男の一念岩をも通す 1

ダメに効くクスリが効いたのか、ゾロの迷子癖が治った・・・とみんな思っていた。
上陸して街に散っても、集合時間に遅れることがなくなったのだ。
きっちりばっちり揃うべくして揃っている。
さすがチョッパー、グランドライン一の名医と褒め称えたが、チョッパーは「褒めたって嬉しかねえぞこのヤロー」なんて身をくねくねさせなかった。
所詮ゾロに飲ませたのは葛根湯だ。
プラシーボ効果って凄いと別の研究を始めたらしい。

無論、葛根湯が効いた訳でも方向音痴が治った訳でもなく、普通にゾロはゾロだった。
島での過ごし方がストーカーじみたモノになっただけのこと。






気付いたのはいつからだったか。
どんなに人の多い街角でも、草原が広がる閑散とした田舎でも、照明の乏しい暗い路地の合間でも、ゾロの視界の隅にキラリと光る金髪が映る。

ありゃあ蛍か?
燐光を残してふわふわと移動する能天気頭を見つけては、ゾロはなんとも苦々しい気分を味わって来た。

久しぶりの上陸だ。
一人きりで気侭に歩き、酒を食らい適当に寝くたれる自由時間だってのに、なんだって毎回あのキンキラ頭に気付かなけりゃならないのだろう。

奴が俺の周りをウロチョロしてやがるのか。
オレの行動範囲内に奴がいるからか。
最初は無視を決め込んでいたゾロも、さすがにこう度々出くわすと用心するようになった。
少しでも先に相手の存在を見つけて回避するのだ。
船の上でもきゃんきゃん小うるさい口に、陸の上でも喚かれたら堪らない。

そう思って常に気を配れば、コックの存在はより容易く感じられるようになった。
例え視界の中に入らなくとも、次の角を曲がれば奴がナンパしてるとまで、感じるようになってしまった。
そうして角を曲がれば案の定、女相手にくねくねしている。
それを見て、またしても強烈な不快感に襲われた。
街中でみっともねえ。
女に媚び諂いやがって、鼻の下まであんなに伸ばしてヘン顔で、船ん中でもナミやロビンに言いようにあしらわれてんのがうざってえのに、陸でまでなんでてめえのみっともねえ姿見てなきゃなんないんだ。
ムカムカムカ・・・

理不尽な怒りはサンジの前で「ええ、でっもー」と可愛く小首を傾げている女にも向けられた。
こいつもこいつだ。
こんなおかしな男に声掛けられてなんで変だと思わねえんだ。
眉毛巻いてんだぞ鼻の下伸びてんだぞ
目がハートなんだぞ?
どう見たって挙動不審だろうが。
こんなんについてくなんてよほどの馬鹿か尻軽だろう。

実に失礼な八つ当たりの念波を浴びて、女は無言のまま怯む。
そう、大概女性の方が勘が鋭い。
路地を一つ隔てた向こうから刀三本下げたヤバそうな男が仁王立ちになってギンギンこちらを睨み付けていたらいくらなんでも気付くだろうが、背を向けているサンジはさっぱり気付かなかった。

「私、急いでるから・・・」
途中でさっと顔色を変えて後退り、とっとと立ち去る女の背中に未練がましく片手を上げて、そんなつれない貴女も素敵だ〜vと叫ぶ姿があまりアホっぽい。
だがゾロは一先ずは満足して壁際で腕を組み一人うんうんと頷いていた。


行き交う人は半径2m以内には近付かないよう遠回りして通り過ぎている。
どんな混雑時でも人の流れを変えてしまう傍迷惑なストーカー。
最近のゾロは上陸する度こんな感じで過ごしている。





サンジのパターンはどの島でも大体同じだ。
日中市場を冷やかした後くるりくるりと街中を彷徨い、目に付く全ての女性に声を掛け無言の眼力で全ての女性に逃げられて、がっくり肩を落として酒場に向かう。
料理人の勘か鼻が効くのか、パッとしない小汚い店で地元料理を軽くつまむのがコックの日課だった。

きっと女連れなら小洒落た店に入るんだろうが、今夜も収穫がなかったから一人でトボトボと路地裏に向かう。
ざまあみろとせせら笑いながら、問題はここからだとゾロは一人気を引き締めて着いて行った。
今日もまた、女より厄介な連中が待っているに違いない。

コックが一人で扉を開けると、店中の目線が一気に集中する。
そんなこと見なくても気配でわかる。
だが当人は注目されていることに気付かないのか頓着しないのか、意味ありげな視線を物ともせずにさっさと店内を突っ切ってカウンターに腰掛ける。
そうして店のマスターと親しげに言葉を交わす。
いつものパターンだ。

数分遅れてゾロも店に入った。
ちらりと視線を向ける者もいるが、大概客同士は知らん顔で飲み食いを続けている。
普通はそうだ。
ああ、客が入って来たなとその程度の認識だろう。
なのになぜ、コックが店に踏み込むと他の客の関心まで引いてしまうのか・・・
これもゾロの疑念の一つだった。

自分がどこにいてもあのキンキラ頭を見付けてしまうように、酒場の連中も先ずはその見てくれに注意を引かれるのだろう。
それが稀有な金髪だったり、蒼い瞳だったり器用に巻いた眉毛だったり。
そこまで細かく気付かなくとも、すんなりとした痩身や場違いな黒のスーツ。
それに映える白い肌が悪目立ちするのかもしれない。

そう、なんせコックは目立つ。
街中の、女共の前では奇矯な行動で。
こんな寂れた酒場では、その艶やかさで男達の目を誘う。
そうしておいて、女の前で晒していたあの間の抜けた馬鹿面ではなく、つんと澄ましたすかした面でいるたあ一体、こいつはどういう了見なんだ。
普通逆だろ。



ヤキモキしながら店の隅に陣取ったゾロに気付かず、サンジはいつものように陽気に店の主人と話し始めた。
この島は何が美味いんだ?
ここのおススメ料理はなんだい?

料理人同士通じるものがあるのかサンジの気安さが気に入られるのか、大概主人は機嫌良く応対し、あれこれと料理を勧める。
そのうち店の常連達も話に加わって妙に盛り上がって来るのだ。
酒に酔っているにもかかわらず。

ゾロの想像通りの展開になるのに時間はかからなかった。
まるで知己の友人のように周囲に溶け込んで、気安く肩なんか組んだりしている。
煙草を咥えたまま大口開けて笑って、酒に強くもないのに調子良く飲んで、耳どころか胸元まで赤く染めて・・・
みっともなくて見てられねえ。

「んで、これがこの島特製の地酒だぜ。」
カラリと快い氷の音を鳴らして、コックの前に怪しげなピンク色のカクテルが置かれた。
「潮風が吹く丘の上にしかならねえ、珍しい果実を使った酒だ。」
「へええ・・・」
コックは頬を上気させたまま珍しそうに繁々とカクテルに見入った。

もう何倍目かのジョッキを空けながら、ゾロはおいおいと心中で突っ込みを入れる。
どう考えたっておかしいだろうが。
こんなむさ苦しい酒場で、なんでそれだけ妙に小洒落たカクテルなんだ。
しかもオレンジやら花やらつけてよ。
明らかに女に飲ませるそれじゃねえか。
しかも野郎に囲まれたこの状況で、それを勧められるってのが何を意味してんのか全然わからねえのかこいつは?

ヤキモキしているゾロを背中に、サンジは上機嫌に笑っている。
「ふえ〜vなんか匂いは甘酸っぱいな。こんなのレディのが似合うんじゃねえの〜」
「いやあ、あんたにもよく似合ってるぜ。」
「まあ飲んで見ろって、世界がピンクに染まるからよ。」

――――頃合か。
ゾロは一旦目を閉じて息を整えた。

ゆっくりと瞼を開ける。
視線を黒い背中一点に集中させれば、俄かに店内のざわめきが止んだ。



ひやりと、冷たい空気が周囲を覆う。
酔っ払ってがなり立てる男も、さっきまで乱闘寸前だった男達も一斉に動きを止めて恐る恐る酒場の隅を振り返る。

一人、テーブルで静かに酒を飲んでいる男がカウンターを眺めていた。
ただそれだけのことだ。
それだけのことなのに、この只ならぬ雰囲気がはなんだ?
その男の目は射殺さんばかりに鋭い光を湛えてカウンターでヘラヘラ笑う金髪男と、その周辺に注がれていた。

マスターはカウンターの中で縮み上がり、隣に座る男は振り返ることもできず硬直している。
冷や汗をタラタラと流すその隣で、金髪男はグラスを手に取った。

「んじゃ、いっただっきまー・・・」
強張っていた男ががしっとその手を抑えた。
声にならず、無言のままただブルブルと顔を振る。
飲んじゃダメだ。
飲ませたいけど、今飲んじゃダメだ。
なんか俺が殺される気がする。

他の客達も固唾を呑んで見守っている。
この緊迫した雰囲気の中で、一人だけ空気を読めない金髪はまたへらりと笑った。
「ケチケチすんなよう。あ、でもこれあんたの奢りなv」

そう言って――――
一気にゴクゴク飲み干してしまった。

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