レクイエム 7

額に当てられた手首ごと、サンジの顔を両手で挟む。
物凄い勢いにサンジのバランスが崩れた。
ほとんど倒れ掛かる形で壁に押し付けられる。
声を出す間もなく唇をふさがれた。
驚愕で目が見開く。
自由な方の手でゾロの身体を押し返すがびくともしない。
拳骨で何度も背中を叩き、緑の髪を思い切り引っ張った。
ゾロは気にも止めずひたすらサンジの唇を貪る。
強い力で舌が入り込もうとするのを、サンジは歯を食いしばって拒否した。
ゾロの手が、開いた襟元から差し込まれる。
びくついたサンジの隙を突いて舌を入れた。

がり、と嫌な音がして、鉄の味が口内に広がった。
―――んの野郎、噛みやがった!
唇を離して、床に押し倒す。
がたんっと大きな音を立てて、イスまで倒れた。
体重をかけてのしかかり、ボタンの千切れ飛んだシャツを思い切りはだける。
「・・・やめろ!」
サンジの口から悲痛な声が漏れる。
ゾロの頬に爪を立て、引っ掻く。
うるさい手を床に押し付けて、うなじに歯を立てる。
白い首筋に、自分の血の跡が残る。
サンジが頭を振って、小さく悲鳴を上げる。



―――嫌だ!嫌だ!
長い間なんともなかった頭が、割れるように痛い。
目の前に天井と、ゾロの髪が見える。
自分の胸に顔をうずめてまさぐっている。
嫌だ・・・!
ゾロが腰に手をかけた。
こめかみがどくどくと波打って、目の前が赤くなる。
サンジは目を開けていられなくて、不自由な両手で顔を覆う。
悲鳴とともに、漏れ出た声―――。
「・・・エース!」



ゾロがはじかれたように顔を上げた。
サンジを押し倒したまま、その場に凍りつく。
サンジの両手は目元を覆い隠し、表情が見えない。
その唇からもう一度、縋るような声が搾り出される。

「―――エース・・・」

背中から冷水を浴びせられたようだ。
ゾロは血の気が引いたまま、動けなかった。



サンジは必死で抵抗していたのに、蹴りがまったく出てこなかった。
蹴りまで・・・忘れてたのか。
この一月、蹴りを入れる必要はなかったのか。
エースがいたから―――。


―――そういう、ことかよ。


ゾロは、ゆっくりと身体を起こした。
自分を押さえつけていた体重が消えて、サンジはおずおずと手の甲をずらした。
ゾロが自分を見下ろしている。
逆光で表情が分からない。
ただ黙って、自分を見つめているようだ。
サンジは座ったまま後ずさった。
ゾロが深く息をついて、踵を返した。
黙ってキッチンを出て行く。
ぱたんと扉が閉まる音を聞き、サンジの肩から力が抜ける。
ほうと、息をついて、まだ震える手で襟元をかき寄せる。



ゾロの熱い手。
たくましい腕。
抗えない力。
なにもかもがエースを思い出させた。
煙草を取り出し、火をつける。
まだ指が震えている。



何もかも包み込むような、大きな優しい手。
傷つけないよう気遣う愛撫。
すべてを委ねて得られたやすらぎ。

正反対なのに、思い出させる。


―――エース・・・

サンジは両手で自分の身体を抱きながら、膝に顔をうずめた。

next