Lunatic 6


「てめえが何考えてやがるのかさっぱりわからねえ。だから夕べはてめえのことばかり考えてた。」
え、ええええええっ
これにはサンジの方が参った。
かっと顔が火照ったのが、自分でもわかる。
唐突になんてこと言ってくれるんだこのマリモヘッドは!
「んな…なんで、俺が…」
「俺には女なんざ関係ねえ。」
ずきん、とサンジの胸が鳴る。
ナミの、あの美しい横顔と優しい呟きが脳裏に甦った。
けれどこれは、ナミの気持ちを思いやって痛むそれではない、明らかに自分本位な喜びの疼き。
―――だめだ。
このままではナミを泣かせてしまう。
悲しませる。

「なのにてめえは上機嫌で帰ってきやがって、夕べどこでどうしてやがった。」
ゾロの話は元に戻った。
けれどサンジは目まぐるしく考え続ける。
どうしたってゾロの興味を自分からナミへと移さなければならない。
少なくともナミは、ゾロのことを真剣に愛している。
その子どもを産みたいと願うほどに。

「エースと、一緒だったんだ。」
「ああ?」
ゾロの表情が、剣呑なそれに変わった。
「エースがなんだって?」
「エースだよ。ルフィの兄貴の。この島にいたんだ。」
嘘じゃない。
これは本当のこと。
「偶然会って、一緒に酒飲んだ。そいでエースが泊まってる宿で寝た。」
「なんでだ!」
ゾロは短く、けれど気色ばんで怒鳴った。
眉間に皺が寄り表情が厳しくなっている。
「だってそれだと宿代浮くだろ。エースはツインを一人で使ってたし…」
けれど結局空いた方のベッドは使わずじまいだった。
こまではさすがに言えず、言葉を置いて冷めたコーヒーを啜る。
ゾロはテーブルの上に置いた拳を握り締めて、じっとサンジのカップの動きを目で追っていた。

「…それで、なんで機嫌が直ったんだ。」
ゾロの目が、不穏な光を湛えて自分を凝視している。
それに気付いてサンジはああ、と合点がいった。
ゾロはエースの名を聞いて嫉妬している。
勿論焼きもちなんて可愛いもんじゃない。
自分のモノに横から手出しされた不快感だ。
自身の二股なんて棚上げもいいところで、多分ゾロは今怒っている。
自分の誘いを断って、偶然とは言えエースと過ごしたサンジに腹を立てている。
それならそれで好都合だ。
サンジは頬杖ついてゾロを見返して、うっすらと笑みを浮かべた。
こういう自覚のない遊び人は、案外きっぱり振られた経験って奴がないんだろう。
ゾロのためにも勿論ナミさんのためにも、ここで俺からきっちり引導を渡してやったらいい。
元々は自分だって男と寝る趣味なんてこれっぽっちもなかった。
ゾロだから許したのだ。
けれどゾロだから、もう続けることはできない。
だってゾロはナミさんのものになるべきだ。

「何がおかしい。」
答えないサンジに焦れて、ゾロの額に癇性な筋が入る。
不機嫌を絵に描いたようにわかりやすい男だ。
その場の雰囲気に似つかわしくなく、サンジはなぜかほんわかとした気分で口を開いた。
「そりゃてめえ、俺が恋しちまったからだろう。」
ぴきっと、ゾロの額の筋が目に見えて浮き出す。
ゾロ自身の表情は変わらないが、問いかけの言葉もない。
シカトしていると言うよりも、話の内容についていけなくて固まってる感じだ。
「俺、エースに惚れちまったみてえ…」
うっとりと響くように声を出して、サンジは視線をゾロの頭左斜め上辺りにさ迷わせた。
「一緒に飯食って…あ、もちエースの奢りな。それから夕飯は食材買ってエースの部屋で俺が作って。エースもまた上等のワインを買ってくれて二人で乾杯して。俺の飯を美味い美味いっつって食ってくれてな。」
言ってるうちに、本当に気分よくなってきた。
確かに楽しい夜だったし、エースのことは嫌いじゃない。
だから嘘をついてる気はなかった。
「…そんな訳で、俺は非常に機嫌がいいわけだ。」
にっこり笑ってそう頷くサンジの前で、ゾロはまだ向かい合ったまま固まっていた。
が、徐々に眉間の皺が深くなっていく。
額やこめかみに浮いた血管は今にも弾けそうなほど脈打っているし、握り締めた拳は節が白くなっている。
―――殴られっかな。
これはやはり、浮気したことになるんだろうか。
けれど最初から自分はゾロの所有物のつもりはない。
ゾロだって、片手にナミを抱いてその上自分を求めてきてるんだ。
サンジを責める資格なんてないだろう。

「…てめえ、エースと寝たのか。」
そらきた。
サンジはぱちりと瞬きして、小さく深呼吸した。
「ああ、寝たよ。」
一瞬、ゾロの全身からぶわりと熱風が立ち上がったかのような錯覚を覚えた。
勿論そんな筈はなくて、ゾロはただ静かに向かい合って座っているだけだけれど、その目に肩に、背に、怒りのオーラみたいなものが確かに渦巻いた気がした。
けどそれはサンジに向かってこない。

「てめえ、エースに惚れたっつったな。」
あくまで静かな声音だから、サンジはかえって不安になる。
だから答える声もちょっと震えた。
「ああ。」
もっとあからさまに怒るかと思った。
子どもみたいに拳を振り上げて、刀まで振り翳して暴れるかとも思った。
知らない仲じゃないとは言え、初めて会った相手とすぐに寝る俺を罵って詰るかと思ったのに。
けれど何故か、ゾロの目は怒りよりも悲しみの方が強く滲んで見える。
拳を握り締めて、唇を噛んで泣き出す一歩手前みたいな目で、俺を見てる―――
なんで?
サンジは毒気を抜かれたみたいに脱力した。
ゾロの反応は想定外だ。

「そうか…」
なにがそうなんだったっけ?
サンジもろくに頭が回らないままとりあえず頷いた。
沈黙が気まずくて、サンジは立ち上がると皿やカップを片付け始める。
ゾロは何も言わず、その視線は中を漂ったままだ。

なんとなく、哀れを感じてサンジはちらりと俯いたままのゾロに視線を落とす。
肩が落ちて太い襟足なんかがえらく無防備で心が揺れてしまった。
「まあ、俺がエースに惚れようが寝ようが、てめえには関係ないだろ。」
ついフォローのように声をかける自分の優柔不断さが、いっそ恨めしい。
だが、その言葉にまたゾロのこめかみがぴくりと脈打つ。
「だってよ、エースとは夕べきりだし、また別々の航海になるんだしよ。だから、てめえとは今までどおりでも俺的には問題ねえんだけど…」
「・・・」
黙って、ゾロが目を剥いていた。
あれ?とサンジもやばいものを感じる。
俺の気持ちはエースのものだけど、身体は別に好きにしていいぞと言ったつもりだけど、
なんかまずかっただろうか。
ゾロ的には身体も心も自分にないと嫌なんだろうか。
それは随分身勝手な道理だ。
「だってよてめえ、一応俺がストッパーにならねえとレディに無茶しそうじゃねえか。」
「ああ?」
今度こそ声に出してゾロは聞き返した。
「なんでそこで女が出てくんだ。」
「…んなことはねえと思うが、てめえのアレは乱暴だからな。うっかり勢いでやったりしてに…妊娠させちまったりなんかしたら、取り返しつかねえだろうよ。」
暗に匂わせてみる、がゾロの方がストレートだった。
「ああん?何言ってんだ。ナミのことか。」
ガチャンと手に持ったコップをひっくり返した。
シンクの中でよかった。
「ナ、ナミさんって…知ってたのかっ」
知ってたんなら、正々堂々と蹴り倒してくれる。
「ああルフィから相談受けたからな。」
身構えた足がぴたりと止まった。
今、ゾロはなんて言った?
「あのアホ、ゴム付けずに突っ込んだだけで置時計で殴られたってぼやいてやがったから、先走りだけでもやばいんだぞって教えてやったんだ。」
「・・・」
なんですと?
「その後ナミの元気がなくなるし、心配はしてたんだがすぐに元気に戻ったからな。あの女も結構わかりやすい。」
「・・・」
「てめえも気付いてたんだな。」
「・・・」
サンジはスポンジを握り締めたまま、呆然自失だ。
ルフィから相談って、ルフィってルフィ…

「あんのクソゴムっ!ナミさんに手え出しやがったのかっ!!」
怒り心頭である。
目の前にいない相手に攻撃を仕掛けることはできないが、サンジは脳内で3回ぐらい蹴り殺した。
「まさか、まさかナミさんの相手がルフィだなんて…」
「今頃なに言ってんだお前。」
心底呆れたといった感じでゾロはため息をつくと、立ち上がってワインラックからワインを抜き取った。

「まあその話はいい。それよりてめえのことだが…」
「ルフィとナミさんが…ルフィが…って、え?」
腑抜けた状態でぶつぶつ呟いて、はっとゾロを見る。
そう言えばなんの話をしていたんだっけか。



ゾロは勝手にワインの栓を抜くと一人でぐびりとラッパ飲みした。
「てめえはエースに惚れたの楽しかっただの言いながら、この船に帰ってきてこれからも俺と寝るっつうんだよな。」
ずきん、と胸の奥が痛む。
まともに口に出して言われるととんでもない内容だ。
しかもそれをゾロの口から言われるなんて。

「…あ、ああ。そうだけど…」
やばいやばいやばい。
頭のどこかで警鐘が鳴る。
今なら戻れる。
ちゃんと訂正しろ。
ゾロとナミさんは誤解だったんだ。
自分が身を引く必要はどこにもないんだ。

「他に好きな野郎がいても、てめえは俺と寝るんだな。」
苦い毒でも飲み下すように、ゾロは言葉の合間に酒を煽る。
それが遣り切れなさをひしひしと伝わせていて、サンジはもうどうしていいかわからなくなった。
「つまりてめえは、元から男好きってことか。それで俺が手え出しても全然抗わなかったんだな。」
サンジはゆるゆると首を振った。
それは違う。
俺は野郎が好きな訳じゃない。
「偶然会ったその日に一緒に寝たんだろうが。それともエースもその気があったってことか。てめえ、誘われたら案外誰でもいいんじゃねえのか。」
ゾロの目が、底光りして物騒な色に変わる。
驚愕から悲しみ、そして怒りへと変わっていく様が見て取れて、サンジはぞっとした。
けれど、この怯えに似た感情が恐れからくるそれだけではないと、本能で気付いていた。
ゾロの目が怒りに燃えて自分を見ている。
その腕が自分へと差し伸べられて、内部がずくりと疼いてしまった。

多分顔を強張らせたままゾロを見返す自分の頬に、ゾロの手が触れた。
頭を包むように覆われて、太い指が髪の間に差し込まれる。

ゾロが俺に、触れている。
まるで雷に打たれたように、背筋を甘い痺れが走った。
ゾロの指が手が、髪を梳き撫でる感触に息をすることすら忘れて、立ち尽くす。
エースに触れられたときはただ気持ちいいばかりだったけど、今は違う。
その手の思いのほかやさしい動きが信じられなくて、ゾロがこうして触れることすら信じがたくて、少しでも動いたらその手が離されそうで怖くて―――
耐え切れず目を閉じれば、後頭部を引き寄せられて、ゾロの腕の中にすっぽりと抱きとめられた。

―――うわあ…
ゾロに、抱き締められている。
殆ど身長は変わらない筈なのに、厚みが違うせいで覆い被さられたような錯覚を覚える。
筋肉の盛り上がった肩に首を預けると、鼻先で揺れるピアスがチリチリ鳴った。
鼻腔を擽るゾロ独特の匂いにまた下腹部が刺激される。
ああ違う。
全然違う。
エースも男臭くて逞しくて、ユーモアがあって優しくて大人でスマートなんだけど…やっぱり違う。
こんな気持ちにならなかった。
こんな昂ぶりには、全然―――

ゾロの手が背中を弄るように撫でて、腰から下へと伸ばされる。
シャツとベルトの隙間から差し入れた手が動きやすいように、サンジは背を逸らせてゾロに下腹を押し付けた。
そうするともう勃ってしまっている己を見せ付けているようで気恥ずかしいが、今更だとも思う。
いつもなら「やるぞ」の一声もなしにその場に押し倒して身包み剥ぐだけの行為なのに、熱い抱擁なんて思わぬオプションがついて一気にテンションが上がってしまった。

もーどうされてもいい。
めちゃくちゃに突っ込まれても多分よがってしまうだろう。
完璧に身体に火がついちまった。

ゾロの手が尻肉を揉んで双丘の奥へと滑り落ちる。
濡れるはずがないのになぜか滑らかにそこは導いて、ゾロの指を受け入れた。
サンジの口から漏れた吐息がゾロの耳を擽って甘く響く。
最初から2本突き入れようとする強引な動きにも、力を抜いて応えようとした。
ベルトを外さないのがもどかしい。
心臓がばくばく響いて口から飛び出そうだ。
サンジは焦れて自分で外そうとするのに、がっちりと抱きとめたゾロが身体を密着させてそれを阻んだ。

後孔を探る指は動きを止めず、潤滑油の代わりになるものがないままただ揉んで擦って侵入の幅を広げようとしている。
確かに痛くて圧迫感があるのに、それを上回る快感に脳髄を刺激されてサンジはうっとりと目を細めた。
ゾロに触れられてる。
抱き締められて、自分でも触らないような箇所を探られて…
そう思うだけで酷く興奮して、下腹が熱く滾った。
殆ど無理やり差し込まれた指が、奥の奥へと減り込むのにさすがに背を撓らせる。
口を開いて大きく息を吐いて、サンジは喘いだ。

「…ゾロ、なんか、塗って…」
サンジの訴えを無視してゾロはぐいぐいと指を薦める。
抱き締める腕は温かいのに、ゾロは怒っているのだと、これは仕打ちなのだと思い至って、悲しくなった。
こんなにされて、それでもゾロの指が気持ちいいと感じる自分が悲しくなった。

狭い場所を無理に穿つ指は押したり広げたりしてサンジに痛みや恐れを与える。
中でも特に敏感な部分に触れて、痩躯が大げさに跳ねた。
ゾロの指の動きが止まる。
きつく目を閉じて眉を顰めるサンジの顔を窺い見て、また同じ部分を動かした。
びくんびくんと痙攣するように、サンジが身体を揺らす。
殆ど涙目でゾロを見返して、小さく首を振った。
「…そこは、やだ…」
甘えた声が鼻についたのか、ゾロの手がより激しくそこを突いた。
「やっ…あああ…」
逃げようとするサンジを壁に押さえつけて、執拗に嬲り始めた。
指を広げさらに奥へ、突き入れて撫でて押し込む。
確かに手ごたえのある箇所を攻められる度に、サンジは狂ったように声を上げて身を捩った。
「…いやっ、やだっ…や―――」
それほど間を置かずして、ゾロの指がきゅうと締め付けられる。
サンジの口から小さく悲鳴に似た息が漏れて首ががくりと落ちた。

びくんびくんと腰を震わせながら、肩で大きく息をしている。
膝の力が抜けて崩れ落ちそうな身体をゾロの背に縋り付いて支えている。
どうやら、イったらしい。
勢いよく指を抜くと、また「ああっ」と甘い声を上げた。

そのままずるずると壁に沿って座り込む。
ズボンを脱がないままで、恐らく下着の中は濡れてしまっただろう。
サンジは快感の余韻に浸りながらこみ上げる情けなさに涙ぐみそうになっていた。
前を触れられてもいないのに、イってしまった。
指だけで、こんなことって…
まだどくどくと高鳴る心臓に手を置いて、サンジは傍に立ったまま見下ろすゾロの気配を探った。
こんな風に、ゾロの手でイかされたのも初めてだ。
いつも行為の途中で感じすぎて、勝手にイっていたから。
だから余計に気恥ずかしい。
汚れてしまった服を脱ごうとベルトに手をかけると、床に落とした目線の先でゾロの足が踵を返すのが見えた。

「…?」
驚いて顔を上げると、広い背中が見える。
「ゾロ?」
どこかに、行くのか。
「…ゾロ、どこ行くんだ!」
ゾロは歩みを止めて、抑揚のない声で応えた。
「街だ。てめえは船番してろ。」
振り向かずラウンジを出るのに、サンジは思わず縋るように叫んだ。
「…なんで、やらねえの!」
それに応えることなく、乱暴にドアが閉められる。
ゾロの怒りをそのまま表したような、激しい音が残された。
サンジは床に這い蹲ったまま、ただ呆然と見送るしかできなかった。



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