俺専食堂2 -5-




身体を拭くのももどかしく、二人もつれるようにして部屋に入り、畳まれた布団の上に倒れ込んだ。
片時も離れたくないと願うように、唇を合わせて舌を絡める。
サンジは電気を消せと再三懇願したが、ゾロは聞き入れなかった。
暗くしてしまったら、よく見えない。
ようやくちゃんと「見る」ことができるのだ。
灯りを消すなど言語道断だ。
やけに頑固なゾロにそれ以上言っても無駄だと悟ったのか、サンジは諦めたように目元を手で覆った。
半開きの口から覗く歯を舐めて、色付いた唇、尖った顎にショボい髭へと位置をずらして舌を滑らせる。
他人の肌に触れるという行為も、それを許される状況もゾロにとって初めてのことだ。
つい慎重かつ丹念な仕種になる。

サンジは眉を顰め切なそうに息を漏らして身を捩った。
一糸纏わぬ肢体を目に焼き付けるようにじっくりと眺め、感触を確かめる為に舌を使う。
恐る恐る行われる所作を、サンジは焦らされていると感じた。
「クソ、勿体ぶってんじゃねえよっ」
仰向けに転がったまま悪態だけ呟いて、サンジは身体を反らすと部屋の隅にある救急箱へと手を伸ばす。
じっと見下ろしていた裸体が艶やかにしなって、その動きの美しさに目を奪われた。
つい眼前に突き出された形になった、色付いた小さな果実のようなそれを口に含めば、サンジは悲鳴のような声を上げて反射的に身を縮ませる。
「馬鹿、何すんだっ」
ここは舐めてはいけないのだろうか。
いきなりの抗議にシュンとなりながら、ゾロはそれでも名残惜しそうに舌を伸ばした。ら、今度は嫌がらない。
つんと舌先でつつけば困ったように顔を顰めるのに、それでいてじっとその先を待っているかのようにも見える。
いいのか?

ゾロにとって、サンジの一挙手一投足が非常に気がかりかつスリリングだ。
これ以上してもいいのかいけないのか。
嫌がる素振りを見せてはいるが、本当に嫌なのか実はそれを待っているのか。
伊達に1年も一緒に暮らしている訳ではないので、多少の感情表現と態度及び表情の変化具合から本音を
察することもできる。
ゾロは今この瞬間、全神経をサンジに集中させてその呼吸を機微を、感じ取ることに努力した。

舌先で尖りをつついても、サンジは息を詰めるだけで逃げようとはしない。
これを了解と判断して、さらに舌を伸ばして絡めるように唾を含ませ、充分に濡らしてから口に含んだ。
小さいながらに僅かに芯を持ち、含みやすいように形を変えるのがやけに愛おしい。
サンジを怯えさせないようにと極力気をつけながら口に含んだそれを舌で味わい吸ってみる。
今まで特に意識したこともないような場所だが、サンジについているものだと思うと、何もかもがえらく貴重で大切に扱わなければならない部位のように思えた。
この一粒だけで、今夜はいい夢を見られそうだ。

なんてことを夢想していたら、サンジがつんつんとゾロの髪を引っ張った。
つい夢中になっていたことに気付いて、慌てて顔を上げる。
乳首と同じくらい顔を染めたサンジが、不機嫌な顔をしたままつっけんどんにゾロの前に手を突き出した。
この表情をしている時は、実は照れているのだとわかっているので、ゾロも焦らずサンジの手の中のものを受け取る。

「なんだ、これは」
ハンドクリームのようなチューブを引っくり返し、裏に注意書きされた用途を読む。
―――なるほど
エースから掻い摘んで説明は受けたが、女は濡れるという現象に倣う措置か。
便利なものがあるもんだと素直に感心しながら、サンジがこれを取り出した経緯をもう一度思い起こした。
―――なんでこんなもの、持ってんだ
普通の生活を送る上では、健全な男子はこんなも所持してない・・・だろう。
だがサンジは密かに持っていて、そして今取り出した。
―――準備、してたのか
思い当たって、かーっと頭に血が上る。
先程風呂で見た、あの慎ましやかな小さな穴に物理的に不可能そうなゾロの持ち物を入れんがため、サンジはその手助けとなるグッズを常備していたのだ。
まだ新品で封も開けていないそれが、今か今かと出番を待っていたことなど露知らず、自分はサンジが側に居ることだけで満足してのうのうとした日々を送っていた。
なんて浅はかなことを―――

ゾロは胸に込み上げる何かをぐっと堪えて、やや乱暴に蓋を回した。
封を開け搾り出せば、ぬるぬるとよく滑る。
この滑りがサンジの負担を少しでも軽く知ってくれることを願いながら、ゾロは意を決したようにもう一度サンジの顔を見上げた。
ゾロの暫しの逡巡をどう取ったか、サンジは少し蒼褪めて視線を外したままもじもじしている。
不安にさせたと瞬時に悟り、ゾロは濡れていない方の手で抱き寄せた。
「やんぞ」
耳元で囁けば、小さくこくりと頷く気配がする。
この期に及んで「いいか?」などと聞くものではないことくらい、ゾロにだって推し量れる。
もっとゆっくり、サンジの身体のあちこちを堪能していたかったが、今はともかくサンジ自身を満足させることが最優先だ。
性的に興奮するどころか、ゾロの一挙一動に恐れや不安を滲ませる、サンジの拙さが愛しくてたまらない。

宥めるように時折口付けては、固くなった身体を擦り、少しずつ足を開かせ膝を立てさせる。
少し萎えてしまったサンジ自身を柔らかく扱きながら、その下の密やかな蕾を濡れた指で撫でた。
ぴくりと痩せた肩が震えるが、ゾロは頓着しない。
こんな場所でも入るとエースは言っていた。
サンジも大丈夫だと頷いたはずだ。
なら、必ずできる。
やってみせる。

ゾロは半ば使命感に燃えて、チューブからジェルを手にとっては丹念にそこに塗り付けた。
小さくて狭い場所だが、千里の道も一歩から。
まずは人差し指の先からと、慎重かつ丁寧にマッサージを施していく。
サンジの呼吸と共に息づくように収縮するそこは、見る間にその色を濃くしてゾロの手による変化を見せ付けた。
それを成功と捉えて、指の動きはさらに大胆になって行く。
SEXに至るまでの前戯とは言えないくらい熱心な作業になってしまってはいるが、ゾロもサンジもあり得ない箇所の開発に夢中で違和感には気付かなかった。
とにかく、早くこの場所を無理せず痛みもないように広げなくてはならない。
最初よりは少しは指の先が減り込むようになったから、マッサージの効果はあるようだ。

さらに奥へと進む為にジェルを塗り付けては撫で擦り、手の中のサンジ自身を扱きながらその先端にキスを施した。
「わ・・・ばかっ」
びくんと身体を震わせて、サンジの腰が逃げる。
最初に拒む動作をするのは、悪くない反応だ。
ゾロは気をよくして掌を上下させながら先を口に含み、風呂場でしたのと同じように舌で転がすように舐めた。
「んあ・・・あ・・・」
ゾロの肩を押し退けるように掴んで、膝を閉じようとする。
その動きを阻むようにやや乱暴に太股を開かせたら、ゾロの口内でサンジのそれがどくんと大きく息づいた。
―――感じている
羞恥に全身を染めて抗おうとしているのにサンジのそこは正直で、ゾロの口の中に先走りの苦味が感じられた。
それを一々舌で確かめながら、ゾロはさらに強く太股を押して両脚を開かせると、滑りを利用して指を深めに突き入れる。
ビクビクと魚のように痩躯を跳ねさせながらも、サンジのものは萎える気配がない。
それに気付いて、ゾロの指の動きは大胆さを増していった。
唇と舌で愛撫を施し、徐々に柔らかさを増していく後孔を丁寧に解す。
指が1本入ってしまえば広がる範囲はかなり広くなる。
多少の強引さを自覚しながらも、ゾロはひたすら秘孔の拡大に勤しんだ。

「んあ・・・もうっ・・・」
サンジの両手がゾロの髪を掴み、強く引っ張った。
達しかけたと知って、つい顔を上げてしまう。
タイミングを外しイきそびれたサンジが、恨みがましい目で睨んでいる。
涙に濡れて潤んだ瞳を直視した途端、ガツンと何かが下半身を直撃した。
「・・・挿れるぞ」
正直、いつ入れたらいいものかまったく判断できなかったのだが、自分の限界の方が先に来た気がする。
サンジも必死の形相でコクコクと頷くから、多分もういいんだろう。
さっきから勃ち上がりっ放しで痛いほどだった己にようやく意識が行って、ゾロは改めて身体を起こした。
それは目で見てもわかるほど、通常の勃起時よりさらに1.2倍増大している。
―――すげえ
生身を目にするとこうなるのかと我ながら感心し、もう一度サンジに視線を移した。
仰向けて足を開いたままのサンジは、目を見開いて呆然としている。
「大丈夫だ」
なんの気休めにもならない一声を掛けて、ゾロは先端を窄まりかけた蕾に押し当てた。


「・・・くっ・・・」
息をつめ、必死で声を殺すサンジを宥める余裕もないまま、ゾロは腰を進めた。
十中八九無理だろうと踏んで、あえて押し入ったそこは、ジェルの助けを借りてか意外にスムーズに先端が減り込んだ。
無論、出すべき部分に入れられてしまったサンジの顔は蒼白だ。
痛いのか気持ち悪いのか苦しいのかはわからないが、相当悲愴な顔つきで目を閉じ、唇を噛んでいる。
ここで怯んで戻しては、せっかく受け入れてくれたサンジに申し訳ない。
ゾロとしては、サンジの想いに応えるためにも、なんとしてでもこの一線は越えねばならぬと腹を括って非情に徹した。
愛しい可愛い、何より大切なサンジがこんなにも苦しげに喘いでいるのに。
自分が一歩引きさえすれば、こんな想いはさせなくて済むものなのに、あえてそれを踏み越えてコトを
成し遂げようとしている。
そんな自分に腹を立てながらも、ゾロとて引くに引けない状態になっているのも確かだ。
素肌のサンジに触れただけで全身の血液が沸騰しそうだったのに、この狭くて柔らかな内部に押し入った途端、今まで知り得なかった嵐のような感覚がゾロに襲い掛かった。
なんだこの熱は!
そしてこの圧迫感、包み込む感触、締め付けるうねり、震える太股も凹んだ腹も、大きく上下する汗に濡れた
胸も勃ち上がった乳首も、半開きの濡れた唇も目尻に浮かんだ涙も苦痛に歪む白い顔もなにもかもすべて!

ぶちっと切れた。
何かが切れた。

エースにあれこれ指南はされたが、入れたはいいがそっから先はどーすんのかなーとか思っていた夕方のゾロはどこかへ飛んでしまい、今はただ本能にのみ突き動かされる獣だけが残った。
「うおおおおおおおおおっ」
低い雄叫びと共に、ゾロは無意識に腰を振っていた。


両手で膝裏を押し広げ、ガツガツと骨が軋むほどに激しく打ちつける。
サンジは仰向いて背を撓らせ、声にならない悲鳴を上げて布団を掴んだ。
ゾロの脳裏に不意になんてことない道端の風景が蘇る。
散歩の途中で匂いを嗅ぎ合った犬が、片方だけ上に乗って腰振ってたりしたっけか。
あれはそうか、これがそうか。
上に乗って挿れたなら腰を振り、さらに奥へもっと奥へと己を埋め込みながら、その最奥に全身全霊を注ぎこむのだ。
これが、SEXってものなのか!
「うあ・・・ああああ・・・」
サンジの悲鳴に引き戻されて、ゾロは慌てて俯いた。
引きつった白い腹の上に、ぽたぽたと雫が落ちている。
サンジのモノもはち切れそうなほど勃ち上がり、濡れて揺れた。
決して独りよがりではないと知って、ゾロは律動を止めぬままサンジの背中に手を回し抱き起こした。
「んひっ・・・」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡れた顔を両手で包み込んで、頬ずりする。
「好きだ、大好きだ」
「ん・・・俺、も・・・おれ、も―――」
息も絶え絶えに呟くサンジを上下に揺さぶって、ゾロは生まれて初めて人の中で射精した。



瞬間、目の前が白く弾けて我を忘れた。
放出は長く、目も眩むような快楽の余韻を、目を閉じて遣り過ごす。
「う、お・・・」
低く呻きながら胴震いして、荒い息をつきながらゾロはゆっくりと目を開けた。
サンジは布団に身を横たえたまま、放心したように目を見開いている。
汗に濡れた肌は蒼褪めて、忙しなく呼吸する胸の動きがなければ、死んでいるのではと心配してしまいそうだ。
無意識にずっと押さえ付けていた手をそっと外せば、指の跡がくっきりと残っている。
その様を痛々しいと感じてようやく我に返ったゾロは、サンジの間に深々と埋め込んだままの己を腰をそっと引いた。
こぷりと、湿った音を立てて熱が途切れる。
その刺激に反応してか、サンジの瞳に光が戻った。
「あ・・・」
ゆるゆると首を巡らせゾロを認めると、くしゃりと顔を歪ませて笑った。
「ゾロ・・・イった?」
咄嗟に何をいわれたか分からず、それでもゾロはこくこくと頷く。
「イった?ほんと・・・。ゾロが、オレで・・・」
イったというなら、これのことだろう。
確かにイった。
物凄くイった。
「すげー、イった。ものすごかった」
正直に告げれば、潤んだ瞳からぼろぼろと涙が零れ落ち、濡れた睫毛が何度も瞬きを繰返す。
「イった、良かった?ほんとに?オレで、イきやが・・・」
う、え・・・としゃくり上げる声がたまらなくて、ゾロは万感の想いを込めて痩せた身体を抱き締めた。
「すげえ良かった。もう、信じられねえくれえ。なんか飛んだと思った。ヨすぎて死ぬかと思った」
「・・・う、うっせえ、馬鹿っ」
えぐえぐと泣きじゃくりながら悪態をつく様がなんとも愛しくて、震える背中を何度も何度も優しく撫でる。

素肌を触れ合う熱さも湿り気も、血潮の流れも内臓の蠢きも全部、直に感じ取れる悦びを、今まで知らなかった。
愛している、好きだと豪語しておきながら、その実身体を繋げてまで求める欲を知らず、上辺だけの触れ合いで幸せだと何を自己満足していたのか。

「・・・今まで、すまない」
つい、口から零れ出た侘びの言葉に、サンジは唇を一層戦慄かせて激しく泣いた。
怒らせたかと危ぶみながらも、ゾロの心はいまだかつてないほど穏やかで満たされている。
側にいられるだけで天にも昇る心地になるほど好きだったサンジが。
今、目の前で泣いて怒って、激しいまでの感情をストレートにぶつけて来ている。
それもこれも、自分を愛しているからだ。
誰よりも愛してくれているから、こんな風に何もかも素っ裸でお互いを曝け出して、熱を分かち合ってあり得ない場所で繋がって―――
痛みも苦しみも乗り越えた先に、こんな快楽があっただなんて知らなかった。

ゾロの悔恨の言葉をどう受け取ったか、サンジはただハラハラと涙を流しながら首を振っている。
身体を起こし、少し凹んだ腹の上に濡れて半勃ちになっているそれに気付いて、ゾロはそっと頭を下げた。
「え・・・」
白い胸に口付けを落としながら、金色の繁みに顔を埋める。
「ゾロ、や・・・」
引き剥がそうと慌てて延ばされた手を逆に握り返し、ゾロは丹念にそれを舐めて口に含んだ。
「お前は、イってねえだろ?」
口内で舐めしゃぶりながらそう囁けば、サンジはぶるぶると首を震わせる。
「イ・・・ったかどうか、もう・・・わかんねえよ」
お互い、必死だったから。
そう言ってやると、涙でクシャクシャになった顔がほころんだ。
「・・・お互い?てめえ、も?」
「当たり前だ。」
口の中でどんどんと硬さを増すこれが、あまりにも可愛い。
とにかく優しくけれど時には力強く、舐めて擦って甘噛みしてを繰り返し、サンジの息が荒くなったところで手で扱きながら強く吸った。
「んあ、あああああっ・・・」
両腿でゾロの頭を挟むようにして、サンジは一際高い声で啼いて、達してしまった。


「う・・・は・・・」
虚ろな視線を彷徨わせたまま途切れ途切れに息をつくサンジが、先ほど自分が体験した快楽を得たのだと思うと嬉しくてたまらない。

嬉しげにわしゃわしゃとサンジの髪を掻き混ぜるゾロに、再び腕が伸ばされてきつく抱き締め合う。
「夢みてえ・・・」
「俺もだ」
しばし息もできぬほど抱き締めあってから、額を突き合わせ声を立てて笑った。
ゾロ自身はやり遂げた爽快感でかなりハイになっていたのだけれど、サンジは笑いながらもやはり口元を歪ませて、なにやら言い難そうに口篭る。
「どうした?」
気付いて促せば、サンジはもじもじと俯きながらも、口を開いた。
「もう・・・俺だけ、だよな・・・」
「・・・あ?」
言葉の意味が判らず、素で問い直す。
「もう、これからは俺だけにしろよな。・・・できるって、分かったんだから・・・」
口惜しさを滲ませて、そんなことを言う。
だがゾロには何のことだか、さっぱり分からない。
「何がお前だけ?なんだ」
サンジの瞳が、濡れた前髪の向こうで怒りにきらめいた。
「だから、もうレディとはすんなっつってんだ。いいじゃねえか、もう俺で!」
ここまで言わすな馬鹿と本気で怒るサンジを前にして、ゾロはまだ理解できず瞠目したままだ。
―――こいつは、何言ってんだ?
そもそも、何故ここで女が出てくるのか。
「いいも何も、お前だけだ」
「・・・ほんとに?」
なにやら疑り深い目付きで睨んで来る。
「勿論、お前だけだ。つか、お前が初めてだ」
「そりゃあ・・・」
サンジは少し鼻白んで身を引く。
「男は俺が初めてだろうけどよ」
「男も何も、お前が初めてだ」
きっぱり言い切ったゾロの台詞に、サンジはワンテンポ遅れて顔を上げる。
「―――は?」
「だから、俺がSEXしたのはお前が初めてだ」
「―――」
「しかも今夜、今日、今、初めて、した」
「・・・良かったぞ」
「・・・・・・」
サンジは応えない。
馬鹿にするなとかはあ?とかふん?とか、何か言い返せばいいのに声も出なくて、口も開けられなくて、ただ目を瞠って固まっている。
「お前だけだ。これからも・・・ずっと」
「う・そ〜〜〜〜〜」
ようやく搾り出した声は溜息に近く、ゾロが怪げんな顔をする。
「なんでだ?疑うのか?」
「い、や・・・疑うもなにも・・・」
プチパニックに陥ったサンジは、ぶんぶんと首を振りながら堰を切ったように喋り始めた。
「だって、だってよ?お前、もうとっくに24歳だろうが。ンでもって、普通に会社員で、その前に学生で、その前に男子高校生で・・・いやいやいや、そうじゃないけど。ともかく、今まで普通に会社員してたんなら、その、付き合いとかほら・・・それ以前に学生ン時とか、イけてる先輩と初体験とか・・・なあ・・・」
ゾロの顔色を窺うように首を傾けながら、最後は尻すぼみになった。
別に機嫌を悪くした風でもなく、ゾロは黙って聞いている。
「・・・そういうの、マジなかったの?」
「ない」
断言した。
そりゃもう、男らしくきっぱりと。
「・・・マジ・・・」
面と向かって驚く訳にも引く訳にもいかず、サンジはどうリアクションしていいか途方に暮れた。
初体験が俺で嬉しいとか、ここは素直に思うべきなのか。

「そんなことより、さっきお前が言ってたのはなんだ?」
いきなり話を振られて、今度はサンジが戸惑う番だ。
「え、なに?」
「もう女は止めとけとか何とか、言っただろうが。」
「ああ・・それは・・・」
疑うつもりはなかったが、ゾロの残業の理由を勘繰ったのは確かだ。
「や・・・だって、ほら―――」
「なんだ」
「一緒に暮らし始めて、もう1年もなるのになんもねえって・・・おかしいとか思って・・・」
言ってから慌てて手を振る。
「いや別に、お前がおかしいとか、そういう風に言ってんじゃねえぞ。つか、世間の一般常識的に・・・つっても、てめえが常識から外れてるなんて、言ってる訳じゃねえんだぞ」
精一杯のフォローをしているつもりのサンジの前で、ゾロの表情が能面のように固くなっていく。
「だから、俺なんか相手にしなくてもさ・・・お前、ものっそモテるじゃねえか。会社でもOL達の間で不可侵条約結ばれるくらい、モテモテなんだって聞いたし。だから、その気になればいくらでもお相手はいるだろうしさ。だから、お前が俺のこと好きでいてくれてるの、疑った訳じゃねえんだぞ。ただ、俺はあくまで男だから・・・こんな身体じゃお前を満足させてやれないだろうから・・・きっと他のレディとコトを済ませてるんだろうなと、勝手に思っていただけだ。」
本音を吐露したサンジの眼前で、ゾロの顔に見る見るうちに憤怒が表れる。
「お前・・・」
「怒るなよ、しょうがねえだろ。まさかお前が・・・貞なんて、思うわけねえだろうが」
「うっせえ、今はそんなこと問題じゃねえ」
ゾロは鼻息荒く、サンジの身体をその場に引き倒した。
馬乗りになり、首を締めるばかりの勢いで圧し掛かる。
「てめえ、俺がお前をほうっぽいて、他の女抱いてたってそう思ってたのか」
「ゾロっ」
あまりの勢いに、サンジは怯えて身を竦ませた。
「わ、悪かった、怒るなよ。俺が悪かった。」
「うっせえ、この野郎・・・」
激情で脳味噌が沸きそうだ。
このバカは、勝手にゾロの行動を推測して自分以外の誰かと通じていると思い込んでいた。
そうさせたのは、自分だ。
会社に残って仕事をしている間にもサンジは家で帰りを待ちながら、ゾロが他の誰かを抱いていると想像して、一人の時を過ごして来たのか。
そう思うとなんとも遣り切れなくて、歯痒くて口惜しくて、黙ってはいられない。

「この大ボケ野郎!俺がどんだけお前に惚れてるか、今ここできっちり分からせてやるっ!」

その夜、築30年の小さなアパートの一室は、明け方近くまで小刻みに揺れ続けたという。













カーテンの隙間から漏れる光が徐々に色濃くなっていくのを、サンジはぼうっと煙草をくゆらしながら眺めていた。
隣からは、太平楽な高鼾。
疲れてんだよな、ああお疲れでしょうとも。
ふーと鼻から煙を吐いて、灰皿に手を伸ばすにも一々イテテと顔を顰める。
覚えたてのサルだかなんだか、人のことは言えねえけどよ。

過去の自分を省みればゾロの衝動もわからなくもないのだが、やはりこっちの負担も考えて欲しいところで。

これだから、童貞って怖えー・・・

内心で呟いたら、また笑いが込み上げて来た。
童貞って、ゾロが・・・まさか・・・
笑っては悪いと思うが、これが笑わずにいられようか。
あんなクールガイでいて、仕事もできて頭も良くて顔も身体もいい、サンジの目から見たら完璧ともいえる「いい男」だったはずのゾロが―――

「俺が初めてかよ」
声に出して呟いてて、また忍び笑いを漏らす。
喜んじゃ悪いが、正直なところやっぱり嬉しい。
愛しい誰かの「最初で最後の男」になれるなんて、そう滅多にあるもんじゃない。
「うへへ、俺色に染めてやらあ」
不敵にそう呟くと、隣でゾロはぐうと寝言とも呻きともつかぬ声を出した。



ずっと、人とは相容れない性格なのだと、自分で思っていたらしい。
幼少の頃より誰もが一歩引いて接して、腹を割って話せるほどの友人もなく、心ときめかせる恋人もできないまま大人になった。
人に迷惑を掛けるような振る舞いをした覚えはないが、社会人となってもやはり遠巻きに接せられるような違和感が消し去れなくて、その孤独を当たり前のこととして受け入れてきたのだという。
孤独で悲しい人生だった。
我が身を振り返りそう呟いたゾロを、サンジは思わず抱き締めていた。
そんなバカなことある訳ないだろうなんて、他人だから言える言葉はゾロには決して届かない。
ずっとそんな状況に置かれた意味を履き違えても、それを教えてくれる身近な人物が、ゾロにはいなかった。
―――本当に、一人ぼっちだったんだ

サンジは灰皿に煙草を揉み消すと、はみ出したゾロの肩に毛布を掛け直してそっと身を寄せた。
ゾロの鼻からくふーと深い息が漏れる。
こんな時はとても深い眠りに入っていて、ちょっとやそっとじゃ起きやしない。
そんなことも分かる程度に、二人は長く側に居る。
そしてこれからも、ずっとずっと、お互いが求める限り、一緒に居続けるのだ。
それは言葉にしなくてもいい約束。




「・・・誰よりも、愛してる」
そう囁ける幸せを噛み締めて、サンジはゾロの肩に頬を寄せると穏やかに目を閉じた。
お天道様はとっくに高いところまで昇っているが、もう少しまどろんでいたい。

今日の買い物なんて、もういらないから。
本当に欲しいものは、もう手に入ったから。





END
(2007.3.23)




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