俺専食堂2 -4-



ゾロの帰宅は深夜を回っていた。
メニュー作りに夢中になっていたサンジはそれほど時間が経っていたとは気付かず、聞き慣れた足音が玄関先で止まる前に気付いて、煙草を揉み消し席を立つ。

「おかえりー。お疲れ」
鍵が回る前にドアを開けると、一瞬ゾロが眩しそうに目を瞬いた。
「・・・何?」
「いや、ただいま」
この間が、なんともむず痒い。
痒いのに何故だか心地良くて、もう一緒に暮らし始めて1年になるというのにずっとずっと変化しない。
進展も後退もない、中途半端で不安定なまま柔らかな空気。
すっかりそれに、慣れてしまった。




「飯食うか?先に風呂行くか?」
お決まりの新婚台詞に新たな痒みが増すのも、もう慣れっこだ。
ゾロはあーとかうーとか、相槌とも呻きともつかない音を喉から出して、背広を脱いでいる。
ふわりと風に乗ってゾロの匂いが鼻先を掠め、サンジはハンガーを手にしたまま俯いてしまった。
一日色んな場所にいて、香水やら芳香剤やら煙草の移り香やらが入り混じっているのに、やはりゾロの匂いが一番残る。
「腹が減ったし飯食う」
「オッケ」
ハンガーを手渡して、サンジはいそいそとキッチンに向かった。

いくら空腹とはいえもう深夜なので、軽い酒のつまみの後は鍋焼きうどんだ。
その代わり、朝食は豪勢にしてやろう。
でも、少しでも眠らせてやりたいんだよなあ。
お決まりの葛藤を胸の中で戦わせている内に、ゾロは洗面所で手を洗って席に着いた。
「そうだ、明日休みだ」
「えっ、マジ?」
ここのところ、当たり前のように休日出勤が繰り返されていたから、土曜の明日も当然仕事だと思っていた。
「メールで全部担当者に送りつけといた。ここまでお膳立てしておいて、うまくできなきゃ救いようがねえ。もう俺の出番は終わりだ」
「そっか」
久しぶりに二人でゆっくりと過ごせるのか。
そうわかると現金なもので、つい顔に出ているのも気付かないでサンジは満面の笑みを湛えてゾロに盃を渡した。
「そうとわかりゃ、ゆっくりしような。まあ一杯」
「・・・おう」
ゾロはまた、なにやら気まずげにパチパチと瞬きをして、サンジの酌を受ける。
「んじゃ、俺も明日はバイト探しに行くの止めるぜ。どーする、一日寝て暮らすか」
「それもいいが、誕生日に何欲しいか決まったか?」
「あ」
忘れていた。
「午後にでも買いに行けばいいだろ」
「・・・おう」
一緒に買い物か、と思えばそれだけでまた心が弾む。
こんなに近くにいるのにいつまでもドキドキが消えなくて、そのことを自覚するたび一人で照れてしまう。
小学生の初恋じゃあるまいし、どうしてこういつまでも「ゾロ」に慣れないんだろうか。

「欲しいもん、決めとけよ」
美味そうに酒を飲みながら穏やかに微笑むゾロに、サンジはつい口を滑らせそうになってしまう。
本当に欲しいもの。
もしかしたら、口に出したらくれるかもしれない。
俺が本当に欲しいもの。
けれど、俺ばかりが欲しがるんじゃ、やっぱり不公平だ。
考えているのがつい顔に出てしまうのか、一人で百面相を始めたサンジをゾロは黙って見ていた。






「ご馳走様でした」
「お粗末でした」
丁寧に手を合わせ、食器を積んで流しに持っていく。
サンジが働き出したら家事は折半にしようと言っているが、今は片付けまでサンジの仕事だ。
「ちょっと休んでから風呂行けよ。食った直後は身体によくねえからな」
「ああ」
ゾロはテーブルを綺麗に拭いて、新聞を広げた。
ふと顔を上げてサンジの背中を見る。
「お前、まだ入ってないのか?」
「ああ、なーんか考え事してたら時間経ってて・・・」
「んじゃ、一緒に入るか?」
「・・・・・・は?」
聞き間違いかと、間を置いてから振り向いた。
ゾロはスポーツ欄を探している。
「今、なんて・・・」
「風呂、一緒に入るかっつったんだ」
「・・・・・・」
「入るか?じゃねえな。入ろうぜ」
「・・・・・・」
咄嗟にリアクションできない。
なにこっ恥ずかしいこと言ってんだ!なんて怒鳴りつけるタイミングも外してしまったし、そう叫んでしまってなにが恥ずかしいのかと逆に問われればきっと困ってしまう。
ゾロは、ほんとに他意なく提案してるのだ。
男同士で風呂に入ったって、銭湯じゃそうなんだから別段珍しいことでもない。
むしろ、うろたえる方がおかしいだろ。
普通の付き合いならば。
だがしかし、一応自分たちは恋人同士を自認している。
惚れ合った二人が一緒に風呂に入ったら、することは一つだろう。
けどけど、ゾロの常識ではそれは範疇にないかもしれないし。
ゾロはいいけど自分はどうだ。
平静で、いられるのか?
んじゃ平静でいられないって、どういうこった。
もしかして勃っちまうかな。
勃っちまうと、やべえなあ。
タオルで隠すか。
その場で抜くわけには行かないし。
しかし隠しきれるか?俺のマグナム。

色んなことが脳裏をぐるぐると駆け巡る。
うっかり、ちゃんと泡を洗い流さないで洗い桶に皿を置いてしまったのに気付いて、慌てて洗い直した。
ああ、水道代が勿体無い。
うろたえながらもすべてを片付けてしまうと、サンジはエプロンを外して意を決したようにきっと振り返った。
「うし、んじゃ入るぞ」





見慣れた風呂場が、より狭く感じられる。
立ち上る湯煙で視界がぼんやりとしているのは有難い。
先に入ってシャワーを浴びているゾロの背中をそうっと見やって、サンジは腰にタオルを巻いて恐る恐るガラス戸を開けた。
「お邪魔します〜」
「なんだそれ」
ゾロはシャワーの飛沫の向こうで笑って、がしがしと豪快に髪を洗った。
短髪だからかアバウトなのか、シャンプーしかしないでさっさとタオルで水気を拭いている。
狭いユニットバスの洗い場に男二人は非常に窮屈で、しかも何もしないでぼさっと突っ立っていると間抜けだ。
サンジは仕方なくスポンジを手にしてゾロの後ろにしゃがんだ。
「背中流してやる」
「おう、ありがとう」
目の前には、洗い甲斐ある広い背中が無防備に曝されている。
傷一つない、綺麗な肌。
バランスよく筋肉がついていて、ちょっとした動きでもしなやかさを感じる。
つい、見惚れてしまう後ろ姿だ。
相変わらず早まる鼓動の中にちょっぴり嫉妬や羨望に似た気持ちが混じっているのも自覚しながら、サンジは手早くスポンジを泡立てて力一杯擦った。
ひとしきり洗い終えて湯をかければ、ゾロが首を傾けて横顔を見せた。
心なしか、顔色が赤黒い。
「サンキュ、お返しだ」
そう言って腰を捻って両腕を伸ばすと、サンジを抱き上げた。
思わぬ行動に反応する間もないまま、ゾロの膝の上に乗せられる。
「待て、待て待て待て、ちょっと待てっ。なんで俺だけ膝の上なんだ」
「俺がお前の膝に乗ったら潰れるだろうが」
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
サンジが抗議している間にもゾロはわしゃわしゃとスポンジを粟立てて、サンジの首筋から洗い始めた。
「え、ちょっ、おま・・・」
「大人しくしてろ」
ゾロの手が意外な手際よさでもって、隈なくサンジの身体に触れる。
決して嫌らしさを感じさせる手付きではないが、なんせ大好きなゾロに素肌を触れられているのだと思うと、どうにも恥ずかしくて仕方がない。
このちょっと強引な力強さにもクラクラきてしまう。

ゾロの腕が腹を抱くように回されて、肩の後ろから覗くように顎をかけて来た。
例え間にスポンジがあるとわかっても、ゾロの浅黒い手が自分の胸元を撫でるのはどうにも落ち着かない。
申し訳程度に腰に巻いたタオルを外されそうになって、慌てて両腕で手首を押さえた。
「ちょっと待て!マジ、もういいっ」
「いいのか?」
ゾロの表情は心なしか残念そうだ。
「いい、自分でやる」
湯中りを起こしそうなほど真っ赤な顔でサンジに断られ、ゾロは渋々痩躯を下ろした。
自分だけシャワーを浴びて先に湯船に入る。
サンジは横目でチラチラとゾロの様子を確認しながらも、手早く洗って泡を流した。

自分でも滑稽なほど前屈みになって、ゾロが空けてくれたスペースに腰を下ろす。
「いい湯だな」
「・・・そうだな」
もうこのまま湯の中に沈んでしまいたい。
できたら、さっさと先に上がってくれないだろうか。
サンジのそんな願いも虚しく、ゾロは頭にタオルを置いて気持ち良さそうに浴槽に凭れかかった。
「たまにはいいな、一緒に風呂入るのも」
「・・・そうだな」
いいから早く上がってくれ。
内心そう毒づくのに、ゾロは身体を起こしたかと思うと後ろから抱き付くように肌を近づけた。
「んな、なにっ」
「いや・・・」
振り向けば、やけに生真面目な顔をしたゾロがいた。
なんの遠慮もなしに、サンジを不躾な目線で捉えている。
「な、んだよ・・・」
「いや、お前って白いな〜。んでもって、赤い」
「・・・のぼせたんだろ」
マジでこれ以上いたら逆上せそうだ。
だが、先に立ち上がることなんてできやしない。
「いいから、お前もう上がれよ」
「お前は?」
「俺は後でいい」
視線を逸らせて俯いた。
濡れた髪から雫が落ちて、静かな風呂場にぽたりと音が響くのがやけに艶めかしぃ。
首筋に痛いほどの視線を感じて、サンジは居た溜まれずに声を張り上げた。
「上がれっての」
不意に湯がゆらめいて、自分の腹の前でゾロの腕が交差するのを見た。
「うわ、なにっ」
「こうして、じっくり見たことなかったな」
ゾロの声はあくまで落ち着いている。
サンジは一人で慌てて逃げようと身をくねらせた。
「なんだよ」
「お前をちゃんと見たことが、なかった」
ゾロの目はあくまで真摯だ。
サンジはぎこちなく身体を竦ませながらも、暴れるのはやめて改めて振り返る。

「お前が、いつも俺の側にいるって・・・そのことがまだ信じられなくて、慣れねえ」
「・・・・・・」
ゾロの言葉の意味を理解して、更に体温が上がった。
「おかしいと思うだろうがよ、目が覚める度、家に帰ってくる度、お前が『おかえり』っつってくれんの、俺あ、いつでも夢見てるみたいに思ってた。実際全部夢なんじゃないかって、今でも思ってる」
馬鹿なことをと一笑に伏すこともできない。
それはサンジも同じだから。

「こうして暮らし始めて、もう1年になるのにな。まだ、お前に慣れない」
「・・・ゾロ」
サンジは遠慮がちに回されたゾロの腕に手を掛けて、そっと身体を捻った。
向き合う形で、ゾロの膝の上に腰を下ろす。
「ゾロ、俺だって一緒だ。まだ全然実感がわかねえ」
そう言ってはにかんだように笑うと、ゾロもぎこちなく笑い返した。
一緒に暮らし始めてようやく分かったが、こういう表情をするときゾロはひどく照れている。
「はじめて、お前をちゃんと見た気がする」
「・・・遅えよ」
ゾロの頭を抱えるようにして、サンジから口付ける。
温かな湯に茹って湿り気を増した口付けは容易く深まり、離れ難いほどに熱を溶け合わせた。
「・・・ゾロ・・・」
サンジの切なげな吐息が風呂場に響いて、ゾロの全身が目に見えて赤黒く染まっていく。

「クソ、勃っちまった」
ストレートな台詞に視線を落とせば、今まで見ないように視線を逸らせていたゾロの股間がとんでもないことになっていた。
さすがのサンジも唖然として、言葉も出ない。
「・・・ゾ、こ・・・」
「悪いな」
勢いよく湯を波立たせて風呂から上がると、ゾロは自分で扱き始めた。
「おい、待てよ」
つい反射的に手を伸ばし、引き止めるつもりで掴んでしまった。
手の中でどくりと息づいたそれを、無意識に唾を飲み込み凝視する。
―――でかっ
それ以上形容しようのない大きさだ。
雄々しく立ち上がったそれはつるりとしてゴツゴツして赤黒くて、自分の手の白さが余計際立つくらい、野蛮さを滲み出している。
―――これで、数多のレディを啼かしてきたのか・・・
不意に、連日の残業を騙り遅く帰宅するゾロの姿が脳裏を過ぎって、むかっ腹が立った。
―――もう、余所で使わせるもんかっ
サンジの中で、何かが切れた。


「おいっ」
ゾロの戸惑う声を無視し、サンジはためらいなく顔を寄せると食いつくように頬張った。
ぎょっとして強張る太股の動きを目の端で認めながら、舌を滅茶苦茶に動かして口全体を窄め、吸い込む。
口の中で、一際大きく息づいたのがわかった。
「待て、お前なにをっ」
「ふっへえ、ふはっへろっ」
濡れた前髪の間から睨みつけて、きゅうきゅうと痛いほどに強く吸引する。
実際フェラをされたこともなく、また誰かにしたことも当然ないサンジにとって、はっきり言ってよくわからない手法ではあるが、とにかく夢中なのだ。
下手クソだと萎えるだろうが、幸い口の中のそれは萎えるどころか勢いを増している。
喉の奥に苦い味がじわじわと沁みてきて、サンジは俄然張り切った。

あまり強くし過ぎてもいけないかもしれない。
時々優しく舐めてやって、んでちょっときつく吸って。
先っぽとかどうなのかな。
袋も、揉んでやっていいのかな。
色々考えながらあれこれ試していたら、強い力で前髪を掴まれた。
「―――くっ」
ゾロの腹筋がビシッと割れる。
引き剥がそうとする腕の力に逆らって、さらに苦しいくらい頬張った。
喉の奥で熱い迸りを感じる。
信じられないくらい濃くて苦い液体が、どろりと口内を満たすのがわかった。
うっかりえずきかけるのを堪えて、唇で肉棒を扱く。
ぶるぶると小さく震えて徐々に柔らかく変化していくそれを確かめながら、そっと口から抜いた。
浴槽の外に顔を出し、ぺっと吐き出す。
白濁の液がタイルに飛び散って、それがやけにいやらしく見えて慌てて湯をかけ流す。
口の中はまだピリピリしているが、漱ぐ気にはなれない。
口端を拭ってゾロを見ると、ゾロは湯船に腰掛けたまま呆然とサンジを見ていた。

その目が驚愕に見開かれているので、急にばつが悪くなってサンジは頬を染め顔を背けた。
と、次の瞬間ゾロは飛沫を上げて風呂に飛び込むと、勢いのままサンジを抱き上げて先ほどまで自分が腰掛けていた湯船に座らせる。
「・・・なにっ?」
「お返しだ」
応える間もなく、ゾロはサンジの股間にぱくりと食いついた。
「う、わあああああああっ」
今度はサンジが叫ぶ方だ。
「ちょ、まっ・・・」
待たない。待つはずがない。
ゾロのを咥えてそれなりに盛り上がっていたサンジの股間も、いい具合に勃ち上がっている。
それを同じように咥えこんで吸引するから、あまりの刺激にパニックを起こして、サンジは無意識に足を振り上げてゾロの肩をゲシゲシ蹴った。
「うわあっ、待てっ・・・もっと、ゆっくりっ」
サンジの抗議を素直に受け、ゾロが闇雲に吸うのは止めて、そっと舌を絡めてきた。
まるで犬がじゃれるかのように優しく舐められ、サンジの上半身はぐなぐなと脱力する。
「ま・・・ふ、わ・・・」
嫌がっているのではないとわかる程度に甘い息を漏らすので、ゾロは気をよくしてひたすら柔らかな愛撫に専念した。

―――うわ〜・・・信じられねえ・・・
ゾロの顔が、自分の股間にある。
あの舌が自分のものを舐めて、無骨な指が扱いて、唇が濡らして―――

「・・・あああ・・・」
狭い浴槽の中に響く切ない吐息が自分の喉から出ているなんて、信じがたい。
だが、初めて感じるあまりにも強い快楽にサンジの身体はみるまに溶けていった。
誰よりも愛しい男に触れられる幸せを、もう二度と手放したくはない。
うっかりとそのまま精を放ってしまいそうになって、サンジは慌ててゾロの髪を掴んだ。
今しかない。
今しか、言えない。

「ゾロっ」
サンジの呼びかけに、ゾロはすぐに顔を上げた。
何があったって、ゾロはすぐにサンジの声を聞き止めてくれる。
その言葉を真摯に受け止め、願いを叶えようと一緒に努力してきてくれたのに。
どうしてもっと早く、言わなかったのだろう。

「ゾロ、お前が、欲しい・・・」
かかとを湯船について、両足を開いた。
「お前を、くれ・・・」
ゾロはサンジのものを口に含んだまま、呆然と目を見開いた。
サンジの顔と開かれたそこを交互に見比べながら、手にしていた袋の下の窄まりに指を這わせる。
「・・・ん・・・」
サンジは羞恥に顔を歪めながらも、促すように頷く。
「・・・こんなところ、入るのか?」
ゾロの呟きはもっともなことだろう。
女性との全うなSEXしかしたことがないのなら、こんな箇所が本当に使えるなんて怪しく思うものだ。
でも、サンジは知識として知っている。
大丈夫、ちゃんとできる。
だからサンジは、励ますように微笑を浮かべて頷いた。

「欲しいんだ、そこに」
ゾロは勃ち上がったままのそこから唇を離して、立ち上がりサンジを抱き締めた。





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