螺旋の向こう5


どうせ何も、覚えてやしないんだ。
生き返るのに本気を見せろというのなら、見せてやろうじゃねえか。

俺は男だけども、野郎の為に身を投げ出すほどこいつに惚れているんだと、思い知らせたい。
なにがなんでも連れ帰るんだと、お前が必要なんだと伝えたい。
どうせ、何も覚えてないんだから。
モノ言わぬ死体に告白するよりも余程健全だと、サンジは腹を括った。


「ゾロ、好きだ。」
ためらいながらも、自分から唇を合わせる。
サンジの吐息を掬うように、ゾロは軽く歯を立てて舌を絡めてきた。
器用に蠢きサンジの口中を愛撫する動きに、うっかりのめり込んでしまう。
まさかゾロがこんな巧みなキスをするとは、思わなかった。
時に荒々しく時に誘うように内側をなぞり唾液を絡められて、サンジは仰け反って応える。
痺れるような快感に包まれ、身体の力が抜ける。

ゾロは思いの他手際よく、サンジの服を脱がせてしまった。
手馴れてるなと、ほんの少し嫉妬する。
生き返らなきゃ、レディともこんなことできねんだからなと言い訳を探して・・・
いや、死んでてもHできるのかよと感心しながら、草原に身を横たえた。

明るいけれど眩しくはない地底の空を覆うように、ゾロが上から覗き込み、またキスしてくる。
まるで世界のすべてがゾロになったみたいで、サンジは目を閉じてゾロの背中に腕を伸ばし抱き締めた。


いつの間にか風は止み、広がる木々も姿を消した。
上も下も、丘も草原も村も人もすべてが消え去り、自分に触れるゾロだけが唯一となる。
密着した肌の間で、どちらのものともつかぬ鼓動はやがて一つになり、同じリズムを奏で踊る。
絡めた指は溶け合い丸まり、腕から肘にまで融合して混ざり合った。
あわせた唇の中で蠢く舌は、同じ吐息をついて悦びを響かせる。
目も耳も、腕も足も心臓も脳髄も、すべてが重なり、侵食しながら回り、やがて一つの熱の塊となった。

求め得た悦びに涙を流しながら、サンジは声を出してその名を呼び続ける。
もう二度と手放さぬようにと祈りながら―――


気がつけば、サンジは元の草原に座っていた。
ゾロも、同じように向かい合って胡坐を掻いている。
慌てて自分の格好を確認するが、黒のスーツ姿のままだ。
「あ・・・れ?」
きょろきょろと見て慌てるサンジの姿を、ゾロはどこかおかしそうに見ている。
「なんだよ。」
むっとして睨み付けるとゾロは肩を揺らして笑った。
「てめえ、感度いいなあ。」
「なっ・・・」
あまりのことに絶句して、真っ赤になる。
「な、な、今の・・・」
「やっちまったな、気持ちよかっただろ。」
「えええ〜〜〜」
じゃあ、さっきのやっぱりSEXか?
確かに気持ちよかったけど、イイばっかりだったじゃねえか。
あんなんで、いいのか?
少々混乱した頭でそんなことを考えていたら、ゾロがズボンについた草を払いながら立ち上がった。
「さて、それじゃ行くか。」
「え、どこへ?」
間抜けた質問をするサンジを呆れて見下ろす。
「還るんだろうが、てめえそのために迎えにきたんだろう。早く俺を連れて行けよ。」
サンジはまた目と口をぽかんと開けて、慌てて立ち上がった。



「どういう風の吹き回しだよ。」
元の風景に戻った黄泉の村を、サンジはゾロと並んで歩く。
「あん?てめえが連れて帰るつったんだろうが。」
「言ったけど・・・」
サンジは先ほどまでの行為の照れもあって、そっぽを向きながらごにょごにょと呟いた。
「ここでは嘘や誤魔化しが通用しねえっつったろ。てめえの本気がわかったから一緒に帰るっつってんだ。あんだけ想われてて、応えねえのは男じゃねえだろ。」
歩きながら、うっかりがくんと膝が砕けてしまった。
こいつ、なんて恥ずかしいことを・・・
「そ、そそそそんなことねえぞっ・・・」
「誤魔化すなっつってんだろ。」
真っ赤になって言い返すサンジの頭に手をぽんと置いて、ゾロは早足で追い抜く。
「ちょっと待てコラ、万年迷子が先行くな!」
乱暴に怒鳴りながらサンジは慌ててその後を追った。


村の外れに、まるで地の果てのよに壁がそそり立っている。
地上と同じように注連縄が飾られた裂け目のような竪穴があった。
ここから、サンジは降りてきたのだ。
サンジはごくりと唾を飲み込んで、あらためてゾロを振り返った。

腕を組んで珍しそうに中を覗いているゾロは、いつもと変わらぬ姿だ。
こいつは間違いなくゾロだと、改めて確認して一歩踏み出した。

「いいかゾロ、てめえはこっちで酒飲んじまったらしいから、そう簡単に生き返れねえらしい。ちゃんと俺の言うことを聞けよ。」
ゾロは真面目な面持ちで神妙に頷く。
記憶がない分、サンジに無駄な反発もしないので話は早い。
「てめえは生前から天才的な方向音痴だ。恐らく死んでも直ってねえ、だから・・・」
ちょっとためらって、それでも真っ直ぐにゾロに向かって手を伸ばす。
「この手、ちゃんと掴んで俺に着いて来い。途中で寄り道したり手離してどっか行くんじゃねえぞ。」
「迷子かよ。」
「迷子なんだよ!」
ゾロは抵抗なくサンジの手を握った。
でかくてがさついていて、暖かい。
そんな手でぎゅっと握られただけで、サンジの心臓は3mm程飛び上がってしまった。
その後も口から飛び出そうなほど、浮かれて踊っている。
動揺を隠して、サンジはゾロの手を引いて穴の入り口へと進む。

「こっから一歩入ったら、俺は絶対に後ろを振り向けねえ。振り向きそうになったら怒鳴ってくれ。」
「わかった。」
「・・・頼む、ぞ。」
サンジはもう一度ゾロを見返す。
ゾロは相変わらず不機嫌なんだかそうでもないんだか判別しがたい仏頂面で、ちょこんとサンジに手を繋がれている。
その様がなんだかおかしくて思わずサンジが表情を緩めたら、ゾロは口端を上げて握る手に力を込めた。

「心配すんな。てめえのために、俺は必ず戻る。」
途端、またバクバクと心臓が跳ねる。
「ば、か野郎っ、恥ずかしいこと言うなボケ!」
悪態だけついて、勢いで暗い闇の中に突進した。


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