めざまし時計
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「まず名前を決めなきゃなんねえ、メアド作るぞ」
「名前?」
夕食の後、二人して額を突き合わせながらスマホを覗き込んだ。

「アルファベットと数字を組み合わせて、なんか名乗れ」
「え、ええ〜・・・sanjiとか?」
「まんまじゃねえか、もっと捻ったり突拍子もねえ名前にしたり」
「だって、関係ねえ名前だと忘れるかも知んねえだろ。それに、あんまり奇抜だと打ちにくいのもなあ」
「それもあるが」
ゾロはポチポチと、打ち込んでみた。
「sanjiはもう使われてる」
「へえ、俺以外にもそんな名前いるんだなあ」
一方的な親近感を覚えながら、サンジは彼なりにちょっと「捻って」みた。
「じゃあ、sanji32は?」
「・・・いるな」
「え?いるの?」
「いるだろ、サンジで32とか安直すぎる」
あっさり言い切るゾロに、サンジは不満げに口を尖らせる。
「ええー、じゃあ、0302は?」
「なんだ、語呂合わせじゃなくて誕生日か」
「そうだよ」
ゾロはポチポチっとして、首を振った。
「いるな」
「じゃあ・・・ち、ちびなす」
「あ?」
「ちびなす!」
なぜか顔を赤くして叫ぶので、ゾロは「chibinasu0302」と打ってみた。
「それならさすがに・・・」
「いる」
「いるの?!なんで?」
驚くサンジの前で、ゾロは少し数字を足してみた。
「おい、これでどうだ?」
画面を見せられると、そこには『chibinasu11110302』と表記してある。
「これなら、いないのか」
「ああ、いない」
長いが、覚えられないことはない。
「1が4つって、なに」
「俺の誕生日」
「へえ、ゾロは11月11日生まれなのか」
サンジはぱあっと顔を輝かせた。
「覚えやすいな、いいな」
「お前も覚えやすい。来月だな」
「やっと、20歳になるんだぜ」
年なんて放っておいても取って行くのに、つい自慢気にしてしまった。
そんなサンジを馬鹿にするでもなく、ゾロは淡々と操作していく。
「よし、LINE登録できた」
「・・・ライン」
聞いたことはある。
だがメールもろくに使ったことがないサンジにとって、LINEなど夢のまた夢だ。
「これで、できんの」
「おう、まずは『参加』を押して」
「おお!」
「こう」
「おおお!」

入力の仕方から、丁寧に教えてもらった。
一本指で緊張しつつ、ポチポチと打ち込んでみる。
「電話登録がそもそも俺しかいないからシンプルだが、これから他の奴らの登録が増えればラインも使いこなせるぞ」
「え、いやいいよ。これだけで充分」
サンジは、ゾロとの会話(ほぼスタンプ)画面を繁々と眺め、ホクホクしている。
「もう充分だ、お前と連絡さえ取れりゃいいんだし」
サンジにとっては、このスマホはあくまで借り物だ。
他人様からの借り物を勝手に活用する訳にはいかない。
そう言うと、ゾロは「固ェなあ」と笑った。

「それはそうと、『ちびなす』ってのは、なんかのキャラクターか?」
いきなり話を振られ、咄嗟にキョドってしまう。
「や、違ェ、よ」
「なに、お前の渾名か」
「まあ、そんなもん」
口元をモゾモゾさせて不貞腐れたような表情を見せるのに、ゾロが素朴な疑問を口にする。
「なんか随分と可愛らしい・・・つうか、愛情がこもった渾名だな」
それにはサンジがびっくりして、赤くなりながらも声を荒げる。
「んなことねえよ。人のことからかって付けてんだ、いつもチビナスチビナスつって、怒鳴ったりして―――」
「なんだ、親戚の人じゃねえのか」
「違うよ。ちょっとの間だけいた、お隣さんだ」
そう言ってそっぽを向いてしまったので、ゾロもそれ以上からかわなかった。
ただ、その頃の呼び名を使うほどなのだから、悪い想い出ではなく愛着もあるのだろう。
「まあいい、ここ片付けとくから風呂入って来い」
「あ、いいよ俺が洗っちまう」
「俺だって皿洗いくらいできる」
そう言ってゾロがキッチンに立ったので、ありがたく風呂に向かわせてもらった。

ゾロは帰宅したらすぐ風呂に入るが、ほぼ烏の行水で湯船に入っているかも怪しいスピードだ。
そしてゆったりと酒を飲みながら、食事をする。
サンジは、後片付けを済ませてから寝る前に入るのが常だ。
親戚の家でも、いつも仕舞い風呂だった。
冷めた湯に浸かり、冬の日など震えながら浴槽内を掃除した。
それにくらべれば、ゾロの後湯なんてさら湯同然に綺麗で温かい。
身体を洗いながら浴室内をちょこちょこと掃除する癖は抜けないが、時間に押されることなく風呂を楽しめるなんて最高の贅沢だ。

―――ゾロの誕生日は、秋かァ。
お祝いには、なにを作ってやろうか・・・

湯船に浸かり気が早いことを考えつつ、いやいやと一人で首を振る。
俺の役目はあくまで目覚まし時計だから、もしゾロが自力で起きれるようになったら、その時はお役御免だ。
ゾロの誕生日までここに置いてもらえるとは限らないし、いつ気が変わるかもわからない。
何時でも出て行けるよう、ちゃんと自立しておかないと。
そのためにはまずバイト探しだと、今夜相談するつもりだった事項を思い出した。
ゾロなら、保証人になってもらえるかもしれない。

最初から当てにしてはいけないと思いつつ、ちょっと期待も持ってしまった。
なにからなにまで助けて貰った挙句、これ以上甘えるのは罰当たりだと思う。
けれど、なぜかゾロには無条件で信頼を寄せてしまう。
そもそも小さい頃から人の顔色を窺って育ち、そつなく立ち回る術を身に付けてきたつもりなのに、ゾロの前では委縮せずぞんざいな口を利いてしまうのはなぜだろう。
年だって上だし立場も全然違うのに、ゾロが相手だと素のままの自分でいられる。

――――ダメ男、だからか。
駅前のホテルも見つけられないような天然迷子で、自分で起きられないお寝坊さんだ。
人としてダメダメだから、サンジも保護欲が掻き立てられてしまう
――――やっぱ、俺がついててやんねえとダメだな。
そう決意し、いつも通り手際よく浴槽を洗って風呂から上がった。

バイトの相談をしようと思っていたのに、電気も点けっぱなしでゾロはすでに夢の中だった。
昨夜と同じようにベッドに大の字で寝転がってぐうぐうと鼾を掻いている。
「もう寝たのか」
がっかりして、腹立ちまぎれにベッドに腰掛けた。
重みで少し沈むが、ゾロは知らん顔だ。
ついでに軽く鼻を摘まんでやったが、起きる気配はない。
「こんなに寝つきがいいのに、なんで朝起きられないんだろう」
サンジは諦めて手を離し、掛布団を静かに直してやった。






ラインというのは本当に便利なもので、さっそくゾロから連絡が入った。
「ちとトラブルがあって、今夜遅くなる。先に夕飯食べておいてくれ」
『わかった』と打つ前に、続けてメッセージが入った。
「なるべく早く帰る、10時までには帰る。帰ってから夕飯食う」
『急がなくてもいい』と打つ前に、またメッセージが入る。
「ちゃんと戸締りをしておくように」
――――わかってるっての。
なぜか急かされている気分になって、焦って返事を打ち込んでみる。
『利用迂回、きよつけて』
「なんでこうなるよー!!」
表示された画面を前に、サンジは悔しさに地団太を踏んだ。



ゾロは10時過ぎに帰ってきた。
「お疲れさん、とりあえず風呂入るか?」
「なんだ、先に食ってろって言ったろ」
食卓に二人分の食器が伏せられているのを見て、ゾロは眉間に皺を寄せる。
「別にいいじゃん、二人で食った方が美味いし」
サンジの言葉に、むむむと口をへの字にした。
が、それ以上文句は出てこない。
「じゃあ、さっと入ってくる」
「ゆっくり入れよ、湯船に浸かってリラックスすんの、大事だぞ」
サンジの声掛けもそこそこに、ゾロはやはり10分程度で上がってきてしまった。
それでも、風呂上りのビールは美味そうだ。

「あー生き返る」
「お疲れさん、仕事でトラブルでもあったのか」
夜遅くでも胃に優しいように、野菜たっぷりの鶏味噌鍋を用意した。
ゾロは舌鼓を打ちながら、すぐに缶ビールを空にする。
「ああ、トラブルっつうか、トラブル」
「なんだよ」
笑うサンジの顔を、じっと見つめた。
「お前、うちでバイトしないか?」
「へ、バイト?するする!」
ずっと仕事をしたかったのだ。
ゾロの役に立つのなら、なおさら嬉しい。
「俺、なんでもするぞ」
「実はいま俺が通ってるオフィスのベテラン社員が、ぎっくり腰を起こしてな」
「わ、そりゃ大変だ」
以前働いていたバイト先で、ぎっくりを起こした瞬間に立ち会ったことがある。
あれは本当に痛そうだった。
しかも思うように身動きすら取れず、大騒ぎになった。
「ぎっくり慣れしてて3日も寝ていれば治ると本人は言ってるが、いま一番忙しい時期で」
「ぎっくり慣れ…」
「猫の手も、借りてんだ」
「猫の手」
確かに、サンジでは猫の手より少しはマシ程度かもしれない。

「業務内容にもよるぞ。俺、機械全般使えねえし」
「事務仕事っつうか、物運んだり整理したりと身体使うことのが多い」
「だったら、俺向いてる!」
サンジは「はいはいはい!」と手を挙げた。
それから、「でも…」と思案気に首を傾げる。
「お前が勝手に俺のこと雇うとか、いいのか?」
「ああ、誰か手の空いてる奴いないのかって話になってな。単なる助っ人で長くて一週間ほどだ。もともと派遣の契約は結んでねえから、こういういざって時に困るもんだ」
「なら、問題ねえ」
家事だけして一日を過ごすのも、そこそこ充実していて楽しいけれど贅沢な気がして落ち着かなかった。
働けるのは嬉しいし、ゾロと一緒ならもっと嬉しい。
「じゃあ、明日弁当作ろうか。二人分」
「ああ、そりゃいい。明日は特に打ち合わせの予定がないし、俺も会社で食えるだろう」
サンジは「了解」と頷いて、ご飯を頬張った。




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