螺旋の向こう7


その夜、村ではかつてないほどの賑やかな宴が催された。
日ごろから大人しく慎ましやかな村人達までもが、麦藁海賊団につられて歌ったり踊ったりとはしゃいでいる。
宴の輪の中心にいるのは当然のごとく、甦ったゾロ。

皆が固唾を呑んで見守る中、穴の中から帰ってきたのはサンジ一人だった。
落胆の溜め息が漏れる中で、不意に背後から大きなくしゃみが一つ響いた。
驚いて振り向けば、蒼い泉の真ん中でうっかり溺れかけているゾロの姿があった。
「ゾロ!」
「ゾロッ」
「・・・ぞろ〜・・・」
涙やら鼻水やら垂らしながら一斉に駆け寄る。
怒ったり笑ったり、喜んだり張り倒したりして忙しい中、チョッパーは冷静に診察を済ませ、ゾロの身体が完璧に元に戻っているのを確認した。
欠損した頭部も背中も、手足の細かな傷までもがすべて消えている。
最初から、何もなかったかのように元に戻っている。
信じられない思いでそれらを確認して、そうして改めてゾロに抱きついた。
「おがえりーーーっ」
抱きつかれ殴られるゾロは、何がなんだかさっぱりわからなかった。


訳がわからないながらも、ふんだんに酒が振る舞われるのはありがたい。
ゾロはさして物事を追求せずにマイペースで杯を呷っている。
もう一人の主役サンジも今回はゾロの隣にちょんと座らされ、大人しくもてなされた。
「恥ずかしながら、我々はこれほどの喜びを得たことはありませんでした。」
村長が穏やかに微笑みながら言葉を紡ぐ。
「『死』があまりに身近にありすぎたが故に、『生』のありがたみもわかってはいませんでした。
 蘇りがこれほどに喜ばしいことだとも。」
「そうかも、知れませんね。」
ロビンは興味深げに頷いた。
「『死』が取り返しのつかないものであればこそ、一生懸命生きるのでしょう。だからこそ、失いたくないと
 もがき足掻く。一所懸命誰かを愛する。」
「さよう。」
村長は楽しげに笑うクルー達に目を細める。
「もうすでにお気づきでしょうが、この村には子どもがおりません。『死』とともに暮らす頃から『誕生』がないのです。私もまた、いつからこの世に生まれ出ていたのかもはや覚えておりませぬ。」
息を呑むロビンに、村長は微笑みを浮かべたまま酒を注いだ。
「時が止まり、生と死の狭間でしか生きられぬ我らは、大きな喜びも悲しみも知りません。今回あなた方と出会えて本当に良かった。こんな喜びの宴の時を共に過ごさせていただけて、本当によかった。」
ロビンは「こちらこそ」と小さく呟き、村長に酒を注ぎ返した。

ゾロとサンジは雛壇に飾られるがごとく、ちんまりと座って黙々と酒を飲んでいる。
「よくやった、本当によくやった!」
ウソップはサンジの肩をバンバン叩いて、ゾロの背中に纏わりついている。
「ああ、ほんとにゾロなんだなー・・・ゾロ、生きてんだなー・・・」
「ああわかったわかった、もういいからちゃんと座れ。」
さっきからべたべたと触られまくって、ゾロもいい加減うんざりしていた。
よく生き返ったと喜ばれても死んでいた自覚が無いから、まったくピンと来ない。
気が付けば水の中で、あれよあれよと言う間に皆に囲まれ、ボコられてから祭り上げられているのだから、
狐に抓まれたような気分だ。
それでもまあ、皆が心底喜んでくれているのははっきり言って気分がいい。
うっかり死んでいたらしい自分を腹立たしくは思うが、それなりに貴重な経験をしたんだろう。
それにしても―――
ゾロは美味い酒を飲みながら、ちらりと視線だけ隣へ寄越した。
どういう訳かすぐ傍に、コックが大人しく座っている。
村の女に酌をされてへらへらとだらしなく笑っているが、この男がもてなしを受けている姿自体が珍しかった。
じっと見ていると、さすがに不躾な視線に気付いたのかサンジは不機嫌そうに振り向いて睨み返す。
「あんだよ死に損ない。酒が足りねえってのか?」
そう言いながらも自分から注いでくれた。
いつもならすぐに反発して喧嘩に縺れ込むところだが、そんな雰囲気にはならなかった。
こいつもそれなりに機嫌がいいのだろうか。
自分が生き返って少しは喜んでくれているのだろうか。
そう思って、つい口元がにやけてしまう。

どうした訳か、さっきからゾロはサンジの顔を見ると胸の辺りがぽわぽわするのだ。
酔いのせいかほんのり染まった頬や、目元を隠す金色の髪を見るだけでとくとくと動悸が早くなる。
すぐ真横に大人しく座っていると思うと、それだけで口元が緩んでしまうほど嬉しい。
酔っ払った振りをして、少しでもサンジに向かって身体を傾けてしまう始末だ。
どうしたってんだ、俺は。
これも一種の後遺症だろうか。
やたらとコックに目が行く。
その手に触れそうになったり肩を抱きそうになったりする。
黄泉から連れ出された反動かもしれない。
まるでコックに懐いてしまったかのように、意識が持っていかれるのを自覚して、ゾロは弱ったなと一人頭を掻いた。

その隣で、サンジもまた思案に暮れていた。
何もせずに座ってもてなしを受けるというのは、非常に居心地が悪く落ち着かない。
村の人たちがご馳走を準備して酒も充分振る舞ってくれるので、あえて甘えてはいるが自分から動けないのにも理由があった。
右足の感覚が無いのだ。
『置いていけ』と言われたとおり、置いてきてしまったらしい。
歩くのに支障はないが、意識してゆっくり歩かなければ引きずってしまう。
恐らく走れないだろう。
―――まあ、足くらいいいけどよ。
腕を失くすよりよほどマシだ。
戦いの時はなんとかすればいい。
それに・・・

サンジはちらりと隣のゾロを見た。
ゾロと目が合って、そのまま睨み返す。
それでもやけに優しい眼差しで返されたので、誤魔化すように酒を注いだ。

非常に、居心地が悪い。
ゾロへの気持ちがなくなったとは言え、記憶を失くしたわけではない。
なにもかも、ばっちり覚えている。
ゾロを生き返らせたい一心で単身黄泉まで降りて、こともあろうにSEXのようなことまでして連れ帰った。
そのことを後悔するつもりは無いが、やっちまった感は否めない。
―――男と、だぜ。
できればなかったことにしたい思い出だ。
自分は何をトチ狂ってゾロになんか入れ込んだのだろう。
どうみたってむさ苦しい野郎じゃねえか。
なんでこんなぶっとい腕だとか厚い胸だとか、眉間の皺だとかにときめいちゃったりしたんだよ。

ゾロが生き返ってそりゃ嬉しいとは思う。
単純に仲間が帰ってきた喜びだ。
それ以上のものは、サンジの中にもう存在しない。
あんな「気持ち」を失くして正解だったとも思う。
誰にも言えず、自分でも認め難い思いを抱いていた時は本当に苦しかった。
仲間にこんな感情を抱く事態が異常だと思ったし、自己嫌悪にも陥った。
けれど今、ゾロに対してそんな感情は微塵も残っていない。
相変わらず不機嫌そうに顰められた眉は鬱陶しいし、すぐ傍で時折触れる堅い腕は暑苦しい。
道を踏み外す前に正気に戻れて本当に良かった。
サンジは心の底から安堵しながらも、どこか物足りなさを感じていた。
なんというか、胸にぽっかり穴が空いたような、そんな感じだ。


ふと、反対隣で甲斐甲斐しく酌をしている娘がゾロに何事かを囁いた。
ゾロも静かに耳を傾け、時折頷いたり見詰め合ったりしている。
なんだ、随分いい雰囲気なんじゃねえの?
サンジはなんとなくその光景を注視していたが、その胸に嫉妬に似た感情が湧くことはなかった。


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