人魚の涙と呪われた怪物のおはなし 3



「従者殿は、私が連れて来よう」
マダム・シャーリーはそう言ってフードを脱ぐと、鈍色の鱗を煌めかせ空気の泡の外に出た。
しらほしほどではないが、他の人魚達よりひときわ大きな身体を艶めかしくくねらせながら、あっという間に泳ぎ去っていく。
「マダム・シャーリー…ゾロを見つけられるかな」
「大魔女様だから、大丈夫よ」
ケイミーはそう言って、くるりとサンジに向き直った。
「それじゃあサンちん、おめかししようか」
サンジを取り囲んだ人魚達は、生贄という事実を目の当たりにしながらも、なぜか爛々と目を輝かせていた。

「これ、私が急いで作ったの。裾には小さな真珠の粒を編み込んであるのよ」
「よく磨いた珊瑚の粒も、小さ目の方がサンちんには似合うね」
「しらほし様ほど大きいと大変だけど、サンジちゃんくらい小さくても大変だわ。下手すると真珠の方が大きくなっちゃう」
「ここは、黒真珠をあしらったらどうかしら」
広間の一室に人魚達が集まって、キャッキャうふふと花が咲いたようにさんざめいている。
その中心にあって、サンジは半ば呆然としていた。
完全に、着せ替え人形状態。
これはあれだ。
アマゾン・リリーの時と同じだ。
よく考えればどちらも女子の集団だから、こういう成り行きになるのも仕方のないことなのだろうか。
レディ達が楽しんでくれる様を眺めるのはサンジにとって至福のひと時ではあるが、その輪の中心に自分がいるのはいただけない。
ぶっちゃけ思いきり、着飾られている。

「こんな繊細で豪華な宝飾品を、俺が身に付けるって滑稽だよね」
「あらどうして?」
「とっても似合ってるよサンちん」
なにが滑稽って、着せられている服がどう考えてもドレスと呼ぶにふさわしい、ふりふりレース仕様だからだ。
しらほし用のデザインなのだろうに、それをそのまま縮小してサンジに当て嵌めても似合わないだろう。
「一応、俺男だし」
「性別なんて関係ないわよ、とっても似合ってる」
「でも確かに、サンちんは不必要に飾らなくてもこのままで充分綺麗だよ」
イシリーはサンジの目線にまで頭を下げて、しみじみと眺めた。
「金冠がかすむほど綺麗な金髪、瞳はサファイヤより澄んだ青よ。それに肌は、真珠の衣なんて黄ばんで見えるほど透き通った白さ」
「ほんとね、ルビーとエメラルドの首飾りだけでいいかも」
「しらほし様と比べて、格段に安上がりね」
安上がりなんて言われてサンジは内心がっくりきたが、そういう意味で役に立つならいいかと思い直した。
口を滑らせた人魚は、他の人魚達に総がかりで窘められている。
「あなた、思ったことをすぐ口に出し過ぎ」
「もうちょっと考えて喋りなさい」
「わーんごめんなさい、サンジ様が安く見えるとか、そんなつもりで言ったんじゃないんです〜〜」
涙目で謝る人魚に、サンジは大丈夫だよと笑顔で手を振った。
安上がりだろうが小さすぎだろうが、とにかくこれで生贄の準備は整ったのだ。




飾り付けられた小さな輿に乗って、サンジは海底深くへと運ばれていく。
空気の泡に包まれているが、水圧で耳がキンとした。
もしこの泡が破れたら、サンジの身体なんて一瞬でぺしゃんこになってしまうだろう。
そう考えながらも、生贄にされることへの恐怖はさほど感じなかった。
こんな思いをしらほしが経験しなくてよかった。
その安堵感の方が強い。

黄泉へと続く洞穴に入ると、そこは空気だまりになっていてサンジを包む泡は自然に弾けた。
けれど空気圧や息苦しさは感じない。
ただ、洞穴の奥から伝わってくる不気味な雰囲気と淀んだ空気が、本能的に怖気を誘う。
「サンジ様、こちらでよろしいですか?」
「ああ、後は歩いていく。ありがとよ」
輿を担いできた魚人兵士は、いずれも屈強な体格ながら落ち着かない様子だ。
時折壁面を揺るがすような叫び声が、洞穴奥から響いてくる。
その度にびくりと身体を硬直させ、不安げに鰭を靡かせている。
「男ならしゃっきりしやがれ!俺が食われてる間に、その極悪人とやらを先に運べよ」
「しょ、承知しました」
サンジの輿に続いて運び込まれたのは、ホーディの遺骸だ。
距離が離れているとはいえ、そこはかとなく腐臭が漂う。
急がないと、半腐れ状態で悪霊として復活してしまうかもしれない。
「洞穴の外には、海王様も控えておられますので」
「怪我人が出てくる幕じゃねえよ。俺に任せとけ」
大きな口を叩いたはいいが、サンジとて特に秘策がある訳ではない。
とにかく、しらほしや他の人魚達を生贄にしたくなかっただけで、後のことは成り行きに任せるつもりだ。
最悪、ヒドラの口の中に入ったとしたら、食道か胃壁辺りを蹴り破ってやろう。

そう考えながらずんずんと奥まで進んだサンジは、篝火の光が届く場所で足を止めた。
赤黒い壁土が頭上高くまで続く、大きな空間が現れた。
幾つもの鍾乳石が聳え立ち、篝火の揺れる光が不気味な影を揺らめかしている。
その奥に、見たこともないような奇妙なものがいた。

揺らめく影のせいではなく、あきらかにそれ自体が不安定に揺れている。
壁土と同じような色味の、赤茶けた皮膚はテラテラと濡れていた。
しかも、どこが頭でなにが手足なのかもわからない。
奇妙な突起物が5本あって、そのどれもがグネグネと気持ち悪い動きで蠢いていた。
そして伸びる。
そのどれもが、無尽蔵に好き勝手な方向に伸びたり縮んだりしていた。

「…う、げ―――――…」
怪物だとは聞いていた。
この世のものとは思えない、醜悪な姿の化け物だと聞いていたが、よもやこれほどとは。
これでは、アマゾン・リリーから送ってくれた巨大ヒルの方がよほど可愛く見える。
あいつは一方向にうにょーんみにょーんとしていただけだ。
なのにこれは、まさしく縦横無尽、どの方向にもびよーんと伸びてはまた縮み、目の前に供物としてささげられただろう海草の山を食べていた。
その海草はちぎればちぎるほど増えて、食べれば食べるほど大きくなっているように見える。
「…なんだ、あの海草」
「あれはフエルワカーメと申しまして、ちぎれば二つに増え、水分を与えれば倍に膨張します」
「化け物の餌にうってつけじゃねえか、ずっとあれ食わせとけ」
「そういう訳にも参りませず」
まあ、そりゃそうだろう。

サンジはたタタッと駆け足で化け物の前にまで進み出た。
別に、隠れて近づいてとどめを刺すとか、そういう作戦じゃないから堂々としたものだ。
「おい!化け物、俺が生贄だ!」
洞穴の天井に反響して、サンジの声はよく響いた。
化け物もその声に気付いたか顔らしき部分を上げたが、どうやらサンジを見つけることができないようでキョロキョロとしている。
その仕草は、化け物なのにどこか愛嬌があるように見えた。
「ここだここ!俺が生贄だ!」
サンジは、化け物に触れたくないからひたすらその前で飛び跳ねた。
が、化け物はいったん首を伸ばしてから足元を見るように頭部らしき丸い先端を下げる。
その方向が、サンジを通り越してホーディの棺に向かってしまった。

「馬鹿!違う、そっちじゃねえ!」
兵士が、棺を運びこむのが早すぎたのだ。
さっさと持って下がれ!と言いかけたのに、振り向くと兵士はとっくに引き上げてしまっていた。
この輿抜けどもめ!
「馬鹿野郎、それは違うっつってんだろうが!」
化け物の手が、棺に伸びる。
蓋を開けて、腐りかけた遺骸を食べてしまえばホーディは本当に悪霊化してしまうだろう。
それだけは絶対に避けたかった。
「こっちだ、こっちを見ろ!」
サンジが必死で叫ぶも、化け物の目には届かない。
「俺が生贄だ、俺を食え!俺を、食え!!」
サンジは力を振り絞って叫んだ。


「Bonappetit!!」


瞬間、眩い閃光が走り、次いで辺りに靄が立ち込めた。
ヒドラが眩しさに戸惑いながら、手足をのたくらせてのた打ち回る。
怯えて岩陰に身を潜めていた魚人兵士が、恐々と顔を上げた。
赤黒いヒドラの中心に、白い人影が見える。

「――――俺を食え、化物野郎!」
のたうつヒドラを踏み締めて立つのは、見たこともない青年だった。
すらりとした身体に真珠の薄絹を纏い、黄金の冠より輝く金の髪を靡かせている。
ヒドラは、靄の中に現れた青年に一瞬怯んだ後、両方の触手を伸ばして掴みかかった。
寸でのところで身を翻し、ひらりと飛び上がる。
「こっちだ化物!」
襲い来る触手を蹴りながら、青年はあちこちへと身軽に跳びはねてヒドラの動きを翻弄した。
大きく伸ばした触手のすぐ下を潜ったり、左右を交差させるように飛び退くうちに、ヒドラの触手同士が絡まって伸び上がる。
「どうだ、ここまできやがれ」
青年は岩壁に捕まって、挑発するように手をこまねいた。
ヒドラは手足を絡ませたまま、頭の部分だけぐんと伸ばして突っ込んでいく。
「おっと」
紙一重で交わして岩壁を蹴り飛び上がると、中空で回転しながらヒドラの後頭部辺りに踵を打ち込んだ。
「コンカッセ!」
この世のものとも思えない、不気味な咆哮が洞穴内に響き渡った。
空気がびりびりと震え、兵士達は恐れおののいて耳を塞ぎ身を伏せる。
「恐ろしい!よくこんな化物と戦えるものだ」
「なんて素早さだ、一体あの者はどこから現れた?!」
なんとか援護せねばと、矢をつがえた兵士が思わず声を上げた。
「あ、危ない!」
手足と頭、全部で5本と思われていた触手だが、背中らしき部分から新たに無数の触手が伸び出て一斉に青年に襲い掛かった。
慌てて飛び退くも、足首を絡め取られ、引き落とされる。
「ちっ、離せ!」
もう片方の足でゲシゲシと蹴ったが、またたく間にそちらも触手に絡め取られる。
両足を雁字搦めにされ、さらに伸び上がる触手に腕を取られて、青年はさすがに悲鳴を上げた。
「うげー気持ち悪っ!ぬ、ヌルヌルしてるーっ!」
「お助けいたす!」
兵士達は転び出て、ヒドラに向かって次々と矢を放った。
だが、そのいずれも弾き返され、またはヌルつく粘膜に絡め取られてヒドラにまで届かない。

両手足を拘束された青年が、中空に抱え上げられた。
ヒドラの中心部がぱっくりと開き、鋭い牙が円形に連なった口らしきものが現れる。
「げっ…」
さしもの青年も、気絶しそうなほど真っ青になっている。
こんな口で齧り付かれたら、もはやひとたまりもない。
万事休すか、と誰もが絶望に目を閉じそうになった時、不意に洞穴全体が揺らいだ。




「百八煩悩砲!」
耳を劈くような轟音と共に、一閃の斬撃がヒドラの足元を切り裂いた。
瞬間的に身を潜めたらしく、地面に大穴が開いている。
青年を絡め取ったまま、ヒドラは奇怪な叫び声をあげ警戒するように身を縮めた。
「コックを離せ!」
「ゾロっ!」
高速で泳ぐマダム・シャーリーに抱えられたまま水中から斬撃を放ったゾロが、空気だまりを破って洞穴へと飛び込んできた。
ずぶ濡れの身体で剣を構え、ヒドラに対峙する。
瞳を眇めて凝視した後、唸るように言った。

「おい、こいつは聖獣でもなんでもねえ。人間だぞ」
「え?」
「え?」
「え?」
兵士もサンジも、後に続いたマダム・シャーリーも驚きに目を見開いた。
「聖獣ではないのか?」
「ああ、大方魔女にでも呪いを掛けられたんじゃねえのか」
なんて酷い呪いだ。
こんなこと一体…

触手に身体を巻き付かれたまま、サンジははて?と考えた。
つい最近、似たような話を聞いたような―――

「あ、あれじゃねゾロ、ハンコックちゃんが惚れたガキに呪い掛けたとか!」
「あれか!」
ゾロも思い出したか、緊迫した空気の中にあって間抜けな仕種で手を打った。
マダム・シャーリーもその言葉に反応する。
「ハンコックだと?またあの愚か者が!」
それならば…と、マダム・シャーリーは身を翻して海の中へと舞い戻った。

「え、でもハンコックちゃんは自分で解除魔法使えないって言ってたよな」
そうすると、この化物は一生このままなのだろうか。
見るもおぞましい怪物だと思っていたが、元が人間と聞いてしまえば同情の念が湧きあがる。
だが、ヒドラはゾロの登場に驚きはしたがすぐにサンジを掴む力を強めた。
人間としての言葉は通じず、ただ食欲のみが優先されているらしい。
「わああ、たんまたんま!食うな!」
再び丸い口の中に投げ込まれそうになり、サンジは傾いた体勢でもがく。
「コックを離せ!おい、こいつの名前はなんてんだ!」
「えーと、えーと・・・」
サンジは、ハンコックとの会話を必死で思い出そうとするが、両足でヒドラの牙を防ぐのに忙しくてなかなか頭が回らない。
「確か、ルフィとかなんとか」
「ルフィ、コックを離せ!…畜生、ほんとの名前はなんだ!」
サンジを抱えたまま、新たな触手が伸びてゾロを襲う。
刀で弾き返すも、サンジが中心にいるせいで大技が繰り出せないようだ。
「この化物の、名前はなんだ!」
「モンキー・D・ルフィ!モンキー・D・ルフィよ!」
洞窟内に、若い女の声が鳴り響いた。

「よし!モンキー・D・ルフィ、コックを離せ!」
ゾロの声が轟いたが、ヒドラは動きを止めない。
サンジは足を牙に付けて踏ん張った後、仰け反りながら叫んだ。
「ゾロ!俺はサンジだ、俺の名はサンジだ!」
「聖獣王の名のもとに命ずる!モンキー・D・ルフィ、サンジを離せ!」

サンジの身体を締め付ける力が、突如緩んだ。
背中から落下する動きに合わせ、ゾロはヒドラの口の中心部へと切り込んでいく。
「羅生門!」
煌めく一閃が、ヒドラを正面から捉えた。


断末魔のごとき叫びを上げて、ヒドラはどうと仰向けに倒れた。
胸に十字の傷を受け、ドクドクと血が噴き出している。
ヒドラではない、人間の血だ。
「ルフィーっ!!」
悲鳴を上げながら、岩陰から一人の少女が飛び出してきた。
篝火に赤く照らし出された髪を振り乱し、躊躇うことなくぬめぬめとしたヒドラに縋り付く。
「いや、ルフィしっかりして、いやーっ!」
サンジは動転しながら、自分を支えるゾロに振り返った。
「こ、殺しちまったのか?」
「いや、峰打ちだ」
「峰打ってねえし!ってえか、ばっちり斬れてっじゃねえか、死ぬぞ!」
「致命傷にはなってねえ」
見る見るうちに、噴き出す血潮が止まり脈打ちながら傷口が塞がれていった。
やはり、化物なのだ。
「いや、ルフィ…」
「ダメだ!離れて危ない!」
投げ出されていた四肢が力なく伸びながら、取り縋る少女を抱き込もうとする。
いくらもとは人間でも、言葉も通じず恐らく理性も働いていない。
このままでは、この少女まできっととって食らってしまうのだろう。
「とにかく離れて、ルフィは大丈夫だから」
「私が、私が悪いの」
泣きながら取り乱す少女をなんとか引き剥がし、追いすがろうと身体を起こしたヒドラを無情に蹴り飛ばす。
さっきは死にかけていたから同情したが、大量に血の跡を残して傷口は塞がってしまっていた。
「くそ、切りがねえぞ」
「こいつもこのままでは、斬り捨てるしかねえな」
「いやっ」
少女がゾロに食って掛かろうとした時、入り口から眩しい光が差し込んだ。
芳しい花の香りに、サンジは目をハートにして振り返る。
「ロビンちゅわん?!」
「スぅーパぁ―――――――っ!」
代わりに答えたのは、そそり立つ海壁から真横に飛び出たロボだった。
もとい、フランキーだった。
その背中に、ロビンが乗っている。

「おまたせ。久しぶりねコックさん」
「ロビンちゅわあああああああん」
あとからマダム・シャーリーが姿を現す。
ハンコックの呪いと聞いて、急いでロビンを呼び出してくれたのだろう。
「ハンコックも、随分と酷いことをしたものねえ」
ロビンは静かに微笑むと、しなやかな動きで両手を胸の前で交差させ、辺りにふわりと花弁を散らす。
腕がいくつにも増えたかとも思ったら、手の先から柔らかな光が放射された。
それはヒドラの全身を包み込み、取り巻く花吹雪がすべて舞い散ってしまった後、ゆっくりと輝きが失われていく。
元の暗さを取り戻した洞穴の奥に、ぐったりと項垂れて立ち尽くす少年が現れた。

「ルフィ?!」
少女は、抱きかかえていたサンジの胸をどんと押して少年に向かって走り出した。
飛び込む勢いで、二人して真後ろにひっくり返る。
「ルフィ、大丈夫ルフィ?」
「ああ?ナミ…腹減った〜〜〜〜」
「フエルワカーメ食っただろうが!」
サンジの突っ込みに、ルフィは子どものように口を尖らせて不満げに唸った。
「あんなの、食った内に入らねえよう」
「どんだけ食いてえんだ。てか、お前ヒドラになってたから食欲旺盛なんじゃなかったのか」
「肉〜〜〜肉食いてえ、ずーっと海藻か海草か乾燥若布ばっかだった!!」
大の字で駄々を捏ねる様は、まったく普通の悪ガキだ。
「人騒がせな奴だな」
ゾロが刀を仕舞うと、背後でゆらりと気配が揺らいだ。
はっとして、全員が振り返る。

さきほど、ヒドラが暴れている時に投げ出された柩から、黒く変色した腕が覗いていた。
どこかぎこちない動きで持ち上がり、ガンガンと柩の蓋に手の甲を打ち付けている。
「げ」
「いけない、ホーディが蘇るわ」
マダム・シャーリーは真っ青になって、その場で巨大な海の泡を作り出した。
「どうするんだマダム!黄泉へと送るんじゃないのか」
「ホーディが起き上がってしまっては、黄泉へ送るのは困難。一旦海中から出して、陽の光に晒すか月光で清めるしかないの」
「無理だ、そんな泡の中に閉じ込めても、こいつ飛び出るぞ」
サンジの声に呼応するかのように、重い柩の蓋が弾け飛んで板切れが四方へと飛び散る。
フランキーが前に進み出て、ロビンとマダム・シャーリーの楯になった。
ゾロは再び鯉口を切って、ぎくしゃくとした動きで起き上がろうとするホーディに構えた。
「動けねえほど、細切れにすりゃあいいんだろうが!」
「ダメよ!実体を失っては悪霊化するだけ。まだ朽ちていない肉体ごと、自然の力で清めないと呪縛できない!」
「ここでは、なんかできないのか?」
「無理よ、ここには陽の光も月の光も雷光も届かない」
マダム・シャーリーの叫びに、少女がはっとして振り返った。
「雷光?雷でもいいの?」
「え、ええ」
詰め寄る少女にマダム・シャーリーが頷き返すと、少女は太腿に仕込んでいた棒を素早く取り出した。
「じゃあ、私に任せて」
三つに分かれた棒を組み立てて一つにし、バトンのようにくるくると回す。
「ルフィも元に戻ったし、いっちょド派手に行くわよ!サンダーボルトー…」
洞穴の中だというのに、俄かに頭上に暗雲が立ち込めた。
何事かと天井を見上げ、次いでみんな身の危険を感じて一か所に寄り集まる。
「テンポーっ!!」
轟く雷鳴と共に、ホーディの真上に稲妻が落ちた。
衝撃に薙ぎ倒されそうになるサンジを、ゾロが肩を抱いて支える。
床に倒れ込んだままのルフィが、猿のおもちゃのように両手足を打ち付けて「うっひょ〜」とはしゃいだ声を上げた。
「まーた派手にやったなあ。ナミの雷はおっかねえんだ」
「雷って…」
目を白黒させている間にも、雷の直撃を受けたホーディは真っ黒な消し炭のようになってぶすぶすと燻っている。
「今のうちに、黄泉へと運ぶのよ」
マダム・シャーリーに命ぜられ、半分腰を抜かしたようにしていた兵士たちが慌てて飛び出てきた。
泡のクッションを駆使してなんとかホーディ―を仮の棺に納め、そのまま全速力で黄泉への道を急ぐ。

巨大な岩戸を抉じ開けホーディ―の棺を押し込むと、元通り岩戸を閉じてからその場で全員が脱力し、ほうと息を吐いた。




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