レクイエム 8

「・・・くん、サンジくん。」
柔らかな手で揺り動かされて、サンジは目を覚ました。
「サンジ君、大丈夫?」
ナミの大きな瞳が覗き込んでいる。
――ああ、なんて愛らしい瞳。
ぼうっと見蕩れていると、目前のナミの顔がトナカイに摩り替わった。
「サンジ、俺がわかるか?」
ああ、チョッパーの目も可愛いなあ。
「おいおいおいィっちゃってるのか、おーい。」
ウソップの顔が近づいて、サンジははっきりと覚醒した。
「―――れ?」
床に座ったまま壁にもたれた状態で、皆に囲まれている。
「・・・俺、このまま寝ちゃったのか」
サンジのつぶやきに、皆の顔がほころんだ。
「なんだあ、寝てたのかよ。」
小さな蹄がサンジの手首にあてられる。
「うん、バイタルも正常。頭痛くないか?」
そう言えばちょっと痛い。
「すまん、おれすっかり寝てたんだな。今、朝飯作るから――」
慌てて立ち上がろうとするサンジをナミが制する。
「あーいいのよパンがあるから、適当に切って焼くわ。昨日スープも作っておいて
 くれたんでしょ。私たちでするから、休んでなさい。」
「いや、今俺マジで寝てたし――」
ウソップもサンジの肩を叩いて座らせようとする。
「まったくびっくりしたぜ。朝ここ入ったら椅子は倒れてるしノートは散乱してるし、
 でお前が壁にもたれた動かねーだろ。」
「サンジは覚えてないんだろうけど、きっと倒れたんだよ。」
優しいみんなの言葉に、サンジは穴があったら入りたかった。
違うんだ、俺マジで寝てたんだ。
あれからいろいろ考えてたはずなのに、そのまま寝ちまうなんて――
「さー座って座って、今ウソップが用意するから。」
「って、俺かよおい。」

「サンジめしー!」
けたたましくルフィが起きてきた。
その後ろには、ゾロの姿もある。
どきりとサンジの胸が鳴った。
「あれ?飯は?」
きょろきょろするルフィをナミが椅子に座らせる。
「今ウソップが用意するから待ってなさい。」
「今朝サンジ倒れてたんだ。少し休ませた方がいい」
「何、ほんとかサンジ!」
どうしよう、どんどん話が大きくなってくる。

「とりあえず出来たぞ、席につけ」
ウソップの号令で朝食をとり始める。
「あら、結構おいしいわ、このサラダ。」
「おう、ちぎっただけだけどな。」
「ドレッシングがうまいんだよ。」
賑やかな食卓で、ゾロとサンジだけが無言だった。

――久しぶりに色々考えたつもりだったのに、寝てたんだな俺。
スープを覗き込んだままサンジの手が止まる。
冷静になって考えると、どうしても結論は一つしかなかった。
つまり、あいつと俺は元からそういう関係だったってこと。
今更確かめようもないけどよ。
他の奴らに俺とあいつってそうなのか?なんて聞けねえし。
もしそうだとすると、多分俺は最低最悪のことを口走ったに違いない。
大変な状況になったという自覚はあるが、どこか他人事の自分がいる。

――だって、どうしたって・・・俺が好きなのはエースだもんよ。
目が自然にルフィに向く。
そういや、どっか似てるよな。
あの座った時の腕の開き具合とか、喰いっぷりとか・・・
でもエースはよく食ってる最中に寝たよな。

どうしたって頭はそっちに行く。
思い出すのは、傷ついたあいつの顔じゃない、エースの顔だ。
殆ど食事をとらずにルフィに熱い視線を送りつづけるサンジを無視して、ゾロはさっさと
食事を終えてキッチンを出た。








昨夜はよく眠れなかった。
今も眠いとは思わない。
ただ鍛錬する気にもならず、見張り台に登る。
考えてみれば、所詮サンジはただのバカな男だ。
口も足癖も悪い凶暴で手に負えないアホ。
女とみれば鼻の下を伸ばし、だらしなく媚を売る。
自分が知る中で最低最悪の部類に入る野郎。
本来なら視線の端も引っかからない、かぼちゃかナスだ。
最も軽蔑に値する。
それがこの1ヶ月というもの、あの阿呆のことで頭の中が一杯だった。
どうかしている。
俺の目標は世界一の剣士。
鷹の目のミホークを倒し、無敵となること。
それはくいなへの誓いであり、自分自身の夢。
尻軽男に心を乱されてる場合ではない。
忘れてしまえ、あんな性悪猫。

邪念を払い、閉じていた目をゆっくりと開ける。
目線の先の水平線遠くに島影が見えた。
それが島ではなく、海賊船だということは直ぐにわかった。

「敵襲だ!」

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