Lunatic 4


早すぎることを恥じる暇もないほど荒く乱れてしまった自身に、信じられない思いのままシーツにただ顔を埋める。
エースは、赤く染まったままの耳朶に口付けて、サンジの吐露した液を掌でくちゃりと弄んだ。
弛緩した身体の奥に擦り付けてやわやわと揉みしだく。

「…エース…」
意味を成さない音ばかり漏らしていた口から、声が出た。
顔を上げ、不安そうに見上げるサンジを宥めるように、こめかみにもキスを落とす。
「大丈夫。痛くはないだろう。」
やんわりと指を差し込んでは内側から解していく。
ゾロとの交情がこの箇所に突き入れるだけだったのなら、比べ物にならないくらい負担は軽いはずだ。
けれどサンジは苦しげに顔を歪め、眉毛が情けなく下がっている。
「痛く、ないだろう?」
エースの問いかけに代わりに答えるように、埋め込んだ秘部がひくひくと締め付ける。
少し奥まで差し込んで軽く指を曲げて擦れば、大げさなほど身体が跳ねた。
「んあ…あ…」
「いいだろう。こんな場所も、知らなかった?」
シーツに顔をこすり付けて、ただ首を振る。
それでも少し突き出した腰に手を添えて指を増やせば、苦痛ではない声が漏れる。
サンジはうつ伏せたまま、再び首を擡げた自身をシーツに擦り付けるように無意識に腰を動かした。
エースは少し意地悪な意図でサンジの膝を立たせて四つん這いにさせる。
快感に身を撓らせ、逸らされた白い背から覆い被さって、後孔を穿ちながら前に手を伸ばす。
つんと尖った乳首を強めに捻れば、すすり泣くような悲鳴を上げて身を捩った。
「ヨくしてあげるよ。」
充分に蕩けたのを確認して、存在を主張するように猛った己を押し当てた。
ぎゅっとシーツを握り締める指の節が、白く際立った。
さっきまで弛緩していた身体に、明らかに力が入る。
高潮した頬もみるみる蒼褪め、踏ん張った腕が目に見えるほど震えていた。
「…サンジ?」
体温を失った痩身を抱き締めて、エースはその横顔を覗き込む。
唇を噛み締め、瞳を閉じて耐えるように眉を顰める表情からは、苦痛しか感じられない。
もう一度後ろからぐり、と押し付ければ、泣き出しそうに口を歪めてぱちりと目を開いた。
金の睫毛が濡れて光る。
「サンジ、嫌か?」
エースの優しげな問いかけに、ふるふると首を振った。
だが先ほどまで立ち上がっていたサンジのモノはくたりと萎え、金の茂みの中で震えながら身を隠してしまった。
「大丈夫、入れないよ。」
エースの言葉に、サンジははっとしたように顔を上げてその肩に縋りついた。
「駄目だ、そりゃあ駄目だ。ちゃんと、しねえと…」
「けど、嫌なんだろう。」
慌ててぶんぶんと首を振る。
「嫌、じゃねえ。だってこんなこと俺あ慣れてるし…」
「無理しなくていい。ったく、身体の方がよほど正直だな。」
苦笑して身体を起こしたエースに、サンジは戸惑いながらも一緒になってベッドに座った。
「本当に、慣れてるんだ。ゾロとは3日と開かず、やってるし…ただ、こんな風に色々、されたのは初めてだからびっくりしただけで…だから入れる方がずっと慣れてる筈なんだけど…」
それなのに、どうしても身体が強張ってしまう。
それはサンジも自覚していた。
エースの砲身が押し当てられた瞬間、電流が流れたみたいに、戦慄が走った。
大声で喚きながら逃げ出したくなった。
―――どうして…
自分でも訳がわからない。
ゾロとのそれとは雲泥の差と言っていいくらい、気持ちのいい行為なのに。
「入れるだけがSEXじゃないよ。サンジが満足したなら、それでいい。」
「よかねえ!」
思わず叫んだ。
「大丈夫だっ…てえか、なんてこたねえ。入れろよ。」
「サンジ…」
柔らかに微笑んでいたエースが唇を閉じて表情を引き締める。

「なんでもないことだ、なんて言うようなSEXは、俺は趣味じゃないんだ。無理をしなくていい。」
かっと、蒼褪めていた頬にまた血の気が刺した。
同じ男として、寸止めで中止しなきゃならないなんて冗談じゃないと、わかっている。
けれど、そこまでエースに言わせてしまった自分がまた、恥ずかしくてたまらない。
「エース…ごめ…」
「謝らなくていい。焦らなくても、いいから。」
本当なら殴られたって文句はないのに、エースはどこまでも優しく、あやすように髪を撫でてくれる。
こんな暖かな手を、サンジは知らない。
まるでレディに対するのと同じように恭しく慈しむ愛撫が、同性同士の営みの中にも存在しえるなんて、知らなかった。
やはりゾロとのそれは、SEXなんかじゃなかったんだと改めて思い知らされる。
なのに―――
なんで俺は、あんなに感じてしまったんだろう。




結局、二人裸のままシーツに包まって、抱き合って眠った。
あっという間に寝息を立てるエースに抱えられたまま、サンジは我が身の不甲斐なさを呪って、なかなか寝付けなかった。
エースを好きかと問われれば、好きではあるけど恋愛のそれとは違う。
好き同士が交わす行為がSEXならば、受け入れることができなかったのも道理なのかもしれない。
それでも、どこまでも真摯に愛情を注いでくれたエースに申し訳なくて、全身で拒んでしまった自分自身が情けなかった。

眠るエースの肩からそっと顔を上げて、窓辺に目をやった。
窓が少し開けてあるのかカーテンの端が揺らめいている。
そう言えば、今は新月かもしれない。
月が明るかったなら或いは、あの時の自分のようにすべてを委ねてしまえただろうか。
なんとなくそんなことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちた。





街の中を彷徨う予定が、どうした訳かゾロは森で野宿をしていた。
薪を集めて火を起こした上に、川で獲った魚を炙って齧り付く。
咀嚼しながら空を見上げれば、輝く月は針のように細く長い。

あの野郎は、どうしてやがる。
なんだかわからないが怒っていた。
素人の女がどうのとか、てめえなんざ願い下げだといきなり拒否したりとか、一体どういう訳だろう。
ゾロの手を拒絶したことなど、あれから一度も無かったのに。
ゾロは一人首を捻って、珍しく色々と考えた。

そもそもどうして自分を受け入れたのか。
前から触ってみたいと思っていたのはゾロの方だが、あんな風に親しげに、しかもしつこくにじり寄られたら、我慢できるものではない。
それでも蹴り倒されるのを承知で押し倒したのに、あっさり身体を開いた。
触れただけでサンジのものは勃ち上がり、噛み付けば声を上げた。
しかも嫌がるそれではない、あきらかに悦びの声を。

一体あいつはなんなんだ。
がりがりと頭を掻いて首を捻る。
もの凄い女好きの振りをして、実はとんでもない男好きだったのかもしれない。
そうでなければあんな風に、好きでもない男に触れられてあそこまで乱れることは無いはずだ。
そう、あの夜明らかにサンジは感じていた。

ゾロは元々女相手でも、ちゃんとした愛撫と言うものをしたことはない。
殆どが商売女だったし別にそう準備もしなくても、難なく入れることはできる。
ゾロのモノを目にした女は、たいてい自分の身を守るためか随分手を尽くして無理なく挿入できるように段取りをしたものだ。
だが女に対するそれと男のコックに対するそれはかなり違うだろうとゾロなりに想像していた。
酔った成り行きのようにSEXの形に縺れ込んだが、そう簡単に入れられるとは思っていなかった。
なのに、どういう訳かコックはえらくリラックスして、苦しそうに顔を歪めながらも結局ゾロを受け入れた。
ともかくもう、触れる度によがって身を捩って、どんどんと体温が上がっていく様はゾロが今まで目にしたことの無いエロさだった。
高級娼婦だって舌を巻くに違いない妖艶で淫靡な姿は、ゾロの理性の箍を外し本能剥き出しの獣にしてしまった。
散々喰らい尽くし犯し尽してもサンジは壊れなかった。
翌日、多少足を引きずって腰に手を当てて歩いてはいたが、ゾロを責める風でもなく不機嫌を装いつつへらりと笑っていた。

―――慣れてるのか。
だからゾロは、そう思ったのだ。

それからも、ゾロがしたいと思うときに手を伸ばせば、サンジは嫌がらなかった。
口元にシニカルな笑みを浮かべて、自ら身を委ねるようにゾロにしなだれかかった。
サンジの匂いを嗅ぐだけで、ゾロのなけなしの理性はどこかに吹き飛んで、獣みたいに貪ってしまう。
せめて女を抱くときのように口付けたり愛撫したりをしてみたいが、最初の交わりが乱暴だったためか、
今更な気がしてゾロはいつも突っ込むばかりだ。
舐めて噛んでもサンジは悦ぶ。
蕩けるように身体を開いて、もっともっとと締め付ける。
乱暴にされるのが好きなのかもしれない。
そう思い至ると、ゾロは吐き気がするほど怒りを覚えた。

コックがどこでそんな芸当を覚えたのかは知らないが、他の男相手にもこうして身体を開くのかと思うと、脳天に血が沸き上がって全部斬り捨ててしまいたくなる。
コックも相手の男も全部。
今も、思い起こしただけで血が上って、串代わりに魚に刺していた枝を噛み砕いてしまった。
我に返って頭を冷やす。
どうしたってコックのことを思えば平静でいられなくなる。

今度上陸するのを機会に、一度ちゃんと尋ねておこうとは思っていたのだ。
どういうつもりで抱かれているのか。
もう少しやりたいように…例えば女を抱く時のように柔らかく扱ってもいいのかどうか。
下手をすると「俺をレディの代わりにすんじゃねえ!」とかなんとか言って怒り出す可能性もある。
だからつい作法を変えたりしなかったのだが、ゾロ自身そんな風に相手の反応を窺って行動することは初めてだった。
だから余計に戸惑っている。
コックは一体、なんなのだろう。

今夜、二人で宿にしけこんでじっくり聞き出すつもりだった。
ついでにその身体を余すところ無く味わって、自分だけを刻み付けるつもりでもいた。
コックはどう思っているか知らないが自分にとって奴はあまりに特別で、かけがえの無いものになってしまっている。
そのことを告げると、コックは眉を顰めて嫌がるだろうか。
うざい、きしょいと拒絶するだろうか。
それを恐れて言い出せないでいた自分がまた滑稽で、ゾロは月を眺めながら一人片頬を歪めた。












まだ朝靄に煙る街中を、サンジは咥えタバコで歩いていた。
早朝の空気は凛として清々しい。
昨日目をつけておいたパン屋で焼きたてのクロワッサンを買って、鼻歌交じりで宿へと帰る。
夕べの残りの野菜でスープは作ってあるし、インスタントのコーヒーを入れよう。
そう考えながら部屋のドアを開けると、中からいい匂いが漂っていた。

「よ、おはよ。」
エースもどうやら早起きだ。
用意していたスープは火にかけられて、コーヒーをカップに注ごうとしている。
「窓から戻ってくる姿が見えたからもう入れちまったぞ。散歩でもしてくるかと思ったんだがな。」
「ああ、おはよう。ありがとう。」
誰かが待ってくれている朝の部屋ってのもいいもんだ。
少々照れ臭いながらサンジは笑った。
さしずめゾロなら、きっと昼過ぎまで寝くたれておはようもクソもねえだろうな。
ちらりとそんなことが頭を掠めてちょっと切なくなる。
そんな風に思い起こすのは、きっと自分の方だけだ。

「パン買ってきたぜ。」
「ああ、スープが美味そうに匂うんだよ。」
もう待ちきれないとばかりに両手をすり合わせて、エースは舌を出して唇を舐める。
わかりやすいおねだりに声を立てて笑って、それから促されるままにキスを交わした。
まるで甘い恋人同士のような朝。
夕べあんなに酷いことをしたのに、ちっとも変わらないエースの優しさが嬉しくて悲しい。




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