天使の日のおまけ




 さすが天使の翼だけのことはある。

 星と月が輝く空の中を、サンジは自在に飛ぶことができた。

 まるで、海の中を泳いでいるようだ、とサンジは思う。

 深い蒼の中を泳ぐ時、サンジは重力から解放される。

 体の周りにある水は、決して動きを妨げるものではなく、自由自在に動くための手がかり足がかりでしかない。

 極端な状況でもなければ、息苦しさもほとんど感じないくらい、サンジは水の中に慣れ切っている。

 サンジは泳ぐのが好きだった。

 そして空を飛ぶことも同じように気に入った。

 耐えられるギリギリの速度で、空気を切り裂いていく爽快感がたまらない。


 先に飛び立ったゾロにも、このスピードならもうじき追いつきそうだった。

 一日中、散々邪魔になっていた大きな背中の羽根が、初めて役に立っている。
 

 が。

 ふと気がつく。



 自分たちは、サウザンドサニー号に戻ろうとしているところではなかったのか?


「テメエっ!何で目の前にサニーがあるのに、別方向の空の彼方に飛び去ろうとしてやがるんだ!」




 シュワッチ。


 結局サンジは、空中でさえも迷子一直線なゾロを、必死で追いかけ回して連れ戻す嵌めになった。






「うし。俺の勝ちだ」


 サニー号の展望室に先に入ったサンジが、異論は許さないとばかりに睨め付けながら宣言をした。

 だが、迷子になりかけていたくせに、剣士は不満そうな顔をして認めようとしない。


「お前より、俺の飛んだ距離の方が長げえ」

「何言ってやがる。クソ野郎。テメエが、サニーに早く辿りつく勝負だっつったんだろうが」


 ふふん、とサンジがせせら笑うと、ゾロはムッとしたように、下あごを突き出した。拗ねているらしい。

 それは無視して、サンジは胸ポケットを探った。


 まったく手間が掛かる。ゾロが追いつかれまいと、全速力でお星様に向かって飛んだものだから、追いつくのが大変だったのだ。

 さすがにサンジもちょっと息が切れており、呼吸につれて、羽根がバサバサ鳴っている。

 さっきは何故、この迷子が無事に一人で帰ってこられたのか、逆に不思議なくらいだった。




 サンジは、タバコを探していた手を止めて、眉をしかめた。


「ちっ。切らしてら」


 キッチンに買い置きがあるはずだ。引き上げるか、と夜食を入れてきた籠を目で探す。


「タバコがねえと、口寂しいか?」

「ん〜?まあな。テメエの酒と似たようなモンかもな。…って。何だよ?」


 窓の側にある作り付けのベンチに捜し物を見つけ、取ろうと手を伸ばしかけたところに、邪魔するようにゾロの分厚い体が割り込んだ。


「代わりのモンをやるよ」

「は?」


 視線を上げると、目の前の顔がすぐ近くで笑っている。

 あまりに近かったことに驚き、咄嗟に上体を反らして距離をとろうとして、またもや翼の重みにバランスを崩す。


 ちくしょう。やっぱり邪魔だ。


 一瞬よろけた足下が、すぐに安定する。

 背中と腰とを、ゾロの腕に支えられたことを理解して、サンジは舌打ちをした。

 この場面で、元凶となった人物に礼を言うのは業腹だ。

 おまけに、ゾロは邪魔な翼は収納済みときた。差をつけられている感が拭えない。

 だがゾロは、そんなサンジの貸し借り収支計算になどまるで気づきもしない様子で、仕切り直すように、また顔を寄せてきた。


 反射的に体が逃げた。

 しかしその動きは、腰を抱く腕といつの間にか頭を掴んでいた手によって封じられる。


「逃げんな」


 ゾロの目の奧に確かな興奮が見え、それがどういう種類のものであるか理解した途端に、サンジは動けなくなった。





 軽く押しつけられるだけのキスなのに、目を開けたまま、サンジの顔を見ている表情はやばい。

 先ほどの抱擁や軽い接触とは、明らかに違う。
 

 シャレにならない。これは蹴り飛ばして、罵声を浴びせかけるべき場面だ。


 そう思うのに、声も出せない。ゾロの胸板を突っぱねるようにした腕にも、力が充分に入らない。

 無遠慮に自分に触れてくる男に、動揺を悟られたくはないのに。

 羽根は意志とは無関係に、ぷるぷると震えている。


 にや、とゾロが笑ったのが、あたっている唇の動きで分かった。


「邪魔だな」


 ゾロの手が、サンジの羽根の付け根を探る。


「しまっとけ」

「しまえねえんだよ!」

「不自由だな」


 言っている間にも、手際よくゾロはサンジのシャツのボタンを外していく。

 ちゅ、とむき出しにされた肩を音を立てて吸われる。

 ちゅ、ちゅ、と微かな音が、次第に胸元の方へと近づいた。

 くすぐったい、というか。何とも言えない微妙な感覚に、サンジの肌がさっと粟立つ。


「…何を」

「ん〜?」

 カチャ、とベルトのバックルに手が掛かった音がして、思いっきりサンジは身をひいた。

 が。ゾロの頭はそれを追ってサンジの胸元に喰らいつく。


「何っ!しやがるっ!」


 ゾロが。ゾロの口が。自分の胸に何かしている。あるんだかないんだか、分からないような小さな乳首に。


 カリ、と軽く咬まれる感触と湿ったものが触れる感触。カーッと全身が熱くなる。


「離せっ!」


 腕をひいて、肘を相手の頭頂目がけて、容赦なく叩き込んでいた。

 手加減しなかったんじゃない。できなかったのだ。

 さっき、痛烈に背筋を走り抜けていったのは、紛れも無く、覚えのある劣情を含む感覚だった。









 何で、こんな。

 パニックを起こしかけながら、サンジは少し弛んだ拘束から逃れようとあがいた。

 普通の人間ならば、昏倒どころかそのままあの世行きであろう打撃を受けたというのに、象が乗っても潰れないほどに丈夫な男は、うなり声を上げて頭を擦っただけだった。

 ゾロが、ぎろっとサンジを睨んだ。

 仲間のはずなのに、敵に対するような凶悪な表情を浮かべ、黒手ぬぐいを頭に巻いた時と同じ、無駄に気合いの入ったオーラを漂わせている。


「…テメエ、手加減無しかよ」

「あ…ええと?ごめんね?痛かったでちゅか?」

「ふざけんな。このクソコック。ごめんですむか。痛えに決まってんだろうが」


 へらっと笑ってごまかそうとしても、当然のごとくノーカウントにする気はないらしい。

 状況が悪化しただけで、結局、サンジはゾロの拘束から逃れることは叶わなかった。


「んだよ。もとはといえば、テメエが変なことを仕掛けてくっから、悪いんだろうが」


 今度は、逆ギレして見せるが、それも無視される。


「お前の夢は、何とかいう魚の海を見つけることだよな?」

「オールブルーだ」

「そのオールブルーへ行けなくなるから、天使になるのはごめん蒙る、と」

「当たり前だ。テメエだって最強の大剣豪になる夢をあきらめる気はねえんだろ?それがどうした?」


 現在のこの怪しげな接触と、その話は一体、どう繋がるというのか?

 脈絡のない会話に、さすがに打ち所が悪かったかな〜、とサンジが考えていると、ニヤリとゾロが悪〜い顔で笑って見せた。


「おい?」

「いいから大人しくしてろ」


 大人しく?何だか不穏な気配満々だというのに?


 ゾロの手がずうずうしく、サンジの背中から脇腹を撫で回してきた。

 シャツなんか、とっくの昔に肩からすべり落ちて腕の所でかろうじて止まっているだけの状態だ。

 ごつごつした手の感触が、先ほどより強くぞわぞわと奇妙な感触を運んでくる。

 気を抜くと、おかしな声が出てしまいそうだった。



 手はいつの間にか胸元の方へも侵攻を開始していた。掠めるように触れられて、乳首がいつの間にかすっかり硬くしこって、小さいながらも立ち上がっていることに気づく。

 強い刺激は与えられず、そっと触れられる度、体に焦らされた熱が溜まっていく。



 さっきみたいに、あの口で囓られたり舐められたら、きっと気持ちがいい。



 うっかりそんなことを考えて、慌ててサンジは大声で怒鳴った。


「大人しくなんてしてられるか!このセクハラ野郎!」

「サンジ」


 ようやっと正気に返って、ゾロの錯乱暴走を止めようと叫んだのに、しごく真面目に名前を呼ばれたことの驚きで、逆にサンジの方が再び固まってしまう。


 「あのな」


 両の手は体表に留まったままではあったが、ふしだらなイタズラを一時中断した。

 えらく真摯な表情と口ぶりとで、ゾロが話を始めた。


「まんまる天使には、俺たちを戻せない。だったら、自力で何とかするしかねえだろ」


 不本意ながら、サンジもゾロの手を気にしつつ、話に乗ることになった。


「まあ、それはそうなんだろうけど…翼を切り取る、とか?けど、これって骨格からして変化してんだよな」

「お前、やっぱり大雑把だな。根本的に解決しなきゃ、切ってもまた生えてくるかもしれねえぞ」

「…うえ。キショい。アーロンの歯がそんなだったな。んじゃ、カミサマとやらのとこへ出向いて直談判するしかねえか」

「どれだけかかるんだよ。そっちの世界とここの世界で、時間の流れ方が同じ保証もねえし」


 確かに、カミサマの寿命はえらく長そうだ。

 交渉している間に、ルフィがすっかり爺さまになっていたのでは、どうしようもない。


「わざわざ出向かなくても、審査が間違っていると明白にしちまえばいい」


 自信満々のゾロに、サンジは呆れ顔で反論した。


「俺たち、海賊だぜ?今さら何をやらかして資格がないって認めさせりゃいいってんだよ」



 人を蹴り飛ばしたり、大ケガさせたり、ぶった斬ったりは朝飯前。

 罵り言葉が常態だし、カミサマには、否定しまくり発言バンバンかましているし。

 はっきり言って、天使ビームによる審査を通ったこと自体が間違っているとしか思えない二人なのだ。

 海軍には、海賊である麦わらの一味は、生きている価値も無い凶悪犯だと断言されている。

 この上、何をしろというのか。

 あまりに極悪非道な行動は、遠慮したい。



 しかし、渋い顔のサンジを前に、ゾロは堂々と言い放った。


「セックス」

「は?とっくの昔にテメエだって童貞切ってるだろうが」


19才の健全な男として、女性とのあれやこれやは、サンジもきちんと経験済みだ。

 ゾロのシモ事情まではハッキリ知らないものの、未経験の清らか君だったら、サンジのみならず、ユニコーンだってびっくりすること間違いない。


「女相手じゃねえよ。男同士で性交渉するってのが、カミサマの毛嫌いする罪深い禁忌なんだとさ」

「は?」


 すごく嫌な予感がした。

 ゾロが何を言おうとしているのか理解できない、というかしたくない。


「つまり俺たちが、一度、やっちまえばそれで話が済む。天使にはならずに済むし、多分、羽根も消える」

「いや、ちょっとまて。マリモ語を喋るな。お前自身、何喋ってるか分かってねえだろ。考え直せ」

「他に何かいい考えはあるか?他人に迷惑をかけるわけでもねえ。妊娠する心配もねえ。溜まってたモンも上手い具合に解消できて、一石二鳥。ちょうど良い」

「ちょうど、良い?」


 口が達者なはずのサンジなのに、うまく反駁できないまま、ゾロが一人で雄弁を振るう。

 三刀流の舌は、動き出すとすごかった。


「俺も男とはしたことがねえけど、まあ何とかなるだろ。お前も、さっきまでの反応を見る限り、そうそう嫌じゃなさそうだったし」




「じゃあ、そういうわけで」


 両手を合わせていただきます、とばかりにゾロがサンジの鎖骨目がけてかぶりついた。









「ふぎゃーっ。待て待て待てっ!俺とお前となんて、ありえねえっ。お前だって勃たねえだろっ」


 言葉は使わずに、ゾロの手がサンジの腰を掴んで引き寄せた。少し余裕のあった空間が消え、布地を挟んで股間同士がばっちりと密着する。

 不言実行で、準備OK問題無しを伝えられちゃったサンジは、ひいいっ、と両腕でゾロの体をできる限り突っぱねた。


「やっ。無理。無理無理無理。絶対ェ、嫌だ。マリモに掘られるくらいなら、俺は清らかに天使になる道を選ぶ」


 実際、サンジの体も微妙な反応を見せていたし、そのことはゾロの方にもバレバレだと承知していたが、それでもサンジは頑なに首を横に振った。

 溜まっているしちょうど良い、だなんて理由で押し切られてはたまらない。三十六計逃げるに如かず。ともかく拒否をしまくる。

 




 しばしの膠着状態の後で、はあ〜、と大げさなため息が聞こえた。


「なあ。サンジ。まんまるのヤツ、希望もしていないヤツをうっかり審査に通したことを知られたら、きっとすっげえ叱られるだろうな」


 場に似つかわしくない声音で、ゾロがしみじみと言った。

 先ほどとは、まるでトーンが違う。

 うっかりサンジは、耳をそばだててしまった。


「せっかく、重要な任務を任されて喜んでいたのに。大失態しちまって気の毒に」



 ゾロがなおも言い添える。


「彼女、叱られる、のかな。やっぱり」


 だから何度も言うように、女性かどうかは分からないのだが。

 それでもサンジの中では、いまだに天使=女性と決まっている。


「あっちの世界の懲罰には、針の山を歩かされたりとか釜ゆでの刑とか、結構残虐なのがあるらしいよな。舌を抜かれたり、飢餓地獄ってのもあるとか聞いたことがある気がする」


 ゾロの発言は、かなり怪しげだったりするのだが、普段、無口を貫いているせいか、ウソップの嘘話と違って、妙に説得力を帯びてくる。


「あの食べることを好きそうなヤツが、ろくに食うものをもらえなかったら、気の毒だよな」


 むむむっとサンジの口が尖った。
 




「…分かった」


 かなり長いこと考え込んだ後で、サンジは渋々ながら承知した。

 完全に騙されている気がしないでもなかった。というか、多分、騙されている。

 そんなことは分かっちゃいたし、言った端から後悔していたが、それでもゾロの言った言葉は聞き流せなかった。

 自分たちの変化にばかり気をとられて、ドジを踏んだ天使がどんな気持ちでいるかまで、サンジは思い及ばずにいたからだ。

 おまけに飢餓地獄、だなんて。サンジにすれば、もっとも聞きたくないフレーズだ。


「仕方ねえ。やってやる。…ただし!。羽根が消えたら、そこで終わりだ。どこまでやれば上手いこと人間に戻れるかは分からねえんだろ?」


 そもそも、確実に効果があるとも限らないのだが、それについては考えないことにした。

 サンジが決心をつけかねている間、しかめつらしい表情を保っていた目の前の男は、臆面もなく嬉しそうな顔に変わっている。

 舌なめずりをした様子に、サンジは反射的に後ずさりしてしまった。

 だって仕方ない。気分は生け贄だ。

 どう見ても、ゾロはサンジを喰う気でいる。サンジがオンナ役というのは、多分、決定。


「そうだな。手を繋げばアウトなのか。抱き合った時点で失格とみなされるのか」


 片眉を少し上げて、ゾロが面白そうに笑うと、ぐい、とサンジの腕を引いた。

 振り払うと、肩を竦めて手を離し、あっさり背中を向けて離れていく。



 いぶかしげな顔のサンジの前で、ゾロは展望室の片隅に置かれたソファに、どっかと座った。


「ほら。来い」


 とんとん、と自分の隣を示す様子に、羞恥で顔が熱くなるのを感じながら、睨みつける。


「やんだろ?」

「う…」

「ああ?ひょっとして怖えのか?海のコックさんってのは、簡単に前言を翻すモンなんだな」


 小馬鹿にした口調と、揶揄する言葉。


「んなわけあるか!」


 完全に挑発に乗せられた形で、体に纏わり付いたシャツを投げ捨て、サンジは自ら虎の口の中へと飛び込んだ。





 ゾロの脚を跨ぐようにして、ソファに膝立ちで乗ると、上半身が裸になった体を抱き留めて、満足気にゾロが喉を鳴らした。


「ここまではOKみたいだな」


 笑いを含んだ声がする。

 ゾロの目の前に晒された胸元に、温かく湿った感触を覚え、サンジはぎゅっと目をつぶった。

 背中の方では、激しい鍛錬で先端が固くなった指が背筋をなぞり、羽根の付け根に触れてくる。

 湿った音を立てて、胸元の突起が啄まれた。指先はそっと翼をあやすように撫でつけ続けている。


「この程度の接触も、ノーカウント。案外、許容範囲が広いな」


 ノーカウントと確認された愛撫が繰り返されて、サンジの裸の体がぶるっと震えた。

 先ほど、体が期待した通りのことをされている。触られていないペニスの先にも、じん、と痺れる感覚が走った。

 胸に押さえつけるようにしてゾロの緑の短髪に指を差し入れ、頭を自分から抱え込んでしまう。


「気持ちいいか?」


 ちゅぱっと音を立てて乳首を吸い上げてから、ゾロは薄く笑ってサンジを見上げ、視線を絡めながら見せつけるように甘噛みをした。

 余裕ぶった態度のくせに、目の奧にあからさまに情欲が宿っている。たまらなく男臭くて、セクシーな顔だ。

 こんな顔は、レディに向けるべきものだ。

 サンジの息が上がってくる。


「っ。うあっ。嬲んなっ」


 しつこい行為に、もっと直接的な行為を求めて腰がうずく。

 手と舌先とで胸元に刺激を加えながら、上目使いに見つめてくるゾロの視線がたまらなかった。











「背中、やっぱ邪魔だな。そのまんま、この辺りの力を抜いてみろ」


 囁きながら、ゾロが対になった翼の内側を、手の平で温めるようにした。

 唇の動きも吐息も、弄られすぎて敏感になった肌に露骨に伝わって来る。


「息、吐け」

「う…」


 もどかしいような切ないような感覚がじわじわと押し寄せる。

 サンジは眉根をぎゅっと寄せて耐えながら、必死で力を抜いた。ゾロの手が、また宥めるように翼をそっと撫でた。


「イイコだ。いけそうだろ?ゆっくり体ん中に受け入れてみな?でけェけど、そのまま入るから」

「うっ。あ…っ。入っ…たっ」


 いきなり、ずるっと体内に、何かが滑り込んでくる感触がした。

 翼はサンジのボディより余程体積がある。

 あんな大きなものが、体におさまるはずがない。

 そう思うのに、それが背中から体内に入り込んでくるのがはっきりと分かった。


「うあっ…」


 ビクビクっとサンジの体が跳ねる。

 すべてが収まりきり、がくっと力の抜けた体を、ゾロの腕がホールドした。






「何だ、テメエ、羽根が入る感覚にまで感じてんのか?まあ、独特の感触がすっけど」

「うっせ…。信じられね。本当に入っちまった…」


 荒くなった息を落ち着かせようと、サンジは浅く呼吸を繰り返した。頬が熱くなっているのが分かる。

 何とも言えない感覚だった。決して翼が消えたわけではないことも分かる。

 体の中に異物が受け入れさせられたような、奇妙な違和感が拭えない。

 この感触に平然としていられるゾロの方が鈍すぎるのだ。

 羽根を受け入れた瞬間、全身に性的な愉悦が確かに走ったし、サンジの体はその余韻をまだ感じている。



「続き、しようぜ?」

 余裕の表情で、ゾロがぺろりと自分の唇を舐めた。そこにサンジは高い位置から唇を重ねた。

 実際、体が昂ぶっていた。熱を感じるまま、ゾロに触れる。

 もどかしく押しつけるようにしてから、角度を変えて深く唇を合わせた。粘膜が摺り合わさる感覚に、全身が粟立つ。

 さらに舌をゾロの口腔に入れかけた途端、強く吸われ中へと誘われた。

 性行為にそのまま結びつくキスが気持ちいい。下半身に血液がどっと流れ込んできた。

 熱い掌が、布の上から形を変えたサンジ自身に触れてくる。

 サンジは荒くなってくる呼吸をごまかすようにして、ゾロのシャツをたくし上げて、胸元を探った。

 ざっくりと袈裟懸けに残る傷跡を手探りで見つけて、何度も指でなぞる。

 そのまま下に手を下ろして、さっきよりも体積を増した男の器官に触れると、合わせた唇の隙間から、ゾロが声を漏らした。



 ゾロがもどかしげに、自分のシャツとハラマキとを脱ぎ捨てた。ベルトをカチャカチャ言わせ出すのを見て、サンジも無言で自分のボトムに手をかける。

 足先に絡みつくズボンを振り払うようにすっ飛ばすと、すぐにのし掛かってきた男の半端にくつろげたボトムを下着ごとずり下げてやった。

 いつの間にか見事に勃起していた性器の先端が引っ掛かったので助け出してやると、飛びだすように出てくる。


「四刀流のクソ剣豪だな。やる気が溢れまくり」


 ちょっと呆れて、指でつついてやるとぶるんと震えた。自分の口元が、機嫌よさ気に笑っていることが不思議だ。

 ばあか、とゾロがやはり上機嫌で笑って、邪魔な衣服をすべて取り去り、もう一度触ろうとした手を止めさせた。


「何だよ?やってやるってのに?」

「まだいい」


 服をすべて脱いだ時には、ひやっとした冷気を感じたが、すでにまったく気にならなくなっていた。

 覆い被さってきている厚みのある躯体の圧迫感に、改めてこれからこの男と何をするのかを、強く意識させられる。


「せっかくやるんだから、ゆっくり楽しもうぜ」

 耳元で低く囁かれた声にさえ、欲情した。





 耳元を首筋を舌が這い、吸い上げ、甘噛みされる。

 敏感な場所の皮膚と聴覚に繰り返し与えられる刺激に、段々と頭がぼうっとなっていく。

 大きな片方の手に、乳首をこね回され押し込まれるようにされ、また摘み上げられる。

 最初からずっと続いているそこへの愛撫に、体が過敏に反応して跳ね上がった。

 このまま、流されるだけ流されて、何をされても良いくらいに気持ちが良かった。

 だけど、一方的にやられるばっかりという状況は、あんまりだ。

 なけなしの理性を振り絞って、まだ続けようとする頭を掴んで引きはがし、ゾロの視線を捉えると、目を細めてフッと笑われた。


「ゾロ、もうそれはいい、から」

「けど、良さそうに見える」

「ダメだ。女の子じゃねえし。何かお前の顔見てると、すっげえ変な気になってくる」


 そんなはずはないのに、まるで惚れ合った相手と、初めてコトに及んだかのような錯覚を起こしそうだった。

 ひどく欲に濡れているくせに、優しくて嬉しそうな表情をずっと向けられているから。

 ここで変な誤解をするのはまずい。

 そう思うのに、サンジは、掴んでいた髪を両手でわしゃわしゃとかき回していた。

 これも今までのつき合いの中では、したことの無い行為だ。

 見た目に反して、柔らかくて気持ちが良い。

 少し、ゾロはくすぐったそうな、でも幸せそうな顔をした。こんな反応が返ってくるなど、想像もしなかった。

 自分も同じように幸せそうな顔をしているだろう、という自覚がある。

 胸の傷跡に触れることも、今日が初めてだった。ひどくドキドキした。

 それが許されるとは、思っても見なかった。

 サンジは、どちらもずっと触ってみたかったのだ。



 視線を逸らさないまま、ゾロがサンジに口づけてきた。

 軽く接触するだけの優しいキスだ。目をつぶって受ける。

 熱が離れて目を開けると、至近距離で視線が絡む。

 ただ体を触れ合わせているだけなのに、ドキン、と心臓が跳ねた。




 と。

 背中がチリッと痛んだ。同時にゾロの体も、一瞬、強ばった気がした。

 小さく息を詰めるが、それ以上の痛みは襲って来なかった。


 …これはあれだろうか。それ以上はするなという警告。


 やはり、最後まではしなくても、羽根は消えるのかもしれない。





 こんなことをしないで済ませたかったはずなのに、途中で放り出されるのは残念な気がした。焦ったような気持ちになる。

 ゾロが、ぐいっとサンジを抱きしめてきた。

 抱きかかえてくる腕に応えて、サンジは足をゾロの腰に巻きつけて密着させた。

 今さら、ここで終わりにする気はなかった。












 心臓の鼓動が、どちらのものかも分からないほどに、合わせた胸から響いている。

 散々もどかしい刺激を与えられて焦らされた体を押しつけると、先走りで濡れた敏感な器官が擦れ合った。

 たまらず首を伸ばして、キスを掠め取る。

 は、とゾロのついた吐息が唇にかかり、離れていく時にぺろりと舌で舐められた。




 拍動が響く耳の奧に、しゃらん、と微かな金属の触れ合う音が届く。

 引き寄せられるように、ピアスごと耳をしゃぶると、つん、と男の体臭が鼻をついた。

 相手がこの男だということに、頭の芯がじんと痺れるのを感じながら、さらに強い刺激を求めてもどかしく腰を擦りつける。


 固い腹筋と体液で濡れた下生えの感触に加えて、相手の体も自分と同じように熱くなっていることが直接触れる体温で分かり、なおさら興奮を呼ぶ。 




 何でこんなむさ苦しいのと抱き合っているんだ、と思う気持ちもしっかり居座ったままなのに、体に触れて来るがさついた掌の感触が、たまらなく心地良い。

 手を伸ばして、届く限り筋肉質の体をまさぐった。


 頬に手を添えられ、軽く唇を開けて舌の侵入を許す。

 腰を軽く揺らめかせながら、捉えた舌を同じリズムで擦り合わせていくと、ゾロも応えるように舌を絡ませてくる。

 よだれが口の端から伝うのもかまわず、口の中を舐め上げながら、至近距離で、ゾロがまた笑う。

 息を荒くしているくせに、ただひたすらに嬉しそうに。





 頭がぼうっとしてくる。

 与えられる刺激と触れる感触に、もっと深く繋がりたいという欲求が強く湧く。

 もっと快感を追いたいしもっと感じさせたい。

 そんな性的な衝動だけが全身を支配し、相手も同じように感じていることに痺れるような喜びを感じる。




「すげえ」


 キスの合間、息を吐くタイミングに、掠れた声で思わず呟く。


 すげえ、いい。


 仕方なく始めたはずの行為なのに、いつの間にか夢中になっている。

 むしろ仕方なく、という大義名分が好都合だった。

 こんな関係を持ったことを後悔したとしても、ゾロに対しても自分に対しても、どうとでも言い訳ができる。

 これ一度きりだ。

 別に何の意味もない。ゾロだってそう言った。

 この後のことは考えずに、楽しめばそれで良い。







 体の間に手を差し入れて、激しく自己主張しているゾロの体に触れた。

 それは握ろうとする手をはじき返すほどに固く張り詰めており、ひどく熱かった。

 竿を握って何度かしごいてから、強く裏筋を指で刺激してカリ首の周囲を責める。

 ゾロの内股に、力が入った。



 へへっ。気持ちイイだろ、と興奮しきった表情を確かめながら、先端に指先をねじ込んでやる。

 ぐっとゾロが呻き声を上げた、と思った途端、手首をねじ上げられるようにして、そこから引きはがされた。


「なっ何だよ」


 イかせてやろうと思ったのに。


 起き上がったゾロは足を掴むやいなや、サンジの脚を大きく割り開かせた。

 しまった、と抵抗しようとした時には、すでにゾロの体が脚の間に納まりかえっていた。

 片脚を担ぐようにして、体を注視される。


「だから、そんな風に見んじゃねえっ」


 サンジの抗議など、まるで聞こえていないかのように、脛の内側にゾロが噛みついた。

 ゆっくりと、舌で自分の咬んだ痕を舐めては、少しずつ緑の頭が移動していく。



 柔らかい唇。湿った熱い舌。


 くらくらした。




「おい…そんなことまでしなくていい、から」


 声が小さくなってしまう。

 ゾロはそれを聞き、人の悪い笑みを浮かべた。

 ぺろん、と唇を舐め上げたゾロの目の前で、ひくん、とペニスが反応した。

 自分の体が見せたあまりに露骨な反応に、頬に血が上って行く。いたたまれない。


「ここ、期待してるみたいだぜ」


「だーっ。うるせっ。そんなことっ。う、あっ」


 ひどく熱い濡れた場所に、ペニスが捉えられた。

 反射的に、ゾロの頭の猫っ毛を手で掴む。

 いきなり深く銜え込んだ後で、ゾロは唾液の絡んだ竿を手で握り、上下に扱きながら先端を舌で抉った。

 サンジの脚が、ひきつったように痙攣を起こす。


「待てっ。まだ…っ!」


 それまでの比較的穏やかな刺激から、直接的で強い刺激が与えられたことに、ついていけず、サンジは感覚を必死で逃そうと首を振って息をついた。

 たまらない。目を開けていることもできない。

 遠慮無く水音を響かせながら追い上げてくる肉厚な舌に翻弄されるまま、サンジは背中を反らしてあっという間に達した。

 全身が大きく跳ね、食いしばった歯の隙間から、するどく悲鳴に似た声が漏れる。



 チリチリと、先ほどから焙られるような痛みのあった背中の広範囲を、一際、強い痛みが駆け抜けた。

 だが、その痛みさえも、与えられている強烈な刺激とは、比べものにならない。


「すっげえ、やらしい顔」


 口の端から垂れた精液を、手の甲で拭いながら、ゾロが満足気にサンジの顔を覗き込んだ。


「テメエこそ」


 言い返す声に、激しい息づかいと快感の余韻が残っていることが分かるが、どうしようもない。

 最後まで絞り出すように、じゅ、と吸い上げられ、またぴくん、と足の指が引きつる。

 きゅ、と伸びてきた指が、左の乳首の先をつまんだ。


「ああっ」

「素直に啼いてりゃいいのに」

「んなこと言ったって…」


 ぐちょぐちょになっている手が、ぐいっと尻の割れ目に差し込まれて、そこに体液をなすりつけるようにされる。


「…するか?」


 薄く笑う顔に、ぞくっとまた欲情する。




 背中。

 羽根は今、どうなっているんだろう。




 頭の一部で、そんな小さな疑問が聞こえるが、それについて回答を出すことはせず、サンジは小さく頷いた。
  














「このままじゃ入らねえな」


 ゾロの手がサンジの体を探り、指を体内に押し込んだ。


「足、邪魔」


 片脚を、肩で押さえるようにしてエビ折りにされる。


「テメエっ。雑に扱うなっ」


 ゾロが真剣な顔で覗き込んでいるのが、こっ恥ずかしい上、ごつい指が潜り込んできた感触がはっきりと分かって、サンジは顔を真っ赤にして呻った。

 奧の方はもぞもぞと微妙にかき回される感覚がするだけだが、無理矢理広げられた窄みの部分は、指が少し動くたびにひきつるような違和感を感じる。


「この格好が一番、弄るのに無理ねえだろ。何かここって、内臓だな」

「内臓に決まってんだろうが」

「案外と奧は掴み所がねえっていうか」


 それ以上言う気なら蹴り落としてくれよう、と構えたところで、ぐっとゾロが身を乗り出してキスをしてきた。

 途端に力が抜けた。片方の手はそっと耳や髪に触れてくる。


「体、やーらかいよな。お前」


 脚の片方はゾロの体に敷き込まれるようになっていて、もう片方は半端にソファの背もたれに押しつけられている。

 とんでもない無理を強いられた格好だ。


 ぐいぐいと、指をねじ込まれて、痛いしみっともないし冗談じゃないと思うのに、何度もキスを繰り返されるたびに、抵抗する気が失せていく。

 抵抗するはずだった手は、いつの間にかゾロの背を撫でたり、額の汗を拭ってやっている。



「体、やらしーし」

「うっせ」

「すげえエロい顔すっし」


 切羽詰まった顔で鼻息を荒くしているくせに、やっぱりゾロの口元は、満足そうに笑っている。

 キスは気持ちがイイ。優しくあやすように髪を嬲る手も。

 口の中を舐め回す舌を追うことで、後ろの指が増やされて奧まで押し込まれ、押し入って来た場所を何とかして広げようとする感触から、何とかして意識を逸らそうとした。




「んっんーっ!」


 いきなり内臓の奧まで抉るような動きをされて、サンジは頭を振ってキスから逃れようとした。

 リズムをつけて、勢い良く指が抜き差しされる。


「あっ。それっ。やだっ、ゾロ」  


 バンバンとゾロの肩を叩くが、抗議は聞き入れてもらえない。

 奧まで指を深々と突き立てた状態で、太い親指が容赦なく陰嚢を揉みしだく。


「ひっ」


 痛みで身もだえたところを、ぐっと中からも指が内壁を強く刺激する。

 ぐりぐりと押し広げるようにしながら、指が少しずつ引き抜かれる。

 痛みで引きつった脚を、先ほどまで優しかった手が押さえ込んで、目一杯開脚させられる。



「ひゃあっ!」


 サンジの背が、大きく弓なりに反った。痛みと一緒に別の感覚がせり上がってくる。

 腹を圧迫していた感覚が、ふいに軽くなり、ぐっと腰を持ち上げられた。



 すっかり感覚がバカになったようだった場所だったのに、そこにさっきとは違う感触を感じて、サンジは必死で首を起こした。


「ゾっ」


 うっかり見てしまったものに絶句する。

 生々しい。

 自分たちが何をしているのか、露骨に意識してしまう。

 いたたまれなさに、両手で真っ赤になった顔を覆う。


「いいからっ。さっさと入れろっ」


 あの状態じゃ、我慢しているのがつらいに決まっている。


「顔、見せろ」

「やだっ」


 窄まりに押し当てられていた先端が、ぬるっと前の方へ滑った。

 体が竦み、喉の奥で悲鳴が上がる。



 ふうっと、大きく息を吐く音がした。


「サンジ」


 名前を呼ばれる。


「見てえ」


 きっと今、ものすごく情けない顔をしている。

 そう思いながら、サンジは観念して顔から手を剥がして、頭の両脇に置いた。


「目、開けろ」


 ぐっと体を倒して、ゾロが固くつぶったままの瞼に唇を押し当てた。

 おそるおそる開けた目に、切羽詰まった表情の男が、自分の体を押し開こうとする姿が映った。

 熱い固まりが体に突き入れられる。


「ぐっ」


 反射的に息が止まり、体がこわばった。


「息、吐け」


 性急さはなかったが、容赦なく体積も質量もあるものが体に埋め込まれていく。

 息を吐くというより、音のない悲鳴をサンジの喉が立てた。

 必死に酸素を取り込もうと、横隔膜が痙攣する。


「あ…」


 目からボロボロと涙が伝った。

 ゾロの性器がすっかり収まりきったことが、尻に当たる毛の感触で分かる。

 その事実が全身に甘いような切ないような痺れをもたらした。

 すがるものを求めた手が、ゾロの腕に触れる。

 ゾロの皮膚はきれいだ。よく日に焼けているというのに、肌理が細かく体毛が薄い。



 そっと手を外され、指先を軽く咬まれた。

 その感覚に、きゅん、と下腹の奧が疼き、体の中のモノを自分の体が締め付けたことを感じる。

 ニヤっとゾロが、共犯者の笑みを浮かべた。 





 ゆっくり抽送をしたのは最初だけで、すぐにゾロは激しく腰を打ちつけ出した。

 勢い良く抜き差しされ、揺さぶられる。

 違和感は、突き入れるタイミングで扱かれる前の感覚ですぐにごまかされた。

 それどころか、カリ首部分まで固くなった怒張に内壁を擦られるたびに、体に痺れるような喜悦が走る。

 その感覚を最初に感じた時に口から漏れた声は、サンジに逃げを打たせるのに十分なほど、あからさまに色を含んでいた。

 体の奧から湧き起こったあまりに強い快感に、どうすれば良いか分からないほど戸惑う。

 羞恥と戸惑いに、慌てて律動を止めさせようとすると、ゾロはより深く体を突き入れたままの無茶苦茶な体勢でサンジの口元に伝っていた唾液を舐め上げた。




 逃げることを許されないまま、さらに弾みをつけて内臓の奧まで抉られる。

 頭の中が熱くなり、必死で口を開けて息をする。

 いつの間にか、全身から汗が噴き出ていた。



 脚がガクガクと震え出す。

 開きっぱなしの口が、深く貫かれる度、言葉にならない嬌声を上げる。

 目を開けているはずなのに、蛇口がぶっ壊れたように、涙が溢れ続けてよく見えない。

 それ以前に、焦点が合わない。




「ゾ…ロっ…!」


 悲鳴のように、名前を呼ぶ。

 シーツを握りしめていた手を、男の背に回してしがみつく。


  ぎゅっと閉じた目の奧に、白い光がはじけた気がした。

 精の解放は目眩がするほど気持ちが良かった。

 恍惚の中で、しがみついた体が胴震いするのを感じ、体の奧でビクビクっとゾロの性器が精液を放出したのが分かった。



「…っ。あ…」

 余韻が残る体で、何とか脚をゾロの腰に回し、腰を揺らめかせた。

 ゾロの手が、サンジの欲望を握り、最後まで出し切るように擦った。



 目が合い、どちらからともなく、口づけた。頬が二人とも赤く、汗で濡れていた。



 キスの後で、息を吐いてサンジは顔を背けた。

 ゾロがサンジの両脇に手をついて状態を起こすと同時に、ずるっと体の中から圧迫感をもたらしていたものが抜けていった。

 それと同時に、中に出されたものが、一緒に溢れて伝っていく感覚がした。

 体を起こしたら、感覚の麻痺した場所から垂れていきそうで、サンジは唇を噛んだ。

 はずんでいた息が収まってくるにつれて、次第にいたたまれなさが募ってきていた。

 先ほどまで感じていた、ゾロの激しい呼吸と肌に垂れてくる汗。興奮しきった性器が体の中に出入りする感覚を、ひどくリアルに思い出してしまう。


「…羽根、消えたな」


 ひどく冷静なゾロの声がした。











 うまくいった、わけだけど。

 サンジはキッチンの奧にある食料庫で、独り蓑虫のようになって毛布にくるまり、丸く体を縮めていた。

 体はひどい倦怠感に苛まれているのに、どうしても眠れない。




 コトが済んだ後、見事に足腰が立たなくなったサンジを抱きかかえて、無言でゾロは大浴場へ入り後始末をした。

 それは見事に平然と事務的、機械的に。無表情な男に戻って。

 サンジが恥ずかしがったり、文句をいうような隙などまるでなかった。


 ちっと温まってから出ろ、とそれだけは少し優しい声音で言うと、体をざっと流してゾロはさっさと先に上がって行ったのだ。

 呆然としたサンジが、かなり長いことたってから外へ出ると、服が用意されていた。

 それはありがたかったが、ゾロの姿は近くに見あたらなかった。

 ゾロは真面目に展望室での見張りを務めに戻ったのだ、と思ったものの、何だか心にぽっかりと穴があいたような気がした。



 男部屋にいく気にはなれずに、予備の毛布を出してキッチンへと向かい、さらに人目につかない食料庫の小麦粉の大袋を積んだ片隅で、サンジは横になることにした。

 だけど結局、眠ることはできなかったのだ。






 うまくいった、わけだけど。


 この言葉が、繰り返し頭の中に浮かぶ。何事もなかったかのように、翼は消えた。これで良いはずだ。

 一体、自分は何にショックを受けているのだろうか。


『溜まっているモンも解消できてちょうどいい』


 あんなことを言った癖に、ゾロはサンジを大事に抱いた。

 サンジが苦痛を感じず、充分に満足できるように反応を確かめながら。

 かなり無茶はされたが、それでも溺れそうなほど気持ちが良かった。


 あれきりの約束で挑んだ行為だった。

 羽根が消えてから、ゾロの示した態度は正しい。

 むしろ、終わった後に相手の世話までコマメにやく甲斐性があっただなんて、あの穀潰しにしては上出来だ。


 これで問題は解決したわけだし、あれは互いだけに通じる笑い話ってことだよな。


 そう考えて、笑おうとするがどうしても笑えない。

 タバコを咥えたものの、マッチを擦る手が震えて火がつかなかった。



 ぽたり、と涙が床板に落ちる音がした。


「あ…れ?」


 何で。


 そう思うのに、続けてはたはたと、大粒の涙がいくつぶかこぼれ落ちた。

 ああそうか、と救われない結論に辿り着く。


「そっか。そういうことか」


 肩を落として体を縮め、サンジは毛布を頭から引き被った。




 蓑虫のようにくるまった毛布の中で、サンジは何かを期待させるようなことをしたゾロに怒り、それからまた少し泣いた。ようやっと眠りに引き込まれたのは、もう明け方に近かった。 
 









 この先、二人の関係がどうなるのかは。


 神のみぞ知る。








 了。



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