野分 -6-


サンジはカウンターの中から出て来て、ウソップの横に腰を下ろした。
こうして横に並ぶと、随分と親密な雰囲気になる。
ここが夜のバーだったなら、かなり際どい打ち明け話も酒で流して誤魔化せるだろう。
だが今はまだ真昼間。
外はお日様の光が眩しいし、窓から見える景色は長閑な農村風景だ。
この雰囲気の中で、果たしてどこまで耐えられるのか。

「あー…、お前らなあ、婚約中だよな」
サンジは煙草に火を点けて、横を向いてふうと吹かした。
こういう動作は手馴れていて、ぱっと見蓮っ葉な印象を受ける。
まさかこいつが天然童貞とは誰も思うまい。
妙な先入観が入っているせいか、ウソップは最初から身構えてサンジの横顔を眺めた。
「おうよ、俺とカヤは結婚の約束をしている」
「ってことはさあ・・・」
サンジが軽く、フィルターを噛んだ。
こいつヘビースモーカーのクセに歯は綺麗だよなと、意識が勝手に逸れる。
「もう、カヤちゃんとはその・・・」
くっと言葉に詰まった口元をぼうっと見やってから、はっと我に返った。
こいつもまた、なんて直球投げてくるか?!

とは言え、さすがにそれ以上口には出せないのかギリギリと煙草を噛むのみだ。
これでは話が進むまいと、ウソップは自ら助け舟を出した。
「おう、それなりにな」
「そ・・・」
それなりにか?
そう聞き返した声は掠れていて、ウソップの方がなんだか恥ずかしくなった。
「付き合い始めてもう10年だぜ、そりゃあまあ結構前から」
「そうなのか?」
「だって年を考えろよ、俺はもう29だしカヤだって28になってる」
そりゃあそうだろ?と、ウソップは言い訳するみたいに苦笑いした。
「一応大人のお付き合いはさせて貰ってるぜ。結婚に至るまでは、まあ主にカヤん家の事情があって結構時間は掛かったけど、それも婚約したことでほぼ整った。俺達が想い合ったのは随分と前からだし」
「いつ頃だ?」
サンジは躊躇いつつも興味深そうに質問して来た。
「いつ頃って、まあ・・・20歳過ぎた頃、かな」
「そんなに前から?」
「や、だからそんなしょっちゅうとかじゃねえんだぜ。なんとなく記念日的にだなあこう、盛り上がった時とか。なんせカヤが外泊できる時とか全然ねえんだから、お泊り旅行とか今回が初めてだし」
お前らみたいに、覚えたてだからしょっちゅうって訳じゃねえんだよと、軽口が言えるものなら言ってしまいたい。

サンジは煙草を指で挟んで、そのまま口元をしばし押さえていた。
なにか色々と考えているらしい。
「そっかーじゃあ、ウソップ達もあんなこと・・・してんだ」
あんなことって、どんなこと?
つい突っ込みたくなるのをぐっと堪える。

「じゃあさ、やっぱりそのう・・・最初はどうだったよ」
「最初?そりゃあ最初は緊張したぞ」
「やっぱり?」
「そりゃあもう。俺、手とか震えてたもの。こうブルブルって、みっともねえったら」
その時のことは思い出すのもこっ恥ずかしい。
「俺だけが意気込んでたってだめだしな。やっぱカヤの協力がねえと」
「え?」
サンジはビックリし過ぎたのか素っ頓狂な声を出した。
ウソップの方がびくっと肩を震わせる。
「なんだよ」
「や、カヤちゃんが協力?協力って、なに?」
いきなりなにを食いついてくれてんだおい。
「いやだから、恥ずかしがるばかりじゃなくてさ。カヤも俺のことをその・・・好きって気持ちを前面に出してくれて、俺ばっかりに努力させないようにしてくれたんだよ」
あまりにも恥ずかしがられ過ぎて物事が進まない恐れもあるかと思っていたのに、実際はウソップが驚くほどにカヤは協力的だった。
だからこそ、うまくいったとも言える。
そうでなければ、元来の二人の性格ではきっと結婚するまで初夜を迎えられなかっただろう。

「お前ばっかりに・・・努力・・・」
サンジは何か思い当たることがあるのか、難しい顔をして視線を横に流した。
指に挟んだ煙草が短くなっていく。
それに気付いて、慌てて灰皿に揉み消した。
「ってことはさあ、その・・・」
なんとなく、言いたいことはわかるぞ。
ウソップは云と頷き、カウンターの上に乗せた手で拳を作る。
「SEXってのは、一人じゃできねえんだサンジ」
いきなり投げられたウソップの直球に、サンジの方がはわわと慌てる。
「え、や、その・・・」
「今更隠すこともねえだろ、お前だってゾロと触れ合いてえとか思ってんだろうが」
敢えて「触れ合う」と表現したが、今の二人にはこれが多分精一杯。

サンジは前を向いたまま、うっすらと頬を染めコクコクと頷いた。
「・・・おう」
「だったらよ、いつまでもゾロ一人に頑張らせとく訳にもいかんだろ」
「・・・・・・」
サンジは潰れて消し炭みたいになった吸殻を、まだ足りないとばかりにぎゅうぎゅう押し潰した。
手の先が灰で真っ黒だ。
「なんで、あいつ一人に頑張らせるとか・・・知ってんだよ」
きっと強い視線で振り返られて、ウソップは澄ました顔を取り繕った。
「そんなの、見てりゃわかるよ」
嘘です、ゾロから直接聞きました。
「そっか」
サンジはたやすく誤魔化されて、また前を向き悔やむように下唇を噛んだ。
「俺の、努力が足りないか」
いや、別に努力してもらわなくてもいいんですが―――
うっかりフォローに入りたくなるのを堪え、ウソップはしたり顔で頷いた。

「やっぱり好きって気持ちはお前もあるんだろ。ゾロにあれこれされて生理的に嫌だとか、抵抗感とか、そう言うのはどうだ」
男同士だから、あっても不思議ではない。
意に反して、サンジはふるふると首を振った。
「自分でも驚くくらい、そう言うのなかった。なんかただ、ゾロが触ってくるとその部分がやけに熱いっつうか、あいつの掌ってめちゃくちゃ気持ちいいんだよ」
そんなもんかな、と首を傾げてこちらを向いた。
そんなこと、俺が知るかよ。
「キスだって、人と口くっ付けるってどうよとか思ってたけど、なんか実際やってみたらすげえしよ。こう、口ん中舐められてるだけなのに背筋がゾクゾク来て、なんかぶるぶるって腰に震えが来んだ」
「そりゃあまた、えらい感じてんだな」
「え、やっぱ感じてんの?」
や、それしかねえだろ。
「ゾロってとにかく体温が高くてよ、あのでかい掌に撫でられるだけどなんかこうほわ〜っとしちまって、気持ちいいばっかなんだよな」
「そりゃあ、よかったな」
とりあえず、相談事に乗るにはまず肯定と同意だ。
「相性がいいんじゃねえか」
「え、そうなのかな」
ウソップに褒められ?て気を良くしたのか、サンジは途端饒舌になった。

「キスも気持ちいいし触られんのも気持ちいいしで、ついゾロがすること全部任せちまうんだよな。そんなんじゃダメかなとか思うけど、ゾロはなんもしなくていいって言うし」
まあそこでサンジが積極性を持ったところでどう発展させるかなんて、正直な話ウソップは聞きたくない。
「けどよう、実際これってどうよって思うわけ。だって男に乳首触られてよ、あんだけ気持ちいいって普通なのか?」
「・・・・・・・」
――――はい?
「こう、指でクニクニされっと最初はすげえくすぐってえのに、途中からなんか妙にムズムズしてくんの。ゾロの指なんてガサガサで荒れてんのによ、ささくれが引っかかったりすると痛えのにそれがまた妙によくて・・・」
――――はいー?
「指より舌のがまたすげえのな。なんかむにゅっと食われてちゅうちゅう吸われっと、こう、変な気持ちになるというか」
「・・・・・・・」
「ほんとに最初はくすぐってえんだよ。なのになんかジンジンして、その内電気でも流れてんのかってくらい痺れて来て、もっと強くとか思っちまって」
「・・・・・・・」
「軽く歯ぁ立てられたらつい声出ちまう。なあ、みんなこうなのか?」
や、俺、乳首吸われたことないから
「指で摘まれんのも、最初は痛えのに途中からどんどんそれがヨくなんだよ。もっときつくとか思っちまう。これっておかしくね?」
いやもう、なにがなんだか
「そういう時って、声出していいもんなんか?」

サンジは至近距離からウソップを見つめ、じっとその答えを待った。
しばし沈黙が流れ、ウソップの背中を冷たい汗も流れ落ちる。
「か・・・感じてんだから・・・それもアリだろ」
よしよく言えた!
よく声が出た俺!!
「そっかー、普通かあ」
や、普通かどうかは―――
「ともかく、ゾロと同じ立場としてはなんも反応がないよりちゃんとそう言う、声だのなんだのは出してくれた方がまあ、嬉しいぞ。気持ちよくさせてるってわかるのは、いいもんだ」
「そうか、そうだな」
なんとか搾り出したウソップのフォローに、サンジは満足そうに頷いた。
「あとさ、ゾロのヤツ俺のを咥えたりすんだよ、口でだぞ。俺もうびっくりしたけど、あれってどうなんだ」
――――はいー?!
それって、アレですか?
アレってナニですか??
「あんなもん口に入れて、ゾロ大丈夫なのか。腹イタとかになんねえのか?」
「あ、あああああれね」
「ウソップはどうなんだよ、腹痛くなんね?」
ごめん!俺、フェラチオしたことねえし!!
即座に言い返したいのを、ぐっと堪える。

いつの間にか額に浮いていた大粒の汗を袖で拭い、忘れていた呼吸を再開すべく少し仰向いて深呼吸した。
落ち着け、落ち着け俺様。
「ウソップどうした?暑いのか?」
「ああ、まあちょっとな」
「天気いいと昼間は気温上がるよな」
ああ、本当にいい天気だ。
こんなのどかな秋の午後に、俺はいったい何を聞いてるんだろう。

ともかく、話の矛先を逸らすべく最初の方へと戻った。
「ええとな、つまりお前ものすごくゾロに惚れてんだよ。イヤじゃねえってことはそういうことだ」
「そっか、そうだな」
サンジは素直に頷く。
「好き合ってんのはお互い様だろうが。だからこそ、ゾロ一人に我慢させてんのもどうかと・・・」
「我慢?やっぱあいつ我慢してんのか?!」
またしても食いつかん勢いで振り向いた。
思わず仰け反り、カップをひっくり返しそうになる。
「そりゃ、そうだろ。最後までしてねえんだろ?」
「最後まで?」
サンジは真剣な目でウソップを見つめた。
それはもう食い入るみたいに、つうか実際食われそうなほど顔も近付いている。
つか、近過ぎる。
「最後までって、一体どこにゴールはあんだよ?」
つか、俺にはお前の距離感が掴めねえよ。
ウソップは漏れそうになる泣き言を必死で抑えながら、まあ落ち着けと尖った肩を押し戻した。

「どこまで進んでるかは知らんが、実際男同士だろうが男女間だろがやることはあんま変わんねえぞ」
「え?」
そこで驚くか?
驚くとこか、そこ。
「キスして、触れて・・・入れるだろうが」
「え?」
だから、そこで驚くなっての。
「入れるって、どこに?」
そこからか―――!!!

ウソップは思わずカウンターに突っ伏した。
ダメだ、これはもうダメだ。
俺の手には負えない。
もっと基本的な、つか小学校の保健体育から勉強し直した方がいいんじゃねえのか。
まずはおしべとめしべからーっ
「ウソップ?」
サンジの声音に不安の色が混じる。
がしかし、顔を上げられない。
起き上がって声を出してはいけない病がっ!!!

「こんにちは」
カランと音がして、その場にそぐわない可憐な声が響いた。
サンジとウソップ、2人ともが飛び上がらんばかりに驚いて振り向く。
「あ、お邪魔でした?」
玄関から入ってきたのはカヤだ。
「カ・・・ど・・・」
「今日はお店を早く閉めるということで、今たしぎさんに送っていただいたんです。これから今夜のお鍋の材料を買いに行かれるそうで」
一緒にサンジさんちでお鍋を食べることになっちゃいましたと、笑顔を見せる。
「勝手にお話を進めてしまってすみません」
そう言いながら、固まった2人の表情にも臆することなく歩み寄った。
「あの、お邪魔なようでしたら席を外しましょうか」
「いやあ、とんでもないよカヤちゃん。今、ウソップと2人であんまりむさ苦しくて息が詰まりそうになっていただけ」
実際には部分的棒読みで実にたどたどしい口調ながら、サンジはへらりと笑った。
ウソップも追随するように愛想笑いを浮かべてから、はっと顔を引き締める。
「カヤ!」
「はい」
突然の大声にカヤより驚いたサンジが身を引くのに、その腕をがしっと掴んで真剣な顔だけを向けた。
「サンジ、カヤは養護教諭の免許も持ってんだ!」
「は、ああ」
「カヤっ!」
「はい」
ウソップの豹変振りにも物怖じせず、カヤはおっとりと答えた。
「頼む、サンジの相談に乗ってやってくれ!」
「はあ?!」
素っ頓狂な声を出し、途端に頭から湯気でも噴き出しそうなほど真っ赤になったサンジの隣で、カヤはゆっくりと頷いた。
「私でわかることでしたら」
その穏やかで頼もしい表情は、ウソップには本物の女神の微笑に見えた。





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