって?ゾロ。」
「息子だ。昔娼婦が俺のガキを産んだらしい。」
「・・・まあ、大剣豪ともなると色んな知り合いが増えるわよね。」
ナミは肩をすくめて見せた。
「まさか本気で会いに行く気じゃないでしょうね。」
「だめか?」
「そんなのウソか罠に決まってるでしょう!それとも何か、心当たりでもあるわけ?」
「ねえといえば、嘘になるが・・・」
ゾロはダンベル代わりに上げ下ろしを繰り返していた宝を下ろして、その頭を撫でる。
「どうも嘘じゃねえらしい。カン、だがな。」
勘と言われれば、ナミとてそれ以上反論できない。
「・・・あんたでも、子供には会いたいと思うわけね。」
「皮肉かよ。効かねえぞ。」
ふんと息を吐いてナミは宝を抱き上げた。
「3億ベリーの賞金首に隠し子発覚じゃあ、ますます嫁の来てがないわね。」
困ったおじちゃんねーと宝に笑いかける。
「嫁はいるだろが。」
ゾロの言葉に、え?とした顔をして、ナミは慌てて腹の上の夢を抱き上げた。
「ダメよ!夢は!!」
「アホ、何言ってんだ。俺には料理上手で綺麗好きでがさつな嫁がいるんだよ。」
ぱちくりと、ナミが大きな目をしばたかせた。
「口が悪くて足癖も悪イがな。俺はあいつ以外は誰もいらん。」

ふいとナミの肩から力が抜けた。
なんだか泣きそうな顔になっている。
「なによあんた・・・いきなり、何言い出すの。しかも今更・・・」
宝がナミの腕から降りようともがく。
夢の隣に下ろしてやると、二人してじゃれあいながら船内に入っていった。

「昔てめえ俺に言ったよな。あいつがいなくなって哀しくないのかと。そんときゃあ、良くわからなかったが、今の俺のここにはよ…」
トンと、自分の左胸を指して
「ちょうどクソコックの形をそのまま切り取ったみてえに、穴があいたままなんだ。その穴は、いつまでたっても埋まらねえ。何やったって空いたままだ。多分それが・・・寂しいってやつなんだろ。」

ナミを見上げる瞳は穏やかで優しい。
「馬鹿ねほんとに・・・気づくの遅いのよ、馬鹿・・・」
ナミは目尻の涙を拭いて、くるりと背を向けた。
「馬鹿に免じて寄ってあげるわ!せいぜい感動の親子の対面でもなんでも果たしなさい。
 ちゃんと見届けてあげるわ。」
「恩に着る。」


そのまま二人は黙って、長いこと海を見つめていた。


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