繭の檻 5


床に零れたミルクと、自らが吐き出した白濁の液とに塗れてサンジさんはだらしなく横たわっている。
俺の欲望はきりがない。
以前はどちらかというと淡白なタイプだったのに、こうしてサンジさんと暮らすようになってから、俺はたがが外れたように、朝も昼もなくサンジさんを抱いて過ごした。
食料を求めに外に出る以外は、一時もこの痩せた身体を離したくはない。
けれども、俺にもわかっている。
このままでは恐らく、サンジさんは後一週間も持たないだろう。

ぬるい湯をバスタブに張って、俺は抽斗に仕舞われていた鍵を取り出した。
骨の浮いた手首を持ち上げ、対照的にごつごつと鈍い光を放っている枷の鍵穴に差し込む。
かちりと簡単な音がして、手錠は外された。
同じように足枷も外す。
サンジさんは、何の感情も見せない瞳で、じっと俺の手元を見ている。

俺に犯されている時以外、サンジさんから言葉も表情も感じ取れない。
犯している時が唯一、俺とサンジさんの心が通じている気がする。
そう思って、俺は求めてばかりいるのかもしれない。


じゃらりと音を立てて、サンジさんを戒めるものは外された。
赤く血の滲んだ皮膚は皮が剥けて、白く膿んでいるところもある。
何をされたのか理解できていないような虚ろな瞳のままのサンジさんを抱き上げて、俺はバスルームへと向かった。





ゆっくりと湯の中に身を沈ませれば、サンジさんは顔を顰めて呻き声を漏らした。
「大丈夫かい?どこか、沁みる?」
俺は気が気じゃなくて、サンジさんが呻く度に動作を止めて、それでも根気よく身体をすべて沈めてしまった。
透明な湯の中で、白蝋のように血の気のなかった肌が、薄くピンクに染まっていく。
水面から僅かに出たサンジさんの頬にも赤みが差してきて、絡まった金髪が水の中で泳いで解ける。

俺はぬるめのシャワーを弱く出して、そのままサンジさんの髪を洗った。
シャンプーをつけてゆっくりと泡立てると、気持ちよさそうに目を閉じている。
――――可愛い。
俺の手に身を委ねるサンジさんの、なんて可愛いらしいことだろう。

「気持ちいいかい?サンジさん。」
俺はサンジさんの目元に泡が入らないように、慎重に手を動かした。
それなのに、なぜか視界がぼやけてよく見えない。
汗だろうかと袖で顔を拭うのに、後から後から沸いて流れる。

「ギン・・・?」
サンジさんが口をきいた。
俺に犯される時以外に口をきいてくれるなんて・・・何週間ぶりだろう。
それが嬉しくて、俺はまた目を瞬かせた。
どうやら泣いていたらしい。




本当は、もうどうしたらいいのかわからなくなっていたんだ。
この部屋にサンジさんを連れ込んで、思うままに蹂躙したのに
貶め辱めて、予測どおりの淫乱になったのに
サンジさんを蔑む気持ちになんて、とてもなれない。
この淫売がと、せせら笑うだなんて演技でもできない。
今でも部屋に戻ればサンジさんがいてくれて、その瞳で俺の姿を映してくれる。
それだけで、天にも昇るほどに嬉しいのだ。
殺すなんて、とてもできない。

かと言って、サンジさんをつれてクリーク団に帰りたくもない。
あんなところに今の状態のサンジさんを連れて行ったら、どんな目に遭わされるか。
サンジさんは俺のものだ。
もう誰にも渡したくはない。
けれど――――

このままじゃ、遅かれ早かれサンジさんは死ぬ。
俺の前からいなくなってしまう。






つい、と俺の頬に暖かいものが触れた。
目を開ければ、サンジさんの白い手が見える。
その細い指が、俺の涙を拭いてくれている。
その青い瞳が、俺を見上げてくれている。

俺はたまらなくなって、そのまま湯船に顔を突っ込んだ。
声を上げて泣きたかった。
大声で泣き喚いたら、サンジさんは俺を抱きしめてくれるかもしれない。
その痩せた胸に俺を抱きとめて、背中をさすってくれるかもしれない。
そんなはずがないと、わかっているのに俺はもう止まらなかった。

「サンジ、さんっ・・・」
ぼろぼろと涙と鼻水を垂らしながら、湯を滴らせて顔を上げた。
サンジさんは、俺の醜態をどんな目で見ているだろう。
その目は、やはり何も映していないかもしれない。
サンジさんの心はもう、どこかに行ってしまっているかも知れない。
なのに・・・

サンジさんの腕が伸ばされ、俺の肩を抱いてくれた。
背中をさすり、バスタブ越しに抱き寄せてくれた。
信じ難くて、身体が震えて、涙が止まらない。

「ギン」
サンジさんの声が響いた。
俺を抱きしめるために掲げられた肩は細く尖って、骨が浮いて見える。
濡れた髪から落ちる雫が俺の頬を濡らして、そのことが酷く暖かく思えた。

「サンジさん、死なないでくれ。」
俺は鼻を啜りながら、必死でその細い腕にしがみ付く。
「死なないでくれ、このままじゃ死んじまう。せめて何か食べてくれ。俺は、あんたに死んで欲しく、ないっ」
「ギン・・・」
サンジさんの手が、あやすように俺の髪を撫でる。
こんな風に、サンジさんから触れてくれるのも初めてだ。
この腕を、ずっと繋いで戒めていたのは俺なのだから。



「なあ、ギン・・・覚えてるか?」
サンジさんの声は、穏やかで優しい。
俺はうっとりと目を閉じて、その声に聞き入った。

「お前は、俺の飯を食うために俺をここに連れてきてくれたんだろう?」
ああ、サンジさんが何か言ってる。
そうだったのかも、しれない。

「なあ、俺に飯を作らせてくれよ。」
俺はコックなんだから。
懐かしい響きだ。
そう、サンジさんはコックだ。
俺に尻を振る淫売なんかじゃない。

「サンジさん・・・俺に食わしてくれるのか?」
サンジさんがゆっくりと頷く。
動きにつれて、俺の目の前で輝きを取り戻した金の髪が光を放って揺れている。
「そうしたら、サンジさんも食ってくれるか?」
こんな痩せ衰えた身体で、台所になんか立てるだろうか。
包丁を握れるだろうか。
その包丁は、俺に突き立てられるんじゃないだろうか。

それに気付いていながら、俺はうっとりと夢想した。
サンジさんの飯を食える。
サンジさんが俺のために飯を作ってくれる。
俺だけのために。
その刃が俺に向けられたとしても、それもまた俺のものだ。

「サンジさん、作ってくれよ。」
俺ははっきりと顔を上げて、サンジさんに笑いかけた。


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