バラティエの天使 -1-



とろりとした蜂蜜みたいに金色の髪と、極上のミルクみたいに滑らかな白い肌。
 海や空のように蒼く澄んだ瞳。
 唇やほっぺ、その他いろいろ、どこもかしこもピンク色で、にこっと笑うと花が咲いたよう。

「うっせェ。てめェら、一体なんの幻見てんだっ!」
「うう…。俺たちの天使はこんなにガラ悪く無かったはず…」
「前からこうだよバカどもっ!」

 人気のフレンチレストランバラティエにいつもの罵声が響く。
 容姿は前述の要素を未だに保っているのだが、この口の悪さだけはどうにかならないものかとコック達は思う。

「大体、俺の口が悪ィのはてめェらのせいだろうが。ちっせェ俺を連れて遊園地とかデパート連れてってくれたり、店やってる時も隅っこでジャガイモ弄ってる俺に包丁の扱い教えてくれたり、あやとりとか付き合ってくれたりすっから…。そりゃ身近な奴らの口調って、どうしたって似ちまうだろ?」

 デレ来た。
 これがあるからこの子は堪らない。

 昨日調理科のある高校を卒業し、晴れて正式なコックとして採用されたサンジは、真新しいコックコートに身を包んで、古参コックであるパティとカルネの前でふて腐れている。小さい頃から自分を知るコック達が、《大きくなったなァ》と感慨に耽るのを分かった上でお披露目しようとしているのだ。
 
 案の定涙ぐんでしまったパティ達だったが、《あの小さかったサンジが…》と、幼い頃の思い出を美しく語りすぎて、《今の不貞不貞しい俺じゃダメなのかよ》とばかりに、途中でサンジがキレてしまった。
 ぷィっと唇を尖らせて拗ねる顔は相変わらず可愛らしい。

『ほんとに小さかったよなァ…つか、細かった』

 小さいとか細いとかいうより、触れたら簡単にポキンと折れてしまいそうなくらい痩せ衰えていた。

 バラティエのオーナーゼフが抱えていた幼いサンジは、サルの死骸のように見えた。《スー…スー…》と辛うじて息をする、かさついてひび割れた唇と、落ち窪んだ眼窩が今でも忘れられない。
 
 他店に比べれば少ないものの、毎日ある程度の残飯を捨てざるを得ないレストラン従業員としては、この店の至近にあるアパートで、こんな小さな子どもが何ヶ月も喰えずに飢え死にしかけていたという事実はあまりにも衝撃的だった。

 生活苦と精神病を患っていた母親は隣県の崖から投身自殺しており、一人残されたサンジはいつまでも母を待ちながらアパートの一室で飢え乾き、動くことが出来なくなっていた。僅か5歳の子どもに、誰か大人を頼る術はなかった。《お母さん以外、お部屋に入れちゃダメ》という言葉を信じて、誰が尋ねてきても居留守を貫いていた。
 
 ゼフが救い出すことが出来たのも偶然だった。車高の高いトラックに同乗してふと窓から部屋の様子を伺った時、信じられないくらい痩せ細った子どもが部屋に転がっているのを見つけたのだ。

 すぐ入院させて、費用はゼフがみた。退院後も手続きをとってサンジを引き取り、何一つ困ることがないよう大事に…だが、鉄蹴制裁も含めて体当たりで育てている。
 娘夫婦と孫を事故で失い、自らも片脚を失っていたゼフにとって、サンジは孫息子の生まれ変わりのように感じたのかも知れない。
 だが、ゼフはそのような話をすると必ず激怒する。

 《ウィリーはウィリー、サンジはサンジだ。同じもんだと思ったことはねェ》

 眉を吊り上げて怒鳴るゼフに、廊下で聞いていたらしいサンジは目元を潤ませていた。サンジが孫の身代わりとして愛されていることに引け目を感じていたのだと、パティが気付いたのはその時だった。ゼフは深いところまでサンジを理解している。そのことが、胸にじんと染みた。

「やァ、サンちゃん。可愛いコックさんだ!」
「エース!」

 まだ開店する時間ではないのだが、ご近所さんでよくサンジと遊んでくれたエースは特別だ。サンジもコック達も笑顔で迎える。
 この男、夏ともなると基本的に胸筋・腹筋を見せつけるような服装なのだが、今は流石に半袖シャツを着ている。テンガロンハットだけはいつも通りで、くしゃっとした癖毛を押さえていた。腕に抱えているのは大きな花束や沢山の化粧箱で、今年も一つに決められずにたくさんのプレゼントを持ってきたのだと知れる。

 《サンちゃんが喜ぶ顔を想像すると、どれもこれも良いような気がするんだよね〜》と笑うエースに、金持ち特有の嫌みはない。本当にサンジが可愛くて堪らなくて、思わず買ってしまうのだろう。
 世界に冠たるDグループの後継者と目されるエースは、固定資産もかなりのものを持っているようだが、普段の生活は自分の稼ぎからやりくりしているのだとサンジが言っていた。現在28歳のエースは、30歳までは敢えてDグループと直接関わりのない企業に勤めて力量をつけるつもりらしい。

「サンちゃん、18歳おめでとう!」
「プレゼント?あんま気にしなくて良いのに」

 差し出された抱えきれないくらいのプレゼントは毎年のことだが、やはりサンジは恐縮している。まあ、真っ当な感覚と言えよう。

「その分、今夜はたくさん御馳走して貰うからね。気にしないで」
「タダでも腹一杯喰わせてあげるのに」
「その言葉、一生モノだって信じて良い?」
「良いさ。エースは兄ちゃんみてーなもんだかんな。《腹減った》って一言いってくれりゃあ、いつだって作ってやるぜ」

 《ああああああぁぁぁ》とパティとカルネは心で絶叫するが、エースは変わらず爽やかな顔で微笑み続けている。流石だ。《兄ちゃん》という、ある意味《良いお友達》級の格付けにも今さらめげない。

『お兄ちゃん…かァ。ああ、もゥ。サンジの奴、エースとくっついてくれりゃあ何の心配もねェもんをよ』
 
 大人の落ち着きと少年らしい無邪気さを併せ持つポートガス・D・エースは、バラティエにサンジがやってきたときから《お兄ちゃん》的な立場にいる。サンジが5歳、エースが15歳の時からの付き合いだ。
 Dグループの総帥ゴール・D・ロジャーがゼフと旧知の仲であることから、グループの接待だけでなく、家族で食事を採るときにもバラティエをよく利用する。兄弟のように育っているエースとルフィの従兄弟が、凄まじい勢いで十何人前の料理を平らげていく様子も名物のように知られていた。

 5歳のサンジはまだ食が細く、小鳥が啄むくらいしか食べられなかったから、余計エース達の食べっぷりは不思議なものとして映ったらしい。
 エースが来た時に物陰から様子を伺っていたら、頬袋を膨らませたエースが寄ってきて《一緒に食べようよ》と声を掛けてくれた。
 エースとルフィの間でちるちるとパスタを食べるサンジに、ゼフもコックも涙を滲ませた。陽気な少年達につられたのか、サンジもいつになく楽しそうな顔をして沢山食べていたのだ。

 《うまいなァ!》と言い合うエースと、同い年のルフィに、《ゼフおじちゃんのごはん、おれもすき。おいしいね》と言って、サンジが初めてニコッと笑った。本当に天使みたいな微笑みだった。
 ゼフは勿論のこと、コック達はみな瞳を潤ませた。
 口の周りをトマトソースで汚して子どもらしい表情を浮かべる様子に、パティなどその場に膝を突いて号泣したくらいだ。
 その時こっそり撮影された写真は今でもゼフのアルバムに収められていて、彼の宝物になっているのだという。

 サンジはそれからはますます、エースとルフィが来るのを心待ちにするようになった。特に、食事以外でも細やかに気を回してくれるエースは大好きなようで、エースが何日か来ないと塞ぎ込んでしまうから、ゼフが《タダで喰わしてやるから来い》と誘ったくらいだ。その時エースは高校のバスケ部の合宿で東北に遠征していたのだが、深夜急行バスを使って日帰りでバラティエに来ると、膝にサンジを載せてたらふく食べた。

 サンジが中学生になると、小学生の頃にはふっくらしていた頬がスッと通った美少年顔に変わった。手足はすらりと長くなり、仕草に独特の色香が漂うようになると、エースがサンジを見つめる瞳の中にも単なる《弟分》に向けるのとは違う色合いが混じるようになった。

 以前は無邪気なだけだった抱きしめる動作にも、どこか遠慮や恥じらいが混じったりするのだが、相変わらずサンジにとっては《お兄ちゃん》でしかないことが、エースにはもどかしい様子だった。
 悔しそうに《最近、なんで抱っこしてくれねェんだよ。あ、別にして欲しいとか言うんじゃねェぞ?》なんて、正しくツンデレな台詞を口にするサンジを、エースは穏やかな眼差しで抱きしめた。雄としての欲望を押さえ込んでの所作に、パティは何度《不憫な奴》と思ったか知れない。

 サンジが高校生になった頃にはエースも社会人としての顔が板に付いてきたから、そろそろ《サンジを俺に下さい》なんて言い出すんじゃないかと思っていたくらいだ。

 しかし…。

「おい、コック。来たぞ」
「なんだてめェか」

 愛想の欠片もない態度で店に入ってきたロロノア・ゾロに、パティの額には怒り筋が浮く。調理科と体育科を持つマンモス校海星学園でサンジと出会ったこの男は、入学式に取っ組み合いの喧嘩をしたくせに何かと一緒につるんでいることが多い。
 
 中学の頃も口が悪くて喧嘩はしょっちゅうだったサンジだったが、ゼフ直伝の蹴り技でのしてしまうから身体にパンチを食らったことなどついぞ無かったのに、入学式の後、何かの事情でゾロから重く強いパンチを顔面に食らった結果、目元が青黒く染まってしまった。

 その日、エースは仕事を休んで入学式に参列していたのだが、ちょっと目を離した隙にサンジが顔をパンパンに腫らした上、新しい制服が破けたり泥に汚れている様子を目にすると、目の据わった状態でゾロを探し出して肩を掴み後を振り向かせたのだが…その顔が全く同じように腫れ、制服もぐしゃぐしゃになっているのを目にして《ぷっ》と吹き出した。サンジもやられてばかりだったわけではなく、同じくらいやり返したのが目に見えて分かったし、真っ赤になったサンジが追いかけてきて《男の喧嘩に口突っ込むな!》と怒ったからだ。

 それから、三人は友情と愛情と親愛と腐れ縁が混じった複雑な関係を営んでいる。
 ゾロとサンジも最初のうちは殴り合い蹴り合いの喧嘩を頻繁にしていたが、お互いに呼吸を読めるようになったのかケガは殆どしなくなって、じゃれ合いみたいになってきた。

「来いっつったのはてめェだろうが。…ったく。18にもなってお誕生日会かよ、おめでてーな」
「てめェが18になる時に物欲しそうな顔してっから、お祝いしてやった恩を忘れたのかよ!」
「だから今度は俺が喰わしてやるって言ったのに、てめェがホームパーティーとやらを優先するって言ったんだろうが!なんでこの年になってまで、自分の誕生日に他の奴にメシ喰わしてんだよっ!バーカ!」
「バカか!俺んち以上に旨いメシが喰える店があんなら紹介してみろってんだ!」

 ずれてる。
 完全にずれてる。
 ゾロのことは気にくわないが、このずれっぷりを見るにつけ、ちょっとだけ気の毒に思う瞬間もある。こいつはどう考えても二人きりで誕生日祝いをしたかったのだろう。
 断固としてさせないけれども。

『いつ頃からサンジのこと、エースと同じような目で見るようになったんだっけな』

 高1の夏休みから、ゾロはちょこちょこサンジに引っ張られてバラティエの賄いメシを食いに来た。家族仲は別に悪くないと言っていたが、両親は共稼ぎで土日関係なく働いているから、休日のゾロの食事はコンビニ弁当だというのをサンジが見かねたらしい。

 そして高1の2学期からは、毎日サンジが弁当を作ってやるようになった。今までも大食らいなエースの為に超ドカベン、サンジの為の小弁当は作っていたから、もう一人分くらい増えたって一緒だと言うのだ。

 そして高1の11月には、ゾロの家で誕生日記念鍋会をしてやったそうだ。サンジは《賑やかな方が良いだろ》と主張したのだが、ゾロは《こじんまりとしてる方が良い》と主張して、それから高2、高3共に二人きりで過ごしていた。
 《ついでに泊まっていって良い?》と聞くサンジに、ゼフが外泊許可を出したことはない。そしてこっそり翌日の着替えを覗いて、身体に妙な痕が残っていないか確認しているのをパティは知っている。

 一方、エースの誕生日1月1日は何しろ元旦だ。
 こちらはサンジの意向をとことん反映させるから、未だに二人きりで祝えたことなど無い。
 ただ、サンジは誕生日が近いからと言ってお正月とエースの誕生日が一緒にされてしまうのは我慢ならないようで、《お正月は朝だけ。昼と夜はエースのお誕生日をお祝いするんだ》と主張して、毎年特大のケーキを焼く。最初に焼いたのは7歳の時だったか。頬に生クリームをつけて、誇らしげにケーキの横に立っていたサンジのことを、エースは《死ぬほど可愛かったよ。ケーキと一緒に食べちゃいそうだった》と今でも振り返る。

『あーあ、図々しい方が結局有利なのかねェ。世の中って世知辛いや』

 パティの感想などおかまいなしに、ゾロは生きたいように生きている。
 今日もプレゼント満載のエースに対して、ゾロは手ぶらだ。流石にサンジもそれは気になったらしい。ぐるんと巻いた不思議眉毛の端が下がっている。

「プレゼントはどうした。なんで手ぶらだよ」
「てめェがなに喜ぶか分からねェ。店で2万円以内でなんか選べ」

 ゾロの言葉にサンジは可哀想なものをみる目になった。

「てめェ、予算2万で二人分のメシ代とプレゼントを賄おうと思ったのかよ。メシはうちにしといてホントに良かったぜ」
「うっせェ!大学の合格決まるまではバイトもあんま行けなかったんだよ!」

 剣道部で有名な大学から推薦が多く来ていたくせに、ゾロが受験してまで近所の平凡な大学に進んだ理由を、サンジは《迷子になりやすいから》だと思い込んでいる。
 やっぱりちょっと不憫だ。

「じゃあ、明日買ってくれよ。定休日だしさ。俺、新しい財布欲しいな。ゾロ、たまにはちゃんと自分で選んで買えよ」

 そこでエースが挙手をする。

「あ、サンちゃん。俺買っちゃったよ、ゴメンね?気に入るデザインだと良いんだけどな…。ピーコックの、緑と黄色の横長のやつだよ」
「え?それすっげェ欲しかったやつだっ!広告で見たけど、高くて手ェだせないなって思ってたやつ」
「……じゃあ、財布以外で」

 ゾロはかなり憮然とした顔になっている。
 《気の利いたプレゼント》という分野でエースに勝てる猛者はまずいないだろうし、ゾロはこういうのは極めて苦手そうだ。

「そーだなァ…。じゃあ、春物のシャツかな。綺麗カラーのピンクに小花模様とか良いな。あ、水色で細かいストライプのやつも前のが退色してきたから新しいの欲しいかも」
「そういうの何枚か買ったよ。あと、思い切ってオレンジと黒のアンシンメトリーデザインのやつも。意外と似合うかなって」
「えーっ!?それ、ちょっと良いなって思ったけど、オレンジは合わないかと思って尻込みしちゃったやつかも」

 サンジは興味を引かれたのか、紙袋からシャツを取りだして身体に当ててみる。店の入り口にある姿見の大きな鏡の前で当てると、なるほど今までのチョイスには無かった色合いだがよく似合っている。

「やりィっ!俺ときたらホント、何着ても似合うなァ〜。罪な男だぜ!なァゾロ、大学行ったら合コンに誘えよ。可愛い女子大生にこのシャツ見せたら《可愛い》って言ってくれるかな?」
「絶対誘わねェ」
「ケチっ!なんでだよォ〜っ!」
「なんでもだ」
「クソ…。普段は女の子になんか興味ないって顔してるくせに、取られるのヤなのかよ?」
「てめェが女相手に脂下がった顔してんのはムカつく」
「へーへー、ストイックな剣士様はいっつもそう!女の子にモテたいってェ俺の気持ちなんか、すげェ世俗的だと思ってんだろ?」

 ぷくっと頬を膨らませて不満を表すサンジに、ゾロは《やれやれ》と肩を竦める。これにはエースも同じ気持ちでいるのか、やはり苦笑気味だ。

「エース、あんた結局こいつにナニ買ってやったんだ?」
「えーとねェ〜…。ビジネススーツにちょっと遊びの要素も加えたブルーグレーのスーツと、それに合わせた靴でしょ?んで、さっきのシャツとスーツに合うかっちりしたシャツ。あとはコーディルのチョコレートと、焼くのにお勧めなマシュマロ、あとよっちゃんイカ」
「やっぱり先に買わなくて正解だったな。おい、コック。一通り目ェ通しといて、被ってないもん買え」

 高級スーツから駄菓子まで、完璧にサンジの好みを把握しているエースに対して、別段引け目を覚える風でもないゾロは、悔しいがかなりの度量を持っている。普通こうまでそつのない男相手に自然体で振る舞ったり出来ないだろう。

「そうだなァ…なんなら、映画見に行くか?映画代とポップコーンとジュースと、その後のカフェ代、あと…なんか、グッズ買えよ」

 ちろっと上目づかいにゾロを伺うのは、無意識に《てめェが選んだプレゼント欲しい》というおねだりだろうか。サンジとは別ベクトルで鈍いゾロに伝わっているかどうかは微妙だが。

「戦争モノか宇宙モノか任侠じゃなきゃ爆睡するぞ」
「アニメは?海賊のやつ」
「それで手を打つ」

 鷹揚に頷くゾロに、サンジは《やりィ》と拳を握る。
 一方、エースは健気におねだりをしてきた。
 
「サンちゃん、次の定休日で良いから俺とも付き合ってよ。ラブコメの面白いやつあるよ?それでいてちょっと泣けるって評判の話」
「でも、エース仕事忙しい頃じゃない?」
「サンちゃんの為なら何としても空けるよ。他の日に必死で仕事する」
「過労死すんなよ?エース、時々無茶するから心配だぜ。今もちょっと痩せてねェ?」

 心配そうに顔を覗き込むサンジに、エースは愛おしそうに手を伸ばし、指の甲で頬を撫でる。

『うぉおお…この仕草と眼差しで墜ちない女はいねェだろうな』

 でもサンジは墜ちない。
 それが保護者的な立ち位置にいるパティにとっては、もどかしいような安堵するような、複雑な気分だった。

「えへへ、だったら行こうな。前に行ったダイヤモンドシティが良いな。あそこのワッフル、春の新作が出る頃だよな?帰りに映画の話しながら食べるの楽しみ!」
「紅茶はフレーバードティーより、シンプルなアッサム系がいいかな?」
「うん。流石エース、人の好みとかもすげェ把握してるよな」
「サンちゃんのだけだよ」

 甘い甘い甘い。 
 こんな佳い男に至近距離から甘く囁かれたら、パティだってどうにかなりそうだ。(←なるな)

「ワッフルなんか俺ァ喰わねェぞ」
「てめェにそんな小洒落た食い物頼んでねェよ。俺ァ、あそこのワッフルはエースと食うんだ。てめェはスタバでブラックかエスプレッソでも飲んでろよ。俺はふわっふわのクリームとチョコレートソースが掛かったホットラテ頼むから」

 マイペースなゾロに、サンジも別段困っていない。
 ある意味棲み分けが出来ている連中だ。

『タイプの違う友達ってんなら問題ないんだけどなァ』

 ぽわんとしているサンジはともかくとして、大人なエースと、一足先に性的な成長は遂げているだろうゾロはそうはいかない。互いのことは認めていても、雄としての欲望が挟めばどうしたってサンジを共有することなどできない。幾らそれぞれに仲が良いと言っても、3Pを許容できるような性格は三人とも持っていないだろう。

 


*  *  *




 エースが初めてサンジを目にしたとき、痩せて顔色は悪かったけれど、笑った貌がものすごく綺麗な子だと思った。思いついたままをそのまま口にするエースだから、その時も《サンジは笑うととっても可愛いよ》と言ったら、《おれ、なるべくわらってられるようにするね?》と言って、口の端をむにっと摘む仕草に、《きゅーっ!》と胸が締めあげられたのを覚えている。

 多分、あの時既に《やられて》いたのだろう。

 サンジの身の上についてはそれとなく父や叔父達から聞いてはいたから、可哀想という想いもあったにはあったのかもしれない。だが、単純にあの子が可愛かったから毎日のように入り浸っていたのだ。

 誕生日には遠慮無くプレゼントを贈ったけれど、普段はゼフから厳しく止められていたせいもあって、その辺で摘んだ花とか四つ葉のクローバー、桜色の貝殻に綺麗な小石とか、がらくたみたいなものばかりあげていた。サンジはその一つ一つを大事そうに手にとって、輝くような笑顔を見せてくれたものだ。

『ああ、おれはこの子が大好きなんだ』

 そう実感するのは早かった。
 それが親愛の情で止まっていたら、エースにとっても幸せだったかも知れない。
 だが、高校生になって女の子達と性的な付き合いを初めても長続きせず、どんなに優しくしても《エースって、ホントに私を好きな訳じゃないのよね》と泣きながら去られてしまうに至って、漸く《そういう意味》でもサンジを愛しているのだと自覚した。セックスの最中に名を呼ぶような真似をしたことはないが、ふとした仕草が似ている子ばかり選んで付き合っていた自分に吐き気がした。

 完全に無意識だったのだが、《身代わりにされている》と聡い女の子達は気付いたのだろう。それぞれに良い子だったから、余計に申し訳なかった。
 社会人になった今ではもっとドライな関係で良いからと肉体を求められたりもするけれど、応じたことはない。専ら右手がお友達な現実を、エースは以前よりは気に入っている。少なくとも罪悪感を覚えることはない。

「エース、いっぱい食べてよ!今日は俺、特別にメインを殆ど任せて貰ったんだ!」
「美味しいよ。腕を上げたね、サンジ。きっと何年かでオーナーも料理長に据えたくなるんじゃない?」
「俺、天才だもんっ!」

 鼻高々という顔で胸を張るサンジに、ゾロが《調子に乗るなバカ》と言って椅子を蹴られ、そんなサンジにゼフが蹴りを入れる。
 《でも、旨いのは旨い》と、ゾロがぼそっといった言葉に、サンジの唇がふわりと微笑み、瞳に眩しいような光が差す。

『ああ』

 チクリと胸を刺す棘は、彼らが高1の時から刺さり続けて抜けることがない。
 体当たりでぶつかって、喧嘩もするけれど誰よりも近い位置に立つ彼らが、羨ましくて…時に、憎いとさえ思う自分は醜いだろうか?




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