Oath -1-


嵐に乗じて襲撃してきた海賊船をようやく撃退できたのは、明け方だった。
まだ衰えを知らぬ風雨に晒されながら、ナミが息をつく。
「みんな大丈夫?ウソップ、船の被害状況はどう?」
「船底は異常ねえ。甲板に大穴空いてっけど、これはルフィがやったやつだし・・・」
当の船長は大波を受けて脱力している。その横でまだ戦っている二人がいた。
「こんのクソ剣士、人のこと舐めんのも大概にしろよ!」
「てめえこそぼけえっとしてんじゃねえ、足手まといなんだよ!」
間合いを詰めて飛び掛る刹那、ナミのクリマタクトが炸裂した。
「いー加減にしなさい、二人とも!」
甲板に沈む二人を置いといて、ナミは船室への扉を開けた。
「ったく、嵐や海賊より厄介だわこの二人。今の内にみんな休むのよ。船の修理は後回しでいいから。」
頼りにならない船長を従えて命令するナミに、二人もしぶしぶ立ち上がる。ナミの計算では、そろそろ嵐は過ぎる頃だ。

「ゾロが一番血の匂いがきついな。」
医務室では、チョッパーがせわしなく走り回っていた。
「俺のは返り血だ。」
心配ねえと続けるゾロの背中にサンジの靴底が入る。
「嘘言ってんじゃねえ!腕切ってっじゃねえか。チョッパーちゃんと診ろ!」
チョッパーは慌ててイスに飛び乗ると、ゾロの太い腕を無理やり捕まえた。
「あ、ほんとだ。ゾロこれかなり深いぞ。」
「ちっ・・・」
まるで射殺すように睨み付けるゾロの視線に、サンジも殺気を混じえて睨み返している。
短く切りそろえられた襟足の毛が逆立って、まるで猫のようだ。
「そんなに怒るなよ、特にサンジ」
口を出したウソップに殺人光線の如き視線が向けられた。慌ててうへえと首を竦める。
―――何でこいつこんなに怒るんだよ。
あからさまに怒り狂うサンジを前に、ゾロは腹が立つのを通り越して呆れてしまった。
こんなにサンジが怒っているのは、ゾロが庇ったせいだろう。
横殴りの嵐の中で、敵に囲まれたサンジが足を滑らせた。
少し前、そこで敵の首を跳ねて盛大に血を流した剣士のせいでもあるのだが、ともかくバランスを崩したサンジが目の端に映った途端、体が勝手に動いていた。
自らの腕を盾に敵の刃を止め、斬り付けた。
一瞬のことだったが、あの瞬間からサンジはずっと怒っている。
「俺をフォローしようなんざ十年早えんだよ。今度余計な真似してみろ、ぶっ殺す!」
ぎりぎりと歯を剥き出しにして喚き、サンジは部屋に引っ込んだ。やれやれといった空気がその場に流れる。
「サンジ君って、ゾロに助けられるのが心底嫌みたいね。」
ナミが笑いを含んだ声で軽く言う。
「サンジおもしれーなあ。怒ると毛え逆立ってるもんな。」
にししとルフィも楽しそうだ。
ゾロは大人しくチョッパーに腕を預けながら、横を向いてけっと吐き捨てた。

サンジが自分に構われるのを嫌っているのはわかっている。
タメ年で張り合うつもりか知らないが、やたらと自分にだけは意地を張るのだ。
ナミやロビンのような女に対するそれとは違い、年下のルフィたちに接するそれとも又違う。
最初は何でも突っかかってくる様が面白くてわざとちょっかいを出してみたりもしたが、最近はそれが鬱陶しくもなってきた。
鬱陶しいってえのか・・・
気がつけばその姿を目で追っている。
自分の視線がぶしつけすぎるのか、気配に聡いサンジはいつものきつい瞳で振り返り、じろじろ見るんじゃねえと威嚇する。
そんな反応に一々腹を立てて、雑念を払う為に鍛錬に没頭しても、サンジのことが頭から離れなかった。

気がつけば目で追っている。
時折無防備に笑う顔にどきりとする。
酔った時だけやけに馴れ馴れしく近付いて来たり、触れれば切れるナイフのように、ぴりぴりと毛を逆立てたり・・・
サンジのすべてにゾロは囚われていた。その想いを自覚するほどに。

壊してしまおうか。
何度そう、思いつめたかしれない。
その蹴りは破壊的だが、力を押さえ込むのはたやすい。
足の自由を奪って、その手を捻り上げれば後は簡単だ。
生意気な口を塞ぎ白い身体を組み敷く。
考えただけで己が昂ぶるのがわかった。

どうかしている。
コックにとって自分が素直になれない相手のように、ゾロにとってもサンジはただの仲間ではない。
最初から。
ルフィやナミのように仲間だと公言できる位置に、サンジはいない。
理由のないわだかまりと、どうしようもなく惹かれる何か。
ゾロはただ本能で、その何かを探していた。



「きょうは縫ったんだから、酒はダメだぞ。」
そう言ったチョッパーの言葉など聞く筈もなく、ゾロはキッチンで酒を飲んだ。
戦いの後の休養とばかり、仲間達はそれぞれ部屋に篭もっている。
嵐は去ったがどんよりとした雲が空を覆い、昼間でも薄暗く風も淀んでいた。
着替えたサンジがキッチンに顔を出した。
ゾロが一人なのを見るとバツが悪そうに顔をしかめる。
自分でも大人気ない態度だったとわかっているのだろう。
「・・・皆は?」
どこか遠慮がちに聞いてきた。
「部屋帰って寝直してる。まだ腹も減らないそうだ。」
ルフィは、さっき勝手に戸棚のパンを食ってしまった。
「そ・・・か」
気のない返事をして、サンジは冷蔵庫から食材を取り出した。
ゾロに背を向けて規則正しい包丁の音を響かせる。
ゾロは調理するサンジの背中が好きだった。
何度怒鳴られて蹴られても、視線を送ることを止められない。

「見るなっつってっだろが。」
相変わらず凶悪な目つきで振り向いたサンジの手には、温かな惣菜を乗せた皿が載せられている。
「冷酒ばっかり喰らうな。ちゃんとつまめ。」
乱暴な口調とは裏腹に静かに置かれた皿に、目礼をして箸を取る。
自分を毛嫌いしておきながら、細やかな心配りはしてくれる。
それもゾロは知っていた。
黙って箸を動かすゾロの横を通り過ぎる間際、サンジはぼそりと呟いた。
「あんまり、無茶すんじゃねえ。」
今のは幻聴かと思うほど小さな声を残して、振り向きもせず立ち去った後ろ姿に、ゾロは顔をしかめた。
生意気なだけの奴なら、鼻っ柱を折ればいい。
乱暴なら叩き伏せて、力の差を見せ付けてやればいい。
だが、ひどく繊細で優しい一面を見せられると、ゾロの心はざわつくばかりだ。
その指に髪に、欲情を覚える自分がいる。
己を恥じるなど、ありえないことと笑い飛ばせない自分がいる。



その夜、予想外の風と潮の流れで予定より早く島に着きそうだと予測したナミの提案で、久しぶりに宴会が行われた。
綺麗に修理された甲板で酒盛りが始まる。
いつもはちょこちょこ給仕するサンジも今日は腰を下ろして、チョッパーを小脇に抱えながらルフィと飲み比べをしている。
―――馬鹿みてえだ。
頬を赤らめてへにゃりと笑うと、特徴のある眉毛が下がって見えた。
本当に馬鹿みたいなのに、目が離せない。
だがそんなゾロの視線は傍から見ると睨みつけているようにしか見えなかった。
「やっぱりまだ疲れてるのかしらねー。調子でないわあ」
そう言いながらもしっかりした足取りで、ナミとロビンは早々に部屋に引き上げた。
チョッパーは見張りだからとうに見張り台に上がっている。
お約束の如くつぶれたルフィとウソップを抱えてゾロは男部屋に乱暴に放り込んだ。
さて、どうすっか。

ピヨピヨと、大の字で眠るひよこ頭を前に途方にくれる。
担ぎ上げて部屋に放り込めばいいのだが、今の自分はまだおかしい。
昼間に血を見すぎたせいか、いくら呑んでも酔わないで気持ちだけが昂ぶっている。
この状態で力ない身体に触れたら、何をするかわからない。
このまま捨てておくかとも思うが風邪を引かれても面倒だ。
ゾロは仕方なく、その場に腰を下ろした。

いつもは白い顔がほんのりと火照っている。
今こうして、自分がじっと顔を見ていると知ったら、烈火の如く怒り狂うだろう。
邪まな思いを抱いていると知ったなら、どうするだろうか。
知りたい気もする。気付かれたくない気もする。
他に類をみない女好きのこの男が野郎に思いを寄せられるなど、思いもよらないことだろう。
だからこそ、見ているしかないのかとゾロは自問を繰り返す。
コックの眠りは深いのか、瞼はぴくりとも動かない。
規則正しく上下するシャツの間から白い胸元が垣間見える。
吸い寄せられるように、ゾロの手が動いた。
ただ、コックの鼓動を確かめたいと、思った。
滑り込む掌の下で、白い肌は思った以上に滑らかな肌触りでゾロの手に吸い付いた。
酒のせいか、通常より早い鼓動が直接響く。緊張に息を詰めているゾロの前で、蒼い瞳が唐突に開いた。
差し込んだ手を引くこともできず、ゾロはその顔を凝視する。
暗い灯りの下で開かれた眼は吸い込まれるように深い蒼で、ゾロを捉えたまま瞬きしない。
その顔は怒りに歪むこともなく、罵りの声も出なかった。
酒に濡れた赤い唇がゆっくりと笑いを形作る。

「なんだ、やりてえのか。」
くらりと、ゾロの視界が揺れた。
―――いま、こいつはなんと言った
這わせた掌の下で、息を吸い込む動きのままに白い胸が隆起する。
「・・・しょうがねえな。」
細めた片目から鈍い光が覗き、唇を舐める舌が艶を見せる。
ひどい眩暈を感じてゾロはサンジの上に倒れこんだ。

半開きの口元から白い歯が誘っている。
上唇を軽く噛んで吸った。
甘い、酒の味がする。
胸に置いた掌から早鐘のような鼓動が響く。
口内は酷く熱くて、絡めた舌先が蕩けるようで心地よい。
歯を弄り舌を絡め甘噛みして唾液を啜った。
湿った水音に混じって苦しげな息が上がる。
サンジの顔が闇夜に白く浮かび上がった。
目は固く閉じられ、流れる前髪の間からの覗く睫が小さく震えている。

―――こいつは誰だ
自分に組み敷かれ、瞼を震わせて、上気した頬を晒すこの男は誰だ。
顔を合わせば悪態を吐き、罵るばかりの唇から漏れるのは、甘い吐息。
器用に動き命を繋ぐ糧を作り出す手は、縋るように自分の肩に掛けられている。
色素の薄い肌は吸っただけでたやすく鬱血が残り、それが面白くて何度も執拗に吸い付いた。
浮いた鎖骨を齧って、指で探りあてた突起に舌を絡める。
既に芽吹いたそこは転がすとこりこりと立ち上がった。
ゾロの膝の下で、いつもは凶悪な動きを示す足が弱々しくもがく。
色付いた乳首を指の腹で揉みながらもう片方にも吸い付いた。
軽く歯を立てて吸い上げる。

「いてえ・・・」
頭の上でコックがうめいた。
容赦なく握り締めた手首は血の気が引いている。
抵抗がないのをわかっているのに、握る手に一層力を込めて戒めながら乳首を噛んだ。
短く漏れる悲鳴。
―――もっと、もっと声を出せ
薄い胸に、脇腹に闇雲に歯を立てる。
バックルを外して下着ごとずり下げた。
既に固くなったそれは立ち上がり、先端に露をにじませている。

「感じてんのか。」
自分でも驚くほど掠れた声で囁けば、コックの顔が一層赤らんだのがわかった。
こいつは男に触れられて感じてやがる。
キスされて乳首噛まれて、おっ勃ったのか。
乱暴に握り締めて扱いた。
強い刺激にまた悲鳴を上げて、逃げを打とうとする身体を体重を掛けて押さえつける。
「重てえ、いてえ・・・」
コックが自由な両手で身体をはたき、腕に爪を立てる。拳で殴られても一向に構わず、ゾロは片手で乱暴に扱きながら、もう片方の手を後孔に滑り込ませた。サンジが身を固くし、上半身を浮かせた。
「逃げんな」
両手をせわしなく動かしながら、ゾロはサンジの顔を凝視した。
刺激を与える度に、硬く閉じた目元に朱が走り、眉が顰められる。
半ば開いた唇からこらえきれない息が、甘い響きと共に漏れ出ている。
サンジの中は熱い。
捩じ込んだ指で内壁を抉ると、絡みつくように粘膜が応える。
その動きに合わせて、サンジの表情が微妙に変化した。
薄く開かれた瞳は熱に浮かされたように虚ろで、潤んでいる。
視線を漂わせては時折ぎゅっと目を瞑る。
ゾロの腕を掻き毟っていた手が、固い髪を探り当てて引っ張った。
顔を上げたゾロと視線が絡んだ途端、サンジは弾かれたようにゾロから手を離して、両手で顔を覆ってしまった。
「隠すな」
手の下から覗いた口元は、白く噛み締められている。
「もっと見せろ」
―――てめえの顔を
ゾロの手の中でサンジがびくびくと痙攣する。
尿道口を親指の腹で擦ると、身を九の字に折って捩った。構わず指で軽く引っかいた。
「ん・・・ああっ・・・」
鼻にかかった声は甘ったるい響きを残して、ゾロの手の中でサンジは果てた。
びくんびくんと細かい痙攣を繰り返しながら、吐き出された白濁の液を手に絡めて、脱力した足を肩に担ぎ上げた。
秘部を晒されて、サンジが荒い息のままもがく。
身体を押さえつけ、濡れた指を入り口から押し広げるようにきつく突き入れた。
もっと、深く。もっと奥まで―――
「ゾロ・・・」
サンジの指が空を掻き、ゾロの髪に触れた。
引き抜く勢いで掴まれる痛みよりも、ゾロの指を飲み込む動きに意識を集中する。
誰も知らない、サンジの姿。
ナミもロビンも、ルフィも知らない、犯されるサンジ。
ひくひくと内股が震えて、萎えていたはずのサンジが首を擡げる。
ぐり、と強く擦れば嗚咽交じりの悲鳴が上がった。
ゾロは既にはちきれそうになっている己を取り出して二、三度扱き、熱く蕩けた箇所に押しあてる。
半ば強引に身体を進めながら、サンジの顔を凝視した。
相変わらず手で顔を隠し、捲り上げられたシャツの端を噛んで悲鳴を殺している。
サンジの中は狭く、絡みつくようで熱い。
あのすかした面でねめつける、クソ生意気なコックの中だと思うと、背筋が痺れるほどの快感を覚えた。

「う・・・っく・・・」
硬く瞑った目尻からボロボロと涙が零れている。
浅く息を繰り返しながら、何とか力を抜こうと喘いでいた。
ゾロは襲い来る射精感と戦いながら、締め付ける中を分け入り抽迭を始めた。
剥き出しの肩を押さえつけて無理やり腰を振る。
「う、ああああ・・・」
噛み締めたシャツの隙間からくぐもった声を上げて、顔を背けるサンジの目元からボロボロと涙が零れる。
―――泣いてやがる。
コックが・・・あの生意気なコックが、俺に犯されて泣いてやがる。
目も眩みそうな快感の中で、ゾロはひたすらその顔に見入った。
押さえつけた指が肩に、肌に食い込みその痕を刻みつける。
もっと深く、もっと奥まで。
誰も知らないこいつを見たい。

律動に合わせて、切れ切れに声が届いた。
ゾロの腕に爪を立てて、魘されるようにその名を呼んだ。
俺の名を呼べ。もっと奥まで。俺だけに―――
サンジが、泣きながら自分の腹に白濁の液をぶちまける様を見て、ゾロの頭の中で何かが弾けた。




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