大晦 -1-



ほとんどコタツを背負うようにして寝返りを打った。
寝そべってパソコンを打つのは、案外肩が凝るものだ。
だが如何せん寒くて、起き上がるのが億劫だ。
コンビニ弁当とカップ麺で夕食を終え、今夜は風呂もなしにしてストーブをつけずコタツに潜って暖を取っている。
トイレ以外に出る必要がないように、手の届く範囲に必要そうなものを配置した。
缶ビール、パソコン、携帯、ラジオ、ペットボトル、ティッシュ、みかん・・・
あと何があったかなと思案を巡らしつつ、今日の作業日誌の画面を閉じてメールを開いた。

スパム以外、新着メールなし。
すでに暗記したメアドを打って、作業日誌とほぼ同じ内容をつらつらと綴る。
・納屋の掃除と片付けはすべて終了
・研修生里帰り、留守番と動物の餌やりを引き受ける
・コビーも里帰り、ヘルメッポはハワイ旅行。
・スモーカーはたしぎの実家に帰省
・今年のキャベツの出来はいい、ニンジンはいまいち。
・昨日、帰りにイタチを轢きかけた。
・じろべさんちの裏庭を狸が荒らして困ってる。
・狸だと思って捕まえてみたら、実はアライグマでびっくり
田舎便りみたいな内容だが、他に書くこともないから箇条書きにしてみる。
元気だとかそっちはどうだとか言う文面は、殆ど毎日送っているから今更で使えない。
これだけマメにメールしているのに、サンジからの返信は途絶えたままだ。




クリスマス・イブの夜に、恐らくはナミとのデート現場にルフィが乱入してから、サンジからのメールがピタリと止まった。
今まではゾロの方が3回に1回くらいの割合で返事を出していたのに、それが止まったものだからついムキになって毎日メールを書く羽目になった。
だが相変わらず、サンジからは返事が来ない。

―――怒ってんのかな
そりゃあまあ、怒るだろう。
大好きなナミを、いきなり現れたガキに掻っ攫われたのだ。
しかも、居場所を教えたのはゾロだとすぐに気付いただろう。
だから怒っているのだ。
いくらゾロがメールを出しても、返事一つ寄越さない。
電話してもいいのだが、店をやっているからいつも忙しいだろうし、電話越しで話をするのはゾロは苦手だ。
だから結局、一方的にメールを出すばかりになっている。

年末は何かと慌しくて身動きが取れないだろうが、年が明けたら一度会いに行こう。
ルフィが立ち去った後、ゾロは勝手に心に決めていた。
その時は、ここまでサンジとの仲が拗れるとは想像していなかったが、とにかくきちんと会って話がしたいと思っていた。
実際、勝手にメールを送りつけつつ、ゾロの毎日は割と忙しくて、昼間サンジのことを思い出すことはほとんどない。
けれどこんな風に静かな夜は、届かないメールボックスを眺めるのが少し寂しいと感じるようになった。




カーテンの隙間からきらりと光が走って、ゾロは頭を上げた。
外灯一つないこの辺りに、特に冬場は夕方を過ぎてから外から光が届くことは滅多にない。
車が来たということだ。
静かな夜更けにエンジン音が響いて、すぐ近くで止まった。
「こんな時間に、誰だ?」
ゾロは声に出して呟いて、それでもコタツから出るのが億劫だったからメールを保存しただけでパソコンを閉じた。
玄関の戸が開く音がする。

「もう信じらんない!なんでこんなに寒いのよ!」
「ナミ?」
驚いて腰を浮かす。
どかどか入ってくる足音は複数で、騒ぐ声でもう一人がルフィだと知れた。
「おっすゾロ!さっみいなあ」
白い息を弾ませて、ルフィが引き戸を跳ねさせながら飛び込んでくる。
「寒い寒いっ!信じらんない!」
続いてナミがコタツに潜り込んで、きーと悲鳴を上げた。
「なんでストーブがついてないのよ!灯油切れ?」
「いや、入ってるが」
「ならつけなさいよ!」
ナミの命令に従い、いそいそと火を点ける長い鼻をした男が一人。
「・・・誰だ?」
コタツに埋もれながら問えば、ルフィがああと返事した。
「ウソップってんだ」
「そうか」
「こんちは」
ウソップはペコリと頭を下げて、燃え始めた石油ストーブの火加減を、小刻みに取っ手を揺らしながら整えている。
なかなか几帳面な性格のようだ。

「それで、何用だ?」
まだ部屋の中は冷え切っているが、それでも火が点いたことで少し空気が和らいだ。
何とはなしに全員コタツの中に潜り込んだ時点で、ゾロが当たり前の疑問を口にする。
「これからみんなで東北行くんだ」
実に明快なレスポンスだが、答えになっていない。
「ついでにゾロのところに寄ろうってことになったのよね」
ナミが助け舟を出すも、どの辺が「ついで」になるのかわからないルートだ。
「それにしても温まんないわねえ、なんでビール出しっぱなしなのよ」
「室温が冷蔵庫より寒かったからだ」
「ぬるくなるじゃない、つかなんて食生活してんの?空弁当もカップ麺も出しっぱなしで。ろくなものがないわ」
やっと温まったと思ったら、ナミはさっさとコタツを出て冷蔵庫の中を物色し始めた。
「今日なんの日か知ってるの?大晦日よ。なのになにこれ、なんにもなし?あるのは卵とビール、賞味期限ぎりぎりの牛乳だけ?」
一体なんなんだ。
大晦日にいきなり乱入してきて、騒がしいことこの上ない。

「しょうがないわね、ちょっと買い出し行ってくるわ」
そう言って、ナミはルフィの襟首を掴んだ。
「買い出しって何処行く気だ?」
「近くのコンビニよ。いくら田舎でもコンビニくらいは大晦日でも開いてるわよね」
確かに、この村唯一のコンビニは大晦日でも営業しているだろうが・・・
「場所、わかるのか?」
「前に見たことあるもの、ここからだったら車で10分も掛からないでしょ」
さっさと歩き出すナミに引き摺られながら、ルフィが「んじゃ」と片手を挙げた。
「ちょっと行ってくっから、留守番よろしく」
呆気に取られている間に、まるで季節外れの台風みたいな慌しさで二人は家を出て行ってしまった。

残されたのは、初対面の男が二人。
「・・・・・・」
お互い顔を見合わし、意に沿わぬ見合いの席のような気まずさを感じながら肩を竦めた。
「どうぞ」
ゾロが、そろそろ生暖かくなった来た缶ビールを差し出すと、ウソップと呼ばれた男は慌てたように手を振った。
「いや、俺ルフィと交替で運転するから、アルコールなしで」
「じゃあ、ナミは誰の酒買いに行ったんだ?」
「自分のだろ」
「なるほど」

また暫く、気まずい沈黙が流れる。
折角石油ストーブを点けたのだから湯でも沸かすかと今頃気付いて、ゾロは腰を上げた。
「あの・・・」
動作を止めて振り返れば、ウソップは大きな目をきょときょとと落ち着きなく巡らしている。
「なんだ?」
自然と見下ろす形になれば、ウソップは怯えたように首を竦めた。
自分の目つきがきつ過ぎることはゾロも自覚しているので、すぐに視線を逸らし台所で薬缶に水を入れた。
「いま茶でも淹れるから」
「あ、ああ。ありがと」
ストーブの上に薬缶を置けば、じゅわーと派手な音を立てて水滴が玉になり散った。
どこか香ばしい匂いが漂い、ウソップは珍しいものでも見るように首を伸ばす。
「なんか、懐かしい匂いだな」
「そうだな」
またゾロがコタツの中に戻るのを見計らって、意を決したように口を開いた。

「俺はヨーロッパを旅してる時にルフィと知り合ってな、勢いで意気投合したんだ」
「ああ」
なんとなく、納得する。
「んで日本に帰ってきてからまた会おうって話になって、再会したのが一昨日のことだ。そのまま勢いで年末一緒に旅行行こうって話になってな、そん時、彼女だってナミを紹介されたんだが、俺が混じるのはお邪魔虫じゃねえかって思ったんだけど、二人とも賑やかな方がいいって聞かないし」
「ああ」
「んで、計画立ててるときにナミとも親しくなってあれこれ話してたら、共通の知り合いがいることがわかったんだ」
「・・・俺、じゃあねえな」
「もちろん」
ゾロはウソップとは初対面だ。
だがこの話の流れで、もう一人知り合いと言うならば・・・
「サンジか?」
「ああ、俺の中学ん時の同級生だ」

―――なるほど
ようやく合点がいって、ゾロは背を伸ばすように後ろに手を着いた。
「それで、ナミが気を利かせて連れて来て、しかも場を外したってことか」
「まあ・・・」
なぜかウソップの方がバツが悪そうに首を竦めた。
また暫く、沈黙が降りる。
「で、俺に何か話すことがあるのか?」
単刀直入に切り出せば、ウソップは思いのほか強い目線で見返して首を振った。
「俺からは何もない。ただ、俺はナミからあんたがサンジにとって大事な人になるようだと聞かされて、んでもって、もしそのあんたが俺に何か聞きたいことがあるとしたら、話してやってくれと言われただけだ」
ややこしい言い方だが、意味は伝わる。
ゾロはバリバリと頭を掻いて、ウンと頷いた。
「まあ、俺にとってサンジは大事な奴だ」
「サンジも、あんたをそう思ってるんだろ?」
「それは俺にはわからん」
「そうか」
また、沈黙が落ちる。
しかし、折角ナミがセッティングしてくれた貴重な時間を、そう無駄にもできまい。

「ナミがサンジと付き合ってたって聞いたときは、俺はビックリしたけどよかったとも思った。けど、よくよく聞いてみればナミとサンジの付き合いは表面的なものだけだった。それで俺は落胆したし、サンジは変わってねえのかなとも思ったさ」
コタツの上のみかんを手に取って、ウソップはしみじみと呟いた。
「けど、ナミから本気で大切な人ができたみたいだと聞かされて、けれどその人は何も知らないし、自分も本当のところサンジのことをよく知らないままだ。だからもし知りたいと望まれたなら教えてやってくれと頼まれた。ここんとこ、わかるよな」
「ああ」
「で、あんたどうなんだ?」
挑むように顔を上げたウソップを、ゾロは遠慮なしに見つめ返した。
やはり眼光に怯んでいる。

「俺は、サンジと知り合ってから、一度だけナミに奴のことを詳しく聞きたいと思ったことがある」
初対面の相手なのに、なぜかゾロは素直に口を開いた。
「よっぽどナミと連絡を取ろうかと思ったが、結局止めた。あいつのことに関して、奴が知らない場所で聞きたくなかったからだ」
ウソップはうんと頷いてから、ゆるゆると首を振った。
「けど、だからってあいつの前であいつのことを聞くのは、勘弁してやってくれ」
「そりゃまあ、そうだろ」
「それに、サンジが自分から口にすることも多分ない。たとえ大事な人が相手でも。あんたが相手だろうと多分永遠に、ない」
きっぱりと言い切られる言葉は、けれど拒絶ではない。
「だから、あんたの信念にもとると言うなら無理強いはしないが、俺にできることならなんだって話す。けど、できたら俺から積極的に口にしたくはない、だからあんたからの依頼が必要だ」
わかるかと問われ、うんと頷いた。
「それで、どうする」
「いらん」
カクンとウソップの首が落ちた。
ここまで当たり障りなく遠まわし、かつ丁寧に話を進めたのに結局断るんですか、しかもあっさりと。
「奴が知られたくないことなら、俺は聞かなくていい」
ちょっと待て!とウソップが挙手をした。
「そこだけは誤解しないで欲しい。サンジは何も隠そうとしていないし、知られたくないとも多分思ってない」
「そうなのか?」
「ただ、自分でも思い出したくないし触れたくないだけだ。それが俺にはわかるから、迂闊に踏み込めない。けれどそれはサンジの恐らくは人生に深く影響しているし、ずっと抜けない棘でもある」
「その棘がなんなのか俺が知れば、それを抜いてやることは出来るのか?」
ウソップの眼が揺らいだ。
暫く経ってから、溜め息をつく。
「いや、多分無理だろう」
「ならやっぱり、俺が聞いても役には立たない」
話はそれで終わりだとばかりに立ち上がったゾロに、ウソップは慌てて腰を浮かした。
「いや待て、けどなあ」
「なんだ」
いつの間にかシュンシュンと沸騰していた薬缶を、広告の紙で作った鍋敷(りよさん作)に下ろし、インスタントのコーヒーを淹れる。
暖かい湯気が、それなりにいい匂いを漂わせた。



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