Lunatic 3


シャワーを浴びてさっぱりとしたエースが部屋に帰ってくると、サンジはキッチンに立って調理の真っ最中だった。
その後ろ姿を子供のように目をきらきらさせて見守りながら、ワインを準備する。
「お、奮発したな。」
サンジが目を瞠るのに、そうでもないよと悪戯っぽく笑う。
これがゾロならワインの銘柄なんてなにも気にしなくて、こんなものでもラッパ飲みして終わるんだろうな。
ごく自然にそんなことが頭を過ぎって、舌打ちしたい気分になった。
なにかにつけてゾロのことを思い浮かべてしまう自分がなんだか腹立たしい。

「それじゃ、改めて再会に乾杯!」
小さなテーブルにこれでもかというほど料理を並べて、向かい合って乾杯した。
いつもは表を歩くときも上半身裸のエースが、今は白いシャツ1枚を羽織って食卓についている。
なんとなく見慣れなくて、サンジは一気にグラスを煽った。





「いやー素晴らしい!どれもまた美味い!」
ルフィそっくりに口一杯食べ物を頬張ってはガンガン食べていく。
これがルフィなら行儀悪い!と足蹴りの一つもくれてやるところだが、どれほど勢いよく食べてもソースを飛ばしたり食べ散らかしたりしないところがエースの行儀のよいところだ。
「美味いか?たくさんあるから落ち着いて食えよ。」
サンジは頬杖をついて、なんとなくその姿を見守っていた。
気持ちのいい食べっぷりで、見てるだけでこっちが腹いっぱいになりそうだ。

「けどすまないねえ。サンジも久しぶりの上陸だから、色々したいことあっただろうに。」
全然申し訳なさそうな表情で、そんなことを言うから笑ってしまった。
「ああ?別にいいぜ。」
「ほらーナンパとか、大好きでしょ。一応部屋の鍵はずっと開けとくから夜は遊びに行ってきなよ。」
さすが、よく心得てくれている。
けれど―――
「ああー…ナンパね。うん、まあいいや。」
アルコールが回っているせいか、常より素直にそう呟いて、とろんとした目でエースを見る。
「え?なんで。恋に生きるサンジ君だろ。」
意外そうにくりっと見上げる黒い瞳がガキ臭い。
火拳のエースなんて呼ばれて恐ろしく強い男の筈なのに、どこか人を油断させるような愛嬌があって憎めない。
「なんとなく、今はそんな気になれねーの。こうしてあんたのために料理ができて、助かったよほんと。」

これは本音だ。
一人でいたらふらふら夜の街を彷徨って、お姉さんの間を渡り歩いていたかもしれないけどそれをすると翌朝きっと惨めな気分になっていただろう。
「ふ−んそう。俺もサンジに飯食わせて貰えてラッキーだったから、お互いよかったな。」
こういう言い方は実にルフィに似ている。
やっぱり兄弟だ。
「ちゃんと食べねえと駄目だぞ。そんなだからサンジは細いんだ。」
そう言いながら、自分のフォークにくるくるとパスタを絡めてサンジの口元にひょいと上げた。
なんのためらいもなく、サンジはそれにぱくりと食いつく。
意外そうに眉を上げて見せたエースに、サンジも口端を歪めた。
かなり酔いが回ったらしい。

空になったグラスにワインを注ごうとして、手を止めた。
「もう、これ以上サンジに飲ませない方がいいかな。」
「なんで、ケチケチすんなよ。」
頬を赤く染めて口を尖らせる。
「なんか悪酔いしそうだよ。それに…」
グラスを掲げてガラス越しに見つめる目が、ふと眇められた。
「君は、俺を優しいだけのお兄さんだと誤解しちゃいないかい?」
意味深な台詞に、ガラにもなくどきりとする。
「違うのかよ。」
とぼけてそう返せば、エースの口元にシニカルな笑みが浮かんだ。
「俺が火傷させちまうのは、炎でだけとは限らないぜ。」
気取った口調にサンジの方が噴き出す。
「そりゃ、怖えなあ。」
「笑ってる場合じゃねえよ。…今のお前は隙だらけだ。」
声音だけはひどく真面目で、サンジは戸惑ってエースを見た。
相変わらず口元に笑みを浮かべてはいるけど、目の光が強くなっている。
「…なに、エースそっち系?」
からかうでなく、自然に問いかける。
「俺は基本的に拘らないよ。サンジはノーマルだと思うけど…」
サンジの目を見つめ返しながら、視線を逸らさずグラスを煽る。
「君を誘う相手はそれこそ男も女もないんだろう?」

確かに、バラティエでもなにかと誘惑が多くてその度適当にあしらっては来たが、面と向かって指摘されたことはなかった。
自分では気付かない内になにか変わってしまったのだろうか。
ゾロと、あんなことになってから―――
こんな場面でそれを思い出して、ゆっくりと目を伏せる。
ゾロはどう思っているのか知らないが、サンジにとってはゾロが唯一の同性の相手だ。

「なにか、迷ってるのか。」
さりげなくエースの腕が伸ばされて、俯いたサンジの髪を撫でる。
「それとも悩んでる?」
男に髪を触られるのは初めてだ。
ゾロはこんなことをしない。
「…別に、なにもねえ。」
自分が悩んでも仕方のないことだ。
ゾロとナミの問題であって、自分には関係がない。




ゾロが、ナミとどうなっていようともナミの身を案じる以外手立てはないのだから、自分が他の誰かとどうなったって構わないんじゃないのか。
ほとんどひらめきのように、頭にそう浮かんだ。
例えば今、エースとどうにかなったとしても。
その考えを否定するように目を閉じる。
エースの指が、その頬に触れた。
「そんな顔しちゃだめだっての。キスしてしまうよ。」
あくまで軽い口調でそういうのに、サンジは目を閉じたまま逃げようともしなかった。

一瞬の間をおいて、唇に何かが触れる。
確かめるようにすぐ離れたそれは、一呼吸置いてまた重ねられた。
ほんの少し角度を変えて、誘うように舌が下唇を舐める。
つ、と開いた唇の間から滑りこんな舌が、歯列を割って口内を弄ってもサンジは抵抗しなかった。
柔らかな感触を残して、またぬくもりが離れる。
窺うような気配を感じて、サンジはそっと目を開けた。
いつの間にか随分近い場所まで来ていたエースが、そばかすの浮いた鼻の上に皺を寄せて困ったように笑っている。
「このまま食べちゃっていいのかな。」
食事の続きかと視線をテーブルの上に移せば、いつの間にか皿の上は綺麗に平らげられていた。
ならば今エースが欲しているのは、自分のことだろうか。
女性に対する態度とはあまりに違う、純朴なサンジの反応に戸惑いながらもエースは痩せた肩を抱いて再び顔を近付けた。

エースといいゾロといい、なんで男の俺に対して食うとか言うんだろう。
この期に及んでそんなことを考えながらも、また従順に瞳を閉じた。





エースのキスは、実際もの凄く丁寧だった。
時に荒々しく、時にくすぐるように繊細に動く舌は、口の中にも性感帯があるんだと改めて思い知らされるように官能的で甘い。
まだ少年の頃に年上のレディに可愛がられた記憶を呼び起こす行為だが、やはり決定的に違うのは匂いだろう。
花や果実のように甘いそれとはまったく違う、アルコールや煙、それにかすかな皮脂のような匂いがダイレクトに鼻腔を刺激する。
これはこれでかなりクることは、ゾロで経験済みだ。
けどゾロは、こんなキスなんてしてこない。
そもそもあれはキスじゃない。
歯を立てて噛み千切らないだけましだと思えるほど、荒々しく食むばかりで、サンジに快感を与えようとするものじゃない。
それでも、そんなキスでも酷く感じてしまった自分を今更ながら恥ずかしく感じた。
こんなに、ゾロとは違うのに。

熱い口付けを交わしながら、エースの腕はサンジの背中に回って、抱えられるように立たされた。
そのまま縺れ合ってベッドの上に移動する。
柔らかなスプリングの上に横たえられると、手早くシャツを脱ぐエースの裸身が真上にあった。
「男は、初めてじゃないの?」
軽い問いかけに、一瞬考えてから頷く。
そう、初めてじゃない。
ゾロと何度も身体を重ねている。
ちまちまとボタンを外すエースの手つきが笑えて、サンジは自分でシャツを脱いだ。

現れた白い肌のそこかしこに赤い痕が散っていて、自ら言わなくてもそれと知れる。
―――随分あからさまについてるよな。
改めて自分の身体を見下ろすと、失せていたはずの羞恥心がにわかに湧き上がって居たたまれなくなる。
「今日、島に着いたところだよね。」
エースはサンジの身体に残された歯形を指でなぞりながら、独り言のように呟いた。
「相手は、ゾロ?」
そんな風に問われることは少し煩わしい。
サンジは答えずに両手を軽く上げてシーツに身を横たえた。




丁寧とも言える仕種で口づけを落としながら、エースはサンジの肩から胸へと掌を滑らせる。
唇の端から顎、首筋へとキスをずらして、鎖骨に触れた。
その度ぴくりとサンジの白い肌が小さく揺れるが、意識して力を抜いているのかくったりと横たわったままだ。
だが綴じた睫毛が細かく震えている。
アルコールのせいか薄桃色に色づいた胸の尖りを口で含むと、大げさなほどびくんと跳ねた。
瞳を開いて驚愕の表情でエースを見下ろしている。

「…?」
その反応を窺いつつもう片方を指の腹で探り、ゆっくりと円を描くように捏ねれば、大人しくしていた
筈のサンジが肘をついて起き上がろうとする。
「…な、なにやってんだ?」
少々間の抜けた声でそんなことを聞いてくる。
それに答えず舌先で転がすように愛撫を咥えれば、くしゃりと顔を歪めてますます真っ赤に頬を染めた。
「ばか、なにしてんだよっ」
慌てて引き剥がそうとする手を押さえて、下半身に乗り上げて執拗に胸を弄る。
それまで人形のようにされるがままだったサンジが、妙に抵抗を始めた。
「ばか、止めろってこんな…男、同士で…」
「?」
それでも正直に反応した乳首は小さくとも固く立ち上がり、エースを満足させた。
見せ付けるように舌で舐め転がしながら、エースはくすりと笑いを零した。
「どうした?男とするのは初めてじゃないんだろう?」
「…けど、こんなことは…」
そこまで言って、エースは初めてはっとする。
「もしかして、ゾロはこういうことしねえの?」
ゾロの名を出すと、わかりすぎるほどわかりやすく耳まで染める。

「だってこの痕…ゾロなんだろ。」
うまく答えられずただこくこくと頷くサンジに、エースは愕然とした。
「まさか、ゾロはこうして噛み付くだけなのか?」
エースの手の下で、まるで体温が2,3度上がったかのようにサンジの身体が火照ったのがわかった。
改めて見下ろせば、白い肌に痛々しいほど刻み付けられた痕は歯形や鬱血ばかりだ。
その一つ一つを指でなぞって、下腹部に手を伸ばした。
寝そべってぺたんこに凹んだ腹部からバックルを外すことなく掌を差し入れる。
一瞬身を固くしたサンジは、今度こそ全力で抗った。
「ばかっ!なんてとこ、なんてとこ触るんだっ!!」
過敏とも言える反応を示してサンジが怒鳴る。
エースは確信した。

「サンジは、ゾロに抱かれてるんじゃないのか?」
真っ直ぐな問いに、サンジはエースの手を押さえながらも困ったように顔を顰めた。
「ゾロと、寝てるんだろう。」
「ああ…」
「ならここも触れられるだろう。」
その台詞に首を真横に振って答える。
「なんで?」
エースの方が声を荒げた。
「…そんな、野郎のなんか触ることねえだろ。…入れればいいんだから。」
消え入りそうな声にエースが顔を近付ける。
「入れればって…」
「だから、入れるだけだって!」
大きな黒い瞳が、驚愕に見開かれた。
「…ただ、入れるだけなのか?前戯は?」
サンジは俯いて目をきょときょとさせながら考えた。
「前戯って…レディ相手じゃねえんだから…」
「けど解すだろう?いきなり突っ込めやしねえだろ?」
殆どエースが縋るように聞いてくる。
「そりゃあ…油とか塗ったりしてちゃんと…ひ、広げるけどよ…そんだけで…」
こくんと唾を飲み込んだ。
「…下脱ぐだけで済ますときも、あるしよ。」
エースは絶句してしまった。



今目の前で全身を朱に染めながら俯いて話すサンジの言葉が、にわかには信じられない。
「…それって、SEXじゃねえよ。」
掠れた声でエースは呟いた。
ぴくりと肩を震わせて、サンジが顔を上げる。
「…そっかな…やっぱ…そうか?」
口を歪めてへへ、と笑った。
「やっぱそうじゃねえかなーとは、思ってたんだ。男同士なんて初めてだし…そんなもんかと思ってたんだけど…」
やっぱり、ゾロとのあれはSEXじゃないんだ。
ただの…処理?

黙ってしまったサンジの背中を掬うように腕を回す。
尖った肩甲骨の隙間から難なく抱え上げて、エースは自分の胸にしっかりと痩躯を抱き締めた。
「サンジ、男だって女だって愛し合う形は同じなんだよ。」
そう、愛し合うのなら…多分同じなんだろう。

もう一度キスを交わして、エースはゆっくりとサンジの身体に愛撫を施し始めた。
ゾロに抱かれたときとは明らかに違う行為だ。
痛みなどは微塵もなくて、ただ肉体的に強く優しく高められていく。
直接的な刺激と丁寧な指技でサンジはすぐに達してしまった。



next