キミはLolipop
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こいつはどういうつもりなんだ?

そんな風に考えるのは、一度や二度のことではない。
個性派揃いの麦藁クルーの中にあって、コックは最も謎の多い男だ。
特に、その思考回路がよくわからない。
女に対して過度に反応し、やたらとおべんちゃらを言い愛想を振り撒き傅き謙った態度を取るが、それがただのポーズでは
ないことは最近わかってきた。
身についた習性というか、無意識の行動というか、立派な病気と言うべきか。
まあそれは、本人が好きでやっているのだから、無理に矯正しなくてもいい事柄なのかもしれない。
女共が増長するのは気に食わないが、おおむねそれで船の中での生活バランスが取れている気もする。

只の女好きだと言うなら、珍しくもないからゾロの興味は逸れるのだが、どうもそうでもないらしい。
自分で気付いていないのだろうが、コックがゾロを見る目ははっきり言って熱い。
まるで熱に浮かされているかのようにぽうと潤んで、表情も蕩けきっている。
あれはわざとか、それとも無自覚なのか?
わざとなら誘っているのだろうが、無自覚なら恐ろしいほどに天然だ。
ゾロは鉄を切れるようになってから人も無機物も関係なしに呼吸が読み取れるが、コックのそれはどう推し量っても好意もしくは
情熱的な恋のアプローチにしか思えない視線だ。
反応も、悪くねえ。

今日は試しに襟首を捕まえてみた。
したら反射的に殺人キックが飛んできたが、知らん顔して避けてやったら、鳩が豆鉄砲くらったみたいにキョトンとしてやがった。
あの顔もいいな・・・
いやいや、それよりも目元まで真っ赤になって、あわあわうろたえてる顔が良かった。
あんな目で見られたら、問答無用で押し倒されたって仕方がねえってもんだ。
その場で衝動的に実力行使に至らなかった自分を、今は褒めてやりたい。






賑やかな夕食の席で、ゾロは一人だけ角皿に海獣の唐揚げを乗せて貰って、それを肴に酒を飲んでいる。
みんな同じメニューのときも、ゾロだけつまみと箸が付く。
ルフィがそのことを騒ぎ立てないからか、それを特別扱いだなんて自覚もコックにはないのかもしれない。
ゾロはコップ酒を傾けながら、くるくると忙しく立ち回るコックの背中をじっと見つめた。
端から見たら睨み付けているような目付きだが、本人は熱い眼差しを送っているつもりだ。
そんな思惑も知らぬ風に、今日もコックは女にばかりデレデレと鼻の下を伸ばし、けれど万年空腹を訴える食べ盛りの
クルー達の要望に応えて広い台所を切り盛りしている。
そうしておいて、ふと気を抜いた頃にとろんとゾロを見つめていたりするのだ。

誘っているなら、据え膳食わぬはなんとやら、だ。
無意識の天然なら、きちんと思い知らせてやらなきゃならねえ。

ゾロは男相手に欲情する趣味はないが、コックだったらイけると思う。
あの顔も身体も、素直じゃないくせにやたらと真っ直ぐな気性も嫌いじゃない。
どっちかと言うと、あの生意気な鼻っ柱をぺしゃんと潰して、抑え付けて組み敷いて、痛いことも気持ちいいことも
教え込んでヒイヒイ泣かせてやりたいとか思う。

よからぬことを考えていたら、臓腑に滲みたアルコールが下腹部にまで熱をもたらしてきた。
これ以上はやばい。
心頭滅却・・・つか、いい加減、今夜辺り実力行使に出てしまおう。









ゾロの決意を知ってか知らずか、サンジはその夜も一人で遅くまでキッチンに残って後片付けと明日の仕込みを済ませると、
鼻歌交じりで風呂場に向かった。
ラウンジを出ると、いい月明かりで波間が明るい。
「・・・キレーだなあ・・・」
つい立ち止まってうっとりと眺め、タバコを取り出して火をつけた。
時折雲に隠れる月を眺めながらの一服もまたいいもんだ。

「お」
雲が切れて顔を出した月明かりの下、甲板に寝そべる緑頭が照らし出された。
「月見酒か?この野郎」
無断で酒を持ち出しているなら折檻だと意気揚々と近付いたが、ゾロはごろりと横になっているだけで酒ビンも転がっていない。
「なんだ寝腐れマリモ、昼間に寝すぎてすっかり夜行性かよ」
爪先でツンツンと肩を突けば、ゾロは面倒臭そうに寝返りを打った。
仰向けに眺める視線と目が合う。
月を反射してか、その双眸は金色の光を帯びていて、迂闊にもサンジはぞくんと粟立ってしまった。
やべ、俺の好きな顔―――

夜目は特に、ゾロの顔立ちの精悍さが増すと思う。
昼間、日の光の下でもドキドキするのに、こんな夜更けに獰猛な獣みたいな目で見られたら、眩暈と動悸に見舞われて
気が遠くなってしまいそうだ。
うわ〜かっこいい〜

うっかり魅入ってしまったら、動きが疎かになっていたらしい。
ぽやんと立ち竦むサンジを睨み据えたまま、ゾロが身体を起こして不意にサンジの腕を引いた。
気が抜けていても、身体に触れられたら脊髄反射で蹴りが出る。
それを片手で受け止めて、ついでにその足も脇の下に挟んで固定し身体を引き倒した。
「なにしやがるっ」
視界が反転し、床に倒されても事態が把握できず、サンジはジタジタと足だけでもがく。
手首を掴まれ床に押し付けられた。
大好きなゾロの顔が真上にあって、表情一つ変えないで冷静な眼差しで見下ろしている。
月影に白目がぎらつき冷酷さを際立たせて、サンジは不覚にも背筋がゾクゾクした。

「なんの真似だ」
「そっちこそどういうつもりだ。いい加減、うぜえんだよ」
吐き捨てるようなゾロの台詞に、サンジの心臓はきゅうんとすくみ上がる。
「人のことちら見ばかりしやがって、気付いてねえとでも思ったか。鬱陶しいんだよ」
馬鹿にした笑いを浮べてひどい言葉を投げ付ける、ゾロの顎のラインが綺麗だ。
こんな至近距離で見ちゃったら、もう俺どうなるかわからねえ〜〜

ゾロの言葉で傷付くよりも、サンジは今の状態の方が深刻で、ただ闇雲にもがいて抜け出ようとした。
「知るか馬鹿、そんなのてめえの気のせいだ。自意識過剰過ぎんだよっ」
「言ってろ。暴れて腕の一つも折られてえか。俺は本気だ」
本気だ、と言った声が掠れていた。
またしてもぞくりとサンジの背筋が痺れる。
ああ、この声にも弱い―――

うっかり目を閉じて言葉の響きの余韻に浸ってしまったサンジに、それを諒解と受け取ったのかゾロはシャツを捲り上げて
白い腹に腕を差し入れた。
「ふぎゃっ?」
途端にカエルのように飛び跳ねて、サンジが上半身を起こそうとする。
「ち、ち、ち、ちょっと待て?」
「うっせっつってんだ」
「いーや、待て待て待てまて。何してんだお前」
「ナニ」
「いやマジでマジで何事?」
パニックに陥ってサンジは両手で自分の身体を掻き抱いた。
俯いた前髪を掴んで引き上げ、上向いた唇に噛み付くように口付ける。

「―――っ!!」
口の中で盛大に叫んだのはわかったが、ゾロも負けじとその悲鳴をすべて吸収した。
こんなとこで大声で騒がれて仲間を起こすと後が面倒だが、今のサンジはそういう配慮もできないくらい混乱しているらしい。
膝の下で、サンジの太腿がビクンビクンと大きく跳ねる。
全体重を掛けて押さえ付け、サンジの唇全体に噛み付いたまま口内を舐め回した。
髪と顎を掴んで圧し掛かり、抵抗する気力も失くすくらい徹底的に貪ってやる。
「ふが」とか「んぎゅ」とか、意味不明な音が口端から漏れていたが、ゾロを押し退けようともがいていた手が、いつの間にか
縋るようにシャツを握り締めている。

だがサンジの反応が、少し変だ。
普通、キスされて嫌なら舌に噛み付いてくるだろうと警戒していたがそんな気配もなく、かと言って差し込まれた舌に応える
動きも見せない。
喉の奥で縮こまり逃げ回る舌を絡め取って吸い付けば、身体全体の力が抜けたようにくたんと崩れ落ちた。
「おい?」
不審に思って唇を離すと、サンジは「あ」の形に口を開けたままぽやんとゾロを見上げている。
口元に涎が光っていて、本当に呆けてしまったようだ。

「大丈夫か?」
無理矢理やっておいて大丈夫もクソもないが、この反応はちょっとおかしい。
ぺちぺちと軽く頬をはたけば、サンジの目に力が戻った。
「・・・な、にしやがんだっ」
慌てて口元を拭い、顔を歪ませる。
「なんてこと、なんてことすんだっ」
「キスだろが」
「キ、キスって、なんで舌入れんだよっ」
「入れたかったんだよ」
「い、入れるか普通・・・つか、舐めるか?!」
「は?」
サンジは両手で顔を覆って、それから髪を掻き毟り一人でじたじた暴れている。
「ああああ、信じられねえ〜なんで、なんでこんな」
「舐めるぞ、普通は」
「ええええ?キスってキスだろ?キスはちゅうじゃないかっ」
意味がわからない。
「お前の言ってるそれはアレか?唇くっ付けるやつか」
「そうそう、唇と唇をちょんって」
「そんなんで済むか」
「ええっ、済まねえの?つか、舐めんの?」
―――話が違う方向に向かっている気がする。
「そうだ、だからてめえも舐めろ」
「どえええええ?!」
もう一度ゾロはサンジの唇にむちゅっとやった。
唇で抉じ開けるようにして歯を舐め、舌を差し入れる。
先ほどと同じように引っ込んでばかりの舌だが、突いてやるとおずおずと伸ばされた。
それを絡めとり吸ってやる。
またビビったように縮こまる。
それを更に舌裏から擽るように舐めて・・・

当初の目的からやや外れたところでゾロが情熱を傾けているうちに、サンジもリラックスしてきたのかいつの間にかゾロを
押し返す力を緩めている。
「ん・・・ふ―――」
鼻についた甘ったるい息が漏れ出て、サンジは弾かれるように身体を仰け反らせた。
しつこく貪るゾロの唇から顔を背け、肩で息をしながら口元を手で覆う。
「うわ・・・やべ―――ダメだ」
「気持ちよくねえか?」
ゾロは意地悪な気持ちで訪ねた。
気持ちよくないはずがない。
ゾロの腕の中でサンジの体温はどんどん上昇して、目元まで上気し潤んでいる。

「気持ちいい・・・ってか、き、汚く、ね?」
「ああ?」
つい剣呑な声を出してしまった。
サンジの肩がぴくりと竦んだのは、怯えのせいではないだろう。
「や、だって・・・く、口同士って・・・」
「これが普通だ」
「・・・そうか」
ここまで来ると、ゾロもサンジが尋常でないことくらいわかって来た。
―――グランドラインってのは、何でもありだな。
ともかく、汚いとかなんとか言って拒否るってことは、少なくともされることに異議はないのだろうか。
それを確かめるべく、先ほど引き出したシャツの下にもう一度手を突っ込んで裸の胸を撫でた。

「うわ、はわわわわ」
やはり動転しているが抵抗はない。
と言うか、なぜか自分の口元を両手で押さえている。
サンジの反応に疑問を抱きつつもも、ゾロは前のボタンをブチブチと外すと豪快に肌蹴させ、薄桃色に染まった胸に唇を落とした。
ふと思い立ち、両手で口を押さえ耳まで真っ赤に染まったサンジの目の前に、これ見よがしにべろんと舌を伸ばし、そのまま
鎖骨や胸を舐めてやる。
「―――ん・・・」
声にならない叫びを自分で堪えるようにして、サンジはゾロの下で身悶えている。
だが抵抗はしない。
なのに、自分で声を抑えている。
「―――?」
どこに触れても魚のように跳ねる過敏な身体は面白いが、なんだって必死に声を抑えているのだろう。
もう寝静まっている仲間達を起こさないためなのか?
だがそれを言うなら、最初に押し倒した時の抵抗の物音の方がはっきり言ってでかかったのだが―――

ゾロは試しに小さな尖りにがりっと歯を立てて見た。
ビビビクンっと音でも立ったように顕著な震えを見せて、サンジが目を見開き信じられないものでも見るように凝視している。
頬に食い込むほどに押しつけられた手を外してやると、きつく歯を食いしばって耐えていた。
顎に手をかけ、ショボい髭を撫でながら頬を舐めてやる。
首を竦めながらも、嫌がっている風ではない。
ただ押し殺した声が喉から漏れ出るのを、何故か恐れている。

「なんで声殺すんだ。なんか言ってみろ」
「あ、アホかっ」
くわっと歯を剥いて言い返すが、ゾロが顎の下を指で擽るとぷるぷる震えながらまた首を竦めた。
小動物のようだ。
シャツを握り締めた手を持ち上げて、強張った指にも唇を落とした。
手の甲に口付けて指の間に舌を這わせると、また情けない音を漏らして空いた片方の手の甲を口元に押し当てる。
「声出せっての」
耳元で囁いてやれば、またしてもぷるっと震える。
反応がいいのは面白いが、イマイチよくわからない。

「なんで口隠すんだ」
「き、気持ち悪いからだ」
「ああ?んなことねえだろうが」
ささやかながら、ぷつりと立ち上がった乳首を指の腹で撫でてやる。
「ふわあ・・・」
「気持ち、悪いか?」
「あ、あ、き、気色悪い・・・」
まだ言うか強情な。
顎の裏の柔らかな肌に吸い付いて、くにくにと乳首を捏ねてやる。
脇腹を撫でて背筋を指で辿れば、喉の奥からすすり泣くような声が漏れた。
「違っ、俺が・・・気色悪い・・・」
「ああ?何がだ」
「俺の、声、が・・・」
全身をピンクに染めて、もはや息も絶え絶えに訴えてくる。
ゾロは悪戯する手を休めないで、耳だけサンジの口元に寄せた。
「てめえの声が、なんだって?」
「お・・・俺の、・・・うあっ・・・こ、声が・・・」
「いい声じゃねえか」
「違・・・こんなの、気色悪い・・・」
じわっと目が潤んだと思ったら、目尻から涙が溢れた。
さすがにゾロもぎょっとして目を剥く。
「なんで泣くんだ?」
「だって・・・つか、こんな・・・」
まだ口元を押さえるサンジの、言いたいことが漸くわかってきて、ゾロは眉を顰めた。

「気色悪いって、てめえが声を出すことが、か?」
ぶんぶんと、首がもげそうなほどの勢いでサンジは肯定した。
その拍子にほろほろと涙が零れ落ちる。
「感じてんだから、声出すくらい、いいじゃねえか」
「バッカ野郎!男が声出すなんて、気色悪いじゃねえかっ」
先ほどまでのしおらしさはどこへ行ったか、いきなりとんでもない剣幕で怒鳴りつける。
「こういう声は、か弱いレディが出してこそ絵になるってもんなんだ。俺みたいなクールでダンディな野郎キャラが出して
 いいもんじゃねえっ」
不覚にも、ゾロはしばし呆気に取られた。
どこからどう、突っ込めばいいのだ。

「大体、こういうことはどっかのリゾートホテルでよ、白い天蓋付きのベッドにピンクの花びらが撒いてある、そういう
 シチュエーションじゃなきゃダメだろうが!曲がりなりにも初めてなんだぞ?こんなこんな、潮臭い甲板の横の廊下で、
 水樽の横に引っ張り込まれて押し倒すなんて、横着にもほどがある!」
「・・・あああ?」
あまりの展開に疑問系で返すことしかできず、ゾロは一瞬身体を引いた。
「そもそも俺に手え出すなんてのが根本的な間違いだ。そういうことはレディにやれ。俺じゃ絵にならねえじゃねえか」
嫌味でも卑屈でもなく、本気でそう言っているのだとわかるから、ゾロはさらに混乱する。
「だからって、てめえ嫌がってねえじゃねえか」
「当たり前だろうが」
なんでそこで開き直って肯定するんだ。
「くそう、そんなに近付いて喋んじゃねえよ。心臓が踊りすぎて転んだらどうすんだ。ああもう、至近距離で見てもカッコいい
 面しやがって、畜生、ドキドキすんじゃねえかようっ」
見事な逆ギレ状態でサンジは喚き倒す。
その勢いに気圧されつつ、ゾロはなんとなく理解できた。

「つまり、俺に触られんのは嫌じゃねえんだな」
「何度も聞くなっつってんだ、けど、てめえは俺なんか触んじゃねえよっ」
ぱしっと払い除ける手を掴み、ゾロは改めて床に押し付けた。
抵抗を許さない本気の抑えに、サンジの顔が俄かに強張る。



「だったらゴタゴタ言うんじゃねえよ。クールだかダンディだか知らねえが、感じるんなら素直にアンアン喘いでろ」
月光を背に受けて、ゾロの顔が凶悪な笑みを湛えた。


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