レクイエム 9

ゾロの声に全員が立ち上がった。
ばたばたと外に駆け出す。
がくんと船が揺れて、振動が響いた。
打ち込まれた大砲の弾が届かずに近くに着水したのだ。
敵船はもの凄いスピードで近づいている。
「応戦するぞ!」
叫んで飛び上がったルフィの体が巨大化する。
「なんだありゃ。」
見る見る膨れて巨大な風船のようになった腹に、弾が跳ね返っていった。
「すげー」
あっけにとられているサンジを尻目に、それぞれ自分の持ち場に散っている。
接近した海賊船から、わらわらと船員達が飛び移ってきた。
もの凄い数だ。マストから飛び降りたゾロが応戦する。
1本を口にくわえ、両手にそれぞれ刀を持って、まるで舞うようになぎ払っている。
取り囲んでいた男達は竜巻に巻き込まれたかのように、吹き飛ばされた。
――なんなんだあいつ。
とんでもねえ強さだ。
何で3本も腰に下げてるのかと思ってたが、こういう使い方だったのか。
ゾロの動きに見蕩れていたら、後ろから切りかかられた。
体が勝手に避ける。銃で撃たれ、切りかかられても、ひょいひょいかわす。
体が覚えてんだな。
つまり俺も、コックだけど戦闘員なわけだ。
ところで、俺のエモノはなんだよ。
手ぶらじゃ闘えねえだろ、武器はなんだ?
「ゴムゴムの斧!」
凄い音がして長い長い足が敵船を砕いた。
ルフィだ。
あれはあれでものすげえ。
ウソップが大砲で地道に弾を打ち込んでいる。
チョッパーは泣きながらいろんな形に変化して逃げ回っている。
なんか、すげー。
――あれ?ナミさんは・・・
いつの間に移ったのか、海賊船のキャビンから大きな袋を下げて出てくるナミの姿があった。
たちまち見つけられて刀を突きつけられている。
「あぶねえ」
頭より先に体が動く。
気が付いたら男を2、3人蹴り倒していた。
「サンジ君!」
ナミを背にかばって身構える。
―――ああこの感じだ。
気分が高揚する。
口元が緩む。
楽しいといったら、語弊があるだろうが、こんな気持ちは久しぶりだ。
「ナミさん、下がってて」
一斉に襲い掛かる奴らを足だけでなぎ倒す。
床に両手をついて回転すると、一度に多くが吹き飛んだ。
ああ、そうか。
これが俺の戦いか。
踵落としを決めて息を整えた。
こう数が多くちゃ、きりがねえ。
「まだ使いモンにはなるんだな。」
冷たい声が聞こえた。意外に近くにゾロが立っていた。
敵と睨み合いながらサンジに背を向けて構えている。
「エースに守られて腑抜けたかと思ったぜ。」
サンジの顔に朱が走る。
「エースは俺を守ってたわけじゃねえ!」
怒りに駆られて吐き捨てるように口走る。
「俺から船の秩序を守ってただけだ。」
周りを囲んでいた海賊共がいっせいに切りかかってきた。
ゾロと背中合わせで闘う。
知らないのに、ゾロの間合いがわかる。
3本の刀の動きに合わせて、それを避けながら敵を倒す術をサンジは知っている。
後ろにゾロがいるという安心感。
―――これが仲間かよ。
死と隣り合わせの状況なのに、この満ち足りた気持ちは何だ?

「たーおれーるぞー」
どこかからルフィの間延びした声が聞こえる。
振り向いてびっくりした。
敵船のマストがこっちの方向に倒れてくる。
―――やべえ!
こともあろうに直撃だ。
ナミをかばって身を伏せる。
衝撃に備えて身を硬くする、が何も起こらない。
一呼吸置いて、かんと頭に何かぶつかった。
そろそろと顔を上げると、自分の真上に倒れるはずだったマストが、真っ二つに割れている。
「ずらかるぞ」
傍らに立ったゾロが刀をしまい、サンジの腕からナミを引きずり出して船に飛び移った。
サンジもそれに続く。
小さなかけらが当たっただけなのに、頭がひどく痛い。
マストを失った海賊船は這這の体で逃げていく。







「ったく、通りすがりに喧嘩吹っかけるたあ、ふてえ船だ」
急に元気になって声を張り上げるウソップ。
「海賊ってそんなもんだろ。」
ちげえねえと笑っている。
「ナミ、てめえやけに重てえな。」
ゾロの言葉にナミがにやりと笑った。
「どさくさにまぎれて、火事場の何とかよ。」
大事そうに抱えた袋の中には、宝石類が・・・。
「抜けめないなー」
「これで当分、生活費には困らないわ。」
「さすがナミだ。」
呆れた顔と感歎の声の中、サンジの目の前がぐるぐると廻る。
「素敵だ、ナミさん。素晴らしい。」
うつろな声で賛辞を繰り返す。
足元がふらつく。
まだ船は揺れているのか。
「サンジ?」
壁にぶつかるようにもたれたサンジに、チョッパーが気付く。
「ったく・・・ひでー嵐だ。」
言って、サンジは昏倒した。



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