眺めのいい光景  -1-


珍妙なモノを見てしまった。
近付くものの気配で仲間の剣士だと察していたサンジは、なんだ飯まだなのかと振り向き、その場でしばし固まった。
なるほどゾロだ。
確かにマリモだろう。
がしかし―――
「そりゃあ一体、どういう趣向だ?」
「ああん?」
ゾロらしきものは大股で近付くと、椅子を引いてどかりと座った。
鷹揚な仕種が目に見えるようだが、実際には見えない。
白いジジシャツと腹巻、三本の刀とズボンにブーツ。
それしか見えない。
「どうなってんだ、それ」
「なんか知らんが、酒とつまみの取り合わせが悪かったとかなんとかで店主が平謝りしてな。ナミはここぞとばかりに
 飯代全部タダにしやがった」
その上、「あんたが傍にいるとややこしいから船に戻んなさい」との厳命を受けたのだという。
「なにそれ、スケスケの実か?」
いや、悪魔の実なら身に付けた服も手にしたものも透明になるはずだ。
だがこれは完全に、ゾロ本体だけが透明になっている。
だから、ぱっと見服が歩いているようにしか見えない。
「よしわかった、その店はどこだ」
吸っていた煙草を揉み消し、サンジは威勢よく聞いた。
「お前また、つまらんこと考えてるだろ」
「なにがつまらねえだ、大事なことだろ男のロマンだ。お前にその現象は勿体ねえ、宝の持ち腐れだ」
大方、透明になって女風呂に忍び込もうという魂胆か。
「これ見りゃわかる通り、透き通ってんのは自分の身体だけだぞ。ってことは素っ裸で女風呂に入るんだぞ」
「風呂に行くんだから裸は当然だろう」
堂々と言い返すサンジに、ゾロが頭を押さえるのが気配でわかった。
「しかもこれは効力がどんだけ続くのか、すぐ切れるのか個人の体質によるから不明なんだとよ。どうするお前、意気揚々と風呂場に入ってすぐ元に戻ったら。女の裸の中で、一人だけ全裸の男だ」
「それでも、それまでに見られるから本望だ!」
アホだ、どんだけアホなんだ。
不意にサンジの頬がぐにっと歪んだ。
「はにっ、ふるっ」
「馬鹿言ってねえで、飯食わせ」
ブンと蹴り飛ばそうとしたら、ゾロは素早く飛び退った。
忌々しいが、まだ服は見えるからなんとなく動きが掴めてそう不自然でもない。
「てめえの仏頂面、拝まないだけマシかもな」
憎まれ口だけ叩いて、サンジはいそいそとゾロの分まで夕食の支度を始めた。



サンジが一人で船番の時、ゾロが戻ってくることは(戻れれば)度々あったから、特に驚きはしなかった。
ゾロが船番の時は食事を作ってやるという名目で自分も戻るのだ。
結果、二人だけの留守番でイチャイチャするのは上陸時の暗黙の了解になっている。
が、今回はゾロの姿が尋常ではないので、サンジはすっかり面白がっている。
「この格好で船まで歩いて戻ったのかよ、びっくりされただろ」
「まあな、こっちは透明になってるってすぐ忘れるから、最初は何をぎょっとした目で見てんのかわからなかった」
けれど多分、堂々と歩いてきたのだろう。
だから島民たちも奇異なものを見る目でこそあれ、通報したり追いかけたり追い払ったりはしなかったのか。
「たまーにある、アクシデントのようだしな」
「やっぱり、明日にでもその店連れてけよ。ぜひレシピを伝授されたい」
「アホか」
目の前で箸が中空を舞い、料理は次々に空間へと消えていく。
ブルックも不思議だと思ったが、目の前のゾロもやはり不思議だ。
どこに消えていくのだろう。
サンジは手を伸ばして、ゾロの頬の辺りに触れた。
固い、つるんとした肌がある。
いつものゾロの頬っぺは、パンパンに膨らんでいるようだ。
「触れるんだな」
「見えないだけだ、ここにある」
不意に、指先がぬるりとした。
噛み付かれたのだと気づいて、慌てて手を引っ込める。
「んの馬鹿野郎!」
ふふんと、ゾロは笑ったようだった。



一人の時に大浴場の湯を張るのは勿体無いので、船番では簡単にシャワーで済ませている。
今夜はゾロがいるからと念入りに身体を洗いつつ、いや待てよとサンジは唐突に気付いた。
ゾロって今でもまだ透明じゃね?
透明なのに、あれやこれやとかできるんだろうか。
モノは触れるし食ったりできるんだから当人は普通だろうけど、見てるこっちは・・・?
浴室の扉が開く音がして、振り向いたが誰もいなかった。
が、自動的に扉は閉まる。
「ゾロ?」
「おう」
視線を下げれば、タイルの上を踵の形に水が集まっては消えていた。
ゾロが歩いて来ているのだ。
もともと歩く時にも音を立てず気配を殺すのが得意な男だから、静かに行動されると多分わからないだろう。
「ゾロ」
「なんだ」
すぐ傍で声が返った。
隣のシャワーブースから勢いよくシャワーが出る。
「ほんとに、全裸だと全然見えねえな」
サンジは感心して、濡れた髪を掻き上げた。
シャワーから迸る飛沫が、何もないところで弾かれている。
よくよくみればそれは肩のラインだったり背中のラインだったりした。
石鹸が宙に舞い、わしわしと泡立てられ頭の形が露わになる。
次いで顔、首、肩から胸元脇腹へと・・・
「全部石鹸で済ませるって、便利だな」
「なにを今更」
タオルを泡立てて背中を洗うと、尻と太股へと移った。
あまりにも珍しい光景で、じーっと見てしまう。
開いた脚らしきものの中心をごしごしと殊更丁寧に洗い終えると、シャワーヘッドが宙に浮いてあちこちに揺れながら泡を洗い流していく。
ヘッドを戻されると、あっという間にゾロの存在がわからなくなった。
このまま上がるのかと視線を彷徨わせるのに、水滴の一粒も落ちる音がしない。

「ゾロ?」
気配を消されるといるのかいないのかさえわからず、不安になった。
「おい、気配殺すな。悪趣味だぞ」
不意につーっと背中を撫でられ、サンジはその場で飛び上がった。
「き、急に触んなっ」
続いて、首元をべろりと舐められる。
「ふひゃっ」
そのままガバリと、強く抱き締められた。
ゾロの存在が見えないが、濡れた熱い肌の感触はいつものゾロだ。
そのことに安心しつつ、やはり違和感が否めない。
「せめて喋れ、なんか気色悪いだろうが」
「んー、やる時喋んなって、てめえが言ったんだろうが」
「そりゃやる時は・・・って、え?」
や、るの?
むにゅっとサンジの唇が分厚いもので塞がれる。
滑る舌が滑り込んできて、慌ててその動きに答えた。
ゾロの指が顎を掴み、頬の両側を押して大きく口を開けさせた。
「へえ・・・」
「・・・は、んは」
巧みな舌の動きに翻弄されながら、サンジは仰向いて喘ぐ。
けれどゾロの姿は見えないから、まるでサンジが一人で口を開けて舌を揺らめかしているように見えた。
「こりゃあいい」
「は・・・に・・・」
両手を掴んで壁に押し付けながら、唇から頬、首元に掛けて舌をずらしていく。
そのまま俯いて、すでに固く尖り始めた乳首へと唇を付けた。
「ふ・・・う」
食むように唇で大きく挟み込むと、小さな乳首はきゅっと形を変えて潰れる。
先端を舌で転がせば、ぷくりと膨れた乳首が濡れて光った。
「やらしいな」
「な、てめえがっ」
もう片方を指で抓めば、やはりサンジの乳首が勝手に盛り上がって尖る。
指先で引っ掻いてやると、乳首がくりくりと動いた。
「見てみろ」
「や・・・はっ・・・」
サンジは自分の身体が、一人であれこれと変化していくのを目にして恥ずかしさのあまり卒倒しそうになった。
なにこれ、一人羞恥プレイ?
なんで勝手に自分の乳首があちこち向いたり引っ張られたり、潰されたりしてんだよ。
しかも気持ちいいんだよ、うあああああ



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