レクイエム 5

「サンジの飯だ〜!」

ルフィの絶叫とともに、嵐のような食事風景が広がった。
自分の皿も他人の皿も関係なく手が伸びる。
文字通り縦横無尽に伸びている。
それぞれ自分の文を確保するのに必死で、味わっているかどうかも怪しいが、ひたすら美味い
美味いと食べている。



「なんなんだ・・・こいつら。」
サンジは呆れて、ただ見ているのみだ。
目の前の皿に手が伸びる。
「こら!ルフィ、サンジ君のまで食べちゃだめ!」
すかさずナミが、伸びた手にフォークを突き刺す。
これを紙一重で交わして、ルフィは口いっぱいに頬張りながら、何かもぐもぐ言っている。
「らーって、ふぁんひほ、くひはひひーんは。」
「わかんないっての!」
グーで殴られた。
サンジはクスリと笑った。
「あーサンジが笑った!」
チョッパーが小さな声を上げる。
「呆れてんだよ。あんまりバカだから。」
ウソップがそれでも嬉しそうにルフィの顔を小突く。
「ほっへんほんほふいー」
白ひげの船とはまた違う、賑やかな食卓。
同年代の仲間達。
これが俺の船か。
すとんと納得したようで、サンジは居心地の良さを感じていた。










GM号に着いてから、サンジは物凄く忙しかった。
まずチョッパーの診察を受け、キッチンに入った途端、その惨状に悲鳴をあげた。
そのまま大掃除になだれ込み、食糧庫のチェックをしてまたうめき声を上げる。
誰かが買いだめした食糧すらろくに使えるものはなく、これから買い出しに、と外に飛び出したら
船は出港した後だった。

途方に暮れたサンジの背後で腹が減ったと船長が騒ぐ。
仕方なく夕食の支度をはじめると、クルー達はぞろぞろとキッチンに集まり、雑談をはじめた。
時折冗談を交わしながら、包丁を握るサンジを見ている。
ほんとに帰ってきたんだなーと小さく呟いて、涙ぐむウソップ。
そして久しぶりの全員揃っての夕食で、皆がはしゃいでいる。





「サンジ君も食べなさいよ。いつも作るばかりであんまり食べてないんだから。」
それ以上痩せるとやばいわよ、とレディが心配してくれる。
俺の分も食え、と小さなトナカイがおずおずと皿をよこしてくれる。
「お、チョッパーいらねえのか。」
その皿すかさず伸びてきたルフィ手の甲を、刀の鞘が打つ。
「いっでー!」
「てめえはてめえの分を喰え。」
ゾロがビールを飲みながらルフィを見てにやりと笑う。

―――こいつ、笑えるんじゃねえか。

サンジが船に帰ってから、ゾロはずっと仏頂面をしていた。
視線を感じて振り向くと、目を逸らして知らん顔をしている。
こっちが睨みつけても絶対に目を合わせようとしない。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、目を閉じて居眠りをはじめる。
―――むかつく奴。
けれど目の前のゾロは楽しそうに会話している。
俺以外の奴らとは・・・
どういうこと?





夕食を終えて、デザートをつまみながら談笑する。
サンジがいない間の船の様子。
ウソップのどう聞いてもホラだろう手柄話。
ゾロだけは寝ると言って、キッチンから出て行った。
その姿が消えたのを見て、サンジはおずおずと皆に問い掛ける。
「さっきの、ゾロ?あいつと俺、どういう関係だったんだ?」
質問に一瞬、皆固まる。
その反応を訝しく思いながら、なお続ける。
「なんつーか、俺のことすげー目で睨んでるし。不機嫌っつーか、怒ってるってえか・・・」
「ああーそれは何だ。」
ウソップが焦ったように答える。
「ゾロは元々ああいう見てくれだから誤解されやすいんだ。ああ見えて結構人情家だし、怒ってるわけ
 じゃねえし。」
「そうよそうよ、あれで今日はご機嫌な方なのよ。なんせサンジ君が帰ってきたんだから、嬉しくて
 しょうがないのよ。」
「そうは見えないんですけど・・・」
口を尖らせてサンジが不満気な声を上げる。
「俺、あいつにだけ帰ってきたなとか、良かったとか声掛けてもらってないし。」
―――う!!
全員がフォローできずに固まる。

一瞬の静寂を破ったのはルフィだった。
「ゾロは喜んでるぞ。めちゃくちゃ喜んでる。」
イスにもたれて揺れながら、にししと笑う。
「そうよ、怒って見えてるのはすねてるだけよ。」
ナミが後を継ぐ。
「すねてる?」
「サンジ君が自分のことを覚えてなかったから。知らん顔して目の前通り過ぎたんでしょ。ショック
 受けてんのよ。」
なんだそれ。
「元々口下手で不器用な奴だからなー俺様と違って。」
「ゾロとサンジは喧嘩仲間だったぞ。」
チョッパーまでイスに立ち上がって力説する。
「まあ、今ごろ修行しながらニヤニヤ笑ってるさ。」
ウソップが長い鼻を高々と掲げてそう言うと、サンジ以外の全員が爆笑した。



「25675、25676、25677、25678・・・」
ゾロは甲板でひたすら錘を振っている。
「25679、25680・・・」
邪念を払おうと思っても、頭の中は幸せな光景で一杯だ。

掃除をするサンジ。
ぶつぶつ文句を呟くサンジ。
夕食を作るサンジ。
笑うサンジ。

―――帰ってきやがった。

我知らず口元が緩む。
傍から見たら明らかに怪しい雰囲気を覗かせて、ゾロは暗闇に向かいひたすら錘を振り続けた。

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