恐ろしい男 1
ロロノア・ゾロは、うっかり掴まっていた。
ここは海軍の要塞の地下。
海楼石の檻に囲まれた独房。
別にゾロは能力者ではないから、海楼石の力など関係ないが、なんせいかんともし難い状態で囚われている。
両手は高く掲げ、分厚い鉄製の枷で戒められ壁から吊り下げられた鎖で繋がれている。
肩と太腿に銃弾を受けて、横腹には短刀が深々と突き刺さったままだ。
まあ、これは抜くと恐らく大量の出血を伴うから、刺しっ放しの方が正直ありがたい。
まあ、これはいい。
元々痛覚は人より鈍いらしいし、銃創の出血は止まっている。
脇腹は痛いというより熱く疼くがまあ問題ない。
ただどうしたものか。
端から見れば悲惨極まりない状況の中で、ゾロは比較的暢気に途方に暮れていた。
と、そこへ聞き覚えのある声が近づいてくる。
「痛えってーの、もっと優しくしろよう。」
聞き覚えはあるが、聞いたことのない声のトーンだ。
ゾロの耳が正しければ、これはコックの声の筈だが。
革靴の音を響かせて暗い廊下に姿を現したのは、やはり痩身のコックだった。
手に手錠、足もご丁寧に鎖で巻かれている。
「だーかーら、俺は酔っ払って乱入しただけらっつーの、なんだよ。こんな物騒なとこに連れ込んでえ!」
なるほど、さっきからの奇矯な声は、酔っ払いを装う演技か。
ゾロは、今の自分のマヌケな姿を見られるのは非常に不本意だったが、仕方なく黙って成り行きを見ることにした。
小山のようにでかい看守がサンジの首根っこを捕まえるようにして引き歩いている。
「痛いって・・・。わ、なんだよこいつ。」
ゾロを見て、驚いたように飛び退った。
そのまま看守の身体にぶつかる。
「こいつは有名な賞金首だ。なんせ凶暴な奴だから近付くと危ねえぞ。」
怯えた振りをしたコックは、でっぷりと腹の出た看守の腰周りに抱きつくようにして、ゾロを見ている。
その目がせせら笑っているのはよくわかったが、ゾロは敢えて無視を決め込んだ。
「あいつと同じ房に入れられんのかよう。やだよう。」
しがみつくコックの身体を片手で引き離して、看守は見せ付けるように海楼石の檻に押し付けた。
「しっかり鎖で繋いであるだろうが。ご希望なら一緒に入れてやりたいところだが・・・」
そう言ってまたひょいと身体を反転させて向かいの鉄格子にコックを押しやった。
その僅かな隙を突いて、コックは看守の腰から抜き取った鍵をゾロに向かって投げる。
はしっと、口で受け止めたゾロにコックは舌を出して見せた。
これで開けろってか?
鍵を口で咥えたはいいが、戒められた両手は限界まで上に引き上げられている。
どうやって開けろってんだよ、畜生。
上を眺めて思案しているゾロの耳に、コックの小さな悲鳴が聞こえた。
「って、なにすんだよ!つうか、どこ触ってる?」
「お前、身体検査がまだだったよな。これも規則でね。」
看守は鮮やかな手並みでコックの手錠を鉄格子に賭け直すとネクタイを緩めてシャツのボタンを外し始めた。
その間にも手で脇腹辺りを撫で回してる。
「なんもねえって、ちょっと・・・」
コックの声が本気で困惑している。
看守の分厚い熊みたいな手が引き上げたシャツの裾から潜り込んで弄った。
「お、こんなところに何かあるじゃねえか。」
笑いを含んだ声に、コックの顔が僅かに歪む。
「クソ、んなの・・・違うだろ。」
ゾロは目を凝らした。
看守が執拗に弄っているのは、コックの胸の辺りだ。
ボタンを外されて剥き出しにされた肩の白さが浮いて見える。
小さな飾りでしかない乳首に浅黒い指が這わされるのを見て、目を見開いた。
この野郎、コックの・・・いや、男の乳首を触ってやがる?
ゾロにはあまり理解できない光景だった。
幼少の頃から放浪の身だったとはいえ、比較的ノーマルな道を歩んできたゾロだ。
裏世界、と言うよりこっち方面には案外疎い。
うっかり気を取られて見入っていたら殺気を感じた。
見れば、コックが射殺しそうな目でこちらを睨みつけている。
顎をしゃくって、早くしろと言いたいらしい。
そう言えばそうだった。
気を取り直してゾロは上を見た。
看守はすっかりコックの乳首に気を取られている。
チャンスは今しかないだろう。
勢いをつけて鍵を吐き出し、なんとか手で受け止めることに成功した。
だが、長い間掲げられていた腕は血の気が引いて、感覚もあまりない。
戒められた手首の枷に、こんな小さな鍵が鍵穴に入るのか怪しいものだ。
鍵を取り落とさないように慎重に、ゾロは指を動かした。
っと、またおかしな声が耳に飛び込んでくる。
「・・・なに、すんだよ!」
ついつい、見てしまった。
あろうことか、看守は片方の乳首だけじゃなくもう一方も弄り始めた。
白い肌にピンクの尖りが見える。
それが、無骨な指に抓まれ弄られるうちに、ほんのりと色づいていくのが遠目でもよくわかった。
「うーん、怪しいな。男のクセに弄っている間に硬く勃って来たじゃねえか。」
「うっせ、寒みーんだよ。」
強がりを言うコックの息が上がっている。
なんだ、どうしたんだ。
痛えのか。
ゾロの心配を他所に、看守は首を下げてコックの胸の辺りで軽く頭を振った。
「・・・!」
コックが息を詰める。
なにをしているんだ?
ゾロは手を止めて、覗き込むように頭を下げた。
看守の身体が邪魔で、何をしているのか良く分からない。
看守は首をずらしてもう片方の乳首にも覆い被さるようにした。
さっきまで隠れていた乳首が見えた。
濡れて、光っている。
・・・舐めやがったのか。
男が、コックの乳首を舐めやがった。
かあああっと頭に血が上った。
さっきまで下がりっぱなしだった血圧も一気に上昇した気がする。
なにやってんだこの変態野郎。
男の乳首を舐めるたあ、何事だ!
ゾロの訳の分からない憤りを他所に、コックはぎゅっと目を瞑って不自由な両足をバタつかせた。
「おい、関係ないだろもう・・・」
じゅっと、音を立てて口を離して、看守がにやりと笑う。
「そうだな、まだ肝心なところを調べてねえ。」
その表情に、サンジの背中に戦慄が走る。
ゾロは気を取り直して鍵を開ける作業に没頭することにした。
変態に付き合っていては、こっちまで変態になってしまう。
ともかく今の状況を打破して、こんなところから出て行ってやらなければ。
なのに・・・
「なにすんだ!」
またしてもコックの声が届いてしまった。
今度はなんだ!
睨みつける勢いで前を見たゾロは、また飛んでもない光景を目にすることになった。
看守はコックのバックルを外して、ズボンを下着ごと一気に膝までずり下げてしまったのだ。
目にも鮮やかな金色の茂みが密やかに光って見える。
「見事な金髪だな。この奥に、なにか隠してやがらねえか。」
「・・・やめろっ」
コックの声は切羽詰っていた。
看守はまるで手触りを楽しむようにさわさわと茂みを探り、くたりとなったそれを摘み上げた。
そのまま軽く扱く。
「やめろって、この変態!」
そうだやめろ。
そんなことしたって、面白くないだろ。
つうか、面白いのかこいつ。
変態なのか。
ハラハラしながら見守るゾロは、すっかり手がお留守になっていた。
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