螺旋の向こう9


「おい。」

不意に声をかけられて、それこそ飛び上がらんばかりに驚いて振り向く。
いつの間に傍まで来ていたのか、ゾロが困ったような顔をして立っていた。

「あんだよ、クソ腹巻。」
「お前、あっちであったこと全部覚えてんだろう。」
唐突にそう言われて、なんだか問い詰められてるようでむっとしながらも小さく頷く。
「俺はなんか食ったのか?」
へ?と驚いて顔を上げる。
そんな話題をゾロから振られるとは思わなかった。
「食ったっつうか、酒呑んだらしいぞ。」
「ああ、そうか。」
ゾロは簡単に納得した。
なんだってんだろう。
「それで、てめえは何を捨てて来たんだ。」
「ええ?」
今度こそびっくりした。
ゾロがなんでそんなことを知っているのか。

「夕べ村の女が教えてくれた。死者が黄泉のものを口にすると連れ帰るとき大切なものを3つ失うことになるとな。てめえ、俺を連れ出すためになんか捨ててきたんだろう。」
驚いた。
ゾロにしては話が早い。
呆気に取られて即答できないでいるとゾロの姿が眼前から消えた。
と思ったら、唐突に右足を掴まれる。
「うおっ」
蹴り飛ばすこともできなくて、とりあえずその場に尻餅をついた。
「なんだてめえ・・・」
人の足首を掴んでおいてゾロは唸る。
「てめえ、なんて冷てえ足してやがる。」

ズボンの裾を膝まで捲くって、ゾロは脛を両手で握った。
見た目に変わったところはないが、氷のように冷たく血の気が感じられない。
「どうしたこれは、これで動けんのかっ」
怒鳴られて、サンジは左足でゾロの頭を蹴った。
「うっせ、歩けるし動ける。」
「戦えるのか?」
言葉に詰まって、腰だけ後ろにずらした。

「大丈夫だ、左は動くんだし・・・」
「こうして掴まれたらアウトだろうが。現にてめえ、さっきの蹴りも全然威力が無かったぞ。」
軸足が効かないのだ。
俄かに現実を突きつけられて、サンジは動揺した。
「足手まといにはならねえ、銃も使うし・・・」
「これが、てめえが失くしたものか。」
片足を押さえつけたまま、ゾロはサンジの襟首を掴んで引き寄せた。
鼻がくっ付きそうなほど間近で睨まれて、思わずサンジの視線が泳ぐ。

「大事なもん3つってあの女は言ってたぞ。後はなんだ、タバコか?」
ゾロの勘の良さに舌打ちしたくなった。
なんてよく見てやがるんだ。
「そうだよタバコだ。これは失くして良かったモンだろう。」
それからもう一つも、多分最初からいらないものだし。
ゾロはサンジの上に半ば乗り上げるようにして顔を近付けている。
これは端から見ればちょっと危険な構図なんじゃないかと、サンジは他人事のように想像した。
以前の自分なら眩暈を起こして倒れそうなほどドキドキしただろうに、今はただ重いとかうざったいとか・・・
その程度の気持ちでしかない。


「お前、黄泉で俺となにをした?」
突然話題を変えられて、は?と聞き返した。
「俺を連れ帰るために、結構手間取ったんじゃねえのか。」
「それも、あの子から聞いたのか。」
「そうだ。なんでも死者にとって黄泉ってのは相当居心地がいいらしい。並大抵の説得じゃ
 連れ出せないんだそうだ。」
サンジの背中に、嫌な汗が浮かんだ。
「それで、てめえはどうやって俺を説得したんだ?」
じっと見据えられて真顔で尋ねられ、サンジは明後日の方向に視線を漂わせた。
どう言えば、納得するんだろう。

「えーとな、ともかくてめえは記憶も失くしてたから、仲間が待ってるって言った。」
「それで?」
「・・・それだけだ。」
「ンな訳ねーだろ。そんなんで俺が納得するか。」
きっぱり言い切られて、サンジは益々困った顔をする。
本気モードで泣いて縋ったなんて、言える訳が無い・・・のだが。

「泣き落としだ。てめえに帰って来て欲しいっつって抱きついた。」
サンジはさらっと口にした。
はっきり言って、今は目の前の男に明確な友情も恋情もない。
どうでもいい相手には、なんだって言える。
「・・・抱きついた・・・」
ゾロは唖然としたようだ。
その顔がおかしくて、サンジは悪乗りした。
「そしたらてめえ、俺にキスして来やがった。」
「キ・・・?」
ゾロの目が大きく見開かれる。
これは、益々珍しい表情だ。
「挙句の果てにSEXした。」
「・・・!?」

もうサンジの方が笑い出しそうになった。
ゾロは口をあんぐり開けて、零れんばかりの目玉でこっちを凝視している。
「それでてめえは絆されたんだ。大人しく着いてきたぜ。」
サンジは耐え切れず、肩を揺らしながら爆笑した。
ゾロはまだ目を白黒させている。
あの世で野郎とSEXしただなんて、相当のショックだろう。
なんとなくサンジは爽快な気分になった。
「俺の身を挺した健気な犠牲の上に、てめえの甦りは成り立ってんだ。そこんとこ、ちゃんと肝に命じておけよ。」
うひゃひゃと調子に乗って笑うサンジの上で、ゾロが動いた。

軽く首を圧迫され意識が落ちる。
気配を感じ取る暇もなく、サンジはその場で失神した。

next