堕天花 4



固いベッドに何枚も毛布を重ね、サンジをその上にそっと寝かせる。
ゾロは薄いシャツを脱ぐと、暖炉の前に乱雑に放り投げてすぐにサンジの上に圧し掛かってきた。
背中に瘤があるせいで、サンジはまともに仰向けには寝転べない。
背中にそっと腕を差し入れ、抱えるようにしてシャツのボタンを外し、肩を肌蹴させる。
サンジはどうしていいかわからず、ただゾロのするがままに任せていた。

親愛の情以外のキスがあることは知っている。
けれどそれ以上、人同士が触れ合うのに進展があるのかはわかっていない。
ただなんとなく、身の内にくすぶり続ける熱の塊を、どうにかしたいと本能が告げていた。
ゾロを見れば高鳴る胸や、触れられれば火傷しそうに熱くなる肌と同じで、ゾロに求められて悦び打ち震える身体がある。

こんな俺でも、ゾロが望むモノに応えることができるのかもしれない。
そう思ってそれを願って、ただゾロのすることに身を任せた。




肌蹴た首筋や胸元に、ゾロが丁寧にキスを落としていく。
それが愛されている証のように思えて、サンジは落ち着かない。
こんな風に大切に、丁寧に扱われるなんて初めてのことだ。
身を捩って何か言いたげに唇を開いては、何も言えず口を閉ざした。
そんなサンジに、ゾロはあくまで穏やかに笑みを返す。

「お前の肌は、極上だな。」
「・・・」
サンジは真っ赤になって二の句も告げなかった。
「こんなにもきめ細かくて、しっとりとした綺麗な肌だ。手触りが凄くいい。」
「・・・」
やはり何も言えない。
いつも曝してる両手はあかぎれだらけで、醜い悪魔の子供なのに。
「細い首だ。」
ゾロの指がつうとなぞり、首筋の後れ毛を撫でて鎖骨へと降りた。
「このラインも凄く綺麗だ。色っぽいぜ。」
「・・・ば、馬鹿っ」
居たたまれなくて顔を覆う。
ゾロはその手を外させてまた深く口付け、耳元まで唇をずらす。

「なあ、てめえはこんなにも綺麗だ。今まで誰も触れなかったか?」
サンジはもう黙ってただぶんぶんと首を振った。
「なら全部、俺が貰う。」
ゾロは上体をずらして肌蹴たシャツの合間から覗く、小さな尖りにそっと舌を這わせた。
びくんと身体を震わせ、サンジは慌てて身を起こそうとし静かに遮られた。
「じっとしてろ。」
ゾロの、少し掠れた声にこくこくと頷いて、シーツに横たわり力を抜く。
素肌に絡まる舌の感触に恐れ戦きながら、サンジは未知の体験を必死に受け止めようとしていた。

何をされるかわからない。
何故こんなことをするのかも、わからない。
けれど―――
乳首に軽く歯を立てられて、耐え切れず声を上げた。
ゾロが目線だけ上げて、咥えた唇のまま微笑む。

「くすぐってえか?」
「・・・う、ん・・・」
「ここは?」
脇腹を撫で上げられ、仰け反った胸元から鎖骨へと舌が這わされた。
首筋に吸いつかれ、口に食まれたまま舌で転がされて、訳がわからぬまま身を捩る。

「あ、あの・・・ゾロっ・・・」
「ん?」
「・・・あ・・・」
ぺたんと凹んだ腹からゾロの手が滑り込んできた。
もう冷たくない、熱いくらい心地いい体温が、そう触れることのない部分をぎゅっと握りこむ。
「・・・う、あああ・・・」
サンジはシーツを蹴って逃げようとした。
その腰をがっちり掴み、片方の手でやわやわと擦る。
「あああ、ダメだ、汚い、汚いーっ・・・」
「大丈夫だ。大人しくしろ。」
こんなところ、自分でも滅多に触らない。
触れると、なんだか変な気分になって怖いからだ。
自分を醜く不吉な存在だと思い込んでいるサンジにとって、快楽は禁忌に近かった。
それなのに、今ゾロは、すべてを踏み越えようとしている。

「ゾロお・・・」
「大丈夫だ。力を、抜け。」
小さく縮まったそれを、ゾロは辛抱強くあやすように撫で擦る。
サンジはどうしていいかわからなくなって、涙声を上げた。
「なんで、こんなこと・・・するっ」
「俺が触りてえからだ。」
涙の浮いた目元に口付け、背中を抱く手に力を込めた。
「てめえをもっと、気持ちよくさせてえからだ。」
「気持ち・・・よく?」
目を見開いた拍子に、ほろりと涙の粒が零れた。
それを舌で舐め取って、にかりと笑う。

「気持ち、いいだろ?」
「あ・・・あ・・・」
気持ち、いいんだ。
これが―――

ゾロの手の中で、ぐんぐんと血が集まりそこが膨張するのがわかった。
こんな風に、誰かの手で高められるなんて・・・
「ああ・・・こんな・・・」
「いい子だ。」
耳朶を噛み、くちゅりと舌で内耳を擽られた。
くふんと鼻から息が漏れる。
ゾロの掌は何かで濡れて、音を立て始めた。



あああ
どうしよう、どうしよう
痺れるような快感が脊髄を駆け上り、サンジはただゾロにしがみ付いて声を殺した。
このまま泣き喚いて許しを乞うてしまいそうだ。
こんなことが、あるだなんて―――

「ああ、ゾロ、なんか・・・」
恥ずかしさに目が眩み、ゾロの姿がぼやけて霞む。
「なんか出るっ、うあ・・・」
「ああ、出せよ。思い切り」
「い、やああっ」
ゾロの手の中で、サンジが弾けた。



「ん・・・んく・・・う・・・」
焦点の合わない瞳を彷徨わせて、サンジは大きく肩で息をしている。
何が起こったのかまったくわからない。
酷い粗相をしてしまったようで、なんとか取り繕いたいのに、身体全体が痺れていて指も満足に動かせなかった。

「大丈夫、か?」
ゾロが笑いを含んだ顔で、覗き込んでいる。
何か言おうとして、でも唇が震えて、うまく言葉にならない。
「まさか、初めてか?」
その可能性に気付いてぎょっとしたゾロを、サンジはただ見つめるしかできなかった。
それすらほろほろと涙が溢れては零れ、視界が揺らぐ。

「まさか、そんなこと・・・ねえよな。」
俄かに不安そうに呟くゾロに、サンジは漸く首を振った。
「・・・前、寝てるとき・・・似たようなこと、が・・・」
く、っと喉が詰まってそれ以上言葉にならなかった。
ゾロの表情が曇ったのが怖かった。
ゾロを、失望させてしまったことが。
けれど、ゾロはサンジのその言葉に目を見開いて、それでもぎゅっと抱き締めてくれた。


「そうか、怖かったな。」
そう言って頭を下げて、背中を撫でてくれる。
詫びられたのだと気付いて、またサンジは恐れ震えた。

「けど、気持ちよかったろ?」
耳元でそう囁かれて、こくこくと頷く。
気持ちいいなんてもんじゃない。
こんなことを他人にされて、許されるのかと怯えてしまう。

「・・・なんで、ゾロは・・・」
こくんと唾を飲み込んで、サンジはやっとの思いで声を出した。
「なんでこんなこと、すんだ?」
ゾロがまた、ちゅっと額に口付けた。
「てめえを気持ちよくさせてえからだ。」
「・・・なんで?」
またサンジは泣き出しそうだ。
「てめえが気持ちいいと、俺も気持ちよくなる。」
なんでと繰り返しそうで、口を噤む。
そんなサンジの様子に苦笑して、ゾロは宥めるように髪を梳いた。

「お前と一緒に気持ちよくなりてえ。」
「気持ち、いいのか?」
「ああ」
こんなことを他人にして、何が気持ちいいのかわからない。
「ゾロも、気持ちよくなれる?」
「ああ、けどてめえが初めてじゃなあ・・・」
くしゃりと鼻の頭に皺を寄せて、サンジの肩に手をかけた。
「無理はできねえ。」
そう言って立ち上がろうとするゾロのシャツを、サンジは必死で握り締めた。

「大丈夫だ。ちょっとびっくりしたけど、全然大丈夫だ、俺っ」
息せき切って叫んですがりつく。
ゾロも驚いたように動きを止めて、両手でサンジの身体を支えた。
「俺も、ゾロを気持ちよくしてえよ。」
「本当か?」
ゾロの鳶色の瞳が、暖炉の灯りを受けて一瞬きらりと煌く。

「嬉しいぜ、サンジ。」
ゾロにそう囁かれ痛いほど抱き締められて、サンジは目を閉じて身を委ねる。


サンジが自ら欲したのは、これが初めてだった。
ゾロを気持ちよくさせたい。
ただそのことだけを願い、叶うことを祈って―――












優しく唇を重ねて、ゾロの手がサンジの背をなぞり骨に添うようにずらされていく。
引き締まった臀部を分厚い掌で覆われて、その心地よい暖かさに陶然となった。
ゆっくりと揉みしだきながら、ゾロの手が意図を持って動く。
双丘の間をじわりと撫でられて、サンジはびくんと身体を震わせた。

何をされるのか、皆目わからない。
けれど、すべてをゾロに任せるとそう決めたから。
ゾロが気持ちよくなれるなら、なんだってできるから。

恐れていると気付かれないように・・・それだけを願ってゾロのするがままに身を任せる。
不潔だと、自分自身すら滅多に触れないような場所に指を差し込まれて、サンジは唇を噛んで耐えた。
ゾロがそうするならば、きっと意味のあることなんだ。
それでも怯える身体は気持ちに反してガチガチと強張り、息を吐くことも忘れていた。

「力、抜け・・・」
ゾロの掠れた声が耳を打つ。
「大丈夫だ。無茶は、しねえ・・・」
そんなとこを、弄くること自体が無茶じゃねえか。
サンジは泣き言を言いそうになるのを堪えて、とにかくどうすれば力を抜けるのかと、ゾロの肩に縋りついたままその硬い皮膚を撫でてみる。
案外つるりと滑らかで、恐ろしく硬くて骨が太くて―――
何より暖かで逞しくて、そこに頬を押し寄せれば肌からぐずぐずと溶け出してしまいそうだ。
ああなんて、気持ちいい。

ゾロに触れられるより、こうしてゾロに触れている方が何倍も気持ちいい。
けれど今は、ゾロを気持ちよくさせる方が先なのだ。
下半身が痺れるような酷い違和感をなんとかやり過ごし、サンジは鼻先をゾロの首筋に埋めた。

ゾロの匂いがする。
ゾロの熱、ゾロの息遣い、ゾロの声―――

「サンジ」
ゾロが俺の名を呼ぶ。
その心地良さで、羞恥心も嫌悪感も拭い去ってくれる。
ゾロならば、きっと何も怖くない。

「ゾロ・・・」
くちゅりと、後孔で水音が立った。
先ほど放った精を塗りつけられて、ぐいぐいと押し込むように広げられる。
意図せずして、がくがくと震える頤をゾロの肩に預け、サンジは必至でゾロの背中を撫でた。
何かしていなければ、声を上げてしまいそうだ。

「大丈夫だ。力を抜け―――」
またゾロに言われて、途方に暮れてしまった。
これ以上、どうしたらいいと言うのか。

「抜いてる、もう・・・精一杯・・・」
必死で搾り出した声は少し掠れていて、そのことがまた酷く気恥ずかしい。
「どうして、んなとこ・・・」
耳まで真っ赤にして問えば、ゾロは小さく喉を鳴らした。
「男同士だからな。ちいと、無理させる。」
そうか男同士だと、ここなんだな。
ふと思い当たって、サンジはおずおずとゾロの横顔を眺めた。

「・・・ゾロは、男相手がいいのか?」
真顔で問われて、ゾロはぎょっとした顔で振り向いた。
すぐにむ、と口を尖らせる。
「アホか。男相手にこんな気になったのは、てめえが初めてだ。」
―――はじめて

急に、どきどきしてしまった。
ゾロの、はじめてなのか。
俺はゾロにとって、はじめての男なのか。

「どうした?」
真っ赤になって押し黙ったサンジに、ゾロは優しく問いかける。
「・・・俺、ゾロがはじめてだから・・・」
「ああ」
ゾロの相槌は、ため息のように静かだ。
「俺も、ゾロのはじめて、だよな。」
男の、と続けられて、ゾロはふわりと笑みを返した。

「そうだな。はじめてだ。」
そう言ってまた柔らかく口付けて、サンジも唇をずらして舌で応える。


ゆっくりと時間をかけて、ゾロの指があり得ない場所まで押し入ってくる。
ぐり、と指の腹で内壁を抉られ、その度に小さな悲鳴を上げながら、それでもサンジは逃げなかった。
未だかつて経験したことのない、嵐のような快楽の波に翻弄される。
それが気持ちいいのか苦しいのか、求めたいのか逃げたいのかもわからぬまま、ただ必死でゾロに取りすがった。
内側から変えられる恐れに慄きながらも、それらを与えるゾロの手のぬくもりだけが、すべてになる。
知らぬ間に再び勃ち上がった自身の先端から、歓喜の涙を流すのを呆然と眺めながら、サンジは射精の快楽を
その身体に刻み付けられた。
今まで知らなかった、禁忌だと思っていた目も眩むような快感。
内臓から侵される恐怖、暴かれる羞恥と苦痛。
それでも、求められる悦びに胸が震える。

ひたりと背後から抱きしめ、衣服をすべてとりさったゾロが覆いかぶさってくる。
冷えた肌に熱い塊が押し付けられ、薄目を開けて確認したそれに一瞬気が遠くなった。
・・・あれを
あんな、自分のものとはまったく色も形も大きさも違うあんなものを―――
入れるのかと頭で理解するより先に、胸に湧き上がったのは率直な死への恐怖。

幼い頃から嫌われ、蔑まれてきた自分は、いつだって常に死が寄り添っていたはずなのに。
今は純粋に肉体が滅ぶことが恐ろしい。
それでも、その死を与えるのがゾロならば、恐れは甘い疼きを伴った歓びへと変わる。
ゾロにならば―――

薄いシーツに両手をついて、腰だけを高く抱え上げられ、恥ずかしさに死んでしまいそうな格好をさせられながらも、肘を突っぱねてサンジは震える身体を必死で支えた。
焼け付くような、鋭い痛み。
例えようもない圧迫感。
内臓がせり上がり、柔らかな粘膜が裂ける恐怖。

「う、・・・あっ・・・」
どうしても詰まる息を口を開けてわざと逃がしながら、サンジは背を撓らせてその場に留まろうとする。
背中に舌を這わせ、ゾロがゆっくりと腰を進めた。
ゾロの舌の暖かさ、触れた後の冷たい空気、内側から焼かれるような直接的な痛みと悦び―――

「あ、ああああ・・・」
耐え切れず、サンジは悲鳴を上げた。
それでも、ゾロは容赦せず腰を揺すり、サンジの上で身体をずらす。
ぐん、と強く突き上げられて、サンジの肘ががくんと折れた。
崩れる背中を胸に手をかけて支えながら、ゾロはゆっくりと抽迭を始める。
ずくずくと痛む内壁よりも更に奥で、凶器のような熱の塊がじわじわと内部を侵食するようだ。

「あ、あ・・・ああっ・・・」
サンジは仰け反り、破れそうなほどシーツを掴んだ。
このままでは、死んでしまう。
だってこんなに、中が熱い―――
蕩けるほどに、痛みだって溶かすほどにあまりに熱い―――

「あん、あっ・・・あああ・・・」
声に甘い響きが混じって、ゾロはさらに腰を進めた。
初めて受け入れるサンジの中は痛いほどに狭かったが、それでも根気よく刺激し続けた。
挿入の衝撃で萎えていたサンジ自身が、またゆっくりと頭を擡げ露を浮かばせ始めたのを見て、
ゾロもほっと息をつく。

辛い目に、遭わせたいわけじゃない。
なるべく負担をかけずに、できるならば快楽を教えてやりたい。
何も知らなかったサンジへのせめてもの侘びを込めて、ゾロは丁寧に愛撫を施した。
背中や首筋、耳元に肩、腕。
繋がったまま届く限りの柔らかな部分に唇を寄せ、舌を這わせる。
逸らした胸の小さな尖りに触れて、優しく抓んで捏ねまわした。

「んああっ、や・・・」
過敏に反応する箇所を、執拗に責める。
そうしながら、随分と柔らかくなった内壁を抉るように強めに突き上げれば、サンジは小さく悲鳴を上げて身を震わせた。
きゅうきゅうと、小さく痙攣しながら締め付ける感触に、ゾロもまた耐え切れず精を放った。
叩きつける射精の快感に呻きながら、サンジががくりと身体を崩す。

荒く息をついて、ゾロは繋がったままサンジの上に重なり倒れた。
暗い部屋の中に響く、どちらのものともつかぬ鼓動と息遣い。
サンジはゾロの下で身を震わせて、小さく笑いを漏らした。
ゾロも、額から汗を滴らせながらサンジを抱きしめたまま笑い出す。

「はは・・・すげ・・・」
「ああ・・・」
「ゾロも、すげーとか、思った?」
「ああ、なんか・・・すげえ・・・」
二人、顔を見合わせてくすくす笑う。

「俺なんか、死ぬかと思った・・・」
笑い顔のままサンジが顔を歪ませる。
目尻から沸いた雫が頬を伝うより先に、ゾロがちろりと舌で舐め取って震える痩躯をぎゅっと抱きしめた。

「気持ち、よかった・・・か?」
「ああ、すごく・・・」
「よか、た・・・」
安堵の息をついて身体を弛緩させたサンジに、これ以上の無体はできず。
ゾロは、シーツからはみ出した肌を擦るように抱きこんで、汗の浮いた額に唇をつける。

目を閉じて荒い息を逃がしていたサンジは、呼吸が整うのと同じ速度でうつらうつらと顔を揺らし始めた。
その頬に掌を寄せ、腕で囲うように安定させて、髪を梳いてやる。
やがて聞こえてきた穏やかな寝息に、ゾロは心底ほっとしてサンジに寄り添うように身を横たえた。



木枠を打ち付けられた粗末な窓の隙間から、朝の光が白々と差し込んでいる。



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